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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
終章 鉄の手と愛の温もり
42/50

第42話 殺せ、殺せ、殺せーーーっ!!

 結局、クーフシュタイン城に残った兵の数は、半分以下の百六十数人となった。

 夜、城を脱出して降伏した兵士たちは、マクシミリアンに城の見取り図と、ループレヒトの遺児たちの居場所を伝えた。子どもたちは、敵将クリストフの許嫁いいなずけだという少女とともに城主居館西側の三階にいるらしい。

「王様。どうか、若様たちのお命だけは……」

 夜中に行なわれた軍議において、ジッキンゲンがそう懇願こんがんすると、

「分かっている。公子たちがいる居館の西側には砲撃をしてはならぬと全軍に伝えることにしよう」

 マクシミリアンはそう言い、明日の城攻めの各々の部隊の布陣場所を諸将に伝えた。

 クーフシュタイン城は、断崖だんがいの上にそびえ建つ難攻不落の要塞で、攻め口は一つしかない。寄せ手は急峻きゅうしゅんな崖の道を敵軍の攻撃を受けながら駆け上がり、城門を突破しなければいけなかった。先鋒をつとめる部隊はまさに命がけである。

 その先鋒を命じられたのは、プファルツ軍のジッキンゲン隊とフルンツベルク率いるランツクネヒト隊だった。ジッキンゲンにはループレヒトの遺児たちを救う任務があるうえに、ローマ王に対するプファルツ軍の忠誠を示さなければいけなかったのだ。そして、フルンツベルクの精強なるランツクネヒト隊は、堅固な城を攻略するための突破口を開くことをマクシミリアンから期待されていたのである。

 そして、この両隊に続き、ブランデンブルク辺境伯軍、ヴェルテンベルク公ウルリヒ軍、シュヴァーベン同盟軍の各都市の諸隊が突撃し、同盟軍の中でもカルバリン砲を多く所有しているニュルンベルク隊はその後方で援護射撃をすることになった。

(待て。わしの軍は、後詰めのニュルンベルク隊よりもさらに後方に布陣するのか? 義兄は儂に戦闘に加わるなと言いたいのか?)

 発表された布陣図を見た狡猾公こうかつこうアルブレヒトは、マクシミリアンの意図を疑い、もしかすると、自分が城内に攻め込んでループレヒトの遺児に危害を加えることを警戒しているのだろうかと思った。

(義兄は、情け深すぎる。子どもはいつか大人になり、両親の仇を討とうと我らに牙をむくはずだ。無力な内に殺さねばならん)

 戦場のはるか後方から公子たちの命をどう狙うか。アルブレヒトは一人謀略を練るのであった。



 そして、クーフシュタイン城の戦いは、翌日の払暁とともに始まった。

 開戦の合図は、ゲッツが無理やり言うことを聞かせて指揮をとっているニュルンベルク大砲隊の砲撃の轟音ごうおんであった。

「いいか、てめえら。絶対に居館の西側に撃つなよ。撃ったら、ぶち殺すからな。ジッキンゲンとフルンツベルクたちに当てないように、しっかりと狙いを定めて撃て!」

 降伏兵の話でドロテーアが公子たちと一緒にいることを知ったゲッツは、砲撃手たちにそう命令し、大砲を一斉に撃たせた。

 ズドーーーン! ズドーーーン! ズドーーーン!

 カルバリン砲が火を噴き、砲弾は次々と城壁に炸裂さくれつした。

 ゲッツは、籠城戦のかなめである主塔の大きな塔(ベルクフリート)にも砲撃させた。しかし、驚くべきことに、どれだけ命中させても、城壁や塔の壁はびくともせず、ほんの少しのヒビも入れられなかったのである。

「あはははは! クーフシュタイン城は、大砲に備えて、通常の城よりも壁を分厚く堅固にしているのだ! 並大抵の砲撃では、この城の壁を崩すことはできないぞ!」

 城壁塔じょうへきとうで兵たちの指揮をとっている城主ピーンツェナウアーが、奇声に近い大声でそう言い、ゲラゲラと笑った。

 ローマ王に降伏する機会を完全に失ってしまったピーンツェナウアーは、絶望のあまり昨晩はずっと発狂して朝を迎え、こうなったら破れかぶれだとついに居直ったのである。半ば気が狂ったようになったピーンツェナウアーは、

