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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章③:カルネラ編
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26.ほんの少しの非日常


「――あれ? マルナちゃんだ」


 季節は初夏、長期休暇の合間の登校日。

 ノブリージュ学院の赤組一年教室には、半袖に衣替えを済ませた生徒達が、一週間ぶりに顔を合わせていた。


 始業前なので殆どの生徒は席には着かず、思い思いの場所で休暇中の話に花を咲かせている。

 その中に、本来ならば別の教室に居る筈の友人の姿を見つけたリアは、不思議そうに声をかけた。


 相手はレオルグが座る席の傍に立っており、彼と何やら話し込んでいるようだ。

 リアに気付くなり、いつものように可愛らしい笑顔を見せる。


「リアさん! おはようございます」


「おはよ! レオルグも久しぶり~、怪我治った?」


「あぁ? いつの話だよ」


 ガルグラムの騒動の際にかなりの重症を負っていたレオルグは、すっかり元の健康そうな身体に戻っていた。

 あれだけの怪我がこうも綺麗に治るとは。リアは改めて戦士族ベラトールの回復力の高さに感心する。


「ところで、マルナちゃんがどうしてうちのクラスに? もしかして、今日から一緒のクラスとか!?」


 問われたマルナは何やら上機嫌で、「ンなわけねーだろ」と呆れた顔をするレオルグの手を取った。

 その手には、どこかで見た覚えのある、ナックルの付いた赤色のガントレットが装着されている。


「この子をお届けに来ていたんです」


「えーっと、マルナちゃんのところの武器?」


「はい! それも、以前ガルグラムでレオルグさんに取り返して貰ったアシュトロンですよ! レオルグさんがまだ専用の武器をお持ちでないって聞いたので」


「え、そうだったの?」


 言われてみれば、確かにレオルグが己の武器を用いて戦っているところをリアは見た覚えがない。稀に学院が用意した得物を使っている時もあるが、殆どは素手だ。

 単にそういう戦闘スタイルなのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。どうして入学前に用意しなかったのかと問うリアを、レオルグがジト目で睨む。


「誰のせいだと思ってんだよ」


「ん? どういうこと? あたし何かしたっけ?」


「初対面でいきなり難癖つけて来ただろうが、忘れたとは言わせねぇぞ」


「――あ」


 リアはレオルグと知り合いになったきっかけ、つまり入学前にハーヴィ武器専門店であった諍いのことを思い出した。

 本来であればあの時に武器を調達するつもりだったのだろう。自分がそれを邪魔したせいで買えなかったのだと理解したリアは、指をもじもじさせながら目を泳がせる。


「あ~あったねぇそんなこと! いやでもほら、あれはレオルグも悪いじゃん?」


「テメェがいきなり割り込んで来て話ややこしくしただけだろうが。口調がどうだの態度がどうだの、小姑かっつーの」


「なにを~!?」


 と、当時の喧嘩の続きを始めてしまいそうな二人を見て、間に挟まれたマルナが苦笑する。

 とは言え、あの時と今とでは、二人の間に流れる空気も、二人に対する自分の恐怖心も、随分と和らいだものだが。


「それでレオルグさん、実際に装着してみてどうですか? サイズがきつかったり動かし辛かったり、気になるところがあれば言ってくださいね」


「今のところは問題ねぇよ。実戦で使えるかどうかは知らねぇが」


「そこはきっと大丈夫ですよ! なんと言っても、アシュトロンとレオルグさんは運命の赤い糸で結ばれていますから!」


 手を閉じたり開いたりして使用感を確かめているレオルグに、マルナが目を輝かせて言う。


「はぁ?」


「だって、あの日盗まれた武器の中にたまたまアシュトロンが居て、それを盗んだのがたまたまレオルグさんのお友達で、それを命懸けで救出してくれたレオルグさんの手にピッタリ合うなんて……! こんなにロマンチックな事はないですよ! きっとアシュトロンはレオルグさんと出逢う為にこの世に生まれてきたんです!」


