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25-⑤ 急転

「あー、空気が美味しい~! やっぱりオレは一段目の方が好きだ!」


 一段目に着き要塞を抜けるなり、イースはそう言って伸びをした。


 彼が検問に引っ掛かるのではというラクア達の疑念とは裏腹に、これといった面倒もなく彼はすんなりと通された。

 お陰でリアの彼に対する疑心は払拭されたようだが、レマはまだ納得出来ていないのか神妙な顔で黙りこくっている。


「さて、それじゃあ諸君、オレはこれで。親切なキミたちに幸あれ~!」


「はぁ……」


 信頼と疑いの間に居るラクアは、にこやかに去っていくイースに生返事を返すことしか出来なかった。

 しかも、進行方向からして恐らく彼と自分達の目的地は同じ、ノブリージュ学院だ。何となく一緒に行くのは気が退けたので、彼の姿が見えなくなるまでその場で待機する。


「不思議な人だったねぇ。用務員さんなら、学院でまた会えるかな?」


「俺はもう会いたくないけどな……」


「同感だわ。どうしてこの国って妙な人が多いのかしら……」


 無邪気なリアと違って、ラクアとレマはげんなりした顔で呟く。

 一方、彼らと別れたイースは、長期休暇中で閉ざされている学院の門前で右往左往していた。


「あっれ、おかしいなー、いつもはここ開いてるのになんで閉まってるんだろ?」


「……貴様、こんな所で何をしている?」


「おや、ヒューゲル殿! モルタリア王国の短気代表ヒューゲル殿じゃないですか! こんな所で奇遇ですね!」


「奇遇もクソもあるか、俺はここの教頭だ。お前には下段であの女を見張っているようにと言っておいた筈だが?」


 額に青筋を浮かべている相手の怒りなど何処吹く風といった様子で、イースはヘラヘラと答える。


「いやあ、ご存知ないかもしれませんが、実は俺もここの用務員をやってまして」


「そうか、初耳だが貴様の副業などこの際どうでもいい。さっさと職務に戻れ」


「はーい。それじゃお先に~」


 そう言って、イースは巨大な門に手をかけて、なんとかこじ開けられないかと格闘し始めた。

 ヒューゲルはその首根っこを掴まえて、脳天に拳骨を落とす。


「痛った! 何するんすかぁ!」


「誰が用務員の仕事に戻れと言った!? そんな雑用係など他にいくらでも居る! 貴様は今すぐ下段に戻れ!」


「馬鹿言わないで下さいよ、今来たばっかりなんですから。見張り役こそ俺の他にいくらでも居るじゃないっすか、イアンさんとか」


 その提案に、ヒューゲルは益々顔を顰めた。

 懐から煙草を取り出して、それを口に咥えて火を灯し、吸い込んだ煙を吐き出してから答える。


「あいつはお前の数倍忙しい。それに、あの男は今一つ信用ならん」


「ほーん? そりゃまた何で?」


「勘だ。こちらの命令に背くことはしていないが、必要最低限の報告しかして来んのでな。裏で何をやっているのやら」


「それだけで疑われるんすか? それって単にイアンさんはヒューゲル殿のことあんまり好きじゃないだけなんじゃあ……」


「その無駄口を叩くことしか出来ない口に鉛玉を入れられたいのか? とっとと俺の前から失せろ、仕事に戻れ」


「まーだステラさんの見張りするんすかぁ? ステラさんは白っすよぉ、アイオスさんとは関わってませんって」


「なんの根拠があってそう言える?」


「ずっと見張ってりゃ嫌でも分かりますよ。アイオスさんどころかご近所さんともろくに交流してません、彼女は孤立してます」


 ヒューゲルは指で煙草の灰を落としながら、難しい顔で暫し潜考。


「なら、アイオスの居所を探す方に専念しろ」


「あ、それももう見つけました」


 あっさりと言い放ったイースの言葉を、ヒューゲルは聞き逃しかけた。


