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25.精霊との契約

 長期休暇前の終業式を終えた日の放課後。学院のグラウンドに、小さな人の集まりが出来ていた。

 そこに居るのはラクアと、彼のクラスメイトであるナイゼルとロザリアとフィア、そしてラクアの監督を任されているセリウスの四人。


「本当に良いんだな?」


「はい、もう決めたんで。それに、いつまでも他の魔術が使えないっていうのは、やっぱり困りますし。……にしても、なんでお前らまで居るんだよ」


「僕はただの見学だから気にしなくていいよ。君の風の精霊(シルフ)は特殊だし、万が一何かあった時のフォローも兼ねてね」


「右に同じですわ。そもそもわたくしが提言した事ですし、言ったからには最後まで見届けるべきでしょう?」


「それは有難いけど、そんな見られてると余計に緊張する……」


「じゃあなるべく見ないようにするから、頑張って」


 そう言って両手で視界を塞いでみせるフィアに、先日彼女の正体を知ったばかりのラクアは苦笑。

 王女様に怪我をされても困るのだが、セリウスがそれを知っているかどうか分からない以上、滅多なことは言えない。


「なら、始めるとするか。先日頼んでおいた物は持ってきているか?」


「ああ、はい、一応は。でも、これ何に使うんですか?」


 言いながら、ラクアは懐から赤い液体――自分の血の入った小さな小瓶を取り出した。

 今日の精霊との契約に際し、セリウスに採血しておくよう言われて、訳もわからぬまま用意したものだ。


「それをこの水と混ぜて、足下の溝に流し込んでくれ」


 大きめの瓶に入った透明な液体を手渡されたラクアは、言われた通り血を移し替えて軽く振った後、セリウスが先んじて地面に描いていたルーンに流し込んでいく。


「次に、契約の為の呪文を唱える。俺の後に続けて復唱してくれればいい。――我は血の楔による(ギーフフェ)契を望む者也(オウルズ)世に流れ世()を包む伊吹()司りし者よ()応じれば刻(ソーン)みし路を辿り(カノラド)我が下へ来たれ(ウィルドダエグ)


我は血の楔による(ギーフフェ)契を望む者也(オウルズ)世に流れ世()を包む伊吹()司りし者よ()応じれば刻(ソーン)みし路を辿り(カノラド)我が下へ来たれ(ウィルドダエグ)


 ラクアの復唱と同時に、希釈した血の流れるルーンに端から光が灯っていく。

 その光が終点まで満ちると、いつもの様に風が吹き荒れ始めた。


「し、失敗ですか!?」


「いや、大丈夫だ。後は魔術を使う時と同じ願文を唱えればいい」


我が身に蓄えられし(ギーフフェ)汝が力の源を対価に(オラグス)我が忠実な僕となり(ニードイング)その力を振るえ(ソウィエル)! 』


「で、最後に締結(ノーク)と言えば完了だ」


締結(ノーク)! 』


 吹き付ける風に煽られながらラクアが叫ぶと、風はぴたりと止んだ。

 強風に耐える為に閉じていた瞼を恐る恐る開くと、代わり映えの無い学院のグラウンドとセリウス達の姿が映る。


「……えっと、どうなりました?」


「成功したかどうかはお前にしか確認出来ない、辺りを見渡してみて変わった点は無いか?」


「変わった点……?」


 そう言われても、特別何かが変わったようには見えない。

 失敗したのだろうかと落胆しかけたその時、ラクアの視界の端を何かが横切った。


 つられて視線を向けてみれば、螢のような緑色の小さな光がふよふよと宙を漂っていた。

 なんだろうと手を伸ばしてみても触れる事は出来ず、掴もうとすれば掌をすり抜けてしまう。


「どうしましたの?」


「いや、なんかここに光ってるのが……、ロザリアさんには見えないのか?」


「僕にも見えないよ?」


「恐らくはそれが今お前の契約した風の精霊(シルフ)だ、見えているという事は上手くいったようだな」


「え、これが精霊なんですか!?」


 もう少し形容し得る姿形をしているものと勝手に思っていたラクアは、小さな光の粒を今一度凝視した。


「契約すれば精霊が視認出来るようにもなりますのね、知りませんでしたわ」 


「自分が契約した精霊に限ってはな。見えるからといって、特にどうという事も無いが」


「寧ろこれじゃ気が散るような……。いや、でもこれで、俺も風以外の魔術が使えるようになったんですよね?」


「試してみるといい、ついでにこのルーンを消してくれると助かる」


「って事は地の精霊(ノーム)か……よし」


 実践するのは初めてだが、風の精霊(シルフ)と要領は違わない筈だ。ラクアは深呼吸して指を地面に向ける。


地の精霊よ(ノーム)我が身に蓄えられし(ギーフフェ)汝が力の源を対価に(オラグス)我が忠実な僕となり(ニードイング)その力を振るえ(ソウィエル)。――均せ(エ=サラン)!』



