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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章③:カルネラ編
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27-② 心の寄る辺

「で、まーた喧嘩して家出して来たのか?」


 一方その頃。リアの探し人たるミーナは、カルネラの一角にある老舗のバーのカウンター席に、不機嫌丸出しで座っていた。


 ジーンズのショートパンツに、ロゴの入った大きめのパーカー服姿で、下ろした長い髪を弄んでいる彼女は、カクテルシェーカーを振りながら先の言葉を発した店主――少しクセのあるダークブラウンの長い髪をラフに纏め、バーテンダーの制服とも言える黒のカマーベストを着た男性――に不貞腐れつつ反論。


「〝また〟って言うほど頻繁に喧嘩してるつもりは無いんだけど?」


「そうか? まあ確かに最近は来てなかったが、それは単にお前が学院に入ったからだろう? そっちはどうだ、上手くやってるか?」


「何よその質問。子供扱いはいい加減やめてよね。お小言はもう家の中だけでジューブンよ」


「別に説教しようってつもりじゃないんだけどなぁ」


「じゃあどういうつもりよ?」


「単に愚痴を聞いてやろうとしてるだけ。鬱憤溜まってるんだろ? 吐き出せば少しはラクになるんじゃないか」


 そう言って、マスターはミーナの前に作り終えたカクテルを差し出した。

 アルコールが入っていない為、正確にはただのジュースだが、ミーナはそれを受け取って一気に飲み干す。


「それはそういう飲み方するもんじゃないんだけどなぁ……」


「いいでしょ別に! ヤケ酒よヤケ酒!」


「酒でも無いんだが……まあいいか」


 空になったグラスにマスターが再度ジュースを注いで、ミーナがまたも一気に飲み干す。

 それを何度か繰り返して、気が済んだミーナは酔い潰れたかのように机に突っ伏した。


「まったく、誰のせいでこんな風になったと思ってんのよ……別にアタシだって、好きで今みたいになったワケじゃないのに……パパもママも、どうして何にも分かってくれないのよ……」


 そんな愚痴を零すミーナの頭を、カウンター越しにマスターが撫でた。


「俺は分かってるぞ。お前が見た目よりずっと純粋で素直な良い子だって」


「そんな風に言ってくれるの、マスターだけよ。だからここに通ってるんだけど」


「気に入って貰えて光栄だよ。今となっては、お前の為に営業してるようなもんだからな」


 マスターはそう言って、昔に比べると随分と客の少なくなった店内を寂しげに眺め回した。


 以前の、領主がブルーノになる前のカルネラであれば、こういった酒場や夜に営業する店は少なくなかったのだが。

 非行や犯罪の取り締まりを強化すべきだというマクシリア夫妻の意向によって、そういった集まりの出来やすい店は次々に潰されていった。今となっては、数える程にしか残っていない。


「確かにお行儀良くは無いかもしれないが、嫌なことを忘れられる逃げ場も時には必要だと、俺は思うんだけどな」


「……ごめんね、頭の固い両親で」


「別にお前が謝るようなことじゃないさ。しかしまあ、あの両親に育てられて、お前はよく同じ価値観に染まらなかったな?」


「まぁね。早いうちにグレといて良かったわ」


「成程な。俺はグレる前のお前を知らないから、比較は出来ないが……お前が今のお前で居てくれて良かったと思ってるよ」


「それはどうも」


 ミーナは嬉しさと自嘲の入り交じった複雑な心境で、マスターと乾杯して笑う。

 幾分マシな気分になったミーナは、マスターの作ってくれた軽食をつまみながら彼と談笑していたが、


「あっれぇ〜? こーんな所にミーナお嬢様が居るんですけど〜!」


 と、店に入ってきた数名の男女のうちの一人――派手な集団の中でも一際目立つ、露出の多い服に蛍光色の髪色をしたピアス塗れの女性――に不必要にデカい声量で名を呼ばれた瞬間、不機嫌な顔に戻ってしまう。


