25-② 帰省
そして翌日の朝。
「それじゃ、皆揃ったし行こっか!」
数ヵ月ぶりの里帰りの為に、リアとの待ち合わせ場所である学院の正門前にやって来たラクアは、今日も元気いっぱいなリアと、相変わらず不愛想なレマを順に見た。
「……なんか一人多い気がするんだけど」
「あ、言ってなかったっけ? レマちゃんも一緒に来たいって言うからさ、ママにも紹介したかったし丁度いい機会かなって。ちゃんとせんせーに許可は貰ってるから大丈夫だよ!」
「そういう問題じゃなくて……」
「もしかして、ラクアもオリバー君とか連れてきたかったとか?」
「いや、そうでもなくてだな……そもそも、オリバーは実家に帰るって言ってたし……」
「そっかー、今度は皆で行けるといいねぇ」
リアは「次はマルナちゃんにも声かけてみよ〜」などと言いながら、足取り軽く中央通りを進んでいく。
「家族水入らずの邪魔をしてごめんなさいね」
「全然申し訳なさそうに見えないけどな。で、何の目的があってわざわざついて来るんだ?」
「休暇の間、何も予定が無くて暇だったのよ。いつもお世話になっているルームメイトのご家族に挨拶がしたいって思うのは、そんなに変なことかしら?」
「…………」
「私、貴方にそんなに嫌われるような事をした覚えは無いのだけれど」
「別に嫌ってる訳じゃない。ただ、お前の場合はどうしても言動に感情が篭ってる気がしなくて、何か隠してるんじゃないかって不安になるんだよ」
歯に衣着せぬ物言いをするラクアに、レマは珍しく口角を上げて笑った。
「貴方って正直ね。そういう事って、普通本人には言わないと思うのだけれど」
「あ、いや、その……ごめん」
「別にいいわよ。貴方みたいな人、私は嫌いじゃないわ」
「それはどうも……」
「それから、彼女の事もね。貴方が気にしているのはそこでしょう?」
「お前がリアを嫌ってるとは思ってない。でも、特別好意を抱いてるようにも見えない」
「好意がないと一緒に居ちゃいけないのかしら」
「そうは言わないけど……好きでもない相手に、これといった理由もなく付き纏うのは不自然だろ」
「理由ならあるわ」
「どんな?」
「秘密」
「あのなぁ……」
「その代わり、純粋で正直な貴方に一つだけ忠告しておいてあげる。本当に危険なのは、怪しいとすら貴方に感じさせる事の無い人よ。長生きしたければ、人の好さそうな者にこそ気をつけなさい」
軽い調子のまま、けれど真剣な面持ちで言われたラクアはきょとんとする。
「……何だそれ?」
「だから忠告よ、深い意味は無いわ。例えば私が貴方を殺すつもりなら、もっと愛想良く振る舞うもの」
サラリと物騒なことを言ってのけたレマは、リアクションに困るラクアを放って歩調を早めた。
パレス要塞を抜け、ラクアの操縦するスカイモービルで層雲を抜けた三人は、幸い雨の降っていない下段に無事降り立つ。
用意してきた雨合羽を手に持ったまま、リアは桟橋を駆け抜けて一目散に自宅のドアを叩いた。
「帰って来たよママ! ただいま!」
留守という事も無かったようで、パタパタという足音の後、家の中からステラが顔を出す。
「お帰りなさい。待ってたわ、ラクアくんも」
「お久しぶりです、おばさん」
喜びのあまり抱き着いてきたリアを受け止めたステラは、ラクアにも優しく微笑んで、
「――え?」
その背後に居たレマを見て固まった。
動揺している様子のステラの視線を辿ったリアは、
「あ、この子はね、学院で出来たお友達! あたしは寮で同じ部屋なんだ!」
とレマを紹介。
レマはいつもと何も変わらない様子で、静かにステラに会釈。
「……そう、なの」
「……?」
ステラのどこか気まずそうなそのリアクションに、ラクアとリアは顔を見合わせて首を傾げる。
「もしかして、何も言わずに連れてくるの駄目だった?」
「そうじゃないの、なんでもないから気にしないで。――そうだ、久しぶりに帰ってきたんだし、お父さんにも顔を見せてあげて。その間にお茶の用意をしておくから」
「あ……うん」
以前であれば文字通りの意味であったその言葉が、今は墓参りを指すものに変わってしまった事を思い出し、リアの表情が暗くなる。
ラクアはそんなリアの手を引いて、墓のある方へと歩いて行った。
そして一人残ったレマは、二人の姿が見えなくなってから、ステラの前に傅く。
「ご無事で何よりです、シュティリア様」
家の中に引っ込もうとしていたステラは、困ったように眉を下げた。
「今はステラよ。前にも言ったけれど私は……」
