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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章②:エルトリア編
57/88

20.風と緑の都エルトリア

 学院に新たな騒動をもたらした一本の電話、それがかかってくるずっと前。事の始まりは、実地訓練開始初日にまで遡る。


 魔族マグス戦士族ベラトールを乗せて走り出した列車の片側、魔族マグス側の車内の一角には、ラクア、ナイゼル、ロザリア、フィアの四名が、リア達と同じくボックス席に対面で座っていた。

 リア達赤組と同じく、ラクア達青組も数名のグループに分けられており、今座っているこの四名が同班だ。


「今から行くエルトリアって、確かナイゼルの実家があるんだよな?」


 ラクアが隣に座っているナイゼルに問うと、斜め前で眠そうに船を漕いでいるフィアを至極幸せそうな顔で見ていた彼が頷く。


「授業で行くからには悠長に観光をしている暇は無いかもしれないけれど、時間が余るようなら、その時は是非市内を案内させて欲しいな。ラクアは当然初めてだろうからね」


「ああ、それは有難いな。今ここから外を見てるだけでも結構ワクワクするし」


 半分ほど開けられた車窓から吹き込んでくる風を受けつつ、流れていく国内の景色を見て、ラクアは素直な感想を述べた。

 色とりどりの屋根を持つ家屋が並んでいた中央区を抜けると、次はほとんどの建造物が青で統一された街並みが眼下を流れ始める。列車は一度、その街を見下ろす駅舎で停止した。

 隣のボックス席に座っていた別のグループが下車するのを見ながら、ラクアが誰にでもなく問う。


「ここは?」


魔族マグス区を代表する都市、水の都オルディオですわ」


「ロザリア君の故郷だよ、魔族マグスなら誰もが知ってる有名な場所さ。ここに当たった人達は幸運だったね」


「どうして?」


 話を聞いていなさそうに見えたフィアが、ナイゼルの言葉に疑問を投げかけた。

 ナイゼルは驚きと喜びが入り混じったような顔で答える。


「見る場所が沢山あるというのも一つの理由ですが、何より魔族マグス区で一番治安が良い場所ですから。――ああ、エルトリアの治安が悪いという訳ではないんですよ? ただ、魔族マグスにどこに住みたいかでアンケートを取れば、間違いなく一位になるような場所です。全てウィスターシュ候の尽力の賜物でしょうが」


「へぇ……、ロザリアさんのご両親って凄いんだな?」


 ラクアに褒められて、ロザリアは誇らしげに肯定。


「まぁ父に限らず、先祖代々のウィスターシュ家当主の功績ですけれど。――ところで、ラクアさんはともかく、貴方がオルディオを知らないというのはどういうことですの?」


 ロザリアに怪訝な顔を向けられたフィアは、眠気眼でそれを見つめ返した。


「おかしいの?」


「あまり差別的なことを言うつもりはありませんけれど、普通ではありませんわね。片田舎に住んでいて、都会ここまで出てこられないような貧しい方ならともかく、貴方は今まで見てきた限りでは、わたくしと同じかそれ以上の身分の方でしょう? いくらでも訪れる機会はあったんじゃありませんの?」


 フィアは暫く考えて、首を左右に振る。


「ない。私、ほとんど家から出たことが無かったから……」


 その発言に、ラクア達三人は揃って頭上に疑問符を浮かべた。

 出たことが無いってどういうことだ、まさか監禁でもされてたのか? それとも病弱で家から出られなかったのか、親が過保護だったのか……、数瞬のうちに、三人の頭の中に様々な可能性が浮かぶ。

 

 だが、その疑問を誰かが口に出すより先に、


「家のこと、あまり喋っちゃいけないって言われてるから、聞かれてもほとんど答えられない、ごめんなさい」


 フィアがそう言って頭を垂れた。

 

