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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章②:エルトリア編
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21.反撃の狼煙

「――さて、それじゃあ行くとしようか」


 翌朝。今日もよく晴れたモルタリアの空の下、心地よい風を受けながら伸びをしたナイゼルは、邸宅の玄関前に集まった三人を振り返って言う。

 ナイゼルの説得のおかげで無事ダンドリオン学校へ行くことを許可された四人は、予め決めておいた日程に従って、大人しく屋敷内で待機していた。

 現在の時刻は、サーシャと約束した正午より一時間ほど前。


「馬車を使えばここから半刻ほどで着くけれど、道中どこかに寄りたい人は?」


 ナイゼルの質問に、静かに挙手をしたのはフィア。


「お土産が買いたい」


「……昨日さくじつから薄々感じておりましたけれど、貴方、完全に旅行気分ですわね?」


 呆れ混じりに言いつつも、ロザリアはそれ以上咎めることはせず、店に寄ることを黙認した。


「それじゃあ歩いて行こうか、道なりに土産物屋もあるからね。ラクアもそれでいいかい?」


「いいぞ。せっかくなら俺も何かリアに買って――」


 と、そこまで言った所で、ラクアは自分が現在無一文であることを思い出す。


「しまった、財布下段に置いてきてるんだった……、そもそも、一段目の物ってどれもこれも高すぎて買えないんだった……」


「そういえば、前にリア君と中央通りでデートしていた時もそんな事を言っていたね」


「あれはデートじゃないっ!!」


「ラクアお金無いの? じゃあこのお金使ったら?」


 フィアは言いながら、懐からがま口の財布を取り出した。リア達がタタンに盗まれて一騒動起こしたものと同じ、学院から支給されたお金だ。

 昨日の馬車移動や昼食等に使った分、元より少しは減っているが、それでもまだ三分の二ほどは余っている。


「それは訓練中に必要なことがあればって渡されたものだろ? それを俺が個人的な理由で使うのはマズいだろ、気持ちだけ貰っとくよ」


「貴方、そういうところはちゃんとしておりますのね」


「そういうところ〝は〟って……」


 そうして、三人は通りにあった土産物屋に立ち寄った。

 ロザリアは乾燥させた花を小瓶に詰めたポプリや装身具、フィアは缶詰のお菓子や紅茶の並ぶ棚を徘徊し、気に入ったものをカゴに入れていく。


「ナイゼルは見ないのか?」


「地元民がお土産を買うのもおかしな話じゃないかい? でもまぁ、同室の友人にお菓子ぐらいは買っていこうか」


「そういえば、オリバーは今頃何してるんだろうなぁ」


 頑張ってきてね、と笑顔で見送ってくれたルームメイトを思い浮かべながら、ラクアは学院に想いを馳せた。

 実地訓練があるのは赤組と青組だけだ。人間のクラスである白組と黒組はその間、学院で通常通りの授業を行うことになっている。


「僕らが学院に戻った時の彼の反応が楽しみだね、きっと驚くよ」


「そりゃあ驚くだろうな……三日間帰ってこない筈の俺達がたった一日で帰ってくるんだから……」


「買ったお菓子は彼に事情の説明をする際のお供にでもしよう。ほら、ラクアも一緒に選んでくれ」


 そんな流れで、ラクアとナイゼルも、店内を物色するロザリア達に加わった。

 十数分後、会計を済ませて店内を出たそれぞれの手荷物の量は、フィアが一番多い。


「ああ、もしかして、ダンドリオン学校への手土産も買いましたの?」


 感心したように言ったロザリアに対し、フィアは大きな紙袋を大事そうに抱えながら答えた。


「……必要なら買ってくる」

 