「この国に来る前の事は覚えていらっしゃらないのですよね。存じております。ですが私にとっての貴女様は、記憶が有ろうと無かろうと大切な主です」
「……貴女があの子のルームメイトなのは偶然? 今日あの子たちと一緒に来たのは友達だから?」
レマは答えなかった。それが否定を示しているのだと理解したステラは眉を顰める。
「貴女達の事情は理解しているわ。けれど、リア達を巻き込むのはやめて欲しいの」
「そういう訳には参りません。蛮族の血が混ざってしまったとは言え、彼女が貴女様の血を引いている以上は――」
「蛮族だなんて言い方はやめて!!」
声を荒げたステラに、レマは驚いて顔を上げた。
「そんな風に呼ぶのはやめて……。あの人は、とても優しくて温かい理想の伴侶だったわ。蛮族なんかじゃない」
「……ですが」
「いい加減私に固執するのはやめて、貴女達も別の生き方を見つけるべきよ。貴女達が崇めていた人はもう居ない、それでいいじゃない。もうそんな役目に縛られる必要なんて無いのよ。貴女も、ただの一人の女の子としてこの国で生きていく方が、きっと幸せになれる」
その言葉には憐みのようなものもあったが、子を案じる母のような温かさも感じた。
ああ本当に、この人は只人に成ろうとしているんだと感じたレマは、その全てを否定する。
「それは出来ません」
「どうして?」
「私はカナンベルクの全ての民の命を背負って今ここに居ます。役目を放棄する事は、祖国を見捨てる事と同義です」
「……貴女はそれでいいの? 生まれのせいで人生を縛られて、理不尽だとは思わないの?」
「それを嘆いても、何も変わりはしません。生まれついたものを変える事は誰にも出来ないのですから。それに……」
「それに?」
「……違う道を選ぶには、私は手を汚し過ぎました」
眉を下げ、申し訳なさと自嘲を含んだ笑みを見せるレマに、ステラはそれ以上何を言う事も出来なかった。
「パパ、久しぶり、帰って来たよ」
人気のない墓地の片隅で黙祷を捧げ終えたリアは、墓標の前にしゃがんだまま優しい声で呟く。
墓前には真新しい生花が供えられていた。墓参りをしてくれた人――恐らくはステラが供えたものなのだろう。
雨のお陰でそれほど汚れてもいない墓石代わりの大きな石を磨き終えたラクアも、リアの隣で手を合わせる。
「……なんだか変な感じ。やっぱり慣れないなぁ」
「まあ、この下におじさんが埋まってる訳でもないからな……。でも、きっとどこかで見てくれてるよ」
「そうかな? そうだといいな」
しんみりとそんな会話をしていたリアとラクアは、
「うわっ、出た!」
いきなり飛んできたその言葉で雰囲気をぶち壊されてしまった。
見れば、かつて下段の学校で同級生であった少女、リコッタがそこに居る。
「あーっ! リコッタ!」
「相変らずうるっさいなぁ〜そのキンキン声。せっかくボクの前から消えてくれて清々してたのに、なんで戻ってきてるんだよ。 あ、もしかして追い出されたの?」
「違うもん! 学校がお休みだからママに会いに来たの!」
かつてそうであったように会うなり喧嘩を始める二人に、ラクアはやれやれと溜息を吐いた。
リアはまだしも、リコッタは突然居なくなったクラスメイトに数ヵ月ぶりに会ったというのに、感慨も何もない。
「そう言えばお前、俺達が居ない間にステラおばさんと会ってたって聞いたけど?」
「え、そうなの?」
「……それ、誰に聞いたのさ」
「誰だっていいだろ。それより、おばさんに何もしてないだろうな?」
「人を悪者みたいに言わないでよね! ケーキ食べさせてくれるって言うから、適当にお喋りしてただけだよ」
「本当にそれだけか?」
「疑うなら本人に聞けば? 大体、母親を一人残してさっさと一段目に行った薄情者共に、とやかく言われたくないし」
「うっ!」
ぐさりと言葉の矢が刺さって身動きが取れなくなっているラクア達に、べーっと舌を出してリコッタはその場から撤退。
その先には見慣れないスキンヘッドの男性が立っており、リコッタと合流するとリア達に小さく会釈して去って行った。
「あれ誰だろ?」
「さぁな。あいつの父親か何かじゃないか?」
「そう言えば、リコッタのパパとママって見た事なかったね。……いいなぁ」
それは、父と共に居られることへの羨望の言葉だったのだろう。
ポツポツと降り出した雨に、ラクアはいつかと同じようにリアに手を差し伸べる。
「そろそろ帰ろう、ステラさんが待ってる」
「……うん。じゃあねパパ、あたし、一段目で頑張るからね」
リアはラクアの手を掴んで、最後に墓石にそんな言葉を残した。




