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2-② 新しい学校と一段目の人々

 寮、といっても、やはり外観通り内装も城そのもので。

 艶やかな光沢を放っている白い大理石の床や、三階まで吹き抜けになっている天井から吊り下げられたシャンデリアが、寮という言葉のイメージを遠ざける。


 ラクアと引き離されて落ち込んでいたリアは、その光景に早くも元気を取り戻していた。


「すごい! ここに今日から住んでいいんですか!?」


「おー、まずは寮母に挨拶してからな」


「寮母さん……って、どんな人なんですか?」


「そりゃもうおっかねーぞ、一番ひでー経歴は、不祥事起こした生徒を焼肉にして晩餐に出――」


「へぇ、そりゃ誰の経歴だい?」


「ぅおっ!?」


 いつの間にか、バレッドの背後に中年女性が立っていた。

 ウェーブのかかっている長い紅髪は後ろで縛っており、白いブラウスと黒いスラックスというシンプルな服装だが、しゃんと伸びた背筋のせいか、貫禄ある出で立ちになっている。


「その根も葉もない作り話を実話にしてやろうか?」


「いやっ、いいですごめんなさいすみません」


「まったく、教師になっても相変わらずだねアンタは。――それで、そっちの子が例の子かい?」


 親子みたいだなぁ、などと思いながらリアがやり取りを傍観していると、女性の視線と話題の矛先がそちらを向いた。


「えっ、あっ、えっと」


「とりあえず自己紹介しとけばいーんじゃねーの?」


「あ、はいっ! リア・サテライトです!」


 ぺこりと頭を下げると、女性は満足そうに微笑む。


「アタシはアガータ・ジルオーラだ。戦士族ベラトールにしちゃ随分礼儀正しい子だねぇ」


「え、そうですか?」


「他の新入生もアンタみたいだといいんだけどね、最近の若いのは年長者を敬うってことを知らないからねぇ」


 アガータは含みを持って言いながら、視線をバレッドに飛ばしたが、


「……ん? なんすか、顔になんかついてる?」


 相手はそんなことを言いながら頬をさすっただけだった。


「その上自覚がないときた」


 やれやれ、と言いながら、アガータは玄関前にあるカウンターの引き出しから金古美の鍵を取り出して、それをリアに渡した。


「アンタの部屋の鍵だよ、荷物はもう運び入れてあるからね。部屋にあるものは自由に使ってくれていいけど、なるべく壊すんじゃないよ?」


 バレッドとリアの二人は、ロビーの壁にかかっていた案内図から、鍵と同じ番号の部屋を探して向かう。

 真っ直ぐ伸びる廊下には赤い絨毯が敷かれてあって、中庭に面した壁には長方形の格子窓が、反対にはナンバープレートを掲げる扉が、それぞれ等間隔に並んでいた。


 そして部屋はというと、これまた豪華なものだった。

 六畳ほどであった実家の自室の四倍ほどはあろうスペースは白・金・赤の三色で統一されており、座り心地の良さそうなソファーと、それに囲まれたテーブルが一つずつ。ドレッサーにキャビネット、デスクと天蓋付きのベッドが三つずつ配置されている。


 どれも細やかな彫刻や模様の入ったものばかりで、この寮の雰囲気にはよく似合っていた。前もって運び込まれていたリアの私物だけが、嫌に浮いている。


「お姫様の部屋だ……、でも、なんでベッドが三つもあるんですか?」


「そりゃ相部屋だからだろ」


「えっ、相部屋? ってことは、知らない人と一緒にここで暮らすってことですか!?」


「同じ戦士族ベラトール同士なんだから、すぐ慣れるって。それよりほれ、とりあえず荷物バラいてこいよ。明日までにやらなきゃなんねーことが多いんだぞ、制服とか教材とか、色々買いに行かなきゃなんねーし」


