一章 夢幻との出会い 1
物語の始まりはいつだって突然だというけれど、それは、今までその始まりに気がつかなかっただけで最初から、この世界が創られたときから始まっていたのだと思う。
光の境界
みんな自分というものをどれだけ正確に説明できるのだろうか・・・・。もちろん今までの自分の略歴を説明してほしいわけじゃない、その人の《存在》といったものだ。
私には出来ない、突然誰かにそんなこと説明してもその人を困らせるだけだし私はそれに見合う言葉を知らない。
ATI‐α
Angel Type Interface‐α もはや名前ですらないこの名称は、人とほとんど同じ姿で違うのは背中に生えたこの白く大きな羽根だけで同じ知能を持った私の人としての尊厳をそれだけで否定している。
「α、もう上がれ」
いきなりの声に私は目を開く、そうだ私はいつものように実験のためにこの管のような水槽の中に入っていたのだった。最近、私はこの管の中でもてあましている暇をつぶすように考え事をしている。声をかけられるのは入るときと上がるときだけ。だから、このわからない言葉もなんとなく意味がわかるようになった。そう、私には《言葉》がない・・・知らないのだ。使ったことのないもの使わせてもらえなかったものは知らない。それでも考えることは出来る。きっとこの人たちは私に人としての行動を許したくないんだ。言葉を喋ることで私が対等の存在になるのが嫌なんだと思う。それは恐怖からなのかそれとも傲慢からなのか私にはわからない。
だから、私が心を持って思考していることに気がつかないのだろう
管の中から上がり今まで着ていた実験用の青いウエットスーツのようなものを脱ぎ白い囚人服のようなものを上から被る。実験のせいで濡れてしまった、伸ばせば身の丈ほどの大きさの白い羽根に少し不快感を覚える。
私はいったい何者なのだろうか、心と知能を持って二足歩行で歩き二つの目を持ち両の手で物を掴むことが出来る。ただ、羽根という特異点を持った私は人間じゃない、いったい何者なのだろうか。
こんな私でも願いがある。
今まででたったの一度だけ外を見たことがある。昔にある人が私を外の世界に連れ出してくれた。何故そのヒトがそんなことをしたのか今でもわからない。でも、私は感謝している。その人がいなかったら私は世界の全てがここに詰まっているのだと思い込んでいただろうしこんなふうに思考することもなかった。
私は世界をもう一度見てみたい
それが今、私に許された唯一の望みなのだ。
夢幻との出会い
0.
突然の交通事故、もう昼夜問わず車両の少ないこの世の中でそれに出会う確立はどれくらいのものだろうか。そこで少女と出くわす可能性はどれくらいのものだろうか。
助けを求められた声に手を差し伸べたのは、きっと人として困っている人は助けないといけない、なんて道徳観念からなんかじゃなくてただその少女が、月明かりを一身に受けたその少女の姿がただ、どうしようもなく美しかった。
理由はそれだけでもいいと思った。
1.
昔のある科学者がこう言ったらしい。
「科学はいずれ世に広がり人々の暮らしをより豊かなものにするだろう」
だがしかし、こう言った人もいた。
「科学によって便利になった世界は自然を、この星を蝕むだろう」
僕は後者の意見に賛成だ。でも科学がないと困るのは確かだ。現に今の生活は昔に比べて大変になったと、歳をとったお爺さんたちは言っている。
五十年前(正確な開戦は五十五年前)、後に《終末戦争》と呼ばれることになった世界戦争があった。最初は、まともな戦争というのもおかしいがその国々の軍隊が戦闘機やらなんやらで戦うまっとうな戦争をしていた。しかし戦局はこう着状態に陥りそこに持ち込まれた戦争を手っ取り早く終わらせるための兵器、誰もが知る兵器《核》。一瞬で都市を焼き尽くし人々を消滅させることの出来る最も効率のよい兵器、そして最も爪あとを残す兵器それらが使われた。大量破壊兵器の目的であるはずの抑止、これを無視して使われた《核》はそのもう一つの使用目的を果たし世界の半分もの人々を死滅させ多くの国家がなくなった。そして戦争はどの国が勝ったのかそんな問題を通り越して人類を生存させるために残った国だけでの安全保障条約の締結というかたちで終局を迎えた。
その後、過ちを繰り返さないため《核》つまりは原子力その全てを禁止する条約がほぼ全ての国家の同意の下に締結した。締結しなかった国はもともと原子力に頼っていなかった小国たちぐらいのものだった。それほどまでの悲劇を全世界が味わうことになったということだ。それが、《終末戦争》。
