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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章②:エルトリア編
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20-④ 奴隷

 エントランスから延びる階段を上がり、幾つか並ぶ扉のうち一際大きいものの前で止まると、シャロンは木製のそれを手の甲で叩く。


「ヘルゼン様、ラクア様をお連れいたいました」


「ご苦労、入ってくれ」


 シャロンは扉を開けて、ラクアとナイゼルに入室を促した。

 応接間に似た広い部屋の中には、活け花や絵画などの嗜好品と思しき品が棚や壁に飾られており、中央奥には執務机が一つだけ置かれてあった。

 その席に座っているヘルゼン伯爵は入ってきた二人――正確にはナイゼルを見て片眉を上げる。


「私はお前を呼んだ覚えは無いぞ、ナイゼル」


「失礼。父上が彼を呼んだ件について、僕の方から色々と釈明したい事がありまして」


「……成程、事情は理解しているようだな」


 ヘルゼン伯爵に下がるよう指示されたシャロンは、一礼して静かに部屋を出ていった。

 不安と緊張でがちがちになっているラクアの前で、ヘルゼン伯爵は手を組んで話し始める。


「さて、ラクア君。君をここに呼んだのは他でもない、先刻、屋敷にダンドリオン学校の校長から連絡を受けたからなのだが――まずはその内容に誤りがないかの確認がしたい。ああ、ちなみに講義については大変喜ばれていたよ、その件については君たちに礼をと仰っていたから、一応伝えておこう」


ヘルゼン伯爵の言葉にナイゼルは「それは良かった」とにこやかに返していたが、ラクアはそれどころではないので頷くだけに留まる。


「曰く、学校が雇っている用務員の少女の仕事を手伝ったそうだね? 加えて、後日礼をするとの約束まで交わしたと。もしこれが事実であれば由々しき事態だが、だからこそ正直に答えてほしい。本当に君がそんなことをしたのか?」


「えっと……、確かに、その通りですけど……」


 何故それが由々しき事態なのかがわからない。その言葉を飲み込んで応えたラクアに、ヘルゼン伯爵は歎息。


「ロザリアお嬢様がついていながら何ということだ……」


「ロザリア様を責めるのは筋違いです、父上。責任の所在を問うのであれば、非があったのは僕の方ですよ」


「そんなことは解っている。己の失態を自覚しているのなら、お前は黙って聞いていなさい」


 ヘルゼン伯爵は苛立たしげに言ってナイゼルを睨んだ後、視線をラクアに戻す。


「ラクア君、君がどんな思惑でその様な行為に及んだのか私には理解出来ないが、君の行いは私やロザリアお嬢様、ひいてはノブリージュ学院の名に傷をつけ、エルトリアの秩序を乱すものだったということはわかっていると思う。故に私は相応の処置を取らなければならない、わかるね?」


 全くわからない、が、それは今言うべきことではないのだろう事は理解したラクアは、黙って頷く。


「此度の実地訓練について、学院側からは、〝私やエルトリアに損害を与えるような行為を生徒がした場合、その時点で訓練を中止し生徒達を帰還させても構わない〟と言われている。従って、君たちには明日学院へ撤収して頂こう。わざわざ来て貰ったというのに、こんな事になって非常に残念だが、致し方あるまい」


「え!?」


 これには流石に黙っていられず、ラクアが声を上げた。


「ちょっと待ってください、いくらなんでもそれはおかしいでしょう!? 俺のした事が何かマズかったっていうのは分かりましたけど、ただゴミ拾いを手伝っただけで全員出て行けだなんて……! 第一、ロザリアさん達は関係無いじゃないですか!」


 一方、それを受けたヘルゼン伯爵は、驚いた顔で眼を瞬かせる。

 ナイゼルはそんな二人を見て、


「父上、彼は中央区の出身です」


 しれっとそんな嘘を吐いた。

 その一言で何かを把握したらしいヘルゼンは、頭が痛そうに額を押さえながら「そういうことだったか……」と呟く。


「つまり彼は人間の奴隷登用制度(・・・・・・・・・)について何も知らないと?」


「ええ、そういう事です。ですから今回の不祥事の責任は、事前の説明を怠った僕にあります。彼は悪意で蛮行に及ぶような人物ではありませんよ」


「成程な……、では、こちらの認識が間違っていたことについては詫びよう。だが、知らなかったとはいえ、してしまったことは事実。他所の所有する奴隷(・・・・・・・・・)に手を出したことについての処分は必要だ、それが領主の務めでもある」


