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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
四章 鋼鉄の闘志
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第38話 俺の帰るべき場所

 時をさかのぼること、約一時間前。

 ゲッツは、帝国軍の後方に陣取っていたシュヴァーベン同盟軍の陣営に突如と現れ、同盟軍の大将であるパッペンハイムの幕舎にずかずかと上がり込んだ。

 警備の兵士たちは、ゲッツが、

「よう、ご苦労さん」

 と愛想よく笑いかけてきたため、不審人物とは思わず、誰も止めなかったのである。

「パッペンハイム殿、戦争中に優雅にお食事かい?」

「げ、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン! な、なぜここに!?」

 昼食の鶏肉に胡椒こしょうをかけて食事を始めようとしていたパッペンハイムは、まるで幽霊を目撃したかのように驚き、椅子から転げ落ちそうになった。ゲッツが、ニュルンベルクの大砲隊にやられた復讐をしに来たのかと思ったのである。

 あっという間に食卓をゲッツと家来のトーマス、エッボ、タラカー一味に囲まれたパッペンハイムは、大いにおびえた。

「ま、待ってくれ! 私は悪くない! 私は味方に撃つなと厳命していたのだ! そ、それなのに、ニュルンベルクの者たちが……」

「言い訳は聞きたくないな。同盟軍の総大将のあんたがどの部隊よりも早く尻尾しっぽを巻いて逃げ出したせいで、ニュルンベルクの奴らが暴走しちまったんだろうが。指揮官が敵前逃亡なんて軍律違反だぞ」

「……そ、それで、私に私闘フェーデを仕掛けようというのか? それこそ帝国の法に背くことだぞ! す、全ての問題は裁判で解決させなければ……」

「別に裁判でもいいぜ? あの時、あんたが軍を捨てて敵前逃亡したことも、ニュルンベルクの奴らがゲオルク様の部隊に大砲をぶっ放したことも、あの戦場にいた各軍の将兵たちが、みーんな見ているんだ。証言者はごまんといる。裁判は俺の圧勝だ。罪が認められたら、あんたの献酌侍従けんしゃくじじゅうの官職も剥奪はくだつされるだろうなぁ。……でも、俺は優しいから、俺の言うことを一つ聞いてくれたら、今回の件は目をつぶってやるよ」

 ゲッツはそう言ってヘラヘラ笑うと、パッペンハイムの食べかけの鶏肉に貴重な胡椒をどぱーっとあるだけかけ、肉にかぶりついた。

「わ……私は何をすればいいんだ?」

 ローマ王から授かった官職を剥奪してやると脅され、顔が真っ青になったパッペンハイムは下出したでに出てそう問うた。すると、ゲッツは鋼鉄の義手をパッペンハイムの左胸にドンと押しつけ、こう言ったのである。

「俺をこの戦争の間、ニュルンベルク市の傭兵隊長に任命しろ」

「は……はぁ!? て、帝国自由都市の天敵の盗賊騎士が、ニュルンベルク市の傭兵隊長になるだと? 何を考えているんだ!?」

「戦場で、ニュルンベルクの野郎どもを俺があごでこき使ってやるんだよ」

「そ、そんなこと、できるわけが……」

 パッペンハイムがそう言いかけると、タラカーがパッペンハイムの首に剣を突きつけた。

「ゲッツは優しすぎるぜ。そんなまどろっこしい取引なんかせずに、ぶっ殺してやればいいんだよ」

「まあ、待て。タラカーの親父。ここで殺さなくても、裁判でこいつを破滅に追い込めばいいんだ。辺境伯へんきょうはくもゲオルク様を危険な目にあわされて腹を立てているだろうし、辺境伯家と共同で訴えたら、こいつの財産を賠償金として根こそぎ奪えるだろうさ」

