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2-③ 武器屋の女の子

 カランカラン、と扉に取り付けられているベルが、開閉と共に鳴り響く。


 これからは野蛮な異端児などではなく、普通の女の子として楽しく華やかな学院ライフを送る気で居たリアは、バレッドに首根っこを掴まれる形で入店した。


「ほら見てみろよ、色んな武器があるぞ~」


「いらない……ほしくないぃ……」


「あーもう、しゃきっとしろ!」


 バシバシと背を叩かれても、リアはがっくりと肩を落とすだけ。

 と、カウンターの奥から、なにやらけたたましい音と共に、少女が転がり出てきた。


「いたた……、ごめんなさい、いらっしゃいませ!」


 見たところ、歳は十かそこらだろうか。くりっとした目や丸い輪郭と、それによく似合う小柄な体格。両サイドを編み込んだ髪の長さはリアと同じくらいだが、その色は黒い。


 そんな見た目にそぐわず、ゴツいゴーグルを首から提げて、褐色のつなぎの作業服を着た少女は、恥ずかしそうに頬を紅潮させながら、ぺこりとお辞儀した。


「よー、今日も頑張ってんなぁ、マルナ」


「バレッドさん! またその子のメンテナンスですか? お仕事が大変なのはよくわかりますけど、もうちょっと優しくしてあげてくれないと嫌ですよ?」


「わーってるって。今日は俺じゃなくて、こっちの新入りに武器を見繕ってやりてーんだ」


「こっちの……?」


 少女、マルナの目がゆっくりと、バレッドの隣で気落ちしているリアへと向けられる。


「もしかして、新入生の方ですか……? なんだか、ものすごく落ち込んでいらっしゃいますけど……」


「なーんか、武器持つのが嫌だーって駄々こねてんだよ」


「えっ? ――あ、もしかして、自分の拳で戦いたい! とか、そういうことでしょうか?」


「ちっがぁぁぁーう!!」


「ひっ!?」


 突然、うなだれていたリアが両拳を突き上げて叫んだので、マルナは驚いて文字通りひっくり返ってしまった。


「あたしは! 武器もいらないし戦うのも好きじゃない!」


「へいへい。あんま吠えてやんなよ、マルナがビビってんぞ」


「え? ……あ、ごめん」


 びくびくと身体を震わせながら、カウンターの陰から顔をのぞかせているマルナに、リアが申し訳無さそうに言う。


「でも、そんなに怖がられると、ちょっと傷つくなぁ」


「お前だって、目の前で怪獣に吠えられたらビックリするだろ?」


「あたし怪獣じゃないです!」


「人間からすりゃ怪獣みたいなもんだろ。 ――マルナ、お前もそろそろ慣れろよ」


「うぅっ、ご、ごめんなさいぃ」


 涙目で陰から出てきたマルナは、リアから少し距離をとって、


「えと、わたしは、マルナ・ハーヴィっていいます。ここで武器の製造や整備の補佐をやってます。よろしくお願いします」


 そう自己紹介した。めいっぱいの笑顔を作っているが、まだ恐怖が抜け切っていないのか、わずかに引きつっている。


 リアは、二段目で散々見てきた表情をする少女に、少しだけ悲しい顔をしてから、


「あたしはリア・サテライトっていいます。今日ここに来たばっかりで、まだ何もわかってないから、色々迷惑かけちゃうかもしれないけど、よろしくしてくれたら嬉しいな。さっきは驚かせちゃってごめんね?」


