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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章③:カルネラ編
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27-③ ロランス家

「お邪魔しまーす!」


「ちょっと、夜遅いんだから控え目にしときなさいよ」


「あ、そっか。ごめんなさい」


 オリバーに招かれて入った家の中は、領主邸宅であるマクシリア家のものよりも広々としていた。

ミーナにお叱りを受けたリアがボリュームを下げて謝るのを聞いて、私服――サイズにゆとりのある半袖のサマーニットとクロップドパンツ――姿のオリバーが「気にしないで」と朗笑。


「ここには僕と母さんの二人しか居ないから。母さんは上に居るけど、今ぐらいの声だと聞こえてないと思うよ。耳があまり良くないから」


「そうなの? でも、お母さんが居るならご挨拶に……」


「待ちなさい。それより先に確認すべきことがあるでしょ」


「え、何?」


 きょとんとするリアを押し退けて、ミーナは自分より背の高いオリバーを胡乱な目で見つめた。


「アンタがオリバー?」


「えっと……そうですけど、どうかしましたか?」


 ミーナは脳内で過去の記憶をひっくり返し、目の前にある顔に見覚えが無いかどうか念入りに確認してみたが、思い当たるものは無い。


「アンタ、アタシの幼馴染とか言ってるそうだけど、どういうつもりよ? アタシはアンタみたいな地味メガネ、全ッ然知らないんだけど」


「えっ、幼馴染? ちょっと待って、僕そんなこと一言も……」


 どういうことかと、オリバーは困り顔で、ミーナは怒り顔でリアを見た。

 「あれ? 違ったっけ?」といった顔をしたリアの頭を、ミーナは拳で挟む。


「どういう事よ! 話が違うじゃない!」


「え〜!? でもオリバーくん、昔からミーナちゃんの知り合いだって……」


「知り合いというか、殆ど一方的に知ってるってだけだよ。僕はマクシリアさんと違ってただの一般庶民だし、認知されてなくても仕方ないよ」


 オリバーの言葉に、頭グリグリの刑からリアを解放したミーナが、再び彼に視線を戻す。


「一般庶民の割には、随分と立派な家に住んでるみたいだけど? ここ、本当にアンタの家なの? 勤め先じゃなくて?」


「ええと……その辺りの話は少し複雑なので、説明しても納得して貰えるかどうか……」


「いいから話しなさいよ。得体が知れないままだと落ち着かないし」


「はぁ……」


 ならとりあえず場所を移そうと、オリバーは二人をリビングに案内した。

 モルタル造りの壁など基本的な構造はカルネラの他の家々と同じだが、漂う雰囲気が一般家庭のそれとは一線を画している。


 その雰囲気を演出しているのは、家のあちこちに置かれている調度品の数々だった。

 どれも骨董品として価値の高そうなものばかりだが、ただ飾られているのではなく、本来の用途できちんと使われているらしいことが見て取れる。


 壁に掛けられた時計や絵画、天井から吊り下げられているランプ、見事な意匠の絨毯などを眺め回したミーナは、光沢のある木製のテーブルセットから椅子を引き出して座る。

 リアも隣で同じ動作をして、


「オリバーくんのお家の中って、なんだかちょっと学院に似てるね?」


 と感想を漏らした。

 オリバーは飲み物の好き嫌いはないか尋ねてから三人分の紅茶を淹れて、それをテーブルに運びながら答える。


「そうだね。学院で使われているのと同じ物も幾つかあるだろうから、そのせいかな」


「同じ物って……そんな簡単に手に入るような物じゃないでしょ? 元々は王室で使われてた物なんだから――――って、まさか、アンタ実は王様の息子だとか言うんじゃ無いでしょうね!?」


 話している内にその可能性に思い至ったミーナは慌てたが、オリバーは「まさか!」と笑ってそれを否定する。


「でも、確かに一応王家と関わりのある家系ではあります。正確には〝あった〟ですが」


「今は違うってこと?」


「そうですね。僕が生まれた頃にはもう関係を絶っていたので、実際にどんな間柄だったのかは聞いた話でしか知りませんが……」


 オリバーは二人の対面の席に座って、味を確かめる意味でも先に紅茶を一口啜って話し始める。


「母の家系は代々、王に仕える臣下――というより、宰相のような立場に居たそうです」


「さいしょうって?」


「王様の相談相手みたいなものよ。それで?」


「母の兄――僕の叔父に中る人が、先代の王と方針の違いで揉めて、そのまま喧嘩別れのような形でお役御免になったみたいです。僕が知っているのはそれだけですよ」


 オリバーのその至極簡潔な説明に、リアは友人同士の諍いの顛末を聞いた時のような緩いリアクションで納得したが、ミーナは「絶対そんな簡単な話じゃないでしょ……」と呆れる。


