24-⑤ 暗中模索
「それじゃ、気を付けて帰ってね」
「また学校で」
漸く目を覚ましたロザリアとナイゼルを加えて、優雅なお茶会を楽しんだ――といっても、招かれた三人は終始気が気ではなかったが――後、来た時と同じく送迎の車に乗り込んだラクア達に、見送りに来てくれたアルス達が告げる。
帰りはイアンも屋敷の片付けがあるとの事で同伴はせず、車内には運転手と護衛の二人と、ラクア、ナイゼル、ロザリアだけになる。
「二人とも、もう大丈夫か?」
「……そう見えますの?」
走り出した車の座席でぐったりした様子のロザリアに憎々し気に言われ、ラクアが「だよな」と苦笑。
「にしても、ロザリアさんもナイゼルも、フィアさんが王女様だって知らなかったんだな。そういうの詳しそうなのに」
「仕方ないんだよ。この国の王女や王子は、成人するまで国民にその存在を明かしてはならない事になっているからね、生まれた報告すらしないんだ」
「ああ、そういえばイアンさんもそんなこと言ってたな……」
「それに、これまで歴代の王はいずれも人間の方でしたもの。フィアさんが次の国王となるのなら、モルタリア史上初の魔族の王になりますわ」
そこまで話して、二人は複雑な顔になる。
「私達魔族にとっては嬉しい話ですけれど……」
「戦士族は面白くないだろうね。それに、人間の扱いがどうなるか……」
「え、何だそれ、どういう事だ?」
「これまで人間の存在がある程度尊重されていたのは、国のトップが人間だからという点が大きいですわ。この国がこれまで三種族で上手くやって来れたのも同じ理由ですのよ」
「魔族か戦士族のどちらかを国王に据える事は、傍目に見れば〝片方がより優れていると判断された〟という風にも受け取れてしまうだろう? 今この国において魔族と戦士族の扱いはほぼ同等だけれど、魔族が王になればそのバランスは崩れてしまう、下手をすれば内乱になるよ」
「内乱って……、いや、でも、他の誰かならいざ知らず、あのフィアさんだぞ? 魔族だけを贔屓するような事はしないだろ」
「それはあくまでも一生徒としての彼女でしょう、王になっても彼女が彼女のままで居られるかどうかなんて分かりませんわよ。そもそも、本人がどうあれ、彼女が魔族である以上、戦士族の反感を買うのは避けられませんわ」
「中央区も色々と変わってしまうかもしれないね。あそこは国王陛下のお膝下だから、魔族が王になるのなら魔族区になるかもしれない」
「そうなれば、人間はますます行き場を失くしてしまいますわね……、このままいけば、いずれこの国から人間は居なくなるかもしれません」
二人のやり取りに、そこまで考えていなかったラクアは呆然としてしまっていた。
「そんなに影響が出るもんなのか……」
「まだ確実にそうなると決まった訳ではありませんわよ、これが杞憂で済む事を祈りましょう。――話が逸れましたけれど、フィアさんが王女だと気付けなかったのはそういう理由ですわ。次の国王も人間だと疑っていなかったものですから」
「それにしても、どうしてまた急に魔族を王家に迎え入れたんだろうね……? フィアさんは庶子で、彼女とは別に人間のご子息がいらっしゃるのかもしれないけれど」
「ああ……それはあり得ますわね。あり得ますけれど……」
「それなら王室護衛官が二人も彼女に仕えているのはおかしい、かな」
「あのお二人も見習いのようなものでしょうから、本来の王室護衛官が嫡子をお護りしている可能性はありますわよ」
うーん、と難しい顔で二人がまた考え込み始めたので、ラクアは窓の外に目をやって流れ行く景色をぼんやりと眺める。
もし本当に内乱なんてことになってしまったらどうするんだろうか。外との戦争も恐ろしくはあるけれど、見知った人達と戦う事はもっと嫌だ。
(……まぁ、ロザリアさんの言う通り杞憂かもしれないし。アルス先輩やバレッドさんみたいに、魔族を敵視していない人だって結構居るんだから、きっと大丈夫だよな)