「……ど、奴隷って……」


 知識としては知っている単語、その意味の指すところに驚愕しているラクアに、ヘルゼン伯爵が「君の後学の為に軽く説明しておこう」と前置いて語り始める。


「中央区に住んでいるのなら、特別免許については知っていることと思う。優れた人間はノブリージュ学院でその免許を取得し、中央区で魔族マグス戦士族ベラトールと共に暮らす。だが、そうでない人間はどうしているか? 本来であれば職に就けず飢えて死ぬしか道は無いが、数多居る人間をただ切り捨てるのは勿体無いと考える者は少なくなかった。そこで編み出されたのが〝人間の奴隷登用制度〟だ。単純労働に人間を充てることで我々魔族(マグス)はより高度な職務に集中することができ、才の無い人間は生きながらえることが出来る。互いに利があるとして、その制度は多くの地区に採用された。エルトリアもその一つだ」


「……つまり、俺が今日助けた女の子は、その奴隷だって事ですか?」


「そういう事だ。君がした事は、他人の所有物――いや、意志があるのだからペットに例えた方が分かり易いか? 他者の飼っている犬に勝手に餌を与えたようなものだ。飼い主がその犬に〝お手が出来たら餌をやる〟という躾の最中だったらどうなると思う? 出来ても居ないのに褒美を貰った犬が以後飼い主の命令を聞かなくなったら、君はその責任を取れるのか?」


「それは……」


 反論する事が出来ず黙して俯くラクアに、ヘルゼン伯爵は溜息を吐いて椅子の背にもたれた。


「まあ、今回それを知らずとやってしまった事は仕方がない。中央区で生まれ育った者と私達とでは、人間に抱く印象が違うというのもわかる。だから今日はこのぐらいにしておこう、今後もし他の区へ行くような事があれば気をつけなさい」


 下がっていいと言われ、ラクアはとぼとぼと退室。

 だが扉を閉めてから、ナイゼルがついて来て居ないことに気付いて、その場で足を止めた。閉ざされた扉の向こうから、ヘルゼン伯爵の呆れ声が聞こえてくる。


「やれやれ、類は友を呼ぶとは良く言ったものだ。いくら学院が決めた事とはいえ、無名の、それも一般常識すら知らない愚か者をこの家に連れ込むとはな。今回の件にしても、お前が目を離さなければそれで済んだ事だ。お前はどこまで家の評判を落とせば気が済むんだ、ナイゼル?」


「……申し訳ありません。ですが、処罰については考え直して頂けませんか? 先も言った通り彼に悪意があった訳では無いんです、僕の方からきちんと説明すれば二度と同じ事には――」


「そんな保障がどこにある? 第一、もしそれで私個人が納得したとしても、今回被害に遭ったダンドリオン学校長の気は済まんだろう。ここで彼らの滞在を許せば、身内だからという理由で不祥事を揉み消したとも捉えられかねん。ただでさえ敵が多いのだぞ、これ以上民の疑心を煽る訳にはいかん」


「ですが――」


「私に意見したいのなら、まずこの家やエルトリアの為になる事をしてからにしなさい。何の功績も挙げずに己の意見ばかり通そうなど……、領主家の者とは思えん甘さだな。せめて何か一つでもセリウスに敵うところがあれば耳を傾ける気も起きるが、技術だけでなく人付き合いまで劣っているのでは話にならん」


 ヘルゼン伯爵の言葉に被せて、バンッ!! と机を叩くけたたましい音が鳴った。


「僕のことは構いませんが、友を愚弄されるのは我慢なりません!」


「……そんな威嚇の仕方をするとは、魔族マグスの風上にも置けんな。私は事実を言っているまでだ。セリウスはかのエトワール公爵家や、シルヴァリエ家の娘とも自らの力だけで縁を結び上手くやっていると言うのに、お前は私が引き合わせたに過ぎんロザリアお嬢様との関係を維持するだけで、己で引き連れてくるのは何の価値も無い馬の骨ばかりではないか」


「人の価値を身分だけで決め付ける貴方の方が余程つまらない! 敵を作っているのは何より貴方のその考えのせいだというのが、まだ分かりませんか!?」


「下らんな。お前にとってそちら側の連中の方が大事だと言うのならば、いっそこの家から出て行くといい。それとも、お前が私に代わってこの地を治めるか? 私が間違っていると言うのなら、お前の主張するやり方で本当に民を幸せに出来ると思っているのなら、やってみせてくれ」