「……そうでしたのね。自分のことを話さない方だとは思っていましたけれど、何か事情があるのでしたら、仕方ありませんわね。不躾な発言をしたことを謝罪いたしますわ」


「大丈夫。でもロザリアは、私のことが嫌い?」


「はい?」


 寂しそうな顔で言うフィアに、突然そんなことを聞かれたロザリアは怪訝な顔をする。


「隠し事する人、嫌いなのかなって」


「た、確かに素性がわからない方のことは信用は出来ませんけれど、それはわたくしがそういう立場の者だからですわ。貴方に関しては今のところ、好きも嫌いもありません」


「ならよかった」


「よかったって……、わたくしは例え嫌いな相手だったとしても、授業に支障が出るような振る舞いはいたしませんわよ? そこを危惧されているのなら安心して下さいな」


「違うの、友達になりたいから」


「はいぃ?」


 珍しく素っ頓狂な声を出したロザリアを差し置いて、フィアはナイゼルとラクアに向いた。


「貴方達とも、友達になりたい」


「勿論! 喜んで!」


 ナイゼルは喜色満面の笑みで即答し、それを受けたフィアも嬉しそうに微笑する。表情の変化が乏しいフィアの微笑みに、ナイゼルはいたく感動していた。

 そしてそれら一連の流れを見ていたラクアは、


「なんか……、俺が思ってたより、一段目こっちはかなり平和だなぁ……」


 しみじみとそんなことを呟いていた。


 *


 その会話から数分後、オルディオの次の駅でラクア達は下車。

 降り立ったその駅舎は基本的な構造こそ中央区のものと一緒ではあったが、空間のあちこちに植物が配置されており、駅のホームというよりは庭園のような印象を与えた。


「ようこそ、緑と風の息吹く都エルトリアへ! 歓迎するよ、親愛なる我が同胞!」


 ホームに下りるなり、恭しくそんな口上を述べたナイゼルに、相変わらずだなぁとラクアは笑う。


「というわけで、ここからは僕が先導するよ。まずは領主邸に行かないとね」


「そういえば、ナイゼルの親御さんなら、ちゃんと挨拶もしておかないとな。ナイゼルにはこっちに来てから色々と世話にもなったし」


「それは有難いけれど……」


 宣言通り先頭を歩いてホームから街へ下りるナイゼルは、後に続くラクアの発言に何やら言い淀んだ。


「何かまずかったか?」


「いや、ただ父は日頃から忙しくなさっているからね、ちゃんと紹介する時間は無いかもしれないと思って。もし素っ気無い態度を取られても、それは君のせいじゃないから、気にしないでくれ。フィアさんもね!」


 ラクア越しに呼びかけたナイゼルに、フィアはいつも通りあまり感情を示さない声色で「わかった」とだけ返した。ナイゼルとしてはフィアと会話が成立しているだけで満足なのか、軽やかな足取りで階段を下っていく。


「ラクアさん、ちょっとよろしいかしら」


 そんな彼には聞こえない程度の声量で、ラクアを背後から呼んだのは、最後尾を歩くロザリアだった。

 彼女はフィアにラクアと順番を入れ替わるように言って、ラクアを近くに招く。


「なんだ?」


「エルトリアに滞在する間……というか、領主邸に行くにあたり、ナイゼルの友人たる貴方に一つ忠告ですわ。〝フォルワード卿とはあまり話さないように〟――授業に関することは、当然例外ですけれど」


「え、何でだ? ナイゼルの父親なんだろ?」


「だからこそですわ。そもそも、貴方はただでさえ下段出身という異分子ですもの。前にもお伝えしましたけれど、魔族マグスは高家であればあるほど、交友関係にはかなり厳格なんですのよ。そして、フォルワード卿もその一人ですわ。ご自身の言動には細心の注意を払って下さいな」


「ああ……なるほど、つまり出自の知れない俺みたいな奴がナイゼルの友人だっていうのは、あんまり歓迎されないってことか?」


「まぁ、有体に言ってしまえばそういう事ですわ」


 グサリ、と言葉の棘が刺さるのを感じて、ラクアは胸を押さえた。ロザリアの言うことはもっともなのだろうが、友人の親に仲を歓迎されないというのは、なかなかキツい。


「もしかして、さっきのナイゼルの反応もそのせいか……?」


「恐らく半分はそうですわね。けれど、ナイゼル自身が貴方を友人と紹介するのを恥ずかしいと思っている訳ではありませんわよ。ナイゼルはただ、フォルワード卿に貴方のことをとやかくと言われるのが嫌なんですのよ。そこは誤解しないでやって下さいな」


「なるほど……、色々苦労してるんだな。事情はわかった、忠告有難う。それにしても、流石幼馴染だけあって、ナイゼルのことはよくわかってるんだな」


「ええまぁ、貴方もリアさんに対してはそうでしょう?」


 関心したラクアが言うと、ロザリアは嬉しそうに返してから、


「……けれどわたくしは、リアさんや貴方のようにはなれませんわ」


 物悲しそうな顔で小さく呟いた。

 ラクアはその表情と言葉に含まれる彼女の気持ちを読み取ることは出来ず、また触れることもしなかったが、二人は自分やリアよりもっと複雑な何かを抱えているのだろうということだけは理解した。