自分にどうする事が出来る問題でもない以上、ラクアはそんな風に楽観的に考えることしか出来なかった。
*
「はぁ~、今頃ラクアはフィアちゃんのお家かぁ~」
一方、ノブリージュ学院赤組学生寮の一室。
天蓋付きのベッドに突っ伏しながら、本日何回目かもわからない溜息を吐いたリアに、同室のミーナが「それ何回目よ」とうんざりした様子で言う。
「だって、あたしも行きたかったんだもん! お友達のお家だよ!?」
「そんなに言うなら強引にでも付いて行きゃ良かったじゃない。魔族の実家なんて、私なら頼まれてもゴメンだけど」
「ミーナちゃんって何でそんなに魔族が嫌いなの?」
「何でって……、嫌いなもんは嫌いでしょ。弱いくせに態度だけはデカいし、生意気だし高飛車だし気取ってるし、なんかもう全部鼻につくのよ」
「ふーん? あ、そうだ、あたしミーナちゃんのお家にも遊びに行ってみたい!」
「却下」
「なんで~!?」
「あんたみたいな子ザル連れて行ったら親が吃驚するからよ」
子ザルじゃないもん! と手足をじたばたさせるリアに、それまで静かに読書していたレマが、本に視線を落としたまま口を開く。
「そういえば貴方達、長期休暇の間は家に帰るのかしら?」
日頃我関せずなレマに声を掛けられたことに二人は一瞬驚いて、先にミーナが怪訝な顔で答える。
「……帰るけど、それが何よ?」
「別に、聞いてみただけよ」
「はぁ? 何よそれ」
意味わかんない、と早々に会話を打ち切ったミーナに次いで、リアは嬉しそうに答えた。
「あたしも多分帰るかなー! レマちゃんは?」
「私は特に予定は無いわ。でもそうね、せっかくだから貴方について行くのはどうかしら」
「へ? あたしにって、一緒に下段に行くの?」
首肯したレマに、リアがあたしはいいけど……と言い淀む。
確か以前、下段に行けるのはリアとラクアだけ、という話を聞いた覚えがあったからだ。
「そのへんハッキリ覚えてないや、ちょっともっかいバレッドさんに確かめてこようかな。それでいいよって言って貰えたら一緒に行こ!」
ニコニコ顔で言ったリアに、同じく笑顔を返すレマを、ミーナは訝し気に睨んでいた。
*
「ようマルナ、邪魔すんぞー」
同刻。リアが名を挙げたその男――バレッドは、中央通りのハーヴィ武器専門店に顔を出していた。
今日も武器を愛情いっぱいに可愛がっていたマルナは、一度手を止めて顔を上げる。
「バレッドさん! いらっしゃいませ、アルヴァトロスの調子はどうですか?」
「ん? ――ああ、コイツか。元気元気」
アルヴァトロスという固有名詞が自分の武器のものだという事を失念していたバレッドは、マルナの逆鱗に触れる前になんとかそれを思い出して適当に返した。
「なら良かったです、でも定期的にメンテナンスには出して下さいね? それで、今日はどういったご用件ですか?」
「儂の客じゃ」
バレッドが答える前に、店の奥から出て来た店主のマルクがそう告げ、バレッドについて来るよう指示すると、再び奥へと引っ込む。
きょとんとしたマルナは、数ヵ月前のガルグラム絡みの一件を思い出して、
「あ、もしかして、ショーウィンドウの弁償の件ですか?」
「それはもう払ったっつーの! ガラス一枚でなんつー値段すんだこの店!」
「おい、戸口で騒ぐな」
給料から差っ引かれた代金を思い出して喚くバレッドに、冷や水をぶっかけるかの如く言ってのけたのはウォレアだった。
たった今店に到着したばかりの彼は、バレッドを押し退けて店の奥へ。
「マルナ嬢、少しの間マルク殿と工房をお借りする。行くぞバレッド」
「へいへい、じゃーなマルナ」
「え? は、はぁ……」
急な来客の理由を知らないマルナは、そんな生返事で彼らを見送る。
バレッドとウォレアはそのまま機械が所狭しと並ぶ工房の一角で手招きするマルクの下へ。
「マルク殿、多忙なところ無理を言って申し訳ない、ご協力に感謝申し上げる」
「気にするな、儂も気にはなっておった」