「…………ッ!」


「お前の言っていることは所詮絵空事だ、聞き分けが無いのはどちらの方なのか、よくよく考えることだ。――話は終わりだ、私は忙しい。お前は早くロザリアお嬢様の所へ行って、謝罪と事の説明をして来なさい」


 ヘルゼン伯爵のその言葉を最後に、部屋は静かになった。そして数分ほど経ってから、こちらに向かって来る足音が聞こえて、ラクアは慌てふためく。

 だがどこに隠れることも出来ず、結局は出てきたナイゼルに見つかってしまった。



「本っ当に悪かった!!」


 所変わって、屋敷内のナイゼルの私室。

 ノブリージュ学院の寮の部屋を思わせる内装のその部屋で、ラクアは両手を顔の前で合わせて全力の謝罪をしていた。

 それはサーシャの件のことでもあり、立ち聞きをしていたことについてでもある。


「こちらこそ。父の無礼極まりない発言の数々、身内として本当に恥ずかしいよ。撤回させる事すら出来なかった僕の不甲斐無さもね」


「いや、ナイゼルは何も悪くないだろ。俺としては、あそこで怒ってくれただけでも嬉しかったぞ? ちょっと驚いたけど」


 ラクアが冗談めかして言うと、ベッドの縁に座っていたナイゼルは倒れこんで、


「頼むからロザリア君やフィアさんには内緒にしていてくれ……、平静さを欠いて激昂していたなんて絶対に知られたくない……戦士族ベラトールじゃあるまいし……」


 と、いたく落ち込んだ様子で唸った。


「いやまぁ言わないけど、別に隠すことでも無いと思うぞ?」


「嫌だ。もしフィアさんに怖がられでもしたら、僕は立ち直れない」


「わかったわかった。――で、本題に戻るけど、やっぱり明日サーシャちゃんに礼をするのは無理なんだよな……? というか、そもそも明日帰らされるんだっけ……」


「そうだね……、今回の件、恐らくそのサーシャ君の方も糾弾されているだろうから、これ以上接触するのは避けたほうがいい。君が礼として何をするつもりかは知らないけれど、例えば金品でも贈ろうものなら、僕も君も父に怒られる程度じゃ済まないよ」


「それは恐ろしいな……、というかそういう事だったなら、サーシャちゃんにも悪いことしたな……、会いに行けないってことは謝罪も出来ないのか……」


 消沈して項垂れるラクアに、ナイゼルは暫し潜考。


「まぁ謝罪程度なら……、ダンドリオン学校に電話してみるかい?」


「え、いいのか!?」


「いたいけな少女を残して黙って去ることが如何に心苦しいことか、僕には分かるからね。父上も学校長に一言侘びを入れるぐらいは了承して下さるだろう。サーシャ君と直接話は出来ないかもしれないけれど、言伝ぐらいは預かって下さるかもしれない。電話機の一つが応接間にあるから、ロザリア君達への報告ついでにかけてみよう」


 言いながら、ナイゼルは立ち上がって、ラクアを手招いた。

 二人揃って応接間へ戻ると、ソファーに腰掛けていたロザリアが、弾かれたように顔を上げる。フィアはその横で、肘掛けにしなだれかかって寝息を立てていた。


「お話は終わりましたの?」


「ああ、心配をかけてすまなかったね。他にも色々と謝らなければならない事があるんだ」


 ナイゼルは一先ず起きているロザリアに事の顛末を話した。サーシャとラクアのやり取りを見られていたこと、そのせいで屋敷に連絡が入っていたこと、結果として今日で実地訓練が中止になり、明日帰らなければならなくなったこと。

 最後にラクアの謝罪を聞いて、ロザリアは肩を落とした。


「帰り途中、貴方からサーシャさんのお話を聞いた時点で、こうなることは予測しておりましたわ。わたくしが先に忠告をしていれば防げたことですもの、こうなった責任はわたくしにあります。小父様のお言葉には従わせて頂きますわ」


