第14話 若造が調子に乗りおって!
さて、大いなる試練がゲッツに襲いかかることになる、ランツフート継承戦争について説明しなければいけない。
当時のバイエルン領は、現在のドイツ・バイエルン州からオーストリアまで広がり、北部のバイエル・ランツフート領と南部のバイエルン・ミュンヘン領に分かれていた。
南部のミュンヘン領を治めていたのが、ローマ王マクシミリアン一世の義弟で、ヴィッテルスバッハ家のミュンヘン公アルブレヒト四世である。彼は人々に狡猾公と呼ばれていて、マクシミリアンの妹クニグンデと詐欺まがいのやり口で結婚していた。
十七年前、先代の神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ三世がまだ存命だった頃、アルブレヒトは美しいクニグンデに惚れて、ぜひとも結婚したいと彼女に申し込んだ。父親思いのクニグンデはアルブレヒトの求婚に心動かされつつも、
「父のお許しを得てくだされば、あなたの妻になりましょう」
と、返答したため、アルブレヒトは悩んだ。その当時、帝国の皇室であるハプスブルク家とアルブレヒトのヴィッテルスバッハ家は険悪な関係にあり、クニグンデの父である皇帝フリードリヒ三世が二人の結婚を許すはずがなかったのである。
クニグンデをどうしても我が物にしたいと思ったアルブレヒトは、皇帝の筆跡に似せた「結婚を認める」という内容の偽手紙をクニグンデに送って彼女を騙し、教会で結婚式を挙げてしまったのである。
皇帝は、娘の結婚を式が終わった後に知り、大いに激怒した。そんな父帝をなだめ、二人の結婚を許してやって欲しいと頼んだのが、クニグンデの兄のマクシミリアンだった。
「私と亡き妻マリーは政略結婚で、わずか五年の結婚生活の後に死別しました。しかし、その五年間、私はとても幸福でした。マリーのことを心から愛していました。私は彼女から教わったのです。愛とは得難く、かけがえのないものだと。クニグンデとアルブレヒトが愛し合っているのならば、どうか引き裂かないでやってください」
マクシミリアンの説得により、フリードリヒ三世も渋々《しぶしぶ》折れ、二人の結婚を黙認した。こういった経緯があったから、ミュンヘン公アルブレヒトは狡猾な人物ながらも、十二歳年下の義兄のローマ王マクシミリアンに恩義を感じて仕えるようになったのである。
一方、バイエルン北部のランツフート領は、アルブレヒトの従兄のランツフート公ゲオルクが統治していた。彼の三人の息子は早死にし、最愛の娘のエリーザベトはプファルツ選帝侯の息子のループレヒトに嫁いでおり、後継ぎがいなかった。そのため、従弟のアルブレヒトに相続権があったのである。しかし、病にかかり命旦夕に迫ったランツフート公は、
「あんな狡猾な従弟に我が領土をくれてやりたくない。我が愛娘エリーザベトの夫、ループレヒト殿に譲ろう」
と考えて、勝手に「ループレヒト殿を相続人とする」という遺言書を書き、病死してしまったのだ。一五〇三年十二月のことだった。
遺言書が発表されると、そんな遺言は無効だと怒るアルブレヒトと、我が息子にランツフート領を相続する権利があると主張するプファルツ選帝侯は激しく対立した。それに対してマクシミリアンは、
「ランツフートは帝国の封土だ。帝国の君主たる余に断りもなく勝手に相続者を変更したランツフート公の遺言書は帝国違反である。ランツフートは、元来の相続権所有者のアルブレヒトが継ぐべきだ」
と、義弟アルブレヒトの肩を持ち、帝国の他の諸侯たちもそろってアルブレヒトの味方をした。
ローマ王が右を向けば左を向き、左を向いたら右を向くような諸侯たちがマクシミリアンの意向にあっさりと賛同したのは、自分の息子をランツフート公にしようと企むプファルツ選帝侯という男を帝国全体の脅威となり得る危険人物と見なしていたからである。
「プファルツ選帝侯の背後には、フランス王ルイ十二世がいる」
