22-③ その姿は鏡のように
「――ラクア様、読みが当たりました」
ナイゼル達の救出の為、或いはイーガル達との合流の為に、郊外までやって来た二人を乗せた馬車が停止する。
何もない森の入り口で停まるよう指示された御者は、そんな二人を不思議に思いながらも、余計な詮索はせずに来た道を引き返して行く。
近くにはナイゼル達を乗せて来たのだろう一台の車が停まっていたが、車窓越しに見た座席には人の姿は無かった。
「なんか、見たところ何も無さそうだけど……?」
「この森の奥に閉館になった植物園があるんです」
言われてみれば舗装路が一本、生い茂る草木に隠れるようにして森の中へと伸びている。
鬱蒼と生い茂る木々に阻まれてその先にあるらしい建物は見えないが、今はサーシャの言葉を信じるしかない。
「とりあえず行くか……、いきなり物陰から飛び出して来たりしないよな……?」
「あの車には乗れたとしても精々四、五人が限度です、人質になっているお二人を覗けば兵は多くても三人……、軍の追手を警戒している事を考えれば、建物付近で固まって行動していると思います」
「なら、建物が見えるまでは安全か……、そもそもサーシャちゃんが一緒だし、いきなり撃たれることはないか」
薄暗い森の中で煽られる恐怖心を振り払うようにラクアは言うが、サーシャは表情を暗くして、
「……それはどうでしょう。正直、私達の間に仲間意識というものは殆どありませんから……」
「え、そうなのか?」
「私とイーガルのように、同じ雇い主の下で働いているなら別ですが……、そうでもなければ、顔を合わせることも無いので。実際、今回の件に参加している多くの人とは初対面です」
「そっか……、でも、初対面同士で集まってまでこんな事するなんて、やっぱり皆それだけ生活が苦しかったんだな……」
「それもありますが……、私やイーガルは、ただ――」
サーシャが何かを言いかけた、その時だった。
「うわっ!?」
「ひっ!?」
木々の枝が折れる音が幾重にも聞こえたかと思えば、二人のすぐ傍に何かが落ちてきた。
直撃を免れたことに安堵するより先に、落ちてきたのが人――テロリストと同じ恰好をした男だと気付いてしまう。
「う……ぁ……、た……助け……」
意識朦朧とした様子で呻く男も二人に気づいて、縋るように手を伸ばしてきたが、途中で力尽きてしまった。
続けて、森の奥からズドン、ズドンと何かを打ち付けるような音と共に、甲高い雄叫びが聞こえてくる。
「な、な、何が起こってるんだ!?」
「わ、わかりません! 私が前に来たときはこんなんじゃ……!」
と、慌てふためく二人の足下が不意に暗くなる。
反射的に空を見上げたラクアは、緑色の巨大な何かが自分たちに迫って来るのを見て、咄嗟にサーシャの腕を引いてその場から飛び退いた。
数秒後、ついさっき二人が居た場所を、薙ぎ倒された木々が覆い隠し、それを緑色の物体が圧し潰す。
ズドン!という音と共に大地が震えた。地を鳴らした緑色の物体――木の幹よりも太く絡み合った蔓は、意思を持つ触手のようにうねって、再び持ち上がる。
海溝のように切り裂かれて出来た木々の隙間から、ラクアはそれを呆然と見上げた。
「何だよあれ……!」
「恐らく魔獣だと思います、それもかなり大きい……!」
再び振り下ろされようとしている蔓から逃げる為に、二人は森の中を走り出す。
どうやら同じことが森のあちこちで起きているようで、行く先々で潰された木々の残骸が道のように幾筋も伸びていた。
「ラクア様、一度森から出た方が……!」
「そうしたいのは山々だけど、この奥にナイゼル達が居るんだろ!?」
さっき降ってきた兵からして、この事態はテロリスト達にとっても不測の事態なのだろう。
今のナイゼル達がどんな状態かは分からないが、拘束でもされていたら逃げる事すら出来ない筈だ。
「助けに行かないと……! って言っても、道から逸れたせいでどっちに行けばいいか……」