 ――瞬間、ドゴン、という音と共に、ルーンが彫られていた地面が抉られたように凹んだ。



「…………」


「…………」


「…………」


「……風の精霊(シルフ)は暴れなかったね」


「……まあ、今日の所は根本的な問題が解決しただけでも良しとしよう」


 フィアとセリウスのそんなフォローが、静かにショックを受けるラクアの精神を余計に傷付けた。

 そんな魔族マグス四人の居るグラウンドの隣、中庭を挟んで向かい側にある芝生の上では、


「あっ、こら逃げるな!」


「やだー! もう今学期の授業は終わりって校長先生も言ってたじゃないですかぁ!」


 リアと彼女の監督生であるララの戦士族ベラトール二人が鬼ごっこを繰り広げていた。

 全力で走ったにも関わらず即捕まってしまったリアは、罠にかかった獣のようにジタバタと暴れる。


「正しくは〝今日で授業は終わり〟だ! よって日付が変わるまではお前は勉学に励む義務がある! 観念しろ!」


「やです~! 他の皆はとっくに帰っちゃったじゃないですか! あたしだけなんでこんな事しなくちゃいけないんですか!?」


「お前の成績がずば抜けて悪いからだっ! せめて己の武器ぐらいは今日中に使いこなせるようになれ! でないと私がお前の稽古をサボっていると思われるだろう!」


「そんなの知りません~! あたしは武器なんて使えなくたっていいんですもん! 料理洗濯が得意な家庭的な女の子が目標なんですから!」


「なら料理洗濯と近接格闘が得意な女になればいいだろう! 四の五の言わずにさっさとやれ!」


「やだ~! お家帰るの~! ――あっ! あんな所に野良犬に襲われる子供が!」


「えっ?」


「スキありっ!」


 ララの注意が逸れた瞬間、リアは拘束から逃れて一目散に隣のグラウンドへ。


 騙された事を理解したララは、ゆらりと立ち上がって腰の鞘から刀を引き抜いた。

 そして、黙したまま虚空を下から上へと切り上げる。その斬撃は青芝を土ごと巻き上げ、煉瓦の道を砕きながらグラウンドへ。


 すぐに怒声が飛んでくると思っていたリアは、静寂を疑問に思って振り返ったお陰で、自分目掛けて飛んできていたその一撃を間一髪で避ける事に成功した。

 自分のすぐ真横の地面が裂けたように抉れているのを見て、ひぇ、と小さく悲鳴を上げる。


「そんな姑息な真似をするとは……見損なったぞリア・サテライト!! その性根ごと私が一から叩き直してやる!! さぁ来い!!」


「や~だ~! 助けてラクア~!」


「いや、何やってるんだよお前……せっかく付き合って貰ってるんだから真面目にやれ」


「あたし頼んでないもん! お勉強は頑張るけど、これ以上強くなるのは嫌なの!」


「どうしてそんなに頑なに嫌がるんだ、強くなる事で損をする事も無いだろうに」


 その心情が全く理解出来ないといった風に溜息を吐くララに対し、リアは拗ねたように膝を抱えてその場にじゃがんだ。


「だって、強過ぎると怖がられるんだもん……」


 実際、下段でそうであったように。

 リア自身が描くなりたい自分は、物語のヒロインであってヒーローではない。故に強さを求めて鍛錬する事は、理想像から遠ざかる行為でしかない。


「ロザリーちゃん達みたいな魔法使いならいいけど、戦士族ベラトールの戦い方って暴力~って感じで、なんか嫌なんだもん……。ララ先輩はそういう抵抗無いんですか?」


「私は……無いな。己の無力を嘆いた事はあれ、その逆は生まれてこの方一度も無い」


 ララは抜き身の刀身に陽の光を浴びせ、その輝きに目を細めた。


「私にとって力とは誇りだ。使い方を誤れば、お前の言う通りただの暴力にしかならないだろうが……、弱きを助け強きを挫くという心の下で振るえば、それは多くの者にとっての希望となる、私はそう信じている」


「あたしもそれは同感ですけど……、でも、強くてかっこいいって言われるより、可愛いねって言われたいです」


「そういうものか?」


「そういうものです。ララ先輩だってたまには守ってもらいたいなーって思ったりするでしょ?」


「いや……?」


 全くそんな事はない、と言いたげな顔で刀を鞘に納めたララに、今度はリアが溜息を吐く。


「ララ先輩って、もしかしなくても恋とかした事ないですか?」


「なんだ急に、今はそんな話よりもお前の訓練の話だろう、ほら戻るぞ。邪魔をしたなセリウス、魔族マグスの諸君も」


 そうして、襟を掴まれ引き摺られていくリアを、ラクア達は苦笑と共に見送った。

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