作業台を取り囲む三人の視線の先には、以前ガルグラムでバレッドらが押収したステレオミキサーやスピーカーが鎮座している。
一連の事件の後、ララやトーマの助力によって秘密裡に中央区へ運び込まれたそれは、解析の為に機械系統に詳しいマルクの手に渡っていた。
「この国にこんな物が存在しておるとはな。ロゴも入っておらんが……帝国の輸入品にしても……」
「で? 結果はどーだったんだよ?」
難しい顔でブツブツと呟き始めたマルクに、さっさと本題に入りたいバレッドが急かす。
マルクにとってはそれ以上にこの物の出所の方が気になるのだが、まあ後で調べるかとバレッドの問いを優先した。
「小難しい説明は端折るぞ、どうせ説明したところでお前達には理解出来んじゃろうて。簡潔に言えば、これは共鳴種の特性を疑似的に再現する装置じゃ」
「共鳴種の……? つまり、様々な種族の鳴き声を発生させる機械、という事ですか?」
「言い換えればそうじゃの」
「おいおい、それでどうやって魔獣をあんな超進化させるんだよ? 共鳴種ってのはそんなことまで出来んのか?」
「そんな訳あるまい、共鳴種の能力はあくまでも異種族と対話が出来るというだけじゃ。一部の個体は相手の精神や神経に作用して操るといった芸当も出来るらしいがの、流石に体細胞を変質させるような真似は出来んじゃろう」
「では、バレッドが見たという魔獣の変体は、この機械が原因ではないと?」
「タイミングからして全くの無関係という事も無いじゃろうが、この装置自体にはそんな機能はついておらん。仕掛けがあるとすれば、その魔獣の方じゃったかもしれんの」
「んっだよそれ、ふざけんな!!」
机に拳を叩きつけるバレッドを諫めつつ、内心で彼と同じ気持ちになっているウォレアも溜息を吐いて肩を落とした。
「……恐らく既に処分されてしまっているだろうが、後で軍に連絡を入れてみるか、今出来ることはそれぐらいだろう」
「おお、それならついでにこの機械をどこから入手したのかも調べておいては貰えんか、解析の礼はそれでええぞ」
「承りましょう。では、我々はこれで失礼します」
「……本っ当ーにこの機械は何もねーんだろうな? じーさん」
「儂の解析結果に文句があるなら他所に回せ、儂以外が見たところで〝よく分からん〟としか返せんじゃろうよ。恨むなら目の付け所を間違えたそのお粗末な脳を恨むんじゃな」
「んだとこの偏屈ジジイ!」
「やめろ阿呆」
マルクに殴りかかろうとするバレッドを引き摺って工房から出たウォレアは、三人の動向を気にしていたマルナにも礼を言って店を後にする。
「くそっ、結局何の収穫も無しかよ」
「何も、という訳でも無いだろう。共鳴種の能力が関わっているのなら、耳の良い貴様ら戦士族には聞き分けられるかもしれん。今後何か妙な音が聞こえたら教えろ、それが原種負けのタイミングと被っていたら、やはり原種負けは〝人為的に引き起こされているもの〟だという事になる」
「それを確認出来んのは目の前で原種負けが起きた場合に限ってだろ、確率低いし見たくもねぇ」
「意識はしておけという話だ。……私とて、二度と見たくなどあるものか」
ウォレアの顔と声に滲む怒りや悲しみを感じ取ったバレッドは、相手が思い出しているのだろう過去の光景を同じように脳裏に浮かべて眉根を寄せた。
それは原種負けの事件を追うようになったきっかけであり、バレッドとウォレアがいがみ合いながらも行動を共にする理由でもある。
「……つーかそもそも、遺体の方が怪しいっつーならよ、毎回原種負けの後始末してるイアン達に聞けばいいんじゃねーの?」
気を逸らす為に思い付きで言った事だったが、それを聞いたウォレアはピタリと足を止めた。
「それは……確かに一理あるな、お前にしてはいい閃きだ」
「褒めるならもうちょい素直に褒めろよお前はよ。そういやイアンの奴、今日は見てねーな」
「ああ、今日は先のエルトリアでの一件の礼にと、ベルガモット達を別邸に招いているそうだ」