ラクアの言葉にサーシャは一度足を止めて、ぐるりと周囲を見渡すと、「こちらです」と先導し始める。
「え、何で分かるんだ?」
「あの蔓に圧し潰された木々の範囲、よく見ると場所によって幅が違うんです。恐らくあの蔓は均一な太さなのではなく、先端にかけて細くなっているのでしょう。そして、蔓が作った木の道は、間隔こそ違えど、全てあちら側からこちら側へ向かって細くなっています」
森の中を迷いなく進みながら、サーシャは自分の進行方向から背中側、ラクアの居る方へ腕を動かした。
「この事から、あの蔓はどこか一方向から伸びてきているものだと推測出来ます。また、痕跡の並びがこちらからあちらにかけて、僅かに傾いていますから……」
今度は、自分の左手側から右手側にかけて腕を振る。
「蔓はとある地点を中心として放射状に並んでいる、或いはこの蔓はそれぞれが別の個体ではなく、本体から伸びた触手のようなものだと判断出来ます。最初に見た蔓は道に沿って伸びてきていました、森の奥へ向かう方が太かったとも記憶しています。そして、今太陽の位置があそこです」
サーシャは未だ無事な木々の隙間から射し込んでくる陽光を指さして、
「当時太陽は私の右手にありました、同じように太陽を右側にした状態で、進行方向に向かって道が太くなっているのであれば、敵は移動して居ないことになります。であれば、敵の攻撃の痕跡が太くなっていく方へ進めば、廃墟にたどり着ける筈です」
「…………」
「……あれ? ラクア様?」
反応が無いのを不安に思ったサーシャが振り向くと、ラクアは神妙な顔をしていた。
「わ、私の考えが間違っていましたか?」
「いや……、多分合ってると思うけど……、サーシャちゃんって実は軍の特殊部隊員だったりしない……?」
「へ?」
何でそんなことを言われるのか全くわからないといった顔をするサーシャに、ラクアは苦笑するしかなかった。
*
「……で、此処がその廃墟がある場所……なんだよな……?」
森の中を走り続けて十数分。ようやく開けた場所に出た二人の眼前には、目的の廃墟が見える――筈だった。
そこに在ったのは廃墟ではなく、まるで童話にでも出てきそうな、天高く聳え立つ大樹だった。実際は先ほどから何度も見ている蔓が寄り集まって出来たものだが、見た目は大樹としか言い様がない。
石畳の地面を突き破って伸びるソレのあちこちには、巻き込まれた周囲の木々や、恐らく廃墟であったものの一部が絡まって、枝葉のように突き出でいた。同じように伸びている触手の如き蔓は、未だ周囲の森を破壊し続けている。
サーシャも流石にこの光景は予想していなかったのか、青ざめた顔で魔獣を見上げていた。
ラクアは力いっぱい息を吸い込んで、
「ナイゼルーっ! 聞こえたら返事してくれーっ!」
ありったけの声量で叫んでみたが、暫く待ってみても返事は無い。
というか、そもそも周囲の破壊音や魔獣の咆哮のせいで、互いの声などろくに聞こえないだろう。
「どうしたらいいんだこれ……、って、うわっ!?」
「ラクア様!!」
いつの間にか足下まで伸びてきていたらしい細い蔓に足を絡め取られて、ラクアが勢いよくひっくり返った。
それに留まらず、蔓はラクアの足を捕らえたまま持ち上がり、宙吊りになった彼を地面から引き離す。
「ちょっ、待っ……!」
ラクアは慌てて背負っていた槍を構えて蔓を千切ろうとしたが、まず上体を起こすことが出来ない。
自由な方の足で蔓に蹴りを入れてみるも、巻き付いた蔓はビクともしなかった。
そうこうしている間にも、地上はどんどん遠くなっていく。
こうなったらイチかバチか。ラクアは武器を手放して、両手を自分の足下へ向けた。
『 風の精霊よ!我が身に蓄えられし汝が力の源を対価に、我が忠実な僕となりその力を振るえ! 』
ラクアは下段で無意識のうちに起こしていた鎌鼬を脳裏に描きながら、ここ一ヵ月ほどの間に必死に覚えた素語の中から適切な指示語を叫ぶ。