「殺せ、殺せ、殺せーーーっ!! 敵をみんな殺したら、俺は殺されない!!」

 と、わめき散らし、兵たちに防戦の準備を命じた。

 一方、砲弾が城壁に傷ひとつつけられないのを見た先鋒のフルンツベルクは、

「これは、砲撃では無理だな。よし、我らの手で城門を開けて突入するぞ、ジッキンゲン殿」

 そう言い、大剣ツヴァイヘンダーを抜いた。

「わ、分かったぜ、フルンツベルク殿。……ゲッツの兄貴がそばにいてくれないと、心細いなぁ……」

「心配しなくても、我らランツクネヒト隊が貴殿を守るゆえ、ジッキンゲン殿は公子たちを救出するのだ」

 マクシミリアンからジッキンゲン隊の公子救出の手助けをしてやるようにと言われていたフルンツベルクは、王命を命に代えて守るべく、ジッキンゲン隊の盾になるようにしてランツクネヒト隊に崖の道を駆け上らせ、自身は隊の先頭にあった。

(頼もしい人だなぁ。ゲッツの兄貴が褒めるだけのことはある)

 ジッキンゲンはそう感心しながら、フルンツベルクの後に続く。

「敵兵どもがのこのことやって来たか。……撃ち殺せ!」

 城内のケヒリがそう下知した直後、ボヘミア兵たちは城壁の狭間さま窓から火縄銃やいしゆみで一斉射撃をした。

 城壁は崖の道の右手にあり、剣を右手、盾を左手に持っていたランツクネヒト隊の兵たちは、バタバタとたおれていく。

「か、かにさん歩きだ。蟹さん歩きで行こう、フルンツベルク殿。そうしたら、盾で防げる」

「とぼけたことを言っている場合ではないぞ! 城門から打って出た敵兵たちが、こちらに突撃して来る! ジッキンゲン殿、貴殿の鉄砲隊で防いでくれ!」

「お、おう! 撃て、撃てーっ!」

 ジッキンゲンの鉄砲隊が慌てて撃ったが、くれないのマントの騎士が指揮する敵部隊は、銃撃にひるむことなくジッキンゲン隊に肉薄し、

「我こそは、クリストフ・フォン・ギーク! 裏切り者のプファルツ軍よ、俺の怒りの一撃を受けよ!」

 と、隊長のジッキンゲンの首を取ろうと襲いかかって来たのである。ジッキンゲンは、

「あ、あんまり、俺をなめるなよ!」

 そう怒鳴って剣を抜き、クリストフに斬りかかった。しかし、クリストフは、マントをバッとひるがえしてその一撃をからめとって防ぎ、逆にジッキンゲンを剣で突こうとした。

「させるか!」

 フルンツベルクが、風うなる大剣の一閃いっせんでクリストフの剣をはね返し、ジッキンゲンを助けた。

 フルンツベルク、ジッキンゲンの両隊は、クリストフ隊と激しい戦闘を行なったが、狭い崖の道での戦いのために兵力差で押し切ることができず、しかも、城壁の狭間窓からは鉄砲玉と矢の雨が襲って来るため、帝国軍側は大いに苦戦した。

「どけ、どけー! 天下の盗賊騎士フリッツ様のお通りだぁーーーっ!」

 帝国軍の第二陣である辺境伯へんきょうはく軍の先鋒隊を率いるフリッツが、前がつかえていてぜんぜん戦闘に加われないのに苛立ち、ランツクネヒトの傭兵やジッキンゲンの兵たちを押しのけて突貫とっかんした。

(あっ、ゲッツの伯父か)

 フルンツベルクと熾烈しれつな一騎打ちをしていたクリストフは、新手のフリッツに驚き、数歩退いた。強敵を同時に二人も相手するのはまずいと思ったのである。

「クリストフ。お前はゲッツの親友だ。特別に殺さないでやるから俺の捕虜になれ。ローマ王の命令なんて俺は知らねえ。たとえ城兵が皆殺しにされても、お前はかばってやる。だから、俺に降れ!」

「お心遣い痛み入るが、俺はここで死ぬと決めたのだ」

 クリストフはそう言うと、部隊を後退させた。

「あっ、おい! 待て!」

 フリッツが追い、フルンツベルクのランツクネヒト隊、ジッキンゲン隊、さらに、辺境伯軍の傭兵隊長アプスベルクとナイトハルトの部隊も後に続き、銃撃や矢の雨をくぐり抜けながら突撃をした。

