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鉄腕ゲッツ  作者: 青星明良
一章 盗賊騎士
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第11話 名前は、鋼鉄<シュタール>だ

 ゲッツたちの活躍により荷車城塞ワゴンブルクの戦法を破り、たくさんのカルバリン砲を戦利品として得た辺境伯へんきょうはく軍は、今まで兵力を温存していたカジミールの本隊が中心となってニュルンベルクの街まで迫った。

 しかし、我々の都市を占領されてたまるかと奮起したニュルンベルクの市民たちは、都市の防壁の内からカルバリン砲を激しく撃って抵抗をした。辺境伯軍に奪われたカルバリン砲はほんの一部に過ぎず、都市内には旧式の大砲もふくめて、まだまだたくさんの大砲があったのである。さらに、逃げ戻った傭兵ようへいたちに約束した報酬金の三倍を出すから戦ってくれと言って戦意を取り戻させた。

 辺境伯軍は、都市から打って出て来た、金に目がくらんだニュルンベルクの傭兵たちの思わぬ大逆襲にあい、カルバリン砲にも大いに苦しめられ、あと一歩というところで軍を退いたのであった。

 これはゲッツが後で聞いた話だが、「もうこの都市はおしまいだ!」と諦めて逃げ出そうとした市民もたくさんいて、都市から脱出しようとした群衆の重みで町の橋が壊れて多くの人が溺死したという。

 また、辺境伯側の戦死者もおびただしく、戦で何も得ることができなかったカジミールは鬱憤うっぷんを晴らすため、ニュルンベルク近辺の農村で略奪を行なった。襲われた農民たちは、今回のカジミールとニュルンベルクの私闘フェーデとは全くの無関係で、なぜ自分たちが襲撃されたのかも分からないまま村を蹂躙じゅうりんされたのである。

 後年、辺境伯となったカジミールは、領主たちの圧政に反抗してドイツの農民たちが一斉に決起した農民戦争で、反乱に参加した村々をことごとく焼き打ちし、捕えた農民たちを絞殺刑こうさつけいなどで血祭りにあげ、さらに、戦乱のどさくさに紛れて教会の土地まで横領おうりょうするという非道な行ないをする。二十一歳のカジミールは、この時すでに冷血な暴君となる片鱗へんりんを見せていたのである。

 最初から略奪が目当てで戦に参加していたクンツは、嬉々としてこのカジミールの略奪に加わり、農民たちから金品や食料を奪った。

 一方、ゲッツとタラカー一味、クリストフは略奪に参加せず、しらけた雰囲気でカジミールやクンツの略奪を遠くから見ていたのである。

「喧嘩に負けた弱虫のガキが、腹いせに自分よりも小さい幼児をいじめているみたいだな。胸糞悪いぜ。私闘フェーデに無関係な、戦う力を持たない農民たちの家を焼いて何が楽しいんだ。こんな情けないこと、盗賊騎士を名乗る俺でもやらねぇよ」

 クンツの傭兵が農村に火をつけたらしい。夜の闇に赤々と燃え上がる炎をにらみながら、ゲッツは荒々しい声でそう言った。

「クンツは、目先の利益のためならば、残酷なことを平気でやってしまうところがある。奴は、大人しくて可憐なイルマを一目見て以来、何が何でも手に入れたいと執心しゅうしんしているが……。俺は、あいつの酷薄こくはくな本性が心配で、イルマをクンツに嫁がせたくないんだ」

 クリストフはそう言ってため息をつくと、不機嫌そうなゲッツの横顔をチラリと見た。

(いや、本当は……幼い時に両親を亡くして我が城で育った、可愛いイルマを俺は誰にもくれてやりたくないのだ。だが、イルマもいつかは大人になる。どうしても手放さなければならないのならば、荒くれ者でも根は優しいゲッツにイルマを……)

 クリストフは以前から悩みぬいた挙句、心にそう決めていた。だが、ゲッツは、クリストフの亡父が決めた婚約者ドロテーアに惚れ、親友の許嫁いいなずけと知って失恋したばかりだ。今、ゲッツにイルマとの縁談を持ちかけても、

「ドロテーアは俺の許嫁だから、代わりにイルマをくれてやろう」

と、ゲッツに言っているようなものだ。

(ゲッツの自尊心を傷つけてしまうかも知れないから、時間を置いて、ゲッツの失恋の痛みがやわらいだ頃を見計らって言おう。イルマはまだ子どもだ。あと少し……もう少しの間だけは俺の手元に置いておける……)