しかし、世界は当然といわんばかりにエネルギー問題に陥ることになった。だから、これ以上の研究を禁止された核の代わりにかねてから着目されていた風力、水力、太陽光エネルギーの研究が急速に進むこととなった。
ここもそんなあおりを受けて十年前からスタートした風力発電の施設である。
もちろん研究が急速に進んだからといって問題が解決されたわけではなく生活にかける電力なんかは制限を受けることになったしその上料金は値上がりした。僕は生まれたときからこの生活だから不便さを感じることはないがさっきも言ったように年寄りたちは不便になったと言っている。
それはさておき今日は三カ月おきの風車の定期清掃の日なわけで今僕は中から上に登りそこからつるされてブラシをもってごしごしと磨いているわけだ。バイトをしながらの学生生活だが単位制の行く時間と日にちをだいぶ自由に出来る学校に行くというスタイルで生活をしている。ここでのバイトは五年目になる。普段はここで警備員のバイトをしてこうして時期が来ると風車の清掃をする。まだ十歳のときは清掃のときにひょっこり現れて手伝いをしてお小遣いをもらう程度だったが父さんが死んでしまった2年前からは本格的なバイトとして雇ってもらうようになった。だから実際は二年目で、居ついて五年目なのかもしれない。
「アオくん、そろそろ昼にしよう」
上から声をかけられ引っ張られて上がっていく、まるで罰ゲームのようにも見える。
警備員兼雑用係である僕を快く雇ってくれたのは昔、父さんの教え子だったという三枝さんだ。歳は二八といってはいたがまあ高いほうではないかと思わせる身長とスリムな体型、色白、色の抜けた灰色に近い髪の毛でさらに子顔で童顔。正直まだ高校生だといっても疑う人はいないんじゃないかと思わせるその容姿そしてクシャッと犬のように笑う姿はその人の性格、優しさを前面に押し出していると思う。
ちなみに今僕はアオと呼ばれたけど本当の名前は蒼空という、何故アオになったかというとまあ単純に呼びにくいからだ。なら、「そう」でもよかったんじゃないかとも思うがこの職場にはもう芦沢宗といってちょっと太り気味の「そうくん」という愛称で親しまれている人物がいるからだ。それからというものみんながアオと呼び始め初対面の人にはアオが本名なんだと思われてしまうぐらいに定着してしまったのだった。
「お疲れ様、今日は天気がいいからみんなで外で食べようか」
君の作るのはおいしいから外で食べたたらもっとおいしいだろうねと言いながら風車の中の階段を三枝はカツンカツンと音を立てながら降りていった。
地上に下りるともう他の風車で作業をしていた面々がお腹をすかせて集まっていた。
そう、ここの昼食はでその日のシフトに入っている人の誰かが弁当を朝に全員分ここの食堂で作る決まりになっているのだ。何でも「買うよりも人の作ったご飯のほうがおいしいからね」とのことらしく、今日は僕が当番の日だったりしたのだ。
いつもなら警備室で監視カメラの確認と見学者の受付を二人シフトで行なっているから弁当を作るのも楽なんだが今日はたまたま清掃の日で、全員で十人分も作るはめになってしまっていた。そのためいつもより早く起きるはめになって、寝不足のまま宙ぶらりんというあまりよろしくはないことになってしまったのだが。
「もう今回のノルマは終わりだから午後はいつものシフト以外の人は帰っていいよ」
食事の最中、三枝がみんなにそう言った。みんなその言葉を待っていたのか、疲れたなー、とかまた三ヵ月後だな、とか言いながら弁当に手を伸ばしている。なんとなく帰すなら全員分は要らなかったんじゃないかと少し心で愚痴りながらもお腹はすいていたのでから揚げに箸を伸ばす。自分の弁当の出来に満足しながらその日の昼は終わった。
「今日はもう帰っていいよ」
日も落ちて夜遅く、夜勤つまり深夜時間の警備の時間。アオが次の日、学校だと三枝は決まってアオにそういうのだ。
「じゃあこれだけ片付けてから上がります」
手元にある書類の記入だけ手早く終わらせて身支度を始める。すると、本来は夜を徹しでやるはずの夜勤だが帰るアオの代わりの人が警備室に入ってきた。
適当にあいさつをして外に出るためにIDカードを取り出す。このバイトで面倒くさいのはここだ。世間では便利さを制限している国際法もこういった研究施設ではあまり意味を成していない。施設的な特権だ。技術が進歩しないことにはエネルギーの問題は解決しないここは発電施設と研究施設を兼ねているからその特権はすごかったりもする。だから出るのも入るのも面倒くさい。門をくぐるときに許可カードを通す、その次に施設に入るときにIDカードを通しロックナンバーを入れる。おかげでぎりぎり出勤が出来ないのだ。