『 切り裂け! 』
頼む! と必死に願ったラクアの想いが精霊に通じたのか、魔術はラクアの思い描いた通りに発現した。
目には見えない風の刃が蔓を細切れにして、ラクアの身体が宙に投げ出される。
「やっ……!?」
やったと喜ぼうとしたラクアは、全身を襲う浮遊感に声を失う。
しまった、この後のことを考えていなかった。まだそんなに高くもないんじゃないかと淡い期待をしてみたが、視界の端に森の木の天辺が見えて絶望する。
「あああああああ!!」
情けない悲鳴と共に落下していくラクアは、迫りくる地面に死を覚悟したが、体は地面に叩きつけられる前に何かにぶつかって静止した。
「痛っ!?」
「セ~フ! 大丈夫?」
状況にそぐわない軽い調子の声に瞑っていた目を開けば、こちらを見下ろすアルスの顔が映る。
「アルス先輩!?」
「あれ、誰かと思えばラクアくんだ。なんで此処に居るの?」
アルスは適当な足場を渡って危なげなく着地し、抱えていたラクアを降ろしながら尋ねた。
「こっちの台詞ですよ! もしかしてフィアさんを助けに来たんですか?」
「そうそう、ってことはラクアくんもかな? いやー助かるよ~、俺とセリウスだけじゃどうにも出来なくて」
「セリウス先輩も来てるんですね……、でも、どうにも出来ないっていうのは?」
「いやさぁ、この魔獣を倒すこと自体は難しくなさそうなんだけどね、たぶんフィア様達があの下に居るんだよね」
曰く、元々この場所にはサーシャの言っていた通り廃墟と化した植物園があり、ナイゼルとフィアはそこへ運ばれていったらしい。
だが暫くして突如地中からあの魔獣が現れ、建物を覆うように螺旋状に連なった結果、今の大樹の姿になったのだと言う。
「だからなるべく二人に影響が出ないように、少しずつ削ぎ落していこうと思ったんだけど……」
アルスは大剣を振り上げて、近くを舞っていた太い蔓を叩き切った。魔獣特有の血ではない色――今回は緑色――の体液が飛散して、雨のように地面を染める。
急な行動にラクアが目を白黒させていると、切り落とされた蔓は泡立った水のようにボコボコと蠢いた後、その姿を小さな魔獣に変えて襲い掛かってきた。
ラクアが驚き後ずさりしたその一瞬の間に、アルスは多肉植物のようなその小さな魔獣に大剣を突き立てる。
「斬るとこんな感じで分裂しちゃって。だから魔術で一気に燃やすなりした方がいいんだけど、それじゃフィア様たちが危ないし、どうしようかなぁって」
「な、なるほど……」
「という訳で、ラクアくん何か良い案ないかな?」
それは無茶ぶりでは。期待の眼差しを向けてくるアルスに困っていると、一部始終を見守っていたサーシャが駆けてくる。
「ラクア様! 大丈夫ですか?」
「ああごめん、大丈夫。先輩に助けて貰ったから」
「えっと……?」
サーシャとアルスがお互いを見て「誰?」という顔をしたので、ラクアが簡単に説明。ついでにサーシャには、今アルスから聞かされた事も伝える。
「サーシャちゃんは何か思いつくか?」
「すみません、私は魔獣のことはよく知らないので……」
「まぁ、街の中で暮らしてるだけだと、魔獣と遭遇するようなこともないもんねぇ」
「ただ、安易な考えかもしれませんが……、あの魔獣が見た目通り植物と同じ組織を有しているのなら、弱点も同じということはありませんか? 例えば、除草剤が効くとか……」
除草剤。全く考えていなかった攻撃方法に驚きつつ、サーシャと同じく魔獣にまだそこまで詳しくないラクアは、それが有効な手段かどうかをアルスに目で問う。
「うーん、魔獣は色んな生物の性質が混ざってるから、植物と全く一緒ってことは無いだろうけど……、弱らせることくらいは出来るかもね、試してみる価値はあると思う」
「ほっ、本当ですか!」
「ただ、あのでっかい魔獣全体を枯らせるだけの除草剤を、どうやって調達するかっていうのがね」