「別邸に? おいおい大丈夫かよ、嬢ちゃんの正体バラすつもりか?」
「イアン達がベルガモットらを信頼して明かすというのなら、既に知らされている我々がとやかくと言う話でもあるまい」
「そりゃそうだけどよ、一応は国家機密だろ?」
「お前に話した時に比べれば、彼らの心労も少ないだろう」
「どういう意味だコラ」
「そういう意味だ」
「あっ、居た居た! バレッドせんせー!」
脛を蹴ってやろうと振るったバレッドの足が躱されたところで、二人は道の向こうから大仰に手を振って駆けてくるリアの姿を認めた。
「どうしたガキんちょ、迷子か?」
「なんでそうなるんですかっ! あの、今度の長期休暇って、あたし下段に帰っていいんですよね?」
「ああ、きちんと申請さえすれば受理される筈だ」
「それ、あたしの友達も一緒にっていうのはダメですか?」
「友達って、あの魔族の坊主以外の奴って事か?」
「あたしのルームメイトのレマちゃんっていう子なんですけど、その子人間なんです。魔族や戦士族を連れて行っちゃダメっていうのは分かってるんですけど、人間の子でも駄目ですか?」
校則だの法律だのといった決まり事を頭に叩き込む努力を怠っているバレッドは、リアと同じく「どうなんだ」という目でウォレアを見た。
バレッドに言ってやりたい小言が脳内に大量に流れたのを一旦無視して、ウォレアは期待と不安の入り混じった顔のリアに答える。
「人間であれば……恐らくは大丈夫だろう、恐らくはだが」
「何だその言い方」
ウォレアにしては珍しいという意味合いでバレッドが言えば、ウォレアは思案顔で付け加える。
「下段との行き来についての規定に、人間に関しての記述は無かったのでな。此処の人間を下段に連れて行ったところで、何か問題が起こるとも思えん。だが許可を出すのはあくまでも校長だ、故に〝恐らくは〟と言っている」
「じゃあウォレアさん的には大丈夫ってことなんですね!」
「ああ。――いや、待て。下段との行き来と言えば、まだあの件が解決していなかったな……」
両手を上げて万歳のポーズを取ったリアは、「あの件?」と首を傾げる。
「あー、アレか、不法侵入だか何だか――痛っ!?」
一方、ウォレアが言わんとしているのが、数ヵ月前に起こったパレス要塞での騒ぎの事だと理解したバレッドは、それを口にした矢先ウォレアに殴られた。
「生徒の前でベラベラと喋るな!」
「今のはおめーがそう誘導したんじゃねーか!」
「ふほーしんにゅう? 何かあったんですか?」
「気にするな、こちらの話だ。ただまあ、今は平時より行き来が困難になっている可能性があってな、君やベルガモットはともかく、他の人間は弾かれるかもしれん」
「え、じゃあ駄目なんですか……?」
上げていた手をゆるゆると下ろして分かりやすく気落ちするリアに、ウォレアが言葉を詰まらせる。
「ま、頼むだけ頼んでみりゃいいんじゃねーの。あの校長の事だから、すんなりOKしてくれるかもしれねーぞ」
「……それもそうだな。分かった、私から話はしておこう」
「ほんとですか!?」
やったー!と再び元気を取り戻したリアは、吉報を伝えに元来た道を駆けていった。
道の途中で思い出したように降り返って、大声で礼を叫ぶ彼女に、残された教師二人は苦笑しながら手を振り返す。
「不法侵入の話なんかすっかり忘れてたぜ。結局あれから特に何も起きてねーし、ロードも何も言ってこねーし、やっぱり愉快犯だったんじゃねぇの?」
「安心するのはまだ早い。そうやって油断させる為に、ほとぼりが冷めるのを待っていたのだとしたら……寧ろ警戒すべきはこれからだ」
「考えすぎだろ。原種負けの話だけでもかったりーのに、自分から悩みの種増やしてどーすんだ」
「お前は考えが足らなさすぎだ。……何も無いに越したことは無いがな」
――これが、嵐の前の静けさで無ければ良いのだが。
ウォレアはそんな胸中の不安を、今考えても詮無い事だとして振り払った。