 ダンドリオン学校に備え付けられた小さな時計台が、正午を告げる鐘を鳴らす。それと同時に、四人は馬車から正門前に下り立った。

 門の前では今日も変わらずTシャツとジーンズ姿のサーシャが待機しており、ラクア達の姿を見かけて歩み寄ってくる。


「ラクアさん! 本当に来て下さったんですね」


「そりゃあ、最初に来たがったのは俺だし。でも返礼って、俺の方がまだちゃんと君に礼が出来てないんだけど……」


「私の提案に対して、有難うと言って下さったじゃありませんか。私のような奴隷には、勿体無いお言葉です。ですから、それに対してきちんとお礼をさせて頂きたいのです!」


 その理屈でいくと、返礼が一生続くんじゃないかとラクアは思ったが、場に水を差すような野暮な発言はしなかった。

 サーシャに招かれて敷地内に入った四人は、そのまま体育館へと誘導される。


 そういえば、返礼の内容は聞いてなかったなと、ラクアは今更なことを思ったが、それは他三名も同じだったようで、


「食事会かと思っておりましたけれど……、体育館という事は、何か催しでもなさるおつもりかしら?」


「うーん、そもそもサーシャ君が個人的にラクアにお礼がしたいという話なんじゃなかったかい? 僕はてっきり、ラクアに押し花なんかを渡すんじゃないかと考えていたんだけれど」


「私は言葉で伝えて終わりだと思ってた」


 小声でそんな応酬をしていた。

 体育館は校舎の裏手にあるグラウンドの端にあった。校舎から延びる通路を進んで入り口まで来ると、サーシャは脇に置いてあった紙袋の中からアイマスクを取り出して、四人に渡す。


「それでは皆さん、これを着けて下さい」


 これはあれか、誕生日会とかでよくやるサプライズみたいなものか。ラクア達はそう思って、大人しくそれに従う。

 サーシャはそれに礼を言いつつ入り口を開け、四人の手を順番に引いて中へと導いた。

 すると、最後に通されたフィアが、


「……両側に立ってる人が手に持ってるそれは、歓迎用のクラッカーが入った玩具?」


 そんな事を言った。

 アイマスクの隙間から見えたのだろうか? 見えたとしても気付かないフリをしていてあげればいいのにとラクアが思っていると、突然、首元に何かヒヤリとしたものが押し当てられる。


 そして、背後で扉が閉まる音と、施錠の音が聞こえた。


「……サーシャちゃん? あの、もうマスク外してもいいか?」


 塞がれた視界と、首筋に当たる硬くて冷たい何か。

 それらに漠然とした不安を抱いたラクアが耐えかねてそう聞くと、「どうぞ」とすんなり受け入れられた。

 その返事に安堵したラクアが目にしたのは――


「……なんだ、これ」


 両手足を拘束された百余名の生徒達と、自分達に銃口を突きつける黒服の男達だった。



「――じ、事情は分かりましたわ、こちらからも手を回させて頂きます」


 同刻、ノブリージュ学院に届けられた一本の電話。それを受けたユリアナは顔面蒼白で卒倒しそうになるのを堪えつつ、なんとか言葉を返す。

 近くにいたウォレアは彼女が告げた「ラクア達が誘拐された」という言葉に、彼にしては珍しく慌てた様子で席を立ち、半ば強引にユリアナから受話器を奪う。


「お電話代わりました、学院教官のウォレア・フォン・ウィスターシュです。事の詳細は後ほどユリアナ女史からお聞きしますが、先にこれだけはお聞かせ願いたい。貴方の地区への実習生の中には、銀の髪を持つフィアという名の女子生徒が居た筈です、彼女も揃って攫われたという認識で宜しいか?」


『おおウォレア殿、ロザリアお嬢様をお預かりしておきながら、このような事態を招いてしまったこと、お詫びのしようも御座いません。お嬢様の身に何かあればその責任は私が――』


「今は責任の所在を問うべき時ではありません、私の問いに答えて頂きたい。攫われたのは、ラクア・ベルガモット以下四名、その全員なのですね?」


 電話口から聞こえてくるヘルゼンの恭しい謝罪を切り捨てて、切羽詰った様子のウォレアが再度尋ねる。そしてヘルゼンがそれに是と返すのを聞くと、ウォレアは受話器をユリアナへと譲り、


