表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/88

24-④ とある教官と生徒の話


「……で、何で俺が昼飯を用意しなくちゃいけないんですか」


 何処へ連れて行かれるのかと思えば、到着したのは本校舎の裏手にある黒組の寮だった。

 他の寮と違って明らかに見劣りする木造の外観は、もう少しサイズが小さければ物置と思われそうなほどに粗末なものだ。その中にある共用スペースの台所に立たされたガンナは、小さな冷蔵庫から食材を取り出しながらぼやく。


「ちょうど昼飯時だからだ、まさか食堂で話す訳にもいかんだろう」


 その様子をテーブルセットの椅子に腰かけながら観察しているアスターは、背凭れに寄りかかって退屈そうに欠伸した。

 だからって仲良く飯食いながら話すもんでもないだろという反論をジト目で表現していたガンナは、全く取り合おうとしない相手に諦めて包丁を握る。これで刺してやりたい。


「……それで、あんたは一体何者なんですか」


「うん? 自己紹介なら初対面の時に済ませた筈だぞ」


「そんな偽造した身分じゃなく、実際にどういう人物なのかを聞いてるんです。帝国のどこ所属の誰さんですか」


「俺が帝国人なのは確定なのか?」


「そうとしか思えないので」


 特に食事当番のようなものが決まっている訳ではないが、黒組寮ではこうして誰かしらが買ってきた材料を使って皆の分の食事を作り置きしておくことも少なくない。他クラスの生徒と違って食費も実費で賄うしかない人間の生徒にとって、学食を利用するよりも自炊した方が遥かに安上がりだからだ。

 せっかくだからこれも多めに作っておくかと、肉や野菜を細かく切り刻んでいく。


「まぁ俺が誰であれ、お前が知る必要は無いさ。俺はお前達の味方じゃないが敵って訳でも無いし、何か目論みがあって此処に居る訳でも無い。確かに〝アスター教官〟は来歴を持たない架空の存在だが、今ここでお前と喋ってる俺はアスター以外の何者でもない」


「目的が無いのなら、どうしてわざわざこの国に? まさか観光って訳でも無いでしょう」


「やってる事的にはそれで合ってるぞ、俺の役目はこの国で期限が来るまで暇つぶしに興じることだけだからな」


「……期限?」


 切った材料をフライパンに投入して点火しようとしたガンナは、一度手を止めて振り返った。


「ああ、心配しなくともお前さんには関係の無い話だ。お前がそれまでに国に帰るならな」


 釈然としない面持ちのガンナに、アスターが調理を続けるように顎で促す。


「お前達がどれくらい滞在するつもりなのかは知らんが、面倒事に巻き込まれたくなかったら早いとこ撤収した方がいいぞ」


「…………」


「そんな露骨に疑いの目を向けるなよ、親切心で言ってやってるんだぞ。なにせ俺は生徒想いの気のいい教官だからな」


「生徒想いの教官は生徒をこんな風にこき使ったりはしないと思いますが」


「お前には〝いつも世話になってる担任に手料理を振る舞ってやろう〟くらいの可愛げは無いのか?」


「そういうサービスは奥さんか恋人に頼んで下さい」


「お前自分が彼女居るからってなぁ、独身のおっさんを虐めるなよ」


 たまには労ってくれてもいいだろと椅子を揺らして主張するアスターに、ガンナは溜息を吐きながら材料を炒め始める。


「この際なんで一応言っておきますが、あいつは彼女じゃないです」


「なんだ違うのか、可哀想に」


「勝手に哀れまないで貰えますか」


「せっかくの青春時代なのに恋の一つもしないなんて勿体ないぞ~? 年齢サバ読んでるからって遠慮しなくても」


「別に遠慮してる訳じゃありませんし今そんな話はどうでもいいです」


 当然のように実年齢がバレているのが尚の事腹立たしい。

 出来上がった炒飯を乱雑に皿に盛り付けて、怒りを込めて机に叩きつけたガンナは、「そんなに怒るなよ」と笑うアスターの対面に座った。


「険悪になる必要も無いんだから、ちょっとくらい戯れに付き合ってくれたっていいだろうに。――お、これめちゃくちゃ美味いな」


 いただきますのポーズの後に一口食べたアスターは、ご機嫌な様子でぱくぱくと料理を口に運んでいく。

 その様に毒気を抜かれたガンナも、脱力して自前の昼食を食べ始めた。


「それで、盗聴器なんて仕掛けてまでお前は何を知りたかったんだ?」


「…………」


「俺にだけ喋らせておいて、お前は教えないなんて言うなよ」


「さっき言ってたことが本当なら、それを聞いたところであんたには関係ない筈だろ」


「与えられた役割だけで言えばそうなんだが、個人的にこの国の王様の事は気に入っててなぁ。お前があの人に危害を加えるのが目的なら、今ここでお前を殺すのもやぶさかではない」


