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2.雲の上の世界

「う、なんか、ちょっと怖くなってきたかも……」


 故郷の地を飛び立って数分。どんどん高度を上げていく車体の後部座席で、窓から身を乗り出していたリアが呟く。

 外は一面真っ白な雲に覆われていて、時折切れ間から覗く故郷の景色は、ジオラマのように小さかった。


「これ、落ちたりしないですよね?」


「へーきへーき。仮に落ちても、まぁ死にゃしねぇよ」


「えっ」


「阿呆、怖がらせるようなことを言うな」


「そもそも、どういう仕組みで動いてるんですか?」


 恐怖で言葉を詰まらせたリアの隣で、運転するウォレアを興味深げに見つめるラクアがそんな問い。

 ウォレアは右手でハンドルを握り、左手でハンドルの横にあるパネルを叩きつつ答えた。


「魔術と同じだ。この乗り物は魔族マグス専用でな、組み込まれたルーンに源素を注ぎ込むことで動いている」


「ルーンって?」


「魔術を発動させる特殊な装置、とでも言っておこう。魔術を扱うにはある一定の手順を遂行する必要があるが、ルーンはそれを術者の代わりに行ってくれる」


「なるほど……。この乗り物にしてもそうですけど、やっぱり一段目って、俺達が居た場所(二段目)とは全然違うみたいですね?」


「だなぁ。俺も実際に見て、同じ国内でここまで差があんのかーって思ったしな」


「それにしても、君達は本当に何も知らないようだな? もし他の住民も同様だとすれば、我々の認識は間違っていることになるな」


「ウォレアさんたちは、二段目のことをどう聞いてるんですか?」


「それは――」


「お、着いたぜー」


 層雲を抜けると視界が開けて、目の前に現れたのは巨大な城壁だった。

 レンガ造りのそれは左右にどこまでも伸びていて、その上を蒸気機関車が走っている。その更に上には、青く澄み渡った大空が広がっていた。


 ラクアはその空の美しさに見惚れ、リアは機関車に食いつく。


「なにあれー! すごい! あれも魔術っていうので動いてるんですか!?」


「いや、あれは石炭を燃料にして積んでいる水を沸かし、それによって発生した蒸気を動力に変換して車輪を回しているだけだ」


「???」


「とりあえず魔術じゃねーってこった」


 ウォレアの説明に、口を開けたまま固まってしまったリアを見て、バレッドが言い直す。


 そうして四人を乗せたスカイモービルは、壁際にゆっくりと着陸した。

 壁の高さは目算でも四十メートルはあり、リア達の目の前にはアーチ状の大きな窪みと、鉄製の重厚な門扉がある。


「ここが一段目の入り口なんですか?」


「おう。パレス要塞っつって、中は王国軍の軍事基地だから、基本的には軍の関係者とか、暗行御史アメンオサくらいしか出入りしねぇ場所だけどな」


 門扉の手前に窓口があり、そこに居る門兵にバレッドが通行証を提示すると、相手は奥へと引っ込んだ。それから数分の間を置いて、門扉が音を立てながら上がっていく。


 そして口を開けた壁の中から、軍服を纏った一人の青年が出てきた。焦げ茶色の短く整った髪を持つ青年は、人の良さそうな笑みを浮かべて四人に軽く会釈する。


「ノブリージュ学院赤組担当教官バレッド・アルマイトさん、並びに青組担当教官ウォレア・フォン・ウィスターシュさんですね。通行を許可します、どうぞお通り下さい」


「あいよ。つーか、その事務口調やめろって言ってんだろ、ロード」


「いや、だって仕事中だしさ。その子たちが例の?」


「おう、こいつらの身分証はこれな」


 バレッドがウォレアから二枚の書類を受け取って、ロードと呼ばれた青年に渡す。ロードは書面をしっかりと確認してから、それをバレッドに返した。


