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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
二章 ランツフートの衝撃
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第19話 ただのろくでなしだ

 クーフシュタイン城のピーンツェナウアーが疑心暗鬼ぎしんあんきに陥っている頃、ループレヒト討伐軍はミュンヘンの北東のランツフートを目指して進軍していた。

 この連合軍の主力は、ミュンヘン公アルブレヒト軍、ブランデンブルク辺境伯へんきょうはく軍、レオン隊長率いるランツクネヒト一連隊、シュヴァーベン同盟軍である。

 連合軍は、敵の拠点を次々と落とし、イーザル川沿いに北上して順調にランツフートに迫っていた。

 ただし、いささか不穏な空気がこの軍には漂っている。

 その不穏な空気は、シュヴァーベン同盟軍のニュルンベルクの部隊から漂っていた。行軍の間、ゲッツは、彼らニュルンベルクの傭兵たちの辺境伯軍に向けるただならぬ憎悪の念がこもった視線をビリビリと肌で感じていた。

(あいつら、二年前のことを根に持っていやがるな)

 ランツフートで乱戦になった時、どさくさに紛れて、ニュルンベルクの奴らが辺境伯軍に何をするか分からない。油断をしたら、辺境伯や子息のカジミール、ゲオルクを暗殺しようとするかも知れないとゲッツは警戒した。

 辺境伯親子は、ニュルンベルクの兵たちが放っている殺気に気づいているのだろうかと心配になったゲッツは、一言忠告しておこうと考えた。

「殿様! 殿様!」

 フリッツと共に辺境伯軍の行軍の先鋒にいたゲッツは、フリッツに先鋒隊の指揮を頼むと馬を返して軍列中央に下がり、辺境伯と馬首を並べた。

 伊達男だておとこの辺境伯は、護衛兵たちにきらびやかな武具を身につけさせ、自らもわしの羽で飾った黄金の兜をかぶり、非常に凝った装飾が美しい黄金の鎧を着ている。カジミールは、君主としての権威を示すために着飾ろうとする父を「無駄遣いをするお方だ」と嫌っていた。

「ゲッツよ、おのれの持ち場からみだりに離れるでない。……そんなに慌てて、何か心配事でもあるのか?」

 いつも能天気なゲッツが難しい顔をしているので、何か理由があって軍列から離れたのだろうと辺境伯は察し、ゲッツにそう問うた。

「はい。ニュルンベルクの奴らの様子がおかしいのです。あいつらは、二年前のいくさの報復をしようと考えている恐れがあります。ランツフートの戦闘では、どんなことがあっても、ニュルンベルク軍を背にして戦ってはいけません」

 ゲッツがそう進言すると、どうやら辺境伯もそのことを心配していたらしく、「うむ。そうだな……」と重々しい口調で言い、うなずいた。

「ニュルンベルク軍の動向に注意を怠らぬようにと全軍に伝達しておこう。……ゲッツよ。実は、そなたに一つ頼みがあるのだが」

「はい、何でしょう。どんなことでもお命じください」

 ゲッツが威勢よくそう答えると、辺境伯はゲッツの大きな瞳をじっと見つめ、「ゲオルクを守ってやってくれ」と言った。

「こたびのランツフート攻めは、激しい戦いになるだろう。きっと、多くの将兵が死ぬ。我が長男カジミールは心の狭い性格にやや難があるが、わしなどよりもしっかりした男だ。戦場で不覚は取るまい。だが、次男のゲオルクは、実戦経験がまだ少ない。あの子の優しすぎる性格が戦場で災いしないかも心配だ。それゆえ、ゲッツがゲオルクのそばにいて、あの子を守ってやって欲しいのだ。 そなたのごとき剛の者がゲオルクの補佐についてくれたら、儂は安心できる」

「殿様……」

 ゲッツは、胸が痛んだ。騎士見習いの時代に辺境伯から数多くの恩を受けておきながら、裏切るようにして逐電ちくでんしたゲッツのことを辺境伯は今でも信頼して、自分の子を託そうとしてくれているのだ。

(俺が、もっと我慢強い人間だったら、ピオトルやその後ろ盾のゾフィア妃との確執は生じず、殿様を悩ませずに済んだだろう。俺だって、殿様の家来のままいられたはずだ。……しかし、俺は、気に食わねぇ奴はぶん殴っちまう。主君にお行儀良く奉公するような騎士にはなれねえ)

 ゲッツの心の中では、辺境伯家を去ってしまった後悔や罪悪感、そして、どうせ俺は父上のような立派な帝国騎士にはなれない、ろくでなしの盗賊騎士として戦場で犬死するしかないのだというヤケクソな気持ちが、ぐるぐると渦巻いていた。

 自分は、いかに生きるのか。この手には騎士としての誇りだけでなく、命に代えてでも守りたいと心から思う大切な物すらない。ゲッツという荒くれ者には、幸福で明るい将来など存在しないのではないか。十年先どころか一年先の未来さえ見えず、我が道の先には深い闇だけが広がっているように感じられてとても不安だ。

 ゲッツがタラカー一味とつるんで危険な私闘フェーデをするようになったのも、最初はそんな不安を忘れるためだった。故郷のヤークストハウゼン城に鬱々《うつうつ》とこもり、

「俺は騎士でも何でもなく、ただのろくでなしだ」

 と心中でおのれを呪い、罵倒ばとうする毎日から脱け出したくて、「お前さんが必要なんだ」と言ってくれたタラカーの手を取ったのだ。自分という人間の価値に疑問を抱いていたゲッツにとって、その言葉は救いだった。そして、私闘フェーデでタラカーとその仲間たちに頼られるたび、ほんの短い時間だか、自分に価値を見いだせた。

 そんなゲッツだからこそ、人を裏切れないのだ。自分というろくでなしを信用し、必要としてくれる人間の頼みをゲッツは拒否することができない。頼みごとをしている人間が、一度は期待を裏切ってしまった辺境伯ならば、なおさらだった。

「承知しました。ゲオルク様のことは、俺が必ずお守りします。大船に乗ったつもりでいてください」

 ゲッツは、ランツフートで思わぬ悲劇が自分を待っていることなどつゆ知らず、辺境伯にそう答えるのであった。

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