 クリストフと城兵たちは城門の中に逃げ込み、帝国軍が駆けつける直前に門は固く閉ざされてしまった。フリッツは、「門をぶっ壊せ!」と叫んだ。しかし、その時、

 バシャーーーッ‼

 熱湯が、フリッツ、フルンツベルク、ジッキンゲンらの兵たちに降り注いだ。城門の上を見上げると、鼻のように少し突き出ていて下に向かって開いている出窓から落とされたのだった。

「あっつーーー! やべえ、火縄が濡れちまった!」

 ジッキンゲンが半泣きになりながらそうわめいていると、今度はとんでもない物が降って来た。糞や小便をぐちゃぐちゃにした汚物である。一瞬にして、寄せ手の兵たちは汚臭漂う体になってしまった。

 これには、ただでさえ短気なフリッツが頭の血管が切れそうになるほど激怒し、

「てめえ! この糞野郎どもめ!」

 と、城門の出窓を睨みつけて怒鳴った。しかし、

「糞まみれなのは、てめえらのほうだろうが!」

 という、城兵の嘲笑ちょうしょうの声が出窓から聞こえてきて、フリッツは「くそ! くそーっ!」と地団太を踏んだのである。

「こんな門、突き破ってやる!」

 ナイトハルトの部隊が急峻な道をひいひい言いながら破城槌はじょうついという攻城兵器を引っ張って来た。この兵器には、先端に鉄をとりつけた巨大な丸太が吊り下げられていて、兵士数人がかりでこの丸太を振り動かして城門に叩きつけるのである。

「それ! 叩き壊せ!」

 ナイトハルトの下知のもと、彼の兵たちが巨大な丸太をドーン、ドーンと城門にぶつけていく。その間、フルンツベルクのランツクネヒト隊は、破城槌の周囲を取り囲んで盾をかかげ、ナイトハルトの兵たちを銃撃から守っていた。

「いいぞ! もう少しで門が壊れそうだ!」

 ナイトハルトがそう叫び、ランツクネヒト隊やジッキンゲン、フリッツ隊などが突撃の準備をしようとした時のことである。またもや城門の出窓からある液体が降り注いで来た。

 熱湯でも汚物でもない。油だった。油は、破城槌にたっぷりとかかり、

(あっ、これは嫌な予感がする)

 その場にいた帝国軍の将兵は誰もがそう思って、我先にと攻城兵器から離れた。

その直後、出窓から小さな松明たいまつが落とされ、油まみれの丸太に火をつけたのである。当然、破城槌はぼうぼうと燃え上がり、逃げ遅れた兵士四人が巻き添えを食らって丸焼けになった。

 そして、城兵たちは、火の勢いが城門にまで迫りそうになった頃に出窓から水をぶっかけ、鎮火したのである。

 破城槌は無残な姿となり、吊り下げられていた巨大な丸太も綱が焼き切れてしまい、ゴロンゴロンと転がって崖から落ちた。また、三人の兵士が、転がる丸太の下敷きになって一緒に転落してしまった。



「おいおい、大苦戦しているじゃねぇか……」

 後方でニュルンベルクの大砲隊の指揮をしているゲッツは、クーフシュタイン城の攻防を見てそう呟き、チッと舌打ちをした。後ろで援護射撃など、じれったくて仕方ない。やはり、自分は最前線で戦うほうが性に合っている。

「ゲッツ。そろそろ行くかい?」

 タラカーが、一緒に酒でも飲むかと誘うような気軽さで聞くと、ゲッツはニヤリと笑い、「タラカーの親父は、俺の気持ちがよく分かっているな」と言った。そして、

「エッボ。悪いが、今からパッペンハイムのところに行って、『大砲を撃つのは飽きた。今日限りで、ニュルンベルクの傭兵隊長を辞任する』と伝えくれ」

 と、エッボに命令すると、剣を抜いて鉄の手で持ち、「俺たちも城攻めに加わるぜ!」と、自分の傭兵たちとタラカー一味に告げた。

「ゲッツ様、体力は大丈夫なんですか?」

「いつまでも病人扱いするなよ、トーマス。まあ、正直言うと、まだ万全ではないさ。でもな、暴れたくてうずうずしているんだよ。この衝動は誰にも止められねえ。疲れてぶっ倒れた時は介抱頼むぜ」

「やれやれ。世話のかかる主人を持って、俺は不幸ですよ」

 トーマスはそう苦笑すると、ゲッツと同じように剣を抜いた。他の傭兵たちも、次々と自分の獲物を手に握る。

「いざ、出撃!」

 ゲッツたちは、大混戦中のクーフシュタイン城へと突撃した。

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