25-③ 次の一手
「あの二人が下段に帰ってきてるなんて聞いてないよ、ホーレンソーがなってない!」
不満をだらだらと零しながら、簡素な墓地から伸びる道を大股で闊歩するリコッタに、彼女の父だとリア達に勘違いされたバッサは黙ってついて行く。
「バッサは知ってた?」
「ああ」
「えぇー!? じゃあ何で教えてくれなかったのさ!」
「その必要は無いと判断した」
「あるよ! 大アリだよ! 知ってたらちゃんと嫌がらせの準備したのに!」
だから言わなかったのだというバッサの心中など知らず、リコッタは懐から掌大の黒い立方体を取り出した。
立体パズルのような構造になっているそれを定められた手順で動かして起動させれば、匣は駆動音を立てながら宙に浮く。一つの面に九つ並んだマス目を叩いたリコッタは、しかし特になんの変化も起こらないそれに益々機嫌を悪くした。
「……出ないし!」
「レマは現在、応答が困難な状況にあると推測」
「なんでさ?」
「恐らくはステラ氏と共に居る、時期にあの二人も合流する。その機械を二人に見られると、今後の作戦に支障をきたす可能性がある」
「あんな世間知らず共に見られたって、別にどーにもならないと思うけど?」
「不安要素は少ない方が良い」
「むー。じゃあガンナに愚痴ろ」
言いながら、リコッタは先程と違う順番でパネルを叩いた。
が、やはり変化は起きない。
「だからなんで出ないのさ!?」
「ガンナは諸事情で暫く通信は控えると言っていた」
「それも初耳なんだけど!? っていうか、諸事情って何?」
「詳細は聞いていないが、敵にマークされているらしい」
さらりと言ったバッサに、リコッタの顔が僅かに曇る。
「敵? それってこないだおばさんの家に来てた優男? あいつはレマが見張ってるんじゃなかったの?」
「いや、また別だそうだ。以前報告にあった学院の教官だろう」
「ふーん? っていうか、そんな状況で非戦闘員のあいつ一人にして大丈夫なの? 他に学院に潜伏してる協力者って居たっけ」
「わからない。だが助けは不要だと言っていた。いざとなればあちらから連絡が来るだろう。心配か?」
「べっつにー? ガンナの事は嫌いじゃないけど、死んだからって悲しむほどでも無いよ」
薄情極まりない発言だが、今に始まった事でもないので、バッサはそれを咎める事はしなかった。
そもそも、自分達の関係とは本来そういうものだ。彼女の場合、軽薄の理由はそれだけでは無いのだろう事もバッサは知っている。
「あーあ、ずーっとこの陰気なとこに居るのも飽きたし、そろそろボクも上に行きたいな〜。アイツらばっか楽しんでズルいよね、バッサもそう思うでしょ?」
「自分は任務が滞りなく遂行出来ればそれでいい」
「真面目~」
内容はともかく、穏やかに会話して歩いて行くその姿は、確かに傍目には親子のようにしか見えなかった。
同刻、ノブリージュ学院の中庭にて。
「ガンナ君、彼女居ないって本当!?」
リコッタからの着信に応答出来ないまま、黒組寮の食材を補充するために中央通りへ行こうとしていたガンナは、中庭でクラスの女子数名にそう言って取り囲まれていた。
「……居ない、けど」
急な事で目を丸くするガンナを他所に、それを聞いた女子達はわっと色めき立つ。
「ね、これからどこ行くの?」
「買い出し」
「私達もついて行っていい?」
「え?」
「駄目?」
「いや……駄目では無いけど……」
わざわざそんな大所帯で行く必要も無いし、何よりそんな大勢について来られては、リコッタに折り返しの電話をかける事も出来ない。何より目立つ。
だと言うのに、女性陣の人垣のむこうには、何やら恨めしそうな顔で睨んでくる男子生徒達の姿まであった。
(前にあの男が言ってたのはこれか。途中どこかで撒ければいいけど……)
こんな事なら、レマが恋人だという事にしておいた方が良かったなと後悔しつつ、ガンナは女子達に腕を引かれ流されるように正門へと向かう。
一方で、彼がそうなるよう仕向けた戦犯のアスターは、校舎内からその様を見て至極満足そうに笑っていた。
「あ、アスター教官!」
「おぉミスカ教官! 見てみろ、一人の男がクラスの絆に亀裂を入れんとしてる所だ。いや、男子生徒に限っては、寧ろ結束を強めてるのかもしれんが」
「せ、生徒で遊ぶのは良くないですよ……!」
「そうか? 女子に囲まれて悪い気はせんと思うがなぁ。ところで、何か用か?」
「あ、そ、そうでした。あの、イースさんからこれが……」
ミスカはそう言って、おずおずと紐で括られた羊皮紙を差し出す。
イースという名を聞いたアスターは、先程までの明朗快活とした雰囲気から一転、冷ややかな目でそれを見た。
「アイツの方から連絡を寄越すとは珍しいな、内容は?」
「ま、まだ読んでいません。先に貴方に届けるべきかと思って……」
アスターは紐を解いて、紙面に書かれた汚い字に目を走らせると、捨てるかの如くミスカ教官に投げ返した。
「え、えっと……どうでしたか?」
「ただの愚痴だ。一々そんな事で書簡を飛ばすなと伝えておけ」
「わ、私がそれを書くんですかぁ?」