「え、もしかして一人? なんでどーして? 今お家が大変なんじゃないの〜? こんな所で呑気にお酒なんか飲んでていいんですかぁ〜?」


 近寄ってきて馴れ馴れしく肩に腕を回してくる女性を、グラスを置いたミーナはキッと睨む。


「何か用? ヴァネッサ」


「別にぃ? 特に用とか無いけどぉ〜……あ、でもアンタのご両親には、長い間お勤めゴクローサマでしたって、ご挨拶させて欲しいかなぁ? 次期領主のうちのパパに代わって」


「…………ッ!」


 頭に血が上るのを奥歯を噛んで耐えるミーナを見て、マスターが溜息混じりに咎める。


「よせヴァネッサ。冷やかしに来たんなら今日は帰ってくれ」


「え〜? ちょっとぉ、ミーナだけ贔屓するのやめてよ〜。マスターだって、コイツの親にこのまま店潰されるよりは、うちのパパが領主になった方がいいでしょお?」


「それは…………」


「パパが領主になった暁には、このお店を今よりもーーーっと大きくしてあげるから! 楽しみにしてくれていいよ?  ――――って事でぇ、今日はあたしのオゴリだから! 皆好きに飲んで食べていーよ!」


「えっマジ!? ヴァネッサ超最高~!」


「流石、領主の娘は太っ腹だなぁ!」


「そーお? いつもお世話になってる皆に、これぐらいはして当然だと思うけどなぁ〜。それともぉ、領主の娘のクセにこんな事も出来ない、ケチで貧乏なヒトでも居るのぉ〜?」


 ヴァネッサは取り巻き達と揃ってミーナを見て、ゲラゲラと下品に笑った。


 ――――駄目だ。今ここでアイツらをブン殴ったって、何にもならない。


 ミーナは己にそう言い聞かせて怒りを堪え、代金をカウンターに叩きつけるように置き、足早に店を出た。

 マスターは慌ててそれを追いかけ呼び止める。


「ミーナ! ヴァネッサの言うことは気にしなくていいからな!」


 外はもうすっかり夜になっていて、静けさと昼間よりは冷たくなった風が、ミーナに平常心を取り戻させた。

 それでも燻る怒りは深い吐息に乗せて吐き出し、冷静になったミーナは振り向いて言う。


「……でも、実際ヴァネッサの言う通りでしょ? マスターだって、領主が代わることを望んでるんじゃないの?」


「……確かに、店が潰れるのは正直困る。でも、それは俺の問題であって、お前が考えるべき事じゃない。お前はお前のやりたいようにやればいい」


「やりたいようにって言われても……もう、どうしようも無いのよ……パパとママを説得することだって出来なかった。アタシ一人の力じゃ、なんにも……」


「ミーナ…………」


 マスターは俯き拳を震わせるミーナに歩み寄り、そっとその体を抱き締めた。

 強ばっていたミーナの体から、少しづつ力が抜けていく。


「……ごめんな。俺に何かしてやれる事があれば良いんだが……」


「……いいの。マスターはこうやって、アタシの逃げ場所になってくれるだけで充分。それだけで、アタシ救われてるから……」


「そうか……なら、辛い時はいつでも来てくれ。領主の娘であろうが無かろうが、俺はお前の味方だからな」


「……うん、ありがと」


 ミーナは暫くマスターに身を預けていたが、やがてもう大丈夫だと言って離れた。

 そして、店主が店を放置する訳にもいかないだろうからと、心配してくる相手を半ば強引に帰らせる。


 マスターが店の中に消えた瞬間、ミーナも夢から覚めたような気持ちになり、ふぅと溜息を吐いた。


(ここ以外に行くアテが無いわけじゃないけど……なんか気乗りしないわね。ヴァネッサみたいなのに絡まれるのも嫌だし……かと言って、家にも帰りたくない……)