 クリストフは、迷いながらも心の中でそう結論づけると、「ゲッツ。戦は終わった。俺は居城に帰るよ」と言った。

「ドロテーア殿に会いに行ってやらなくてもいいのか? あの子、お前と会えたのにろくに話すこともできず、寂しそうにしていたぜ」

「ああ。いずれザクセンハイム家にはあいさつをしに行く。お前も、たまにはヤークストハウゼンに戻って、母親に孝行をしてやれよ」

「……まあ、気が向いたらな。たぶん、顔を合わすなり、ぶん殴られるだろうがな。もうずっと音信不通だからさ」

 ゲッツが苦笑すると、クリストフもフフッと笑った。そして、「また会おう」と言って馬に乗り、傭兵を引き連れて去って行った。

「さてと、タラカーの親父。俺たちもニーデルンハルに戻ろうか」

「いや、あそこはそろそろ離れたほうがいい。シュヴァーベン同盟の奴らが、俺があの街を拠点にしていることを突き止めたかも知れないんだ。今までさんざん飲み食いをさせてくれた、お前のおじさんのノイエンシュタイン殿には迷惑をかけたくないからな」

 盗賊騎士タラカーは、何度も各地の帝国自由都市に私闘フェーデを仕掛けていて、シュヴァーベン同盟からは目のかたきにされていたのである。

「そうか。だったら、どこに行くかなぁ」

 ゲッツが腕組みをしながら落ち着く先を考えていると、「おーい! おーい!」という声が聞こえて来た。

「うん? 誰だ? この声は……傭兵隊長のアプスベルク様だな」

 負傷したのか頭に包帯を巻いたアプスベルクが、ひと目で駿馬と分かるたくましい体躯の白馬に乗り、ゲッツたちの元にやって来た。

「ゲッツ、もう去ってしまうのか。殿様は、そなたが盗賊騎士をやっていると聞いて、ゲッツのような勇士がつまらぬ争いで命を落とすのではといつも心配しておられるのだぞ」

「俺の心配よりも、お世継ぎのカジミール様の心配をなさったほうがいいですぜ。あんなにも農村を焼き打ちしていたら、辺境伯家の評判がガタ落ちだ」

「う、うう~む……。それは分かっているが、あのお方は殿様の言葉にも耳を貸さない御仁ゆえな……。しかし、ゲッツよ。そう言うお前も盗賊騎士などと呼ばれて、評判が悪いぞ。いい加減、無頼をきどるのはやめて、大人しくなったらどうだ。殿様と再び主従の契約を結べ」

「アプスベルク様。お気持ちはありがたいが、どうせ、またポーランド野郎と喧嘩をして殿様の頭痛の種になってしまうのが落ちです」

「そうか……。仕方ないな。無理に引き止めるわけにもいかぬ。だが、代わりにこの馬を受け取ってくれ」

 アプスベルクはそう言うと、白馬から降り、その馬をゲッツの前まで引いて来た。

「殿様よりそなたへのたまわり物だ。こたびの戦においてそなたほど死に物狂いで戦ってくれた者はいなかった。その報酬として、受け取って欲しいと殿様はおおせだ」

「殿様が、俺のためにこの馬を? そいつはありがてぇ。ちょうど、自分の馬を失ったところだったんだ。ナイトハルトの伯父上からも良い馬をもらいそびれたし。こんな名馬が欲しかったんですよ」

 ゲッツは大喜びして、白馬の立派な肉体を撫でた。

「まるで鋼鉄のようにたくましい体だ。これなら、戦場で俺に激しく乗り回されても、へばらないだろう。……よし、こいつの名前は、鋼鉄シュタールだ。シュタール、今日からよろしく頼むぞ」

 玩具をもらった子どものように大はしゃぎのゲッツは、新しい愛馬にそうあいさつをすると、早速、シュタールに飛び乗った。

「アプスベルク様。殿様にお伝えください。この恩は決して忘れないと。戦がまた起こったら、どこにいても今回のように必ず駆けつけて、殿様をお助けしますので、ご安心ください」

「ああ。分かった。達者でな、ゲッツ」

 ゲッツは「アプスベルク様も、ご達者で」と返事をすると、

「じゃあ、俺たちも行くか! 新しい落ち着き先は、馬を走らせながら考えればいいさ!」

 と、仲間たちに言った。

 タラカーと部下の傭兵たちも、「そうだな」「走りながら考えようぜ」と口々に言い、うなずき合う。風の吹くまま、気の向くまま。常に無計画。お気楽な連中だった。

 このように、盗賊騎士ゲッツの毎日は、冒険に次ぐ冒険、戦いに次ぐ戦い。一分一秒たりとも、ゲッツは平穏な時間を持とうとはしなかった。喧嘩好きな荒くれ者の性分が、その身を危険な冒険や戦に飛び込ませていたのである。

 だが、そんなゲッツの人生に大きな衝撃をあたえる戦が起きることになる。その戦というのが、二年後のランツフート継承戦争である。

これにて一章終了。


次話から「二章 ランツフートの衝撃」がスタートします。

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