「宰相を任されてたってことは、それなりに信頼されてたって事でしょ? それがちょっと意見が食い違ったくらいでクビになるもんなの?」


「そこは僕には何とも。ともあれ、この家はその叔父さんが当時母に買い与えたものみたいで。身分不相応な住処になっているのはそういう理由……なんですが、納得して貰えましたか?」


 控え目に尋ねるオリバーに、ミーナは釈然としない面持ちのままではあるものの、「まぁ、一旦はそれでいいわ」と引き下がった。


「今はアンタのことよりも、考えなきゃいけない事が山ほどあるから……」


「……領主交代(サレンダー)の件ですよね? マクシリアさんは納得していないと、ご両親は言っていましたが……」


「ご両親って……ああ、そう言えば、昼間家に誰か来てたわね。あれってアンタ達だったの?」


「そうだよ〜! ミーナちゃんのこと呼んだのに、全然止まってくれないんだもん」


「あの時はそれどころじゃなかったのよ。……今もだけど」


 ミーナ深い溜息を吐いて、ティーカップの中に注がれた飴色の液体をぼんやりと眺める。


「……こんな風に悩んでたって、アタシにはもうどうしようも無いけどね」


「ミーナちゃんは領主さんが変わるの嫌なんだよね? なら、闘技大会? って言うのに出て、勝てばいいんじゃないの? そしたら交代しなくていいんだよね?」


「そうしたいけど、決闘は基本領主本人が出場する事になってるから、アタシがパパの代理で出場するには、委任状が必要なのよ」


「そのイニンジョーっていうのは、どうすれば貰えるの?」


「書類自体はもう持ってるわ。でもサインが必要なのよ。パパには何度も頼んだけど、全然聞いて貰えないし……」


 消沈するミーナに、助けになりたいリアも何か出来ないかと難しい顔で唸る。

 そんな二人に、オリバーは頭に浮かんだ案を、少しだけ悩んでから口にする。


「もしマクシリアさんが本気で大会に出るつもりなら、委任状は僕が何とか出来ると思いますよ」


「は? 何とかって……どうするつもりよ」


「ブルーノさんの筆跡が分かるものさえ貸して頂ければ、僕がそれを真似てサインします」



 ――――間。



 何でもない事のように言ってのけたオリバーに、ミーナは絶句。

 一方、事の重大さが分かっていないリアは、無邪気に目を輝かせて、


「オリバーくん、そんなこと出来るの!?」


「流石に筆跡鑑定を突破出来るほどの精度のものは無理だけど、今回に限ってなら何とかなると思う。真似て描くのは結構得意だから」


「はえ〜、そう言えば、ラクアとかマルナちゃんが〝オリバーくんは絵が上手〟って言ってたなぁ〜」


 そんなやり取りをしていた。

 数拍置いて相手の発言を何とか受け止めたミーナは、顔を引き攣らせながら答える。


「アンタ、それ、自分が何言ってるか分かってんの……? 文書の偽造なんて犯罪よ、犯罪!!」


「それはその通りなんですが、僕には他の手段が思いつかないので……」


「それはっ――――そうかもしれないけど、でも、バレたらどうすんのよ!?」


「多分大丈夫だと思いますよ。偽造した委任状を提出するのが垢の他人ならばともかく、マクシリアさんであればそれほど疑われるようなことも無いと思いますから。わざわざ筆跡鑑定なんて面倒な真似はしないでしょう。戦士族(ベラトール)の方は大雑把な方が多いですし」


「だからってリスクが大き過ぎるわよ! それに、仮にそれで受理されたとしても、すぐ報じられてパパにバレちゃうじゃない!」


「締切ギリギリで提出すれば、その後すぐに試合が始まりますから、ブルーノさんが気付いても止めに入ることは出来ないと思いますよ。念を入れるなら、試合が終わるまで睡眠薬で眠らせておくのも一つの手ですが……」


 顔色一つ変えずに言ってのけるオリバーに、真っ青になっているミーナはガタリと席を立って後退り。


「睡眠薬って……だから、それも犯罪でしょ!? アンタ倫理観どうなってんのよ!」


「あ、いえその、全部あくまでも提案ですから! 手段を問わないのであれば、そういうやり方もありますよっていうだけの話で……僕もそういうことに全く抵抗がないわけじゃ……」


 と、ミーナの反応を見て、オリバーは慌てて弁明。


「ただ、出来れば僕も領主はブルーノさんのままであって欲しいと思っているので……ハルトムートさんが領主になれば、またカルネラが以前のような状態に戻るだけでしょうし」


「オリバーくん、昼にも以前のカルネラがどうとかって言ってたけど、そんなに今と違うの?」


「うん。ブルーノさんが領主になる前のカルネラは……なんて言うか、第二のガルグラムって感じだったんだよね。表面上はそこまで荒れては無かったんだけど……実際はさっき僕が提案した犯罪行為程度なら、誰も見咎めないような環境だったよ。薬なんかも出回ってたし」