 さてどうしたものかと、行先も決めぬまま適当に歩き出したミーナだったが、


「みみみミーーーーーナちゃん!! 今の何!? あの人誰っ!?!?」


 カルネラに居る筈のない――とミーナは思っている――ルームメイトの声が背後から聞こえてきて、一度足を止めた。


 いやいやまさか。こんな所に居るわけがないと、幻聴を疑いつつ振り向いてみると、そこにはやはりリアの姿があった。

 何やら興奮冷めやらぬ様子のリアは、ミーナの両肩を掴んで捲し立てる。


「ねぇ今の何だったの!? 何だかすっっっごい良い雰囲気だったよね!? もしかしてミーナちゃんの恋人!? 歳上の人だよね!? あたし見ちゃいけないもの見てるんじゃないかなってドキドキしちゃって、でもミーナちゃん見失うのも困るなぁ〜って思ったから結局最後まで見てたんだけど良かった!? 良くなかったらごめんね! でも道の真ん中であんなことしてたらあたしじゃなくても誰だって見ちゃうから、もし見られるの嫌だったらもうちょっと人の居ないところとかでやった方が」


「あーーーー! うるっっっさい!! いきなり出てきて何なのよアンタは!!」


 引き剥がされたリアは、バレッドから預かったプリントを広げてミーナに見せる。


「これ届けに来たの! ミーナちゃん今日お休みだったでしょ?」


「はぁ? 何よこれ、ただの保健便りじゃない。別にこんなの、わざわざ届けに来るような物でもないでしょうに」


「そうかもしれないけど、心配だったから……」


「心配って、アタシ別に体調不良で休んだワケじゃないわよ? アンタは知らないかもしれないけど……」


 リアが世事に疎いことをこの数ヶ月で理解していたミーナは、てっきり今回も何も知らずに来たのだと思い込んでいたが、


「あ、ううん。それは知ってるの。バレッドさんとかが教えてくれて……」


 というリアの返事を聞いて、表情を曇らせる。


「……じゃあ何? アタシのこと憐れみに来たの?」


「あわ?」


「可哀想なヤツだって言いに来たのかって聞いてんのよ!」


 突然怒鳴られたリアは、ビクッと肩を跳ねさせた。

 それを見て、ミーナが我に返る。


「……違うなら帰って。用はもう済んだでしょ」


「ミーナちゃんはどうするの?」


「どうもしないわよ。適当にブラブラするわ」


「お家帰らないの?」


 その言葉で、ミーナの脳裏に家で待っているのだろう両親の顔が浮かんだ。


 いや、待ってはいないのかもしれない。このまま帰らずに何処かへ行ってしまった方が、彼らにとってはいいのかもしれない。

 そう思うと、元より帰り辛いと感じていた気持ちが更に大きくなる。


「……ほっといて。アンタこそさっさと家帰りなさいよ、列車無くなるわよ」


「それは大丈夫! オリバーくんが泊めてくれるんだって。ミーナちゃんも一緒に来る?」


「は?  オリバー? 誰よそれ」


「あれ、知らない? 白組のオリバーくんだよ。背が高くって眼鏡かけてて……」


「白組って人間でしょ? 戦士族(ベラトール)ならまだしも、人間に知り合いなんて居ないわよ」


「でもオリバーくんは、ミーナちゃんの幼馴染みだって言ってたよ?」


 実際にはオリバーは幼馴染みだなどとは一度も言っていないのだが、〝初等学校から一緒の同郷の同期生〟という話を要約して〝幼馴染み〟という表現をしたリアに、そうとは知らないミーナが怪訝な顔をする。