 二段目では学校ですらろくな人間関係を築けなかったリアにとって、知らない誰かと相部屋、というハードルは高かった。

 だがそれを嘆いたところで、二段目に帰されるのがオチだろう。仕方なく三つあるキャビネットのうち一つに少ない荷物を押し込んで、バレッドと共に寮を後にした。





「かっわっいいー!」


 中央通りに並ぶ店舗のうちの一つ、ノブリージュ学院生徒御用達の衣料専門店で、リアが鏡の前でくるりと回転しながら叫んだのは、それから1時間後。


 ロングパフスリーブの白い長袖ブラウスに、生成り色の生地に金のボタンと紐がついたコルセットワンピース、というのが、ノブリージュ学院の女生徒の制服だ。

 採寸が終わって試着中のリアは、満足気に自分の姿を見る。


「よくお似合いよぉ、どこかキツかったり緩かったりしないかしら?」


「うんっ大丈夫! ありがとうリーチェルさん!」


 リーチェル、というのは、この店のオーナーの名前だ。彼はくるくる回るリアの姿を、不備がないかどうかチェックしながら見つめている。


 ちなみに彼、という呼び方の通り、デヴィット・リーチェルは男だ。最初は戸惑っていたリアも、彼の気さくな態度のおかげで、今は敬語すら抜け落ちるほどに打ち解けている。


「下はキュロットスカートになってるから、崖から落っこちようが、逆さ吊りにされようが、下着が見えちゃうなんてことはないわよ~」


「いや、そういう目には遭いたくないんだけど……」


「あらそう? 戦士族ベラトールだって言う割には、随分大人しいのねぇ」


 そういえば、二段目から出発する時には、バレッドも自由落下が云々と言っていたような気がする。

 自分がおかしいのだろうかと頭を抱えるリアを他所に、リーチェルは赤いフリルタイを取り出した。


「で、これも渡しておくわね。これがないと種族の判別がつかないから、ちゃんといつもつけておくのよ。あなたは戦士族ベラトールだから赤色ね」


「種族によって色が違うんですか?」


「そうよ~、ノブリージュ学院は種族ごとにクラスが分けられているの。戦士族ベラトールは赤組、魔族マグスは青組、人間は白組と黒組ね」


「人間のクラスもあるんだ……、でも、どうして人間のクラスだけ二つあるんですか?」


「求められる能力とカリキュラムの差よ、白組は選りすぐられたエリートしか入れないの」


 言いながら、リーチェルがリアの着ている制服の襟にタイを取り付ける。全体的に白っぽい素材の中で鮮やかな赤は際立っていて、良い差し色になっていた。


「ね、これ着たまま持って帰ってもいい?」


「いいけれど、入学前に汚したりしちゃダメよ?」


「はぁーい。あ、そういえば、お代って……」


「ああ、それはいいのよ。ノブリージュ学院は、諸々の費用を全て国が出してくれてるの」


「ほえー……」


 つくづく一段目での生活の凄さを感じながら、リアは礼を言って店を出た。

 リーチェルが苦手だから、と言って店の前で待っていたバレッドは、その姿を見てぽかんとする。


「おいおい、着たまま出てきたのかよ?」


「え、ダメでした?」


「いや、別にダメってことはねーけどよ。入学前に制服でうろついてんのは、それ以外に着るものがない貧乏人って風に見られるぞ。まぁ、嬢ちゃんの場合は前の服でも似たように見られてただろーけどな」


 前の服といえば、二段目でリアがよく着ていた、白いシャツと痛んだジーンズパンツのことだ。それらは今、リーチェルに渡された紙袋の中に入れられている。


「むー、私べつに貧乏人じゃないですよ?」


「そりゃ下段基準での話だろ? まぁどうでもいいけどよ。んじゃ次は武器屋いくぞー」


「武器屋!?」


 物騒な店名に後ずさりするリアに、バレッドは不思議そうな顔をする。


「何そんな驚いてんだ?」


「いや、だって、武器って、何に使うんですか?」


「何にだって使うだろ、授業の大半は戦闘訓練みてーなもんだし」


「戦闘訓練!? ――ちょっと待ってください、あたしが今から入ろうとしてるのって、学院なんですよね!? 軍隊じゃないですよね!?」


 バレッドはその問いには答えず、しばらく無言で歩いた後、目当ての店の前で足を止めた。


 大きなガラスのショーウインドーには、大小様々な剣や槍、棍、銃、ガントレット等々が飾られている。

 その横にある扉の上では、「ハーヴィ武器専門店」と書かれた看板が揺れていた。


「言ってなかったか? ノブリージュ学院は、在学中にかかる費用は全部お上が出してくれる代わりに、〝有事の際に兵役に服する義務を課す〟って条件があんだよ」


「……ええと、つまりそれはどういう?」


「〝もし戦争とかで人手が足りねーってなった場合、在校生及び卒業生はみんな戦いに強制参加〟ってこと」


 バレッドは至極軽い調子で言ったが、リアは絶句した。


「せ……戦争って……」


「つっても、学院が出来てから今まで、戦争なんざ起きたことなんざねーけどな」


「でもっ、もし、もし起きたら……」


「そん時はそん時。心配しなくても、俺らがしっかり鍛えてやっからよ!」


 リアの頭の中を様々な思いが駆け巡った。数瞬悩んで、


「あたしやっぱり、入学するのやめま……」


 言いかけたリアの声を、


「他に生活費全部出してくれるとこなんてねーぞ? それにほれ、もう袖通しちまっただろ、ソレ」


 バレッドが遮る。さらに追い討ちをかけるように、


「ちなみにその制服は特殊な作りになっててなー、一式の値段は、今のお前が下働きして返せる額じゃねぇ」


 そう満面の笑みで言い放った。リアは拳を震わせて、


「こんなの詐欺だぁーっ!!」


 そう叫んだ。



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