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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
二章 ランツフートの衝撃
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第18話 この俺を見限るはずが……

 敵軍を追い払った後、辺境伯へんきょうはく軍、ランツクネヒト隊、遅れてやって来たシュヴァーベン同盟軍の諸将はミュンヘンに入り、アルブレヒトの居館で歓迎を受けた。諸将の中には、二年前に辺境伯軍と戦って敗走したパッペンハイムがシュヴァーベン同盟軍の総大将としていて、彼は憎々しげにゲッツたち辺境伯軍の諸将をねめつけていた。

 ランツクネヒト隊の連隊長レオンは、戦場で大剣ツヴァイヘンダーを振るって奮戦していた中隊長のゲオルク・フォン・フルンツベルクという男を連れていた。最初、アルブレヒトはフルンツベルクの武勇を褒めたたえたが、フルンツベルクが貴族出身でありながら騎士ではないことを知ると、

「騎士になるための金もない田舎者が、我が居館内に足を踏み入れるな!」

 と怒鳴り、フルンツベルクは居館の広間から追い出されてしまった。

 貴族の生まれでも、貧しいせいで、騎士の叙任式じょにんしきに必要な金や武具をそろえることができない者は騎士になれなかったのである。領土を持たなくても私闘フェーデや略奪で金を稼いで騎士になったクンツのようなやからもいるが、フルンツベルクはそのような非道ひどうな行ないを嫌う正義感の強い人物であったため、貧困と騎士になれない悔しさをずっと耐え忍んでいるのである。

狡猾公こうかつこうは、つまらない差別や偏見で、優秀な人材を自分の近くから遠のけてしまうような君主か。こんな奴の味方をしないといけないなんて、面白くねぇな)

 ゲッツは、あのフルンツベルクという戦士の戦いぶりを戦場で見て、ただ者ではないと直感していた。騎士の仕事を奪うランツクネヒト隊は個人的に気に食わないが、ああいう勇士の才能を見抜けずに邪険に扱う狡猾公はろくな殿様ではないなとゲッツは思った。

「辺境伯よ、わしのためによく働いてくれたな。あははは」

 ローマ王の義弟であることを鼻にかけている狡猾公アルブレヒトは、諸侯の一人の辺境伯に対してもこんな横柄おうへいな口の利き方をした。

 ゲッツを始めとして、辺境伯の次男ゲオルクやナイトハルトら辺境伯軍の騎士たちは、たゆんたゆんの三重顎さんじゅうあごを揺らしながら笑っているアルブレヒトを内心舌打ちしながらにらんだ。普段は父と折り合いが悪い長男のカジミールでさえも、不愉快そうな顔をしている。

「ミュンヘン公。ループレヒトの勢力をいかにしてランツフート領から一掃いっそうするか、貴殿の策を聞きたい」

 狡猾公アルブレヒトとはそれなりに長い付き合いで、この男の態度のでかさにいちいち腹を立てていたら胃痛になることを心得ているブランデンブルク辺境伯が、冷静にそうたずねた。

「これだけの兵力が集まったのだから、今度は我々がループレヒト軍の本拠地ランツフートを襲撃しようではないか。バイエルン・ランツフート領の州都しゅうとを落とし、ループレヒトを捕えることができたら、このいくさは終わる」

「しかし、プファルツ選帝侯せんていこうが、各地の城や都市に寝返り工作をしているという噂があるのが心配だ。ランツフートを攻めている間に、背後の城や都市が裏切れば、我らは逆に挟撃きょうげきされることになる」

「はっはっはっ。辺境伯は心配性だな。それはただの噂だ。恐らく、プファルツ選帝侯が流言飛語りゅうげんひごを飛ばして、我らの動きを鈍らせようとしているのだろう」

 何を根拠に噂だと信じ込んでいるのだと辺境伯は苛立いらだったが、

(狡猾公はすでにランツフート攻めを勝手に決意してしまっている。強情なこの男は、わしの意見など、聞く耳を持たないであろう)

 そう思い、「好きになされよ」と、腹立たしい気持ちを抑えて言った。ちなみに、ゲッツは、辺境伯の不安を一笑した狡猾公に激怒し、

「王の妹君に偽手紙を書いて詐欺さぎまがいの結婚をするような悪知恵はあるくせに、まともな戦略を練る知恵はないんですかい!」

 そう怒鳴ってやろうと、スーッと息を吸って大声を出そうとしたが、おいの性格をよく知っているナイトハルトが、(ミュンヘン公を罵倒ばとうする気か!)と気づき、大慌てでゲッツの口を塞いでいた。その横では、戦で大暴れするのは大好きでも軍議で戦略を話し合うことは退屈で大嫌いなフリッツが立ったままぐーすかと寝息をたてていた。

