表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
二章 ランツフートの衝撃
17/50

第17話 こんな命がけの戦は久々だ!

 兵の募集は、六十人以上は集まるだろうとゲッツは予想していたが、ヤークスト川やコッハー川沿いの町々で募兵したら、二倍の百二十人を集めることができた。ニーデルンハルで最初に雇った七人を合わせると、ゲッツの手勢は百二十七人になっていた。

「温厚で情け深いノイエンシュタイン様が治めるニーデルンハルには、貧困者やならず者が少ない。だから、兵士になろうという無職の者があまりいなかったのだと思います。しかし、他の都市ならば、町での生活がうまくいかずに職を失ったあぶれ者や、盗みをしながら生きている盗賊たち、農村から逃げて来た放浪民などが必ずいるはずです。彼らなら、安い給料で雇えるでしょう」

 ハッセルシュヴェルトがそう予測した通り、兵の志願者たちは、

「四グルデンもいらねぇ。半分くれたら働く」

 と言い、ゲッツについて来たのである。彼らは、その貧困と身の上を町の人々から馬鹿にされて人として扱ってもらえず、自分の居場所を探していたのである。

 こうして傭兵ようへいたちの募集を終えたゲッツは、アンスバッハに駆けつけたが、ブランデンブルク辺境伯へんきょうはくの軍はすでに出陣した後だった。辺境伯領の東に位置するヒルポトシュタインという都市からループレヒトの軍勢を追い出すべく東進していたのである。

 辺境伯軍にはゲッツの伯父のナイトハルトとフリッツも従軍しているとアンスバッハで聞き、ゲッツは大急ぎでヒルポトシュタインに向かった。そして、何とか都市の攻撃開始に間に合って、戦闘に加わることができた。

 ヒルポトシュタインを攻略した後、辺境伯軍は、今度は南下してドナウ川沿いの都市インゴールシュタットを攻めた。ドナウ川を渡ってミュンヘンの狡猾公こうかつこうアルブレヒトと合流するためである。インゴールシュタットは強固な防壁に守られた都市だったが、辺境伯軍は二年前にニュルンベルクから強奪したカルバリン砲で攻撃し、さほど苦労することなく攻め落とすことができた。しかし、ゲッツは、

(新しく雇った傭兵たちは、タラカーの親父の傭兵たちと比べると、頼りない奴らばかりだ。もっと鍛えてやらねぇとな)

 連戦練磨れんせんれんまのタラカー一味と比較するのが悪いと思いつつも、新入りどもの尻を叩いて戦わせるのは、とても疲れると感じていた。だが、こいつらも必死に生きようとがんばって戦っているのだから、面倒を見てやらないといけないとも考えていたのである。



 ドナウ川を渡河とかした辺境伯軍は、ミュンヘン公アルブレヒトの本拠地であるミュンヘンが、ループレヒトが差し向けた軍勢の猛攻を受けていると知り、急行軍で駆けつけた。

 そして、現在、辺境伯軍は、ミュンヘン近郊でループレヒト軍と激闘を繰り広げているのである。

 乱戦の中、ゲッツは、槍をまだ使い慣れていない兵たちに怒鳴り散らして、彼らを鼓舞こぶしていた。

「おら、おらぁーーーっ! そんなへっぴり腰で槍を突いても、敵の胴体は貫けねぇぞ! 糞をちびってもいいから、全身全霊の力を振りしぼって遮二無二しゃにむに突けぇーーーっ!」

 ループレヒトに雇われ、敵軍の先鋒をつとめているのがボヘミア傭兵隊だ。ボヘミア傭兵隊には精強な兵ばかりがそろっている。熟練された騎銃兵きじゅうへいたちが、戦場を馬で縦横無尽じゅうおうむじんに駆け巡りながら銃撃し、辺境伯軍の兵士たちを次々とたおしていった。さらに、ボヘミアの名将ヤン・ジシュカが編み出した例の荷馬車戦術が、二年前と同じようにゲッツたちに襲いかかり、戦況は一進一退、なかなか勝負がつかなかった。

「こんな命がけのいくさは久々だ! 楽しいな、ゲッツ!」

 伯父のフリッツが、返り血で真っ赤になった顔でニヤリと笑いながら、近くで戦っているゲッツに言った。

 フリッツは、この二年間、各地で誰かに言いがかりをつけては私闘フェーデを申し込んで大暴れし、相変わらず無頼ぶらいの日々を送っていた。ランツフート継承けいしょう戦争が起きる直前までは兄のナイトハルトの元を離れていたのだが、戦にめっぽう強い弟を辺境伯軍に従軍させようと考えたナイトハルトは、以前にゲッツを捕まえた時と全く同じ手口でフリッツを居城におびきよせ、文字通り首に縄をつけて強制的に辺境伯軍に加えたのである。