誰もが、そう疑っていた。
実際、マクシミリアンのイタリアでの戴冠式と皇帝即位を妨げているフランスは、ドイツ西部のライン地方を支配するプファルツ選帝侯と友好的な間柄であり、いざとなったらフランス王が助けてくれるという腹積もりがあるプファルツ選帝侯は近隣の諸侯や教会の領地を奪い取ろうと様々な画策をしていた。
ドロテーアの兄ラインハルトが主君と仰ぐヴェルテンベルク公ウルリヒなどは、まだ若いからとなめられて、プファルツ選帝侯の息のかかった騎士たちに領内を荒らされたことが何度もある。
また、恐ろしく領土欲の強いプファルツ選帝侯は、自分の家来の居城までも奪うことがあった。ゲッツの親友クリストフの従妹イルマをさらった盗賊騎士クンツの家は、父親のルッツの代に主君であるプファルツ選帝侯によって居城のホルンベルク城を追われ、零落してしまっていたのである。
「プファルツ選帝侯にこのまま好き勝手をさせていたら、フランス王という危険な隣人を我々の帝国に招き入れてしまう恐れがある」
そういう危機感があったため、諸侯たちは、プファルツ選帝侯にランツフートの豊潤な領土を与えてはならないと結束し、アルブレヒト側についたのだ。
マクシミリアンは、アルブレヒトとプファルツ選帝侯の争いが激化して戦争に発展しないように両者の調停を行ない、その一方でフランスとの和議を急いだ。フランス王ルイ十二世は南イタリアの支配に失敗し、手痛い打撃を受けたばかりだったため、今ならばローマ教皇ユリウス二世の仲介で和議を結ぶことができるかも知れないと考えていたのである。フランスと一時的でも和解すれば、ルイ十二世の援軍が見込めないプファルツ選帝侯は武力で訴える真似などしないはず……と、考えていた。
だが、マクシミリアンの平和的に問題を解決しようという努力は、一人の貴公子の蛮勇的行動によってぶち壊されてしまったのである。
「ローマ王は、義弟の肩を持っている。ぐだぐだと話し合っていても時間の無駄だ。俺は、自らの手でランツフートを手に入れるぞ!」
亡きランツフート公の娘婿であるループレヒトは、いつまで経ってもランツフート領が自分の物にならないことに痺れを切らし、ついに挙兵したのだ。
ループレヒトの軍勢は、バイエルン北部に侵入、破竹の勢いで進撃して、一五〇四年四月にはバイエルン・ランツフート領の都ランツフートを占領してしまったのである。ランツフート市民は、亡きランツフート公の娘エリーザベトを妻とするループレヒトを喜んで迎え入れた。そして、ループレヒトは近隣の城や都市を次々と落とし、戦火は一気にバイエル北部全域に広がった。
「二十歳そこそこの若造が調子に乗りおって!」
あと三年で六十歳になるのに血の気が多いアルブレヒトは、興奮のあまり鼻血を噴き出して激怒し、こちらも挙兵した。
戦争の火蓋が一度切って落とされたからには、もう誰にも止められない。
「平和的解決の道は、もはや失われた」
そう判断したマクシミリアンは、ローマ王の調停を無視して武力行使をしたループレヒトと背後で息子を操っているプファルツ選帝侯を討伐する決意をした。
「アルブレヒトは、ランツフートのループレヒトを攻めよ。余はプファルツ選帝侯の領土であるライン地方に出兵する。各地の諸侯、騎士たちは、余の呼びかけに応じ、参戦するべし!」
ライン地方へと進攻するマクシミリアンの帝国軍には、ヴェルテンベルク公ウルリヒなどのプファルツ選帝侯に領土争いで恨みがある諸侯がはせ参じた。そして、アルブレヒトのランツフート領攻撃には、ブランデンブルク辺境伯などの諸侯や、ニュルンベルクを始めとした帝国自由都市の連合であるシュヴァーベン同盟も加わった。
かくして、ドイツ全土を巻き込んだランツフート継承戦争が始まったのである。
その頃、我らが主人公ゲッツはというと、旧主ブランデンブルク辺境伯の元に駆けつけるべく、ニーデルンハルで傭兵の募集を行なっていた。