確かに。仮に調達出来たとしても、あの大きさでは散布するだけでも大変そうだ。
雨みたいに降らせることが出来れば楽なんだけどなぁと晴れ渡った空を見上げたラクアは、ふと先日ロザリアが言っていたことを思い出した。
「……そういえば、範囲さえ絞れば、魔術で天候を操作することも出来るんですよね?」
「うん? 確かに、そういうことやってるのは何回か見たことあるけど……」
「なら、酸性雨を降らせることって出来ないんですか?」
ラクアの提案に、アルスとサーシャは揃って首を傾げる。
下段では割と頻繁に降っていたが、雨すらろくに降らない一段目では馴染みが無いのだろう。
「アルス、その二人は?」
「ああセリウス、ちょうどよかった。セリウスは酸性雨って知ってる?」
質問に質問を返したアルスに、合流したばかりのセリウスは一先ず先に答える。
「聞いたことはあるな。……ここに連れてこられたのはナイゼルとフィア嬢だけではなかったのか?」
「すみません、勝手に追いかけてきました。それで、今魔獣をどうするか話してて……」
ラクアはこれまでの話し合いの結果を掻い摘んで説明。聞き終えたセリウスは頷いて、
「なるほど、確かにそれなら中に居る二人を傷つけずに済みそうだが……、再現するには俺では知識が足らないな。普通の雨ならまだしも、成分を変質させるとなると……」
「えぇっと……確か石炭なんかをよく使うから、その影響で雨が酸性に傾くって言ってました。これじゃヒントになりませんか?」
ラクア自身、酸性雨について詳しく勉強した訳ではない。子供の頃、リアの父との雑談の中で軽く聞いたことがある程度だ。
難しい顔で考え込むセリウスに、やはりこの程度では難しいだろうかと思ったが、
「……化石燃料の燃焼で発生する二酸化硫黄や窒素酸化物が大気中で硫酸や硝酸に変化し、それが雨に溶解しているのか」
どうやら事足りたらしい。それで正解なのかどうかはラクアには判別出来ないが、そこは学年次席の頭脳を信じることにする。
「いけそう?」
「やってみるしかないな、出来れば実際に酸性雨を経験したことのあるラクアにこそやって貰いたかったが……」
「すみません、無理です……」
天候を操る魔術を知らないからというのもあるが、それ以前に未だ風の精霊以外を従える事の出来ていないラクアには出来ようはずもない。
その事情を知っているセリウスは、仕方ないと自らの細剣を構えた。
「いつもより発動に時間がかかる、詠唱が完了するまで援護して貰えるか?」
「りょーかい。って言ってもどうするかなぁ、斬らずに凌げればいいけど……」
アルスは大剣を地面に刺して、巨大な蔓を素手でいなそうとしたが、別の蔓がその腕に巻き付いて自由を奪ってくる。
「まぁこうなるよねぇ」
「いや、笑ってる場合じゃないですよ!?」
そのまま引き摺り回されそうになるアルスに、ラクアは慌てて槍を振るって蔓を千切る。
全く緊張感のないアルスは、「ありがと~」と僅かに締め付けの痕が残る腕をプラプラさせながら、剣を引き抜く。
「斬るしかないか。でっかい蔓は俺が何とかするから、ラクア君は分裂した後のちっさい魔獣をお願いしていい? サーシャちゃんはセリウスの傍に居てね」
二人が頷き、セリウスが詠唱を始めるのに合わせて、アルスは剣を構えた。
無数の蔓がこちらの隙を窺うかのようにうねうねと蠢いているのを見上げながら、ぽつりと呟く。
「フィア様、中で無茶してないといいけど」
*
「……っ」
一方、アルス達が交戦する魔獣の下、大樹の根にあたる部分。
四方を蔓に囲まれ、外の光すら届かない暗がりの中で、建物ごと中に居る者を圧殺しようとしてくる魔獣に、フィアは必至に抗っていた。
彼女の周囲には土の壁が出来ており、今はそれが辛うじて蔓の締め付けを防いでいる状態だ。強度を保つために元素を送り続ける彼女の顔には疲労が浮かんでいる。
だが、休むわけにもいかなかった。少しでも気を緩めれば、一瞬のうちに護りは崩されてしまうだろう。