 笑って、出来る限り優しい声色で返した。


「あ、はい、えと、わたしの方こそ、ごめんなさい……」


 マルナは目を瞬かせて、意表を突かれたように、たどたどしく言う。

 バレッドはそんな二人を見て、ニヤニヤと頬を緩めながら、


「さてと! そんじゃー俺は教材でも買ってくるとするか。戻ってくるまでに、自分に合う武器みつとけよ~」


 そう言うなり店を出て行った。遠ざかる後姿を睨めつけて、


「まだ入学するって言ってないのに……」


 やりきれない思いのリアが呟く。


「ええと、リアさんは、バレッドさんの……?」


「え?」


「あ、すみません、どういうご関係なのかなって、少し気になって……」


「ああ、えっと……」


 どういう、と聞かれても、何と答えればいいのだろう。

 リアは普段あまり使わない頭を使って、これまでの経緯をなるべく簡潔に説明した。


「…………」


「ごめん、やっぱり説明下手だった? こういうのはラクアの方が得意なんだよね~」


「…………」


「……えーっと、マルナちゃん?」


 固まってしまっているマルナの目の前で、リアは手を振って意識を確認する。

 マルナは呆けたまま、


「リアさんは……下段から来たんですか……?」


 それだけ言った。

 事実を確認されたリアはケロっとした顔で答える。


「うん、そだよ?」


「信じられません……、わたし、下段の人を見たのは初めてです……、というか、リアさんは戦士族ベラトールなんですよね? どうして下段に?」


「えっ、どうしてって言われても……、下段に戦士族ベラトールが居るのっておかしいことなの?」


「おかしいというか……、下段は、魔族マグス戦士族ベラトールとの共存を拒んだ人間の方が住んでいるんだって、話に聞いたことがあったので、ちょっと意外で」


「えっ……」


「あ、でも、本当に聞いただけなので! 実際に行った事のある人が少ないからか、下段については結構色んな説があって……」


「…………」


 今度はリアが言葉を失った。

 二段目では、同学年の子供だけでなく、大人にも蔑まれていた。だがそれは単に、自分やラクアが周囲と違う異質な力を持っているからなのだと、そう思っていた。


 もしもマルナの言う通り、下段の皆が魔族マグス戦士族ベラトールのことを知っていて、最初から自分とラクアが〝そう〟であることも知っていたのだとしたら……、冷たくされていた原因は、本当はそこにあったのかもしれない。


「……あれ? でも、もしそれが本当ならママは……? ママは人間だけど、あたしやラクアのこと嫌ったりしてなかったよ? すごく大事にしてくれてたし……、そもそも戦士族パパと結婚してるし……」


「お母様は人間の方なんですか?」


「うん、そうだと思うけど……」


「なら、きっと私の聞いていた話の方が間違っているんですよ。実際に住んでたリアさんが言うんだから、間違いありません!」


「そ、そうかな? っていうか、魔族マグス戦士族ベラトールと共存するのを嫌がってる人間って多いんだ?」


「ええ、一段目では、二種族に虐げられている人間が多いですから。地区や人にもよりますけど。今わたしたちの居るこの中央区が一番マシで……、他では奴隷のように働かされていたり、ありもしない罪を被せられたり……」


「なにそれ、ひどい!!」


 下段での生活のせいで、謂れの無い扱いを受けることを他人事とは思えなかったリアは、マルナの話に憤慨した。

 マルナは驚いた様子で、


「リアさんは、人間がお嫌いじゃないんですか?」


「うぅん、そう言われると微妙……、あたしは下段で人間に虐められる側だったから」


「い、虐められる側……!? 信じられません……」


「でも、ここでは逆ってことでしょ? ならあたし、そんなことしてる魔族マグス戦士族ベラトールの方が許せないよ!」


 マルナは目を瞬かせて、それから嬉しそうにはにかんだ。


「リアさんのように、わたしたち人間のために怒ってくれる戦士族ベラトールの方は、ここではとっても稀有な存在なんですよ。わたし、リアさんが一段目に来てくれて、とっても嬉しいです!」


 そんな歓迎の言葉を向けられたリアは、やり場の無い怒りを引っ込めて、


「……あたしも、マルナちゃんみたいな子に出会えて、本当に嬉しい!」


 同じく満面の笑みと共に、心からの言葉を返した。


「よし! じゃあ謎も解明したし、マルナちゃんとも仲良くなれたし、あとはええと……」


 早くも何をしに店にやってきたのか失念してしまっているリアに、マルナも自分の仕事を思い出して、


「ああ! そうでした、武器ですよね!」


 手を叩いて言った。瞬間、喜色満面だったリアの顔が、一気に暗くなる。


「ああ、そうでした、武器でした……」


「あ、あれ?」


 せっかく明るい空気になっていたのに、またも振り出しに戻ってしまい、マルナが困惑する。


 すると突然、バァン!! と、店のドアが勢いよく開いた。

 マルナはびっくりして飛び上がり、リアも肩を跳ねさせる。二人は揃って入り口の方を向いた。

 