「……何だと?」


「だから、潜伏先見つけましたって。下段にいくつか封鎖されてる廃坑があるじゃないすか、あれ中入っても一見して分からないんすけど実は……」


「貴様、どうしてそれを黙っていた?」


「別に黙ってた訳じゃないっすよ、次会った時に報告しようと思ってました」


「そういう事は早く言え!!」


 ヒューゲルは煙草を靴底で踏み潰して、足早に中央通りへと消えていく。

 恐らくは今伝えた事の真偽の確認と、真実であった場合に突入する部隊を編成しに行ったのだろう。


 イースはその後を追う事はせず、閉じている門を見上げると、服の下に隠していたネックレスを引っ張り出して、その先端にぶら下がっている筒状の小さな笛を吹いた。

 一切なんの音も鳴っていないように思えるその笛を何度か吹き鳴らしていると、やがて一羽の鳥が彼の前に飛来する。


 その足に括りつけられた紙を解いて、そこに書かれている文字を読んだイースはフッと笑った。


「〝そんなに何度も吹かなくても聞こえています、何の用ですか〟かぁ~、相変わらずつれないなぁ~」


 イースはペンと紙を取り出して返事を書くと、折り畳んだそれを同じように鳥の脚に括り付けた。

 鳥は迷いなく相手の元へと飛んで行き、暫くすると再び舞い戻って来る。今度は二枚の紙を携えて。


「……ああ、なるほど、こっちから入るんだ」


 一枚目に記されていた、門の隣にある小さな扉というのものを見つけて、イースは漸く学院の敷地を跨いだ。

 もう一枚は学院内の簡易的な地図で、その一部が赤ペンで丸く囲われている。


 位置を記憶したイースはそれらの手紙を全てライターの火で燃やし、地図に示されていた場所へと向かう。

 そして、辿り着いた先の「会議室」と書かれた札の掛かっている部屋の扉を、ノックも無しに開けた。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 皆大好きルルード・インサニア、只今参上いたしました!」


「ひぃっ!!」


 扉の先に居た女性――ミスカ教官は、その口上と突如現れた相手にビクゥッと肩を跳ねさせた。

 先程まで郵便配達の役目を任されていた鳥も、それらに驚いて窓からパタパタと飛び去ってしまう。


「よ、よよよよ呼んでませんよ!? あ、貴方が報告があるから、場所を用意しろって……!」


「細かい事はいいじゃん。そんなことより、久しぶりだねーミスカちゃん! 元気してた?」


「こここ来ないで下さいぃ!!」


 ズカズカと大股で距離を詰めてくるイースに、ミスカは大慌てで部屋に居るもう一人の背に隠れた。

 隠れ蓑にされたその人、アスターは、寄って来たイースの頭に手刀を喰らわせる。


「痛った! なんでそうやって誰も彼もオレの頭をバンバン太鼓みたいに叩くんすかぁ!」


「自分の胸に聞いてみろ。それと、この国におけるお前の名前はイース・レサリアだ。俺が考えてやった偽名がご不満か?」


「そうじゃないっすけど、定期的に名乗らないと本名忘れそうになりません?」


「仮に忘れたとして、お前の場合はさしたる問題にもならんだろう。で、何の用だ」


 てっきりこれからまた何処かへ場所を移すのだろうと思っていたイースは、長机の両脇に並んだ椅子に腰を下ろすアスターに目を丸くした。

 会議室とは言え、学院のそれは軍のそれとは訳が違う。情報漏洩対策が万全とは言い難いだだっ広い部屋を見渡したイースは問い返す。


「え、ここで話すんすか? 普通に誰か入ってきそうっすけど」


「あまり厳重にし過ぎると却って怪しまれる。今ここに居るのは、学院の教官が二人と用務員が一人だ。〝長期休暇明けの行事内容についての打ち合わせをしている所〟を誰かに見られたとしても問題は無い」