「何か問題があるか?」
「あの人苦手なんです……怖くて……」
「まだそんな事言ってるのか。もう何年目だ? いい加減慣れろ」
「だだだだって、あの人普通じゃないじゃないですかぁ!」
「なら放っておけ、わざわざ返事を書く必要も無い」
「前にそうやって無視してたら脅迫みたいな文書が何通も届いたんです! お、お願いしますからせめて何か一言だけでも……!」
半泣きのミスカに、アスターは渋々といった様子でペンを取り出して、届いた手紙の余白に文字を書き始めた。
(――ああ、そう言えばガンナの盗聴器の件があったな。あいつにまともな調査が出来るとは思えんが、一応頼んでおくか)
鎖国状態にある聖国についての情報はそう多くはないが、過去の戦争の記録からして、帝国よりも機械文明に優れているという事は無かった筈だ。
だが聖国出身の筈のガンナが持っていた盗聴器は、帝国のものと遜色が無かった。無論、この国にもまだそんな物はない。となれば、考えられる線は二つ。
(単純に聖国の技術力が上がったか――或いは、聖国に手を貸す帝国人が居る)
同刻。下段の、今はもう使われなくなった廃坑の奥深く。
その場所には不釣り合いな機械――青白く光るガラス管が並ぶ空間に、男が一人佇んでいた。
「ああ、やはりここに居ましたか、アイオス殿」
そう言って通路から顔を覗かせたのは、ヒビの入った眼鏡をかけた三十半ばだろう齢の見た目をした男性だった。
歳の近そうなアイオスと呼ばれた男の身なりが比較的整っているのに対し、声をかけた側は何か月も山に籠って修行でもしていたのかと言わんばかりの風体をしている。
「たまには外に出た方が良いですよ、空気が美味しい訳でもありませんが、ここよりはマシです」
「まるで自分の方が人間らしい生活をしているような口ぶりだな、マルス。身嗜みを整える時間すら割いて研究に励んでくれているのは、こちらとしては助かるが。……それで、用件は?」
「改良した例の試作機が完成したので、ご報告に」
マルスと呼ばれた男は、レマ達が持っているものとよく似た白い立方体をアイオスに手渡した。
上から横からしげしげとそれを観察しながら、アイオスはありのままの感想を漏らす。
「また随分と小さくなったな、聖国の連中に持たせている通信機とほぼ変わらない」
「帝国では軽量かつ小型のモデルが流行りなもので――という冗談はさておき。欲張って大きくして設置するタイプにすると、こちらが回収する前に押収される場合があると前回の実験で学びました。奴らを人間以下と侮っていましたよ。あれで存外、頭が回るようで」
「あれも半分は人間だからな。或いは、誰かの入れ知恵か。これはこのサイズできちんと機能するのか?」
「理論上は問題ない筈ですが、やはりきちんとテストはしておきたいですね。今日はその許可を頂きたく参った次第でして。ただ……」
ハキハキと喋っていたマルスは、沈痛な面持ちで言葉を濁らせた。
アイオスは無表情のまま淡々と言葉を紡ぐ。
「今更奴らに同情心でも湧いたか? 気が乗らないのなら、実証実験は私が引き受けてもいいが」
「ああいえ、そういう訳では。ただ先のガルグラムでの実験、どうやら現場近くにうちの娘が居たようで、巻き込まれたみたいなんですよ。幸い大きな怪我は無かったようですが、肝が冷えました。嫁入り前の綺麗な肌に痕が残ったら大変です。ああ、やっぱり無理矢理にでも帝国に連れ帰った方がいいかなぁ……」
帝国で名を馳せる高名な技師の末裔も、一人娘の前ではただの親か。
表情こそ変わらなかったものの、一瞬の沈黙にはアイオスの呆れが現れていた。
「それは災難だったな」
「全くですよ。わざわざ学院の行事予定表まで持ってきて貰って確認したのに、何であんな所に居たのやら。こうなると下段で試すのが一番安心ですが、この辺りに居たものは全部使い切ってしまいましたよね?」
「私の知る限りでは、実験台になりそうなものはサテライト家の男で最後だった。くまなく探せばまだ居るかもしれんが、捜索に時間を割くぐらいなら、上で試した方が早い」
「ですよね。聖国の方々に頼んで護衛でも付けて貰おうかな……そもそもあの頑固親父が勝手に連れていくからこんな事に……。あ、でも学院の制服はよく似合っていたんですよ。聖国の方にこっそり写真を送って貰ったんですけど見ます? 卒倒するぐらい愛らしいですよ」
「遠慮しておく。さて、実験に携わるメンバーが決まっているのなら、今すぐにでも招集してくれ。話を詰めよう」
「承知いたしました、閣下。――あ、そう言えば、今こっちに息子さんが来てるみたいですよ。リコッタちゃんが教えてくれました」
「……息子?」
誰のことだと言いたげに復唱するアイオスに、はて自分の記憶違いだっただろうかとマルスは首を傾げる。
「あれ、息子さんですよね? えーっと確か……ラクア君、でしたっけ?」
「……ああ、あれか」
石像のように感情を見せなかったアイオスの表情筋が、ほんの僅かに動いた。
その顔が示す感情は、娘への愛情に溢れたマルスのものとは真逆。
「私はあれを息子と思ったことは一度も無い」