 開いたドアから入ってきたのは、長身のたくましい青年だった。

 ゆったりとした麻の服に、紅色の長いスカーフを腰の辺りに巻きつけて、そこに短剣を差している。短く尖った髪の色は濃い茶色、鋭い目付きの奥にある瞳は金色だ。


 一見すると盗賊にも見える風貌の青年は、何事かと目を丸くしているリアと、その腰に抱き付いているマルナを見下ろして、


「おい、そこの人間のチビ。てめーがここの店員か?」


 低い声でそう尋ねた。マルナは明らかに怯えた様子で、こくこくと頷く。


「あ、ああああの、お、お客様、どど、どういったごよ、ご用件で……」


「あぁ!? ハッキリ喋れよ」


「ひっ! すみ、すみませ……」


 男の凄みにマルナはすっかり萎縮してしまい、それきり黙りこくってしまった。

 舌打ちをする青年と、震えるマルナを交互に見て、リアが二人の間に割って入る。


「ちょっと、いきなり入ってきてその態度はどうかと思うよ」


「は? なんだてめぇ」


「なにって……、お客ですけど」


「じゃあすっこんでろ。オレが用あんのは、そっちのガキなんだよ」


「……あのさぁ、さっきからガキとかチビとか、その呼び方やめなよ」


「ごちゃごちゃうるせぇな……、てめぇのその服の色、オレと同族だろ? 戦士族ベラトールのくせに人間なんか庇いやがって、罰ゲームか?」


「人間〝なんか〟……?」


 明らかに侮蔑の意味を孕んだ一言に、リアのこめかみがぴくりと反応する。

 そして臆することなく、自分より頭一つ分高い位置にある青年の顔を睨みつけた。


戦士族ベラトールって、ここじゃそんなに偉いの?」


「あ?」


戦士族ベラトールのこととかまだよく知らないけど、少なくとも人間の血だって少しは流れてるんでしょ? 見た目だってほとんど一緒だし、ちょっと力が強いだけなんじゃないの? なのにそうやって、自分たちとちょっと違うからって、簡単に相手を傷つけるようなこと言う人、すっごい嫌い!」


 二段目で受けた屈辱的な日々を思い出しながら、リアは怒る。

 青年はそんなリアを、ひどく奇妙なもののように見下ろしながら、


「よくわかんねーが、それ、オレに喧嘩売ってんのか?」


 今までより一段低い声で言った。


「どこの誰か知らねーが、自分からふっかけんなら、覚悟できてんだろーな、オイ」


 襟首を掴まれても、リアは怯むことなく相手を睨み返す。

 リアにとっては、自分より図体のでかい男に凄まれることなど、恐怖でもなんでもなかった。二段目でも、そういった事に縁がないわけではなかったし、その度に相手を返り討ちにしてきたのだ。


 だから、


「そっちこそ、覚悟はいーの?」


 いつものように、相手を煽るようなことを言った。言ってしまった。


 リアの頭からは、ここが二段目ではなく、相手も今までのような〝普通の人間の男の子〟ではないという事実が、すっかり抜け落ちていた。


 青年は額に青筋を浮かべて、挑発されるがままに、リアに殴りかかった。

 いつもならパンチ一発くらい、何ということはない。


 けれど、


「――ッ!?」


 今日はそういう訳にはいかなかった。


 これまで喰らってきたものとは比べものにならないほど重たい一撃に、リアの身体はあっけなく床に転がる。


「リアさんっ!!」


 ずっと成り行きを見ていることしか出来なかったマルナは、青い顔でリアに駆け寄った。青年はその姿を鼻で笑う。


「威勢がいいのは口だけかよ」


「……っこ、の」


 リアは口から流れる血を拭いながら、よろよろと立ち上がって、青年と同じように拳を振り上げた。

 青年はそれを避けることもせずに、掌で受け止める。


 ばしん! と乾いた音が鳴ったが、青年は涼しい顔。


「んだよ、ふざけてんのか?」


 リアはそれを信じらずに、反対側の拳も同じように打ち込んだが、今度は避けられた。

 そしてその腕を引っ張られて、体制を崩したところに膝蹴りを食らう。


「がっ……!」


「てめぇ本当に戦士族ベラトールか? これなら、そのへんのガキのほうがまだマシだな」


 あまりの戦力差に、青年は闘志を殺がれたらしい。追撃することはなく、痛む腹を抱えて蹲るリアを静かに見下ろす。

 これだけ痛めつければ懲りただろうと、青年は思ったのだが、


「……ってよ」


 リアは全く懲りていなかった。その両目は相変わらず、青年を睨みつけている。


「マルナちゃんに、ちゃんと謝ってよ……!」


「リアさんっ、わたしのことはもういいですから……!」


 青年は溜息をついて、再びリアの襟首を掴み上げた。


「てめぇこそ、その態度何とかしろよ。早死にすんぞ」


「あ、たし、なにも、間違ったこと、言って、ない……!」


「そうかよ」


 膝立ちになっているリアに、青年は雌雄を決するべく蹴りを喰らわせようとしたが、


「そこまでだ!!」


 開いたままだった入り口から、妙に芝居がかった制止の声が飛んできた。



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