 さっきまで談笑していたのと全く変わらないトーンで言われ、ガンナはやっぱり飯に爆弾の一つでも仕込んでおけば良かったと後悔した。無論そんな隙は無かっただろうが。


「なら言いません」


「じゃあしょうがない、これが最後の食事になるな」


「……、せめて塩と砂糖入れ替えてやればよかった……」


「心の声が漏れてるぞー。まあ、美味い飯に免じて正直に話せば今日のところは見逃してやらんでもない。お前さんにだって色々と事情はあるだろうしな」


「さっきから何で俺が自力で逃げられない前提なんですか」


「だってお前戦闘要員じゃないだろう、さっきだってろくに動けてなかったしな。工作員としては優秀みたいだが、荒事はてんで駄目なタイプと見た。ここでお前を人質に取ってレマを脅すのもいいが、それをすると決定的に嫌われそうだからなぁ」


「もう既に十分過ぎるくらいに嫌われてると思いますよ。そもそも、俺に人質の価値は無いです」


「そうか? まぁあっちはイアンが頑張ってるからな、今はやらんさ」


 レマから何度か報告を受けていた男の名前が挙がって、口の中のものを飲み込んだガンナが渋い顔になる。


「……あんたらグルか」


「グルって何だよ人聞きの悪い。あいつが仕事する上で必要な所をちょっと指南してやってるだけで、仕事そのものに手を貸してる訳じゃないぞ」


「肩入れしてる事には変わりないだろ、中立が聞いて呆れるな」


「学院の授業の延長みたいなもんだろ? さっきも言ったが、俺はこの国じゃろくにやる事が無くて暇なんだよ」


「そんな理由で敵側の戦力強化なんてされたら、こっちはたまったもんじゃない」


「ほー、そこまで言うならお前がイアンの代わりに俺の暇つぶしに付き合うか? 手始めに何で陛下を狙ってるのか教えてくれ」


「流れで大事なことを聞き出そうとするな」


「まあそう言うな、お前だって何も知らん無関係な寮生を巻き込みたくはないだろう」


 その発言で睨み付けてくるガンナに対し、一足先にご飯を平らげたアスターは涼しい顔でご馳走様と手を合わせて続ける。


「さっき言ったのは冗談じゃないぞ、話す気が無いんならここで死んでもらう。人間の生徒が一人失踪したくらいじゃ大した騒ぎにもならんだろうが、お前の死体を片付けるまでにうっかりここに入って来る生徒が居たら、口封じくらいはせにゃならん。ここで目的も果たせずに他の生徒と仲良く心中するか、素直に話して解放される方に賭けるか、好きな方を選べ」


 まあ俺はどっちでもいいが、と言って空になった器を流し台で洗い始めたアスターに、何も言えないガンナは暫く無言で炒飯を食べ続けた。

 微妙に重苦しい沈黙が続いた後、観念したガンナが口を開く。


「――あの人は俺の父親だ」


 これまで何があっても大したリアクションを見せなかったアスターは、ここにきて漸く相応に驚いた顔をした。

 食べ終わった皿を置きに隣へやって来たガンナに追いやられ、横に退いたアスターがその心境を素直に言葉にする。


「流石にそれは予想してなかったな。でもそれなら何でわざわざ盗聴器なんざ仕掛ける? 普通に声掛ければいいだろうに、浮気調査でもしてるのか?」


「浮気じゃないが確かめたい事がある。その結果によっては俺はあいつを殺さなくちゃいけないし、あいつも俺を殺そうとする筈だ。そうなった場合、常に護衛がついてる相手に比べて単身のこっちは圧倒的に不利になる」


「だから先にこっそり事実確認だけしとこうって腹か、随分と穏やかじゃない話だな。――で、肝心の内容は?」


「一から説明すると長くなる、あんたはあの人についてどこまで知ってるんだ」


「そうだなぁ、とりあえず元々この国(・・・・・)の人間じゃない(・・・・・・・)事くらいは知ってるな。息子を母国に置いて来てるとは知らなかったが……、そういえばお前――、ああ、いや、これは別にいいか、何でもない」


「?」


〝サイラスにはこっちの国にも息子と娘が居る事は知ってるのか?〟と聞いてしまいそうになったアスターは、知らなかった場合のことを考えて言葉を飲み込んだ。

 ガンナに情がある訳でもないが、むやみやたらと心に傷を負わせて楽しむ趣味も無い。


「それで? お前さんが確かめたい事っていうのは、奴さんが亡命した事が関係してるのか?」


「……あの男は元々、聖国では罪人として追われてた。それが逃げる為に人質を連れて国の外に逃げ出した――少なくともあっちではそういう事になってる、俺はその真偽を確かめに来た」


「罪人? あの人畜無害が服着て歩いてるような人がか?」


 とてもじゃないが信じられない、といった口ぶりで問い返すアスターに、ガンナは心中で同意しながらも首を振るう。


「そこは重要じゃない。俺がハッキリさせたいのは、本当にただ逃げる為だけに無関係の人を連れて行ったのかっていう部分だけだ。前科の真偽(・・・・・)はどうあれ、亡命の経緯が事実ならそっちの方が重罪だ」