「悪い、助かる。あとはフィアさんが納得してくれるかどうかだけど……、起こすのも悪いし、先に電話させて貰っていいか?」


「了解」


 ナイゼルは壁際に置いてあった電話機のダイヤルを回して、数回のコールの後に出た学校の教職員に挨拶。


『ナイゼル様! 本日は素晴らしい講義の数々、誠に有難う御座いました! 皆様がお帰りになられた後も、学校内はその話で持ちきりでしたよ!』


「それは嬉しいですね。今日のことは我々にとっても良い経験となりました、ご協力に感謝いたします。――ところで、学校長殿は今はそちらに? 別件でお話したい事があるのですが」


『かしこまりました。取次ぎますので、少々お待ち下さいね』


 保留音の間、ナイゼルは皆にOKサインを出した。ラクアとロザリアがナイゼルの傍に集まり、耳をそばだてる。

 暫くすると、慇懃な初老男性の声が、受話器の向こうから聞こえてきた。


『お電話代わりました、ダンドリオン学校長のフェルナード・イシリドールで御座います。本日は我が校でのご講演、誠に有難う御座いました、ナイゼル様』


「お忙しい中失礼いたします、フェルナード殿。こちらこそ、本日は大変お世話になりました。ですが、今こうして電話をかけさせて頂いたのはその件に関してではなく――、そちらでお抱えになっている用務員の少女に対しての振る舞いを謝罪させて頂きたいのです」


『ああ、その件でしたか。いやはや、伯爵家のご子息にそこまでして頂いて恐縮ですな。かような薄汚い奴隷に対してまで親切にして下さった、心優しいご学友の行動を諫めるなど……、出過ぎた真似をいたしました。ですが、エルトリアの秩序を保つのも市民の務め故、何卒ご理解下さいますよう』


「心得ております。こちらの不注意で多大なご迷惑やご心労をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。つきましては、我が友から本人への謝罪をお伝えさせて頂きたいのですが……、直接お話するのが難しければ、せめて言伝だけでも」


『ふむ、そういう事であれば……、そうですな……、どうしたものか……』


 やはりもう関わらせては貰えないだろうかと、僅かに漏れ聞こえている相手の声に、ラクアは表情を暗くする。

 が、フェルナード校長は長い熟考の後、


『こうしてわざわざ連絡を入れてくださった、その誠実なお心を信じると致しましょう。サーシャを呼んで参りますので、今しばらくお待ち下され』


 そう返してくれた。

 ラクアはパッと顔を明るくして、ナイゼルから受話器を受け取る。


『――お、お電話代わりました、サーシャです』


「サーシャちゃん! えっと、俺が誰だかわかるか? 今日の昼に学校で会った……」


『勿論です。ですが申し訳御座いません、私とした事が、貴方のお名前をお聞きするのを忘れていて……』


「あ、そっかごめん。ラクアっていうんだ、ラクア・ベルガモット」


『ラクア・ベルガモット様ですね。では、改めて謝罪させて頂きます。この度は私のせいで、貴方様にまで多大なご迷惑をかけてしまい、本当に、本当に申し訳御座いませんでした! せっかくのご厚意を仇で返すようなことをしておいて、こうして貴方様と再びお話する機会まで頂戴するなんて、一介の奴隷たる私には、どれだけの贖罪をすれば良いのか最早見当もつきません』


「いや、だから、それは俺の台詞なんだけどな……」


 相変わらずのサーシャにラクアは苦笑を返したが、その胸中にはモヤモヤとしたものが渦巻いていた。

 だが先の件で、その所以を口にすることが誰の為にもならない事を身を以って理解していたラクアは、口をついて出そうになる言葉の数々を飲み下し、謝罪に徹する。


「とにかく、今日の事は本当にごめん。この街のルールも、君の事情も何も知らなかったから……君の反応を見て察せれば良かったんだけど」


『そんな、ラクア様に謝罪して頂くような事は何も御座いません! ハッキリとお断りしなかった私が悪いのです、貴方様には私を罰する権利があります!』


「そんなの望んでないよ、どちらかと言えば礼がしたかったんだけど……、出来そうにないから、せめて今ここで言葉だけでも伝えさせて欲しい。今日は本当に助かった、有難う」