「はい、問題なし。結局、ちゃんとノブリージュ学院の入学審査は通ったんだな」


「審査も何も未知数だからなぁ、今後の成長に期待っつー学長のお慈悲が九割って感じだろ」


「下段で不憫な目に遭ってる子達を放置しておけなかったんだろ、相変わらず優しい人だ」


 バレッドと親しげに二言三言交わすと、ロードは再び四人に会釈して去っていった。

 リアはそんな二人を交互に見ながら、


「バレッドさんの知り合い?」


「おー、学院時代のダチだ。シルヴァリエ家のお坊ちゃんだぞ~」


「お坊ちゃん……ってことは、すっごくお金持ちの人とか?」


「金持ちっていうレベルじゃねーよ。ま、ここで生活してりゃー、そのうち詳しく知るだろ」


 壁の中は広い空間になっていて、門と同じくアーチ状になっている通路が、奥行き三十メートルほどまで真っ直ぐ伸びていた。行き交う人々は皆軍服姿で、四人の部外者を物珍しそうに見ている。

 横二列に並んで前を歩くバレッドとウォレアに、リアとラクアも続いた。


「俺達の身分証なんてあったんですね?」


「つーか作ったんだよ。下段にゃあったかもしれねぇが、下段のもんなんざ一段目じゃ何の役にも立たねーだろうし」


「そうなんですか? 外国ならともかく同じ国内なら、通用しそうな気がするんですけど」


「一段目の奴らにとっちゃ下段は外国みてーなもんだよ。行き来できるのも原則暗行御史(アメンオサ)くれぇだ。お前らは特例なの。一体何者だよおめーらは」


「いや、ただの一般国民……だと自分では思ってますけど」


 バレッドの口ぶりからして、彼らも今回二人――正式にはラクアが一段目に招かれた理由の詳細は知らないのだろう。

 自分が連れてこられた理由も、それを望んだ相手の素性もわからないというのはそれなりに不気味だ。

 だが、リアを一緒に連れて行きたいというこちらの願望を呑んでくれた辺り、悪い人ではないだろう、とラクアは思っておくことにした。


 やがて通路を抜けた四人の前に、一段目の街並みが現れる。


「うわぁ……!」


 その光景は、二段目とは何もかもが違っていた。


 地面は冠水していないし、その上にある建物はどれも二階建て以上。二段目では平屋で横長の住居ばかりだったが、ここでは縦に長いものの方が多い。カラフルな色味をしたそれが所狭しと並ぶ街は曲線状に広がっていて、リア達が出てきた壁門の向かいにある通りには、白で統一された建物が整然と並んでいた。

 そのずっと奥には、周囲の建物より遥かに高く聳える、城のようなものが見える。整備された道路の上を車や路面電車などが走り、色彩豊かな髪色の人々が行き交っていた。


「夢でも見てるみたいだ……」


「すっごーい! 絵本の中みたい!」


 圧倒されているラクアの横で、リアは目を輝かせながら、忙しなく視線を動かしている。これは何だあれは何だと、目についた物にいちいち反応するリアを半ば引きずりながら、四人は白い石畳で出来た中央の通りを進んだ。


 すれ違う人々の視線は、そんな四人――というより、ボロボロの雨合羽を着た二人の少年少女に注がれている。


「その格好では目立つか……、気になるだろうが、寮に着くまでは辛抱してくれ」


「いえ、大丈夫です。ああいう視線には慣れてますから」


 そうは言いながらも、ラクアは一段目でも散々浴びせられた好奇の眼差しから逃れるように雨合羽を脱いで、僅かに歩調を速めた。





「あのぅ、あたしたち、学校に行くんじゃなかったですっけ……?」


 中央通りを直進すること数十分。

 目の前にある建物を見上げながら、リアが困惑気味に言った。


 正面には左右開きの黄金の門扉があり、その両脇から左右へ向かって長く鉄柵が伸びている。高さは十メートルほどで、上半分が細い槍が幾重にも突出している造りになっている。外からの侵入者を防ぐためのものだろう。