「んなもん、ただの偶然だろ」


「お店で一目惚れして買って行った武器のお陰で夢を叶えられた人や、選んだ武器が偶然ご先祖が使っていたものと一緒だったなんて話もありましたけど、レオルグさんとアシュトロンの出逢いはその中でもとびきり素敵です……! 盗まれた事自体は決して良い事ではありませんでしたけど、レオルグさんと出逢う為に必要なことだったと思うと、あの一件はアシュトロンにとって避けてはならない運命のようなものだったんだとも思えて――」


 レオルグの冷静なツッコミにも動じず、マルナはうっとりとした様子で語り続けた。

 おいコイツどうにかしろ、と目で訴えてくるレオルグに、いや無理だよ止められないよ、と仏顔になっているリアが首を振るう。


 結局、マルナの長話を終わらせたのは始業のチャイムだった。

 慌てて自分の教室に戻るマルナと入れ替わるようにして、担任であるバレッドが入って来る。


「はい全員きりーつ、れーい、ちゃくせーき。出欠取るから休んでる奴は手ぇ挙げろ~」


 などという無茶ぶりと共に生徒の名を読み上げ始めたバレッドの声を聞きながら、リアは自分の席に着いた。

 そして、隣の席に居る筈のミーナの姿が無いことに気付く。


「欠席はミーナだけか。真面目だなーお前ら」


「え、ミーナちゃん今日お休みなんですか?」


「おー。さってと、そんじゃあまずは提出物集めんぞー、後ろの席の奴から前回せ~」


 珍しい。これまで無遅刻無欠席だったミーナの欠席の理由を知らないリアは、風邪でも引いたのだろうかと思いつつ、後ろの生徒からノートを受け取った。

 ノートを渡してきた女子生徒は、リアに身体を寄せて尋ねる。


「リアちゃん、知らないの?」


「ん? なにが?」


「マクシリアさんが休んでる理由。多分だけど、お家のことでしょ」


「お家のこと? 何か知ってるの?」


「リアちゃんラジオとか聞かない方? 結構噂になってるよ」


「おーい、早くこっち回せって」


「あ、ごめん」


 前の席の男子生徒にせっつかれて、リアは慌てて手に持っていたノートを渡した。

 自分のノートはほぼ白紙だが、まあそれについて考えるのは後にしよう。リアは席を後ろにズラして、女子生徒との距離を更に詰める。


「噂ってどういうこと?」


「カルネラで領主交代(サレンダー)の要求があったんだって。ほら、マクシリアさんってカルネラの領主家の人でしょ?」


「されんだー? なにそれ?」


「あれ、知らない? 珍しいね? リアちゃんって中央区の出身?」


「あー、うん! まあ今はそういう事でいいや。それで?」


「簡単に言うと、今のカルネラの領主さんに〝俺にその座を渡せ~!〟って申し立てた人が居るから、続投するか交代するかを決闘して決めますよーって話。もし決闘で現領主さんのチームが負けたら、マクシリアさんは普通の領民に落とされちゃうの」


「へぇ~、そうなんだ。それって大変なことなの?」


「そりゃあ大変でしょ~。例えるなら、これまで大企業の社長の娘だったのに、突然会社が倒産して親が無職になっちゃうようなものだもん。人生変わっちゃうよ」


 大企業というものすら縁遠い下段で暮らしてきたリアはその例えにもピンと来なかったが、可哀想にねーと眉を下げる相手を見て「とにかくマズいらしい」という事だけは理解した。


「カルネラに住んでる人達も、いきなりトップが代わったら色々と大変だと思うよ~。今のカルネラの領主さんって評判良かったのに、なんで領主交代(サレンダー)要求なんてしたんだろう」


「評判良いんだ? じゃあガルグラムみたいに、住んでる人達の不満が募り募って~っていう訳じゃないんだ?」


「うん。寧ろ今の領主さんになってから、町の雰囲気は随分と良くなったらしいよ。まあ、領主交代(サレンダー)要求した人がカルネラの人とは限らないし、どこかの地位の低い野心家が一発逆転しようとしてるだけかもね」