「薬? 病気が流行ってたの?」


「そっちの薬じゃなくて――――ああでも、いいわ。アンタはそういうのとは無縁そうだし。知らなくていい」


「?」


「とにかく、あんまり良い町じゃ無かったんだ。でも、マクシリアさんが領主になってからは、少しずつ良くなっていって……今みたいな感じになったんだ」


「建て直すの大変だったのよ? 負債塗れだったし、町は汚れきってるし……当時の領主なんて、メリットが無さすぎて誰もやりたがらなかったわ」


「でも、ミーナちゃんのお父さんは立候補したんだよね?」


「違うわ。強引に押し付けられたのよ。パパは人が好いから、頼まれると断れなくて……そのせいで、アタシまで苦労させられたんだから……」


 そう語るミーナの悲痛な表情を見て、リアは未だ知らない彼女の過去に思いを馳せた。

 ミーナはすぅっと息を吸い込んで、辛い記憶に基づく暗い感情を溜息として吐き出す。


「……今回領主交代を申し入れてきたハルトムートって奴はね、パパの前にカルネラの領主をやってた男なのよ。この意味が分かる? アイツは、自分が滅茶苦茶にしたカルネラをパパに押し付けておいて、今度は綺麗になったカルネラを横取りしようとしてるのよ。パパとママが身を削って造り上げた、今のこのカルネラを……!」


 湧き上がる怒りを拳に乗せて、ミーナはそれを机に叩きつけた。

 これまで平静を保っていた声色にも感情が滲む。


「そんなの許せるわけないでしょ!? おかしいわよ! アタシ達一家を何だと思ってるのよ……!」


「ミーナちゃん……ねぇオリバーくん、領主さんって、決闘に勝ったら誰でもなれちゃうものなの?」


「基本的にはそうだね。流石にあまりにも酷い経歴の人は弾かれるけど……あとは、決闘で卑怯な真似をしたりとかね。シルヴァリエ区長が、そういうの嫌いな方だから」


「シルヴァリエ区長……って、ララ先輩のお父さん? その人に相談してみるとかは?」


「何をどう相談するのよ。〝父が領主で無くなるのは嫌です、何とかしてください〟って? 〝なら決闘で勝て〟って言われるだけでしょ。そもそも、いくら領主の娘だからって、長と直接話なんてそうそう出来ないわよ」


「う〜ん……じゃあ、酷い経歴の方は? 前のカルネラがそんなに酷かったなら、前の領主さんも良くないこと沢山してたんじゃ……」


「してたでしょうね。でも検挙された事は無いのよ。大方、お金でも握らせて見逃してもらってたんでしょうけど」


「その辺りの証拠でもあれば良かったんですけどね。もう随分昔の事ですから、今から調べるのは難しいでしょう」


「んん〜……」


 妙案はないかと頭を捻る二人に、怒りのピークが過ぎ去ったミーナは、ティーカップを傾けて紅茶を呷る。


「ご馳走様。――大会までまだ時間はあるし、もうちょっと考えてみるわ。もし良い案が浮かばなかったら……アンタの言ってる方法で行きましょう」


「え、いいんですか?」


「だってもうそうするしか無いじゃない。アタシだって犯罪に手を染めるような事したくないけど……領主の座をハルトムートに奪われるのは、もっと嫌だもの」


「……分かりました。なら、どうするか決まったら教えて下さい」


「そう言えば、ミーナちゃん今日は結局どうするの? 一緒に泊まる?」


 リアに言われて、すっかりその話を忘れていたミーナは、帰りたくない気持ちとその他諸々を天秤にかけて頷いた。


 オリバーは廊下を挟んで向かい側にある客間――先のリビングの椅子を、ソファーに変更したような内装の部屋――に二人を案内する。


「ゲストルームではありませんから、ベッドが無くて申し訳ありませんが……」


「逆にあったらビックリするわよ。ここのソファーは使っていいの?」


「勿論。他にも必要なものがあれば言ってください」


「何から何までありがとね、オリバーくん!」


「どういたしまして。それじゃあ、また明日」


 と、にこやかに言って部屋を出て行くオリバーをじっと見ていたミーナは、「やっぱりあんなヤツ居なかったと思うけど……」と独り言ちる。


「って言うか、仮に初等学校の同級生だったとして……アイツ、アンタに昔のアタシの話とか、ベラベラ喋ってないでしょうね?」


「んーん。あたしは興味あったから聞きたかったんだけど、語れるほどの思い出話は無いって言われちゃって……」


「あっそう。ならいいけど」


「昔のミーナちゃんって、どんな感じだったの?」


 無邪気に聞いてくるリアに、ミーナは己の過去を振り返って、「……別に、フツーよ」とだけ素っ気なく返した。

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