魔獣が暴れているのか、時折響いてくる轟音と振動が土壁を揺らし、そこに居る三人にパラパラと降り注ぐ。
「フィアさん、やっぱり僕が……」
「駄目。ナイゼルは怪我してるし、こういう魔術なら私の方が都合が良い」
本人が言うには、フィアは魔術の使用に際し、消費する源素が他者よりも少なくて済むらしい。
よほど魔術の扱いが上手いのか、精霊との契約においてそういった制約を加えたのかは知らないが、だからといって源素は無限ではない。
人間であるイーガルはどうすることも出来ずにそれを見守っていたが、やがて決心したかのように銃を構えた。
その銃口はフィアに向けられ、気づいたナイゼルがすかさず二人の間に割って入る。
「こんな時にまでふざけるのはやめてくれないかな。今ここで彼女を撃てば、どうなるかぐらい解るだろう」
「解ってるさ、解ってるからやるんだ」
再び轟音が響いた。フィアは身動き一つ取れない状態なので、二人のやり取りを聞いていることしか出来ない。
「もしこの場をやり過ごせたとしても、もう計画の続行は不可能だ。俺一人で魔族のあんたら二人を連れて軍から逃げ回れるとは思えないし、最悪ここを出た瞬間に制圧される可能性だってある。なら、チャンスは今しかない」
「……確かにフィアさんが死ねば、父はその責任を問われて失脚するかもしれないね。けれど、僕がそれを許すとでも?」
「いくらあんたが優秀な魔族でも、この距離でなら詠唱を終えるより俺が弾丸を撃ち込む方が早い」
イーガルは既に安全装置を外している、引き金を引けばすぐにでも弾を射出出来る状態だ。
一方で、ナイゼルが魔術を使うには、どれだけ急いでも数秒はかかる。
「学院の制服は特別製だからね、僕が撃たれても弾が貫通しなければ、後ろに居るフィアさんには当たらない。僕も急所にさえ当たらなければ、死ぬまでに魔術を使う猶予くらいはある」
「魔術を使うには集中力が要るんだろ、撃たれた状態でまともな術が使える筈がない」
「どうかな、逆に死にかけた方が強くなる場合もあるからね」
イーガルは火事場の馬鹿力のようなものかと受け取ったが、フィアはナイゼルの言葉の真意を理解していた。
ナイゼルは、死に瀕することで引き起こるかもしれない魔族の原種返りに賭けるつもりなのだ、と。
「正直、父がどうなろうが僕の知ったことではないけれどね、彼女だけは死なせる訳にはいかないな」
「……なるほど、俺と一緒って訳だな。ぶっちゃけ俺も、領主が誰だとかはどうでもいい。あいつ一人護れさえすればそれでいいんだ」
「いいね、君とは話が合いそうだ。もっと別の形で出逢えていれば良かったけれど」
「この街の貴族と奴隷じゃ無理だろ、来世にでも期待してくれ」
「……そうだね。なら、それを祈っておくよ」
「駄目ッ! ナイゼル、私はそんなこと望んでない!」
三度轟音が響いた。並の魔族ならそろそろ土壁が壊れてもおかしくはないが、フィアは耐えていた。
だが、このままではいずれ必ず彼女の元素は尽きてしまう。そうなれば、三人ともこの場で心中することになる。
そうなる前に、この状況を何とかしなければならなかった。原種返りした状態なら、内側から魔獣を吹き飛ばすことも出来るかもしれない。
「フィアさん、僕はこれから我を忘れて貴方にも危害を加えようとするかもしれません。だから、ここからは自分の身を護って下さい、この男と魔獣は僕が何とかします」
「聞かない、そんなやり方……!」
「お願いします。情けない話ですが、僕はこうする事でしか貴方を護ることが出来ません」
元より死に場所を探していたような身だ、ここで彼女を救う為に自分の命を使えるのなら、それほど良い終わりもない。
ナイゼルはフィアの返事を待たずに詠唱を始めた。
「ナイゼルッ!」
「――っ!」
男もそれに応じて、銃の引き金を引き絞る。
乾いた銃声が、土壁に覆われた空間の中に響いた。