「ふーむ……、ちなみにその人質っていうのは? 陛下と同じように、まだこの国に居るのか?」


「それは……」


 苦々しい顔で言い淀む相手のその素直な反応に、アスターは思わず失笑してしまう。


「そこで黙ると答えを教えてるようなもんだぞ。レマの目的がお前と違うのなら、あっちの狙いはそれか」


 どうして目的が違うことまで知っているのかと考えて、ガンナはこの男と初めて会った時にレマと話していた内容を思い出した。

 あれ以降、アスターは別段二人を警戒している素振りは見せなかったので、もしかすると聞かれていなかったのかもしれないと淡い期待を抱き始めていたのだが、考えが甘かったらしい。


「たかが人質一人の為に随分と大掛かりな事をするもんだ、連れ去られたのはさぞ大層な身分の人物なのだろうな。――まぁ、それを知ったところで俺は何をする訳でも無いし、不用意に言いふらしたりもせん、だからそんな死にそうな顔するな」


 相手が次に言うであろう言葉に先回りして答えたアスターに、教えるつもりのないところまで知られてしまい顔面蒼白になっていたガンナの血色は幾らかマシになった。


「まあそういう事なら、お前を殺すのは一旦ナシだ。何なら協力してやろう」


「は? ――協力って?」


「二人で話し合う場を設けてやる、但し俺も同伴だ。その結果どうなってもお前に陛下は殺させないし、陛下にお前を殺させることもしない、少なくともその場においてはな。それでどうだ?」


 本気で言っているのならそれなりに有難い申し出だが、アスターがそんなことをするメリットが無い。

 訝しむガンナの視線を受けたアスターは、


「俺の与り知らん所で勝手にドンパチやられるよりも、見てるところでやって貰った方がマシってだけだ。今日みたいにいきなり動かれるとこっちの予定も狂う」


 と愚痴を交えて返した。


「そういえば、今日は何で気付いたんだ? あんたに悟られないように、それなりに用心して動いていたんだが」


「ああ、それなら簡単だ、黒組の生徒に聞いた」


 あっさりと言われたガンナは、全く警戒していなかった方角から突然撃たれた時のような顔になる。


「……すれ違った人に記憶されるほど目立つ振る舞いをした覚えは無いんだが、まさかイアンとかいう男の他にもあんたの手先が居るのか?」


「そういった手合いに監視されていたんならお前は気付くだろう? 教えてくれたのはスパイでも何でもない普通の生徒達だ、ついでに言うとお前の行動を把握してたのは一人二人じゃない」


「まさか、何の為にそんな……」


 その原因として思い当たる節が全く無いガンナに、アスターがやれやれと嘆息しながら続ける。


「親切心で教えておいてやるが、お前は極端過ぎる。厄介そうな相手は徹底的に警戒するくせに、そうでない奴には随分と関心が薄い。俺のことを熱心に監視し続けるのはいいが、少しくらい周りに居る生徒のことも気にかけてやれ、でないと俺が嫉妬で殺されかねん」


「……嫉妬?」


「わからん奴だなぁ、お前はお嬢さん方の間でそれなりに人気があるって言ってるんだ。今回の情報提供者は〝優しくて格好良くて気取らないガンナくん〟と少しでもお近づきになりたくて常日頃から必死に情報収集してる黒組の女性陣と、そんな女性陣を恋い慕うが故にお前を目の敵にして弱みを握ろうとしてる黒組の男子連中だ」


 ――間。

 突拍子もないアスターの言葉に、ガンナは暫く二の句が継げなくなった。


「……、……そ、そんな風になるような事をした覚えがない」


「酔って手を出した奴の言い訳みたいだな、ここ最近の話題なんてそればっかりだぞ。周囲がこれだけ騒いでるのに当の本人は全く気にした様子もなく澄ましてるもんだからって余計ヒートアップしててなぁ、まさか気付いてないだけとは誰も思っとらんだろうよ、可哀想に」


「…………」


「今日だって〝ガンナを見てないか〟って聞いただけで連中は〝アスター教官がそれを聞いてどうするんですか〟だの〝なんでいつも一緒に居るんですか〟だの〝どういう関係なんですか〟だのともう大騒ぎだ、ついて来ようとする奴らを撒くのにも一苦労だったぞ」


「…………」


「そういえばさっきレマは彼女じゃないって言ってたが、そうなるとこれまで遠巻きに見てるだけだったお嬢さん方がいよいよ本気になるなぁ。いやー怖い怖い、どんな修羅場になるやら」


 ――色恋沙汰なんて理由で敵に行動が筒抜けになるなんて、一体誰が予見出来るというのか。

 専門家の妨害工作でも何でもなく、ただ思春期の生徒達の悪気ない行動によって自分の頑張りが無駄になったという事実を受け入れたくないガンナは、力なく着席して頭を抱えた。


 一方、この状況を内心少しばかり楽しんでいるアスターは、そんな彼の肩に手を置いて笑顔で一言。


「良かったなぁ色男、暫くは退屈しなくて済むぞ」


「五月蠅い。……あんたと一緒にするな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=694134660&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