「こらそこ、喋ってねーでちゃんと聞いとけよ~」


 バレッドに注意された二人は揃って「はーい」と返事をして、怒られちゃったと笑い合いつつ会話を終わらせる。

 ミーナに連絡を取りたかったが、フィアのように携帯電話の類を持たないリアにはその手段がない。


 授業が終わり、提出物の件でバレッドにお呼び出しを受けたリアは、ウォレアに比べれば圧倒的に優しいお説教を受けながら尋ねる。


「バレッドせんせー、ミーナちゃん大丈夫なんですか?」


「さぁなぁ。休むって連絡してきた時はスゲー死にそうな声してたけど、まあ実際に死ぬような事にはならねーだろ、多分」


「多分!? 死んじゃう可能性あるんですか!?」


「過去に領主交代(サレンダー)の決闘で死んだ奴も居るには居るからな。つっても、今回の決闘にミーナが出るかどうかもわかんねーし、そもそも今の領主が領主交代(サレンダー)に反対してねーなら、決闘自体がナシって事もある。どういう経緯でこんな話になったのか、俺だってまだよくは知らねーから、確かなことは言えねーよ」


「そっかぁ……。でも、やっぱり心配だなぁ……」


 教室の窓から空を眺めて、カルネラの地に居るのだろうミーナに思いを馳せるリア。

 バレッドはそれを見て、


「そんなに心配なら様子見に行きゃいーだろ? 明日っからまた休みなんだからよ」


 そう提案。

 下段では友達付き合いが無かった為、「欠席した友人の家に見舞いに行く」という発想に至らなかったリアは、なるほどそうすればいいのか! と納得。


「でも、あたしミーナちゃんの家知らないや。そのカルネラ? ってところも、どうやって行けばいいんですか?」


「カルネラは中央区(ここ)から列車で五駅ほど行ったところだ。家の場所は現地の奴に聞きゃわかんだろ。行くんならついでに今日渡す予定だったプリントも持ってってくれよ、運賃とかはこっちで出してやっからよ」


 そう言って、バレッドは教卓に一枚だけ残されていたプリントと、ポケットから取り出した小銭入れをリアに手渡した。

 リアはそれを受け取って、寮の自室へと駆け戻る。


「……あら? またどこかへ出掛けるの?」


 ミーナ不在の三人部屋には、先に授業が終わっていたらしいレマの姿があった。

 持っていく必要のない自分の分のプリントなどを机の引き出しにしまって、慌ただしく出て行こうとしたリアは、半開きのドアに手をかけたまま答える。


「ミーナちゃん今日お休みでね、心配だからお家まで見に行ってみようかと思うんだ」


「そう。……ちなみに、彼女の家って何処なのかしら?」


「えーっとね、カルネラだって」


「カルネラ……。わかったわ、行ってらっしゃい」


「? うん、行ってきます!」


 何のためのやり取りなのかよく分からなかったが、リアは特に気に留めずバタバタと走り去って行った。

 その足音が完全に聞こえなくなるのを確認してから、レマは常に持ち歩いている9面の黒い立方体の機械を起動させて、マス目を指で叩く。


 そのまま暫く宙に浮いた立方体を眺めていたが、何の変化も起こらないのを見て、レマは溜息と共にそれをしまった。


(繋がらない……リコッタ(あの子)が言っていた新型の実証実験、近日中にやるって話だったわよね。場所も聞いておけば良かったわ)


 自分はその実験に立ち会うメンバーには含まれていない。なので特に詳細を知る必要もないかと詳しくは聞かなかったのだが、よくよく考えれば先日のガルグラムで巻き込まれたレオルグ達の様に、一段目に居る自分やリアは巻き込まれる可能性もある。

 だがまあ、これだけ広い一段目の中、これだけ大勢の人の中で、リアが偶然それに巻き込まれる可能性は極めて低いだろう。それにリコッタはリアの顔を知っているのだから、彼女の周辺は避けてくれる筈。


 レマはそう見当付けて思考を切り替えると、今日渡された白組戦科の新しい宿題に早速取り組み始めた。

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