第23話 命尽きる日まで懸命に生きていく
ミュンヘン陣営の連合軍は、迷子のジッキンゲン隊と遭遇した後は何事もなく進軍し、翌日の日没後にはランツフートの街の南に陣を張った。
近隣の農民たちの偵察により敵軍の動きをつぶさに把握していたランツフート陣営は、すでにイーザル川のほとりに敵を迎え撃つべく陣営を構えている。
「決戦の火蓋は、明日の夜明けとともに切って落とされることになるだろう」
狡猾公アルブレヒトは軍議の席でそう言うと、ブランデンブルク辺境伯に明日の戦の先鋒をつとめて欲しいと頼んだ。しかし、ニュルンベルクの部隊を背にして戦いたくない辺境伯は、これまでの戦でずっと先鋒だったことを理由に固辞し、明日はシュヴァーベン同盟軍に先陣をお願いしたいと言った。すると、同盟軍の大将パッペンハイムは嫌そうな顔をした。
「何故、我らが……。ここは帝国軍のランツクネヒト隊が先陣を切って戦うべきではないのですか?」
パッペンハイムに急にふられて、ランツクネヒト隊の連隊長レオンは「む、むむむ……」と困り顔で唸った。
(こやつら、先陣を押しつけ合いしおって……。儂とループレヒトの若造の継承権争いに巻き込まれているのだから、やる気がないのは当然か。しかし、こんな連携のなさでは、明日の決戦は危ういぞ)
戦争の指揮は凡庸な君主である狡猾公アルブレヒトだが、諸将の心がバラバラなままでは戦に勝てないことぐらいはよく分かっていた。そして、こういう時に義兄のマクシミリアンならば、人々の心をよくつかんで結束させるのだろうなと思い、ローマ王がここにいてくれたならば……と嘆くのであった。
結局、レオン連隊長が押し切られ、ランツクネヒト隊が連合軍の先鋒となった。
決戦を明日に控えたこの日の夜、連合軍のどの部隊の陣も敵の夜襲を恐れて夜通しの警戒をし、兵たちは緊張感で張りつめた一夜を過ごすことになった。
ゲッツも、夜目が利く傭兵十人を選抜し、ゲオルクの部隊の幕舎の警戒にあたらせていた。
「これで、よし。エッボ、ちょっと立ってみろ」
「は、はい……」
ゲッツの幕舎では、鉄製の義足を装着したエッボが恐るおそる立ち上がろうとしていた。
「た……立てた。立てました! おいら、久しぶりに両足で地面を踏みしることができました!」
「今日からは、その義足がお前の新しい右足だ。鉄製だが、意外と軽いだろう。この義足を作ったロルフ親方はドイツ一の義肢職人なんだよ。まあ、本職は刀鍛冶なんだがな。…………なあ、エッボ。故郷の村にはもう戻らないほうがいいぜ。もしもお前が嫌じゃなかったら、俺の傭兵にならねぇか?」
エッボの村の人々は、村のあぶれ者のエッボを殺すつもりで危険な偵察に行かせたのだ。村に帰っても、エッボは一生のけ者のままであろう。ならば、傭兵として自らの力で生きる道を選んだほうが自由な人生を送れるのではないか。ゲッツは、そう考えたのだ。
エッボもそのことはよく分かっていたのだろう。悲しげな表情でうつむき、「ありがとうございます。ですが……」と言った。
「おいらはこんな体です。義足を装着しても、五体満足な人間と同じように戦えるかどうか……。足手まといになるかも知れません」
今までさんざん「片足エッボ」と馬鹿にされ、村の連中から蔑まれてきたのだ。自分は何の役にも立たない人間だという思い込みをエッボが持ってしまっていても、仕方がないことだった。
「……お前の気持ち、全く分からないわけじゃねえ。俺の父上も、戦場で片足を失い、後半生を苦しんで生きたからな」
「え……? 殿様のお父上も、おいらと同じだったんですか?」
「ああ。片足を失ったのがよほど精神的にこたえたのか、体まで病弱になっちまって、騎士として戦えなくなったんだ。でも、父上は母上に、
『左足を失い、体を壊した後も、私の人生は続く。ここで自分という人間は何の役にも立たなくなってしまったと決めつけて、希望を失ってしまったら、私は残りの人生を全て諦めることになる。それでは、この命を与えてくれた神様と両親……そして、今まで私の体を支えて大地に立たせてくれていた左足に対して申し訳ない。私は、今の自分にできることを探して、命尽きる日まで懸命に生きていく』
……と、口癖のように言っていたらしい。お前もそうだぜ、エッボ。お前はまだ二十歳にもなってねぇのに、残された人生を全部諦めてしまうのか? 右足は失った。だが、お前には命がある。両手や左足もある。……それに、今日からはこの新しい右足がお前を支えてくれる。残されたものでお前にできることが、まだたくさんあるはずだ。それなのに、お前の人生が絶望だけで終わったら悲しいとは思わねぇか? 俺が助けてやるから、探してみろよ。お前のできることを」
「殿様……。でも、おいら……おいら……」
まだ決心がつかないらしく、エッボは顔をうつむかせたままである。父キリアンとエッボを重ね合わせて見ていたゲッツは、この恐ろしく短気な男にしては珍しく気長になっていて、
「すぐに決めなくてもいいさ。今回の戦は見物していればいいから、よく考えな」
そう言い、エッボの肩をポンポンと叩いてやるのであった。