仰々しいセキュリティを抜けて外に出ると快晴の夜空には月が満ち、星がちりばめられ街灯などなくてもその明かりだけで十分なような気がした。いや、街灯はあるのだがつけられているのは何本かに一本程度規則正しい間隔だけだったりする。
僕は仕事の都合で運転は出来るけど免許は持っていない、それに昨今では個人で車を所有するなんてことは出来ない。だからわが愛車は乗り手によって燃費が変わり自然にとっても優しいエコロジーなママチャリである。
そう、制限を受けたのは電気だけじゃないエコロジーブームなのかなんなのかは知らないけど個人で車を所有することも禁じられたもう二十年前になるらしい。バスや電車、タクシーはその制限を受けなかったが交通量は規制されガス代も高騰していて、もともとその量が多いというわけでもなかった。もちろんこんな時間帯にバスが走っているわけもないから必然的に自転車ということになる。
・・・最初にバスで出勤したものの夜、帰宅するときにバスが終わっており歩く以外に手段がなくなっただとかはまた別の話である。
だから普通この日付が変わろうとしている時間帯に車が走っていることはうちの作業車を除けばあまりないしその作業車だってこの時間帯にならほとんどいない。しかし今日は違った。
自転車で走り始めて三十分ほど経ったあたりで後方から照らされるライトに気がついた。たぶん発電所の奥にある研究施設のものだろう、白い大型の車は護送車のように見えた。
「めずらしいなっと」
そう、本当に珍しいのだ。
アオは今まで車のいない道の中央を走っていたのだがやり過ごすために脇道に移動することにした。
それにしても速い、しかも少し蛇行運転になっている。あぶないな、とつぶやきぶつかることはないだろうと思いながら車が追い越すのを待っていた。
しかしそれは甘かった。普通ならこの行動が正解で本来は甘くない、だがあちらの運転手の状況がおそらく普通ではなかったのだ。大きな白い車はアオのほうにスピードを増して迫っていった。それはもしもぶつかりなんかしたらただではすまないだろうし運が悪ければ死んでしまうこともありえるだろうものだった。
「――――――――――――――って!」
やばい、アオは即座に感じたことに同意して自転車を捨て道からそれた森の中に音を立てて飛び込んだ。自転車から降りてやり過ごそうとしていたのはやはりよかった。これがもし自転車に乗った状態、走り続けたまま回避しようとして下手なことをしていたら後ろから追突されもしかしたら死んでしまっていたかもしれない。少なくともどこか打ち付けて骨折はしていただろう。何しろ相手は大型車でおそらく時速100kmは出ていたと思う。
車はアオの自転車を巻き込み破壊してその横すれすれを通って森の中、道なき道へとバキバキと音を立てながら進みその先にある崖から転落していった。
―――――助けて。
転落した車が爆発したのだろうものすごい音がした。夜だというのにがけ下で太陽が出ているような明るさに立ち込める煙、これは誰も助からないな、と非常時の中でアオは他人事のように冷めた考えをしていた。
―――――助けて。
今、声がした気がした。・・・声というよりも頭の中にスッと入ってくるようなそんな不可思議なものだ。
―――――助けて。
確かに聞こえる。どこからかはわからない、でも聞こえる。あたりを見渡してみても人などいないはずなのにその声は確かにアオの頭の中に響いている。
「誰かいるの?」
なんて弱々しくて情けない声だろう、と自分で思いながらもそう言わずにはいられなかった。しかしその呟きに返す言葉はなく爆炎に照らされながらアオは不安に駆られた。そうして耐え切れず足早にこの場所から立ち去ろうと道に戻り自転車がなくなってしまったことを確認してアオは早歩き気味で歩き始めた。・・・その時だった。
「今度はなんだよ――――――」
もうわけがわからなかった。本来のアオは結構冷静であまり物怖じしない性格であるが、それは常識の範疇でのことである。この暗闇に包まれた道、その状況はアオの冷静さを刈りとってその心を不安で埋め尽くした。それでもアオは震える足に叱咤して何事もなかったかのように帰ろうとした。明日この事件を新聞なんかで他人事のように眺めることでその場に自分がいたことを否定したかった。偶然そんな夢を見たのだと、こんな恐いこと僕は知らないと、そう言いたかった。・・・・でも、現実はそうさせてくれないらしい。
「なんなんだよ」
足が震えている。そりゃそうだこんなもの僕は知らない、目の前に発生した突然の光なんて僕は知らない。