 そしてその鉄柵に囲まれた広大な敷地の中にあるのは、遠くからでも見えていた、白を基調とした厳かな宮殿。


「おう、だから来ただろ?」


「いや、これどう見ても、お城か何かですよね……?」


「元々はな。だが今は、ノブリージュ学院と呼ばれている。ここがこれからお前たちが学ぶ場所であり、暮らす場所だ」


「これが学院!?」


 今まで自分たちが通っていた木造平屋の学舎とはレベルが違いすぎる。この景色を二段目のほかの住民が見ても、皆同じ反応を返すだろうとリア達は思った。

 だが確かにウォレアの言う通り、門の横には「ノブリージュ王立学院」と記された表札が掲げられている。


「ま、今はまだ休暇中だから、正門は開かねーけどよ。あっちだあっち」


 バレッドは門から少し離れた場所にある、小さな門を指差した。正門が大人五人横並びに通れそうなだけの幅があるのと違い、そちらは一人が通れる程度の狭さだ。


 そこを抜けると、広すぎる中庭に出る。鮮やかな芝の絨毯と、それを裂くようにして四方に延びる白いタイルの道。その道を彩るアンティーク調の外灯やベンチもいちいち凝っているし、正門から校舎へと続く幅広の道の真ん中には、立派な石造の三段噴水もある。道の両サイドには、生垣で囲われた正方形のコートや、砂地のグラウンドもあった。


 校舎はいくつかに分かれている様だが、本校舎と思しき一番大きなものはコの字型になっていて、窪んだ部分が正門の方を向いている。正門から見て右側には赤く大きな垂れ幕が、左側には同種の青い垂れ幕が、屋上のあたりから掛けられていた。


 リアとラクアはそれらを眺めながらタイルの道を歩く。前を歩くバレッド達が道の途中で不意に立ち止まったので、他所を向いていたリアはその背中にぶつかった。


「ゎぶっ!?」


「おいおい、お前は人に突進すんのが好きなのか?」


 バレッドは二段目であったことを含んで言ったのだが、当時の記憶がないリアには伝わらない。


「違います! いきなり立ち止まらないでくださいよ!」


「こっから二手に分かれんだよ。ウォレアとガキんちょはあっち、俺とお前はあっちだ」


 言いながら、十字に交わる道の真ん中で、バレッドは青と赤の垂れ幕を順に指す。

 リアとラクアはきょとんとして首を傾げた。


「あ、もしかして、女子と男子で寮が別々ってことですかね?」


「何言ってんだ、戦士族ベラトール魔族マグスで別々、に決まってんだろ」


「えっ!? ……なんで? そういう校則?」


 理由が全くわからないリアとラクアの困惑ぶりに、バレッドとウォレアは互いに顔を見合わせて、


「あー、そうか、お前らは今まで人間としか関わってきてねーもんなぁ……、下段暮らしじゃ、こっちの常識は通用しねーか」


「今は理解できんだろうが、新年度が始まれば嫌でも実感するだろう。それまでは、魔族マグス戦士族ベラトールは基本的に馴れ合わないもの、という程度の認識で構わん」


 と、互いだけが納得したように言った。


「とにかく、お前らを一緒の寮に入れてやることは出来ねーんだよ。こればっかりは妥協してくれ」


「うぅ……でも……」


「文句があんなら野宿でも構わねーぞ」


「それは嫌です!」


 バレッドの容赦ない物言いに、リアは渋々それを受け入れる。

 先に寮へ向かったラクアの背を心細そうに見つめるリアに、


「んな今生の別れみてーに思わなくても、部屋がちょっと離れるだけだろー? 合同授業とかで会えるんだからよ、そんな落ち込むなよ~」


 バレッドが励ます意図でそう声をかけた。が、


「合同授業じゃなきゃ会えないんですか!?」


 余計に悪化させただけだった。


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