 かくして、ゲッツたちはランツフートを攻撃するべく、ミュンヘンを出陣したのである。



 狡猾公アルブレヒトは、ランツフートを攻めるにあたり、周辺の城に使者を送って援軍を送るように要求した。

 厚かましい彼は、自分の配下の城だけでなく、義兄のマクシミリアン直属の城にも援軍要請を出していたのである。

「援軍を出せだと? それは無理だ! ミュンヘン公は、この城の周辺が、今どんな状況か知らないからそんなことが言えるのだ!」

 ミュンヘンの南東に位置する、イン川沿いの城塞じょうさいクーフシュタイン(現在のオーストリア・チロル州)の城代じょうだいであるヨーハン・ピーンツェナウアーはアルブレヒトの使者にそう言い、事情を説明した。

「プファルツ選帝侯が、ミュンヘンの後方の城や都市に対して寝返るように誘いをかけている。もしも近隣の城や都市で裏切り者が出たら、ローマ王からいただいた、俺の城を守らねばならない。援軍を出す余裕などはないのだ」

 クーフシュタインは、神聖ローマ帝国にとって重要な城だった。クーフシュタインのすぐ南西には、強力な大砲など帝国の兵器を保管している、インスブルックの兵器廠へいきしょうがあり、クーフシュタインが敵方に落ちれば、インスブルックに保管されている多くの兵器が奪われてしまう恐れがあったのだ。

 ピーンツェナウアーは、若い頃からマクシミリアンに近侍きんじして出世した人物で、要衝ようしょうの地であるこのクーフシュタインの城塞の守備を任されていたのである。

「俺の城? フッ……。城代の分際で何を言う。この城は、貴殿の先祖が代々守ってきた城ではなく、ローマ王が貴殿に預けているだけの借り物なのだぞ?」

 アルブレヒトの使者は、傲岸ごうがんな態度で笑いながら言った。

「ローマ王に信任されている間は、貴殿はこの城の主でいられるだろう。だが、王の義弟である我が主君ミュンヘン公の援軍要請を断り、そのことをミュンヘン公が王に訴えたら……。王は、義弟を助けなかった貴殿のことを怒り、城代の任を解くやも知れぬぞ?」

「そ、そんな、まさか……」

 早くに父を亡くし、父と仲の悪かった親族たちによって父の領土を全て奪われてしまったピーンツェナウアーは、マクシミリアンの宮廷で苦労を重ねて出世し、ようやく城代になれた。近い内に、イン川沿いの街でひっそりと暮らしている年老いた母を城に迎えようと考えていたところだ。もしも、城代を解任されたら、息子の出世を夢見ていた病気がちの老母を大いに悲しませてしまうだろう。だが……。

「お、俺はローマ王の臣下だ。王の命令ならば援軍を出すが、王以外の者の指図さしずは受けぬ。……さっさとこの城から出て行け!」

 そう怒鳴り、ピーンツェナウアーは、家来たちに命じて狡猾公アルブレヒトの使者を城から叩き出したのであった。

「ミュンヘン公の使者の私にこのような仕打ちをするとは、後で後悔するぞ! 我が主君は必ずや王に貴様の罪を訴えるであろう!」

 アルブレヒトの使者は、去り際にそうわめいていた。この使者は、アルブレヒトから「城主たちを脅してでも、援軍をしぼり取って来い」と厳命されていて、恐ろしい主君の言いつけ通りに各城の城主たちに脅迫まがいの援軍要請をしていたのだが、このような脅迫はかえって逆効果だった。脅迫に怒った城主は援軍を一兵も出さず、逆におびえた城主は敵のループレヒトに庇護ひごしてもらおうと考え始めていた。

「……み、ミュンヘン公は、本当に俺を訴えるだろうか? い、いや、訴えられたとしても、ローマ王がこの俺を見限るはずが……」

 ピーンツェナウアーは、主君のマクシミリアンを信じたかった。

 しかし、欲する物ならば皇帝の娘であろうとも卑怯な手で我が物にする、あの狡猾公に睨まれてしまったら、どのような方法で陥れられるか分かったものではないという不安と、ローマ王は家来の自分などよりも義弟の言い分を聞いて、自分を処罰するのではという疑念が胸中で渦巻くことを止めることはできなかったのである。

 アルブレヒトの使者が、ピーンツェナウアーがこのように葛藤する原因を作らなければ、このクーフシュタインの城代は三日後に城を訪れたプファルツ選帝侯の密使と面会することもなかっただろう。

 このように、ライン地方の戦場にいるマクシミリアンの知らないところで、新たな戦いの火種がまかれつつあるのであった……。

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