それはまぎれもなく光だった。まだ次の街灯までは少しあるのにこんな道の真ん中がものすごく明るいなんておかしい。おかしいものはそれだけで恐怖の対象になる。・・・それでも、アオの気持ちとは裏腹にこの光は暖かかった。
◇
私は今、移動しているのだろう。さっき車(だと思う)に乗せられてその後に振動がくるようになった。私が知っている数少ない知識だ。何故知ったかは以前に私を連れ出してくれた人が乗せてくれたからだ。これは外を走るもので室内を走るには適していない。どこに移動しているのかは知らないし興味もない、多分さっきまでいた場所での私の役目は終ったんだと思う。
車がその振動を私に伝えるようになって少し経った。実のところ私はこの機会をずっと待っていた。外を見る機会、つまり逃げるチャンスだ。しかし、どうやって・・・。時間が経てばこの車から降ろされてチャンスは終わってしまう、次は何年待つことになるかは分からないそんなのはイヤ。あいにくこの背中の羽根は広げることは出来ても飛ぶことは出来ないし出来たとしてもこんな閉鎖空間じゃ何の意味も持たない。
でも、そのときはやってきた。
「あっ・・・ああ・・」
突然のフラッシュバックとともに吐き出されるうめき声、檻の向こうにいる人間たちの動揺となにやら叫び声。
一瞬思い出されるのは遠き日の私を連れ出してくれたあの人の笑顔、何か喋っているようにも見えるが私にはわからない、そのことがなんだか悔しくて悲しかった。
私の意識はそこで途切れ、夢の中を彷徨おった。
その日の真実が語られることはないだろう、なぜならその場にいたもので生き残ったのは羽根を持った少女だけ、他のものはこの車と運命を共にすることになる。意識を失った少女がその羽根を広げて光を発したなんてことは誰も知らない。その光がその中にいた人全ての意識を奪い車内の機器を壊し少女を包み込み他の者を残し消えたなんてことは誰も知らない。
◇
アオの目の前に現れた光は次第に形を成していった。もちろん今のアオにそんなことを確認する余裕などありはしなかったが確かにそれは徐々に形を成していった。
「なんなんだよ?」、もうそれしか言えていない。
恐怖感を抱きながらも暖かいその光は本来なら一目散に逃げ出しただろうアオの足を止めた。今の冷静さを失ったアオに判断力はなくただそれを見つめることしか出来なかった。
徐々に形を成していったその光は人のような形で落ち着き始めていた。
そして音をたて倒れ光がやんだ。そこに現れたのは女の子だった。異常な点があるとすればその背中に生えた羽根ぐらいでほかはただの女の子だった。その肩の高さに切りそろえられた色の薄い艶やかな髪と透き通るような肌、整った幼い顔立ちはそれまで恐怖に震えていたアオの思考を一瞬で停止させた。本当に女神がいるとしたらいやいたとしても裸足で逃げ出してしまうだろう、それほどまでにキレイで美しくてかわいかった。
魅入ってしまっているとその少女が目を覚ました。何か喋ろうと口を開いてはいるのだがうまく声が出せないのかそれとも言語が違うのか一向に言葉らしきものは聴けなかった。やっとまともな思考を取り戻した僕は一つ呟いた。
「―――――羽憑き、実在したんだ」
◇
目を覚ますと私は知らない場所にいた。辺りは暗く静寂に包まれていた。ただ目の前に男の子が立っているのはわかった。その男の子のなんだかとても懐かしい雰囲気にこのままもう一度目を閉じてしまいたかったけどそれよりも目の前の男の子を見たくなっていた。
「――――――――――」
言葉がわからないことがもどかしい、この人には何かいわなくちゃいけないことがあるってわかっているのに何も伝えることが出来ない。初めて会ったはずの人なのに伝えないといけない・・・・何を?
「――――――――――」
男の子は首を傾げるだけで私の発している声はわからない、私自身なんて言っているか自分でもよくわからないのだからしょうがないだろう。だから一つだけ行動することにした。きっとこの人なら応えてくれる気がしたから、この行為の意味はなんとなく私にもわかるから一つだけ、一つだけ私は行動する。
この手をとって私を助けてください。
◇
言葉が喋れない少女は一つだけ行動をした。その大きく開いた灰色とコバルトブルーの瞳をまっすぐアオに向けてその白くきめ細やかな顔と同じ色をした手を差し出した。そしてアオはその手を迷うことなくしっかりと握り返した。
お互いに言葉がわからなくても今のこの行為の意味はひとつしかないと思った。彼女は助けを求めていておそらくはさっきの事故となんらかの関係があるのだろう、でもそんなのは関係がなかった。
月明かりに照らされた少女は幻想的で美しくて助けたいと思った理由なんてそれだけでいい気がした。
それぐらい何故だか心の鼓動を感じたんだ。