 受話器の向こうで、相手が息を呑むのがラクアには聞こえた。

 それから、小さく震える声で、サーシャは呟く。


『ラクア様は……、本当に、心から、優しいお方なのですね……』


「そうか? 俺にはサーシャちゃんの方が優しく思えるけどな」


『そんな事はありません、有り得ません……、私は、いつだって自分のことしか考えられない、卑しい人間なのです。だから……』


 今度は大きく深呼吸する音が聞こえた。続く彼女の声に、震えは無くなっている。


『――だから優しい貴方様に、せめてもの返礼がしたいのです。私に出来ることなどたかが知れていますが、どうか、今一度そのチャンスをお与え頂けませんでしょうか?』


「え? どういうことだ?」


『明日の正午、もう一度だけ、ダンドリオン学校まで来て頂きたいのです。学校長には先ほど面会の許可を取ってあります、訓練の最中でお忙しいとは存じますので、必ずしもその時間である必要はありませんが……』


「それは……俺は構わないけど……」


 ラクアは近くでやり取りを聞いていたナイゼルとロザリアに視線を送った。二人はどちらからともなく意見を述べる。


「小父様には撤退を命じられていますのよ? お断りすべきですわ」


「けれどその原因になった相手が招いてくれているんだ、上手く取り成せば父にも考えを改めて貰えるかもしれないよ?」


「それは……一理あるかもしれませんけれど……」


『……あの、やはりご迷惑でしょうか?』


 こちらのやり取りが聞こえていたのか、申し訳無さそうに尋ねてくるサーシャに、ラクアは思わず、


「いや、大丈夫! 明日の正午だな、必ず行く!」


 と答えてしまった。


『有難う御座います! では、お待ちしておりますね!』


 サーシャは至極嬉しそうな、そしてどこかほっとしたような声でそう言って、通話を終わらせる。

 ツーツーという機械音を聞きながら、ラクアはぎこちなく受話器を置いた。


「貴方……懲りていませんわね……?」


 怒りと呆れの篭ったロザリアの視線と声に、ラクアは申し訳なく思いながらも反論。


「だって! あそこで断ったら流石に可哀想だろ!?」


「可哀想なのは貴方の言動に振り回されているわたくし達ですわよっ!」


「まぁまぁ、僕達が傍で見ていれば大丈夫さ、父上には僕から話を通しておくよ。〝今日の講義の礼をしたいとダンドリオン学校長が仰って下さっている〟とでも言っておけば、見咎められることも無いだろうし。何より――」


「〝か弱い少女を泣かせるわけにはいかない〟とでも言うつもりですわね? ナイゼル、貴方のそのフェミニズムは玉にきずですわよ。そういえば、貴方も過去奴隷の女性に対して同じ事をして叱られていましたわね?」


「僕個人としては、女性を手酷く扱うのには反対だからね!」


「ですから、そういう事を軽々しく言うものではありませんわよ!」


 ――などという論争の末、結局折れたのはロザリアの方だった。

 その後、騒がしさで起きたフィアにも三人がこれまでの経緯を説明。


「わかった。エルトリア観光は今日のうちに出来たから、私はそれでいいよ」


 彼女はそんなマイペースなことを言って、諸々の内容をすんなり受け入れた。


「それじゃあ、明日は正午まで屋敷で待機。ダンドリオン学校での用が済み次第、列車で学院に帰還、という流れでいいね?」


 三人の承諾を得て、ナイゼルはヘルゼン伯爵に了承を得る為、一人執務室へ。

 残ったラクア達はそれぞれソファーに座って、


「これで撤退も取り下げて貰えたら万々歳なんだけどなぁ……」


「同感ですわ、望み薄ですけれど」


「そういえば、晩御飯はまだなの?」


 そんな会話をしていた。



「よくやったサーシャ、お手柄だ」


 同刻。夕陽の射し込むダンドリオン学校の校長室に、二人の人影があった。

 受話器を置いた瞬間、再び震え出す身体を抑え込もうとするサーシャに、フェルナード校長が声をかける。


「奴隷に情けをかけるなど、愚かな魔族マグスも居たものだ。だが、お陰で漸くあの忌々しい領主に一矢報いる事が出来る! 神は我々に味方した!」


「…………」


「サーシャよ、わかっているな? チャンスは一度だけだ、失敗は許されない」


「……心得ております」


「宜しい。では、同志に連絡を。皆でこの歪んだエルトリアを、正しき姿へ変革するのだ!」


 フェルナードの高笑いを聞きながら、サーシャは目を伏せてラクアの姿を、自分に向けてくれていた笑顔を思い浮かべていた。


「ラクアさん……、ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 誰に聞かせるでもない謝罪を零し、瞳に溜まっていた涙を拭う。

 そして彼女は決意を胸に、再び受話器を手に取った。


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