「私は学院長へこの事を伝えに行く、お前は彼女の従者二人に知らせろ」


 と、バレッドに言うが早いか、風の如き走りで職員室を後にした。

 命令すんじゃねーよと一人ごちながらその姿を見送ったバレッドは、かといって逆らうことも出来ないので、言われた通り従者二人に知らせるべく席を立つ。

 その後ろで、ユリアナが再び声を荒げた。


「なんですって!? お言葉ですが、それは容認できませんわ! ご自身の子息でしょう!?」


 それが何に対しての激昂なのか、電話口でヘルゼンが何を言ったのかを何となく察したバレッドは、戻ることなく走りながら呟く。


「フォルワードの坊主も大変だなぁ。しかしよりによって彼女を誘拐たぁ、こりゃ笑い事じゃ済まねぇぞ」



 更に同刻。ノブリージュ学院敷地内特別棟、白組戦科用実習室。

 コンクリート造りの広い空間に、金属がぶつかり合う音が響き渡る。学院が用意した短剣が重なる度、薄暗い室内で火花が散って、辺りを僅かに照らす。それらを起こしているのは、戦科に所属する二人の生徒だ。

 短剣を手にしのぎを削る二人に、待機中の他生徒は見惚れてしまっていた。互いに一歩も譲らぬ激しい攻防が続いた後、一瞬の隙を突いて勝敗が決する。


「そこまで! ――いやぁ、今年の新入生は有望だなあ!」


 いつも通りの大音量で号令をかけたのは、戦科の担当教官を務めるアスターだ。彼は張り詰めていた場の空気を蹴散らすかのように手を叩き、戦いを終えて剣を鞘に納める二人を賞賛する。


「同感です、こんなに追い詰められたのは久しぶりですよ」


 苦笑混じりにそんな賛辞を述べたのは、たった今勝利を勝ち取った青年、イアンだった。彼は息を荒げて膝をつく対戦相手に手を差し伸べ、差し出された少女、レマはそれを忌々しげに睨みつけながらも掴んで立ち上がる。


「それはどうも。でも、お世辞は結構よ。戦科のエースの名は伊達じゃないわね」


「おや、そんな大層な呼び名が私についていたとは知りませんでした。では、その名に恥じぬよう今後も精進しなければなりませんね」


「その実力で尚も向上心があるなんて素晴らしいわね、私も見習わせて貰うわ」


 そんなやり取りの最中、終業を告げる学院のチャイムが鳴る。


「おっと、もうそんな時間か。じゃあ残りのチームは午後からだな! 昼飯だぞ~!」


 アスターの掛け声で我に返った観戦者たちが部屋を後にする中、貸し出された武器を片付けるイアンは、同じ動作をするレマに対して話を続ける。


「まあ、貴方の本領は短剣これでは発揮出来ないでしょうから、次は銃で仕合えればいいですね」


「あら、私の事に随分と詳しいのね。下級生一人一人の得手を全て把握しているのかしら?」


「まさか、貴方に特別注目しているだけですよ」


 怪訝な顔をするレマに、イアンはにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべて、


「ああそうそう、これ、お忘れ物ですよ」


 と、ポケットから取り出したものをレマに差し出した。

 掌でそれを受け取ったレマは、転がり落ちたソレを見て静止する。


 それは先端の潰れた弾頭だった。撃ち出されてどこかに被弾した残骸なのだろう、変形してしまってはいるが、白銀の装甲に細やかなレリーフが施されているのが分かる。


「所用で下段に向かった際に偶然(・・)拾ったものですが、貴方が持っているその拳銃によく似合いそうな弾でしたから、恐らくは貴方か、お仲間(・・・)の物かと思いまして」