「兄貴にだまされた! 他人のいくさの手助けなんてしたくねえ!」

 と、最初は憤慨ふんがいしていたフリッツだが、おいのゲッツと共に各地を転戦している間に機嫌は直っていた。結局、この男は暴れることさえできたら幸せなのである。

「伯父上。呑気のんきに笑っている場合じゃないぜ。微妙に押されているぞ、これ。俺たちがやられたら、ミュンヘンはおしまいだ。一か八か俺と伯父上の部隊で突撃をかけて、敵の陣形に穴を開けるんだ」

「おう、いいぜ。やってやろうじゃないか!」

 ゲッツとフリッツは、傭兵たちに突撃を命じようとした。しかし、その直前、ズダダーンという銃声がして、ボヘミア傭兵十数人がバタバタと斃れたのである。

「援軍か? どこの部隊だ? …………ランツクネヒトの奴らか!」

 西方から駆けつけたその部隊は、帝国軍のランツクネヒト隊だった。

 義弟のアルブレヒトの援軍要請に応じて、マクシミリアンがランツクネヒトの一連隊をミュンヘンに派遣したのである。ゲッツは、彼らの奇抜きばつな服装を見て、すぐにランツクネヒトだと分かった。

 大きなダチョウの羽根飾りをつけた帽子をかぶり、たくさんの切れ目が入った上着は自分たちの体型を誇張するようにぶかぶかとふくらんでいて、左右色違いのズボンをいている。さらに、股間こかんおおう「ズボンの前当て」と呼ばれる革製(または布製)の袋は、まるで勃起した男根がそそり立っているようで、とても卑猥だ。いったい袋の中に何を詰めているのだと疑問に思うほどぱんぱんになっている兵たちもいる。

 このあまりにも風変りすぎるいでたちは、帝国が定めた軍服ではなく、彼らランツクネヒトたちのファッションだった。どうせ今日(いくさ)で死ぬのならば、面白おかしくて派手なかっこうをして楽しもう、俺たちランツクネヒトの男っぷりを敵兵に見せつけてやろう、という彼らの気持ちの表れなのだ。

者共ものども、かかれっ!」

 六千人のランツクネヒト連隊を率いる連隊長レオンがそう下知げちすると、槍隊が槍の穂先ほさきを並べて突進した。火縄銃の一斉射撃でひるんでいたボヘミア傭兵たちは、続々と槍の餌食えじきとなったが、すぐに軍勢を立て直してランツクネヒト隊に反撃を開始した。

「怯むな、我が同朋どうほうたち。槍のを斬られた者は、剣を抜いて戦え!」

 ランツクネヒトたちの先頭に立って戦っている、金髪の男が剣身一・五メートル近くある巨大な両手剣ツヴァイヘンダーで敵兵数人をぎ倒しながらそう怒鳴ると、ランツクネヒトの兵たちは、

「中隊長殿だけに、いいかっこうはさせねぇぜ!」

 と、叫んで、取っ組み合い用の剣(カッツバルガー)という名の短剣を抜き放ち、ボヘミア傭兵たちに斬りかかった。このカッツバルガーは、ランツクネヒトたちが、文字通り、取っ組み合いの喧嘩をする時のための短剣である。

 ランツクネヒト隊とボヘミア傭兵隊の激しい戦いを見ていたゲッツは、今こそ攻め時だと考えた。

「ボヘミア傭兵どもがランツクネヒトに気を取られている間に、俺たちは敵軍の本隊を攻撃するぞ!」

 そう叫び、フリッツ隊と共に突撃したのである。先陣のゲッツとフリッツに続き、ナイトハルトを始めとする他の部隊も前進した。

「おお! 敵が後退し始めたぞ! 我らも出撃だ!」

 亀が甲羅に閉じこもるようにミュンヘンで籠城していた狡猾公アルブレヒトも、援軍に手柄を全部取られてたまるかとあせって出陣し、戦闘に加わった。

 敵軍はボヘミア傭兵が中心になってよく持ちこたえたが、辺境伯軍とは別の進路からミュンヘンを目指していたシュヴァーベン同盟軍の先鋒のニュルンベルク部隊がすぐ近くまで迫っていると知ると、完全に包囲されてしまうことを恐れて、ランツフートに撤退したのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