「あーなるほど。んじゃあご報告申し上げますけど、結論から言うと盗聴器の出処は帝国人絡みでしたよ」


 今度はアスターが目を丸くした。そのリアクションの理由が分からないイースは首を傾げる。


「そんなに意外っすか? 大将も帝国人が手を貸してる可能性があるって言ってたじゃないっすか」


「いや、そっちじゃなくて、お前がまともに仕事をした事に驚いた。調査が面倒だからって適当言ってないだろうな?」


「うわひっどい! わざわざ此処まで足を運んで報告に来た可愛い部下にそんな言い草あります!? まあ、白状すると棚からぼた餅だったんすけどね」


「ど、どういう事ですか?」


 と、言いながらイースから離れた席に着こうとしているミスカを見て、アスターの傍に座ろうとしていたイースはそれを中断し、悪戯っぽい顔で彼女が座るのを待つ。


「ヒューゲル殿に頼まれてた別件の調査中に偶然判明したんだよ。名前は確かマルスさんだったかな?」


「マルス? マルス・ハーヴィか?」


「フルネームまでは知りませんけど、名に心当たりでも?」


「帝国の著名な技師だ。中央通りに居るマルク・ハーヴィの息子だな。ここの生徒にマルスの娘も居る」


「そ、そそそれって、もしかして白組特科(うちのクラス)のマルナさんですか……?」


 アスターの対面に着席したミスカは、寄って来たイースに気付いて立ち上がった。

 競歩状態で追いかけっこを繰り広げる二人を、アスターが机を叩いて諫める。


「マルクがこの国の計画に携わってるのは知ってたが、マルスの方まで来ているとは知らなかったな。敵国のガンナ達に手を貸している理由もわからんが……親子喧嘩でも始める気か?」


「なんにせよ、帝国人が聖国人に手を貸してる時点で帝国への裏切りっすよ! 反逆罪で処します? 処します?」


「たたた楽しそうに言う事じゃないですよぉ……!」


 そういう所が苦手なんだと顔に書いてあるミスカは、涙目でアスターの右隣に座った。

 観念した得物に飛びつこうとしたイースをアスターが捕まえて、自分の左側に座らせる。


「別に俺達は帝国の狗じゃない。マルスにしろガンナ達にしろ、俺達の邪魔にさえならなければ放っておいていいさ」


「じゃあそうなったら、そのガンナとかいうの諸共斬っていいんすね!」


「そんなに何かを斬りたいなら中庭で剪定でもしてろ、道楽で貴重な人材を減らすな」


「き、貴重な人材って……、あ、もももしかして、最近ガンナくんで遊んでるのって、ひ、引き抜こうとか考えてますか……?」


「情報収集用の駒としては悪くなさそうなんでな。少なくともイースよりは諜報役に向いてる」


「オレは元々戦闘要員ですし。でも、それならイアンさんとかの方が良くないっすか?」


「確かにイアンの方が能力的には上だろうが、あいつは陛下とその娘息子にべったりだからなぁ。陛下がこっちに与してくれるならセットで獲れるかもしれんが……いずれにせよ、俺の直属には出来そうにない。指導の見返りに、簡単なお願いなら聞いてくれそうだがな」


「で、でででも、それで言うと、ガンナくんも聖国にべったりなんじゃあ……」


「それがそうでも無さそうでな。あいつの口ぶりだと、聖国にとっても使い捨ての駒みたいな立ち位置なんだろう。掻っ攫うには丁度いい、飯も美味いし」


「は、はぁ……。でも、レマさんが怒るんじゃあ……」


「それなんだよなあネックは。まあ、その気になればあいつ一人ぐらいどうとでもなるさ。という訳で、勝手に殺すなよイース。マルスも場合によってはこっちの味方に出来るかもしれん」