「財産を根こそぎ……!」

 パッペンハイムは卒倒しそうになった。それを見たゲッツとタラカーはニヤリと極悪の笑みを浮かべる。二人とも、久しぶりに盗賊騎士らしいことをして楽しんでいるのだ。

「わ……分かった。同盟軍総大将の権限で、お前をニュルンベルク市の傭兵隊長に任命する。せ、正式な任命書も書こう」

「そうこなくっちゃ。話が分かる奴は好きだぜ、パッペンハイム殿」

 こういった経緯により、ニュルンベルク部隊は現在、ゲッツの指揮下に強制的に入れられていたのであった。



「なあ、俺たちはなんで盗賊騎士の手下になっているんだ?」

「知らねぇよ。無駄口をたたいていないでどんどん大砲を撃たないと、お前も鉄の手で頭をぶん殴られるぞ。見ろよ、俺の頭にできたたんこぶ

 ゲオルクを助けた後、ゲッツはニュルンベルク部隊を怒鳴り散らしながら指揮していた。

 あらかじめ戦場が見下ろせる高地に布陣させていた大砲隊に、カルバリン砲をばんばかと撃たせているのだ。

 なぜ盗賊騎士ゲッツが自分たちの隊長になったのかとニュルンベルクの傭兵たちは戸惑ったが、口答えをするとゲッツに鉄の義手で殴られるため、訳が分からないまま大砲を撃ち続けた。

 やはり、高所から狙い撃ちすると面白いほどよく当たる。

「てめえらはよく狙いもせずにぶっ放すから敵に命中しないんだよ。目ん玉引んいて、よーく戦場の敵味方を見分けて撃ちやがれ!」

 殴り過ぎて右手の切断部がじんじん痛み始めたゲッツは、代わりに足で傭兵たちを蹴倒し、命令を下す。

 皮肉なことに、荒くれぞろいのニュルンベルク傭兵たちには、ゲッツのような凶暴な男のほうが指揮官として相性がいいらしく、ゲッツの指揮下における彼らの砲撃の命中精度は驚くほど上がっていたのである。

「ニュルンベルク隊の砲撃で、ボヘミア傭兵たちが怯み始めたぞ。今こそ決着をつける時だ! 我らはレーゲンスブルクでボヘミア兵の荷車城塞ワゴンブルクに勝利している! 一度撃破した戦法など恐れるな!」

 辺境伯軍、さらにヴェルテンベルク公ウルリヒ軍が後退した後、ヘルゲ率いるボヘミア傭兵隊と交戦していたのは、新連隊長フルンツベルクが指揮するランツクネヒト隊だった。

 フルンツベルクは、特別手当をもらう代わりに志願した決死隊に荷車城塞ワゴンブルクへの突撃を命じた。決死隊の兵たちは大盾で銃撃を防ぎつつ、いしゆみで応戦し、荷車城塞ワゴンブルクへと少しずつ、少しずつ近づいて行く。

 それに対してヘルゲが騎銃きじゅう隊を率い、決死隊を襲おうとしたが、ニュルンベルクの大砲隊の砲撃にあい、大損害を受けた。

 荷馬車隊についに肉薄した決死隊は、盾といしゆみを捨て、取っ組み合いの喧嘩用の短剣カッツバルガーを抜き放ち、荷馬車を守る鉄の装甲を飛び越え、ボヘミア兵たちに襲いかかった。

 それを見たフルンツベルクは、馬を降りて槍隊とともに自ら突撃し、ボヘミア傭兵隊をさんざんに打ち負かしたのである。

「もはや、これまでか! 父上たちもかなり遠くまで逃げた頃だろう。我らもクーフシュタインに撤退するぞ!」

 ボヘミア兵の多くが討ち死にし、これ以上の被害を出したら傭兵隊が全滅すると考えたヘルゲは全部隊を退却させるのであった。

 ボヘミア傭兵隊を退けたランツクネヒト隊はその余勢を駆り、ランツフート市を占拠した。

「狼のようなランツクネヒト隊の略奪が始まるぞーっ! ランツフートはおしまいだぁー!」

 悪名高きランツクネヒト隊の兵士たちの姿を見たランツフート市民たちは口々にそう泣きわめき、絶望した。強姦ごうかんされるから娘たちを家の中に隠せと騒ぎ、神に助けを求めたのである。

 しかし、意外なことに、市民が恐れたようなことはいっさい起きなかった。

 連隊長フルンツベルク指揮下のランツクネヒト隊は、市民に暴力を働かず、金や食べ物も奪わず、怯える町娘たちにウィンクをしてランツフートの街を規律正しく行進して行くだけであったのだ。

 これまでの連隊長たちは、傭兵たちに四グルデンの給料は払うものの、槍などの支給品の武器を給料の半分の二グルデンという高値で買わせて、私腹を肥やしていたのである。だから、ランツクネヒトの兵士たちの実質の給料は二グルデンだったのだ。そういうせこいことを隊長がしていたせいで、傭兵たちの略奪行為はやまなかったのである。