 その拳銃、というのは、レマがいつも肌身離さず身に着けている銀色の拳銃のことだ。太股のホルスターに収納してあるそれを一瞥して含蓄のある笑みを向けるイアンに、レマが歯軋りする。


「珍しい型の銃ですよね。その色と紋様、この国のものとは思えません。その神秘的な造型は、まるで聖国の――」


 決定的な言葉を告げようとしたイアンを阻むかのように、不意に振動音のようなものが彼の懐から鳴り始める。

 イアンは「失礼」とレマに前置いて、音の出所である小型の機械を取り出して、耳に押し当てる。


「はい、イアンですが、どうされましたかアルス殿。――ええ、はい、――はい?」


 そういえば以前にフィアという女子生徒があれと同じものを使っていた、確か持ち運びが出来る電話だったか。そう考えるレマの前で、神妙な面持ちだったイアンは間の抜けた声を上げて、何を聞いたか通話を終えるなり、


「すみません、急用が出来ました、お話の続きはまたいずれ!」


 青い顔でそれだけ言って、レマを置いて部屋を出て行った。

 どうやら何かトラブルがあったらしい、それだけ理解したレマは、追及を免れたことに安堵しつつ、改めて手の中にある弾の残骸を見やる。


 それを見て脳裏を過ぎるのは、仲間バッサから伝え聞いた下段でのステラを巡る攻防。そこに居たという制服姿の男。


「……これは、宣戦布告ってやつかしらね」



 更にその十数分後、ノブリージュ学院内廊下にて。


「セリウスちゃん、大変よ!」


 午前の授業を終え、友人と共に食堂へ向かう途中であったセリウス・フォン・フォルワードは、息を切らして駆けて来たユリアナに呼び止められた。


「お……落ち着いて聞いてね、いえ、落ち着いてる場合じゃないかもしれないけれど……」


 まず落ち着くべきは貴方では、という言葉は飲み込んで、ユリアナが次に言う言葉を待つセリウスに、ユリアナは血の気の引いた顔で告げる。


「ナイゼルちゃんが実習先で誘拐事件に巻き込まれたみたいなの……!」


「なんだと!?」


 それに真っ先に反応したのは、セリウスではなく、その隣に居たララ・シルヴァリエだった。

 バレッドと同じく先ほどガルグラムの騒動から戻ってきたばかりの彼女は、あちらが終われば今度はこちらかと言わんばかりの顔だ。


「さっき学院に連絡があったの。ヘルゼン様――セリウスちゃんのお父様のところに、犯行グループから直々に電話がかかってきたんですって。ナイゼルちゃん達は昨日エルトリアにある学校で活動していたらしくて、そのお礼にって今朝その学校の校長先生から招待を受けていたらしいわ。そしたらこんな事に……!」


「つまり、その学校が誘拐に関わっていると?」


「生徒や教員も人質に取られているみたいだから、誰がどこまで黒なのかは分からないわ。けれど今犯人たちが立てこもっているのはその学校で間違いないそうよ」


「何ということを……! 軍のエルトリア駐留部隊に連絡は!? まだでしたら私が兄を通して直ぐに手配します! セリウスは直ぐにエルトリアへ――」


「待って! その事なんだけれど……」


 居てもたってもいられない様子のララに、ユリアナが申し訳なさそうに伝える。


「その、ヘルゼン様は……、セリウスちゃんは学院で待機するようにって……」


「なっ……!?」


 驚愕するララの横で、セリウスは険しい顔で、淡々と返す。


「父ならばそう言うでしょう、昔からそうでしたから」


「そんな、血を分けた弟が殺されるかもしれない状況で、ただじっと待っていろと!?」


「無策で飛び込んで、セリウスちゃんまで危ない目に遭うのを危惧しているのかもしれないけれど……」


「いえ、恐らく父の思惑は――」


 セリウスは言いかけて、しかしそれをこの二人に伝えても仕方がないと判断し、言い直す。


「――父の思惑がどうであれ、俺は俺に出来ることをやるまでです」


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