「へーい。でもそのマルスって人、作ってるのは盗聴器だけじゃなさそうでしたよ? 試作機のテストがどうのって話も出てましたし」


「ほう? 新しい兵器でも作ってるのか? そのテストとやらは何処でやるんだ」


「さあ? そこまでは知りません」


 あっけらかんと言うイースに、一拍置いてアスターは溜息と共に立ち上がる。


「詰めが甘い。30点」


「低すぎません!? 言われてた調査は果たしたんすからせめて50点、いや80点でしょ! 色々我慢してる分も足して120点でもいいくらいっすよ!」


「さて、そろそろ教官職に戻るとするか」


「当然のように無視!」


「そ、そうですね。明日は登校日ですし……、そうだ! プリント纏めないと……!」


「お前、この仕事に馴染み過ぎてないか? あ、戸締りと鍵の返却宜しくな、用務員さん」


「そうやってすーぐ雑用ばっかり押し付ける!」


 などと三人が騒いでいる頃、同じ校舎内にある教官室では、電話が鳴り響いていた。

 特にそうと決まっている訳ではないのだが、ほぼ電話番のようになっている青組寮母のユリアナが、いつものようにそれを手に取る。


「はいはーい! こちらノブリージュ王立学院のユリアナ・ラウリカですよ~! ――あら、ミーナちゃん!」


 自分の席に突っ伏して「なんっで休みの日まで教師は出勤しなきゃなんねーんだよ……」と愚痴っていた赤組教官のバレッドは、担当生徒の名を聞いて顔を上げた。

 二、三電話口でやり取りをしたユリアナは、バレッドを呼んで受話器を渡す。


「おう、どうしたミーナ、何かあったか?」


『…………』


「? おーい、聞こえてるか?」


『……聞こえてるわよ。悪いけど、明日の登校日、アタシ行けなくなったから』


 沈黙の後に聞こえて来た相手の声色は、酷く憔悴しているように聞こえた。

 確か彼女は実家に帰省していた筈だ。家で何かあったのだろうかとバレッドは推察する。


「欠席するのは別に構わねぇけどよ、一応理由は聞いとかなきゃなんねーんでな、話せるか?」


『…………』


「あー、言いたくねーなら適当に風邪って事にでもしとくか」


 おい適当に済ませるな、と同じく出勤していたウォレアに睨まれたが、バレッドは無視した。

 何かあったの? 大丈夫? と不安そうなユリアナも、ジェスチャーでなだめる。


『……言わなくても、アンタの耳には時期に入るわよ』


「あん? なんだそりゃ、どういう意味――」


 バレッドが言い切る前に、通信はブツリと音を立てて切れてしまった。

 ツーツーという単調な電子音を発する受話器を、バレッドは怪訝な顔で見る。


「バレッドちゃん、ミーナちゃんは何て……?」


「わかんねーっすわ。自分が言わなくてもそのうち俺の耳には入るだろうって……」


「……それ、多分コレの事じゃないかい?」


 近くで彼らの話を聞いていた赤組寮母のアガータは、教官室に置いてある古びたラジオをバレッドの前に置いた。

 スピーカーから聞こえてくるのは男の声で、喋っている内容からしてニュース番組のようだ。これがどうかしたかと目で問うバレッドに、アガータは「よく聞いてみな」と顎をしゃくる。


『えー、繰り返します。先程、戦士族ベラトール区内カルネラ市にて領主交代(サレンダー)が要求されたと、戦士族ベラトール区区長からの発表がありました。これによって、同区内の都市アーディバルドにて闘技大会が開かれることとなります。領主交代(サレンダー)による決闘が行われるのは、前回のガルグラム以来、実に十数年ぶりの――』


 と、淡々と原稿を読み上げるニュースキャスターの声を黙って聞いていたバレッドは、握っていた受話器を机に落とした。


「おいおいマジかよ……、領主交代(サレンダー)だとぉ……!?」


「カルネラって……ミーナちゃんのご実家があるところよね……?」


「そ。しかもあいつはそこの領主の娘だね」


「……つまりそれは……」


 アガータは窓枠に寄りかかって煙草に火を灯しながら、ウォレアの言わんとしている事を代弁する。


「……まぁ、魔族マグスに例えて言えば、爵位剥奪って事だね」

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