「何ソレ、幼馴染みなんて居ないんだけど。そのオリバーとかいう奴が勝手にそう騙ってるってこと?」


「うーん? 嘘ついてる感じじゃ無かったけど……」


「いいわ、直接会ってどういうつもりか問い質すから」


「ってことは、一緒にオリバーくん家に行くってことでいいんだよね?」


「行くだけよ。アタシはそんな妄想信じ込んでるヤバい奴の家に泊まるのはゴメンだわ」


 酷い言い様だなぁと、自分の発言のせいだとは気付いていないリアが他人事のように思いながら、オリバーに貰った地図をミーナと共に確認。


「この印ついてるところがオリバーくんのお家らしいんだけど、ミーナちゃん行き方わかる?」


「分かるけど……本当にここなの?」


「だと思うよ? あたしもまだ見てないけど……何かおかしいの?」


「……まぁいいわ。行けば分かるでしょ」


「?」


 腑に落ちない様子で先導を始めるミーナに、その理由がわからないリアがついて行く。


 すっかり暗くなっているので、ミーナはなるべく街頭のある道を選んだ。

 曲がりくねった坂道を上り、可愛らしい飾り付けのされた小さな店を横切り、幾つものドアが並んだ二階建ての建物の前を通りがかったところで、ミーナが一度足を止める。


「カルネラに居る人間って、大半はここに住んでるのよ」


「ここって何の建物?」


「簡潔に言えば集合住宅。他の戦士族(ベラトール)区の人間って、大抵は雇い主の家に住んでるか、路上で生活してるような有様なんだけど、カルネラはこういう住居を格安で提供してあげてるの。部屋は一つしか無いし狭いけど、他所よりはずっとマシな環境だと思うわ」


「そうなんだ……でも他の地区ってそんなに酷いの? どして?」


「どうしてって……何処でも人間の扱いなんてそんなもんよ。戦士族(ベラトール)魔族(マグス)と比べたら、人間はどうしたって能力が劣るから。まともな仕事に就けなくて、家を買えるほどの額なんてそうそう稼げないってだけ。でも、パパはそれじゃ可哀想だって言って、こうやって住める場所を用意してあげたの」


「へぇ〜! ミーナちゃんのお父さんは、優しい良い人なんだね!」


 屈託のない笑顔で言うリアに、ミーナは複雑な心境で「そうね」と返しながら、再び歩き出す。


「でも、あんたの言ってるオリバーって奴の家はここじゃないみたいね。まさか住み込みで働いてる家に招待してるんじゃないでしょうね?」


「ど、どうだろ……特に何も言ってなかったけど……」


 そんな不安を抱えつつ、更に歩くこと十数分。

 辿り着いたのは、木製のフェンスに囲われた、庭付きの立派な一軒家だった。


 築後年数はそれなりに経っているように見えるし、豪邸と言えるほど迫力のあるものではないが、他の家々と比べるとこの建物だけ明らかに造りが違う。そもそも、リアがカルネラで見て来た家の中では、庭があるのはここだけだ。


 ミーナは我が目を疑うように、地図とその家を何度も何度も見比べて、


「……アンタ、騙されたんじゃないの?」


 後ろに立つリアにそう言った。

 流石に自信がなくなったリアも、半信半疑で表札を確かめてみたが、そこには確かにオリバーの姓である「ロランス」の名が刻まれている。


「よかった〜、オリバーくんのお家で間違いないみたい」


「そんな筈ないわよ! いくらカルネラが他所より人間に優しいからって、こんなお屋敷に住めるわけ無いでしょ!?」


「でもお名前書いてあるし、きっと合ってるよ。ごめんくださ〜い!」


「ちょっと! そんな軽率に……!」


 と、ミーナが止めるのも待たず、施錠されていない門扉を開けて敷地内に入ったリアは、来訪を知らせるために元気よく挨拶。

 すると、開かれていた二階の出窓から、オリバーがひょっこりと顔を出す。


「リアさん! いらっしゃい。――あ、マクシリアさんも一緒なんだね。ちょっと待ってて、すぐ玄関開けるから」


 それだけ言ってすぐに頭を引っ込めたオリバーに、ヒラヒラと手を振っていたリアが笑顔でミーナに向く。


「ね! 合ってたでしょ!」


「……何がどうなってんのよ…………」


 信じられずとも、実際に家の中に居る所を見てしまえばそれ以上反論も出来ず、ミーナは訝しみながらも黙ってリアの後に続いた。

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