 だが、清廉潔白せいれんけっぱくであり、貧しい者の気持ちが分かるフルンツベルクはそんなことはせず、傭兵たちにきっちりと四グルデンを支払い、武器の自己負担などさせなかったのだ。いっきにふところが温かくなった兵たちは大喜びし、フルンツベルクの「奪うべからず、殺すべからず、犯すべからず」という命令を素直に聞いて、

「フルンツベルク殿は、俺たちみたいなごろつきのことを真っ当な人間として扱ってくれる、慈悲深い父のような人だ」

 と、新しい連隊長を慕い始めていたのである。



 ランツフートの都市が降伏したその日の夜、フルンツベルクの幕舎を訪れたゲッツは、騎士の叙任と連隊長の就任を祝った。

「俺は、あんたがいつかきっとランツクネヒト隊を変える男になると思っていたが、どうやら、予想以上に早く実現しちまったようだ」

 フルンツベルクは、右手を失いながらも戦場に舞い戻ったゲッツの勇気をたたえると、「大変なのはこれからだと思う」と語った。

「今は給金が自分たちの手元に全て残るようになったことに喜んで私の言葉に素直にうなずいてはいるが、軍規を明確にして彼らに帝国軍の兵であることの自覚を持つように教育しなければ、いずれは略奪を行なう者たちが出てくるだろう。私は、ミンデルハイムの小領主の末っ子として生まれたが、兄や姉たちにわずかな土地しか与えてもらえず、貧乏なせいで騎士にもなれなかった。そんな私を騎士として取り立ててくださり、ランツクネヒト隊を任せてくださったローマ王の恩に報いるためにも、ランツクネヒト隊を帝国の軍隊としてふさわしい部隊に変革する義務が私にはあるのだ」

「しかし、一連隊六千人の大所帯をどうやって教育する気だ?」

「それは、私が彼らの父となることだ。兵士たちが私のことを『慈悲深い父』と呼んでいるのを聞いて、そう考えた。彼らの多くは、ベルリヒンゲン殿の傭兵たちと同じように、世間から爪はじきにされて兵士になった孤独な者たちだ。彼らには心のよりり所となる場所や家族がない。人の温もりを知らないのだ。だから、荒れ狂った獣のように略奪行為をして、おのれの胸の内で渦巻く哀しみや怒りを一時でも忘れようとする……。私は、兵たち一人一人を我が子と思い、父のごとく情をもって接し、彼らに人の愛を教えようと思う。そうすれば、彼らも父である私の言葉に耳を傾けてくれるはずだ」

(愛をもって軍隊を結束させようというのか、この男は。しかし、それは……愛情をそそいだ兵士たちに裏切られる日が来たら、フルンツベルクは大きな悲しみを背負うことになるだろうな。それでも、この実直な男は、それをやり抜く気なのだ)

 フルンツベルクの覚悟を決めた眼差しを見つめながら、ゲッツは彼に感服した。こいつは六千人の命を背負い、彼らの居場所になろうとしている。たいした男だ。だが、俺にだって背負わなければいけない仲間たちがいるのだ。

「今まで家族にしいたげられてきて心の拠り所がなかったあんたは、ローマ王という居場所を見つけたんだな。だから、自分がランツクネヒトの兵たちの心の拠り所になってやる覚悟ができた。

 実は、俺も、自分の心の拠り所っていうやつを見つけたんだ。気は強いが、おっぱいがでかくて、とびきりにいい女をな。そいつを妻にして、俺の帰るべき場所になってもらったら、俺も覚悟を決めるよ。……俺を慕って集まった傭兵どもの居場所に俺がなってやる覚悟をさ」

ゲッツが決意を込めてそう宣言すると、フルンツベルクは「その女性はどこにいるのだ?」と問うた。

「敵地だ。今頃、敵軍に連れられて、クーフシュタインの要塞ようさいにいるだろう。俺は、ドロテーアを必ず奪い取る。この鉄の手でな」

「嫁取りのために戦う騎士か。ははは。ベルリヒンゲン殿らしいな」

 フルンツベルクが半ばあきれながらそう言うと、ゲッツは「ワハハハ!」と大口を開けて笑うのであった。

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