 市内の光景はホームに負けず劣らず緑に溢れていた。

 駅から出てすぐタイル地の道が市街地に向かって複数伸びており、その脇には三角屋根の一軒家が点々と建っている。道と建物の隙間を埋めるようにして街路樹や花壇が並んでおり、木漏れ日がそれらを照らしていた。

 人の往来が多く賑わってはいるが、喧騒というほどの煩さはない。人々の声に混じって、鳥の囀りや木の葉のざわめきが聞こえる。


「良い所だなぁ。中央区も好きだけど、こっちは何か癒されるな」


「気に入って貰えて何よりだよ。そういえば、下段はどんな雰囲気の所なんだい?」


「どんな……って言われてもなぁ、とにかく雨がよく降って地面は水浸しで、陸地があっても泥濘ぬかるんでじめじめしてて、同じように草木があっても、こことは正に雲泥の差って感じだな……」


 それでも、下段に居た頃は何も思わなかったのだけれどと、ラクアは苦笑する。

 一段目に来なければ、自分の居る環境の劣悪さにも気付かなかったのだろう。


「環境の良し悪しはともかく、興味はありますわね。一段目こちらは雨はほとんど降りませんし、水没した大地なんて、意図的に作ろうとしない限り見ることがありませんもの」


「え、意図的に作れるもんなのか?」


「例え話ですわよ。ですが、やろうと思えば出来る筈ですわよ? 流石に下段全体を覆うほどの雲を発生させることは難しいでしょうけれど、範囲さえ絞れば、魔術で天候を操ることは出来ますもの」


「そうなのか……、魔術って何でもアリなんだな……」


「何でもって訳じゃあないよ、あくまでも自然現象を人為的に操れるっていうだけだからね。加えて、精霊を従わせるだけの威厳や人徳、その精霊に現象を起こして貰う為の元素、そして術者自体の知識、これら全てが揃って始めて魔術は成功するんだ。人間や戦士族ベラトールは便利な魔法のように言うけれど、割と不便も多いよ」


「そういえばラクア、風の精霊(シルフ)の件は解決したの?」


 道すがらフィアに言われて、ラクアはうっと言葉を詰まらせた。


「まだなんだ」


「セリウス先輩にも手伝って貰ってるんだけどな……、地道に信頼関係を構築していくしか無いかもしれないって。いっそ精霊と直接会話でも出来れば早いんだけど」


「それは流石に無理ですわよ。こちら側から語りかけることは素語で何とかなりますけれど、精霊の声はわたくし達には聞こえませんもの。これは魔族マグスの体の構造の問題ですから、気合でなんとか出来るものではありませんわ。それより、いっそその風の精霊(シルフ)と契約を結ぶというのも手ですわよ」


「契約って?」


「簡単に言ってみれば、精霊を正社員として雇用する、って感じだね。今の君――というか、僕も含め多くの一年生は、魔術を使うその瞬間だけ精霊を雇っているような状態なんだ。日雇い、とでも言えばいいかな? メリットとしては、発動させる魔術の分だけ源素を渡せばいいから、術者の負担が少なくて済む」


「対して契約は、魔術の使用の有無に関わらず、源素を精霊に一定量与え続けることになるんですの。ですから術者への負担はそれなりに大きいですわ。ですが、術の発動に願文を必要としないだけでなく、極めればたった一声で複雑な魔術を発動させることも可能になるんですの。長く一緒に居る分、術者の思考パターンを精霊が学習するからですわね」


「なるほど……、そういえば、フィアさんも詠唱してなかったよな? もしかして契約してるのか?」


 実力診断テストで助けられた時のことを思い出しながらラクアが問うと、フィアはこくりと頷いた。それを見たロザリアが、悔しげな顔で説明を続ける。


「一年生で精霊と契約している人なんてそうそう居ませんのよ。まだ自分の得意な魔術や、頻繁に使う魔術の属性を把握出来て居ない人が殆どですもの」


「なら、全部の精霊と契約しておけばいいんじゃないのか?」


「貴方、わたくしの話を聞いておりましたの? 契約した精霊には、源素を一定量与え続けなければならないんですのよ? 契約する精霊の数が多ければ多いほど、徴収される源素の量も増えてしまいますわ。一般的な魔族マグスの源素保有量から考えれば、全属性の精霊と契約した術者は数日で死んでしまいます。まぁ、お兄様のように平気な方も居ますけれど……」


「契約の内容にもよるからね。――で、話が少し逸れてしまったけれど、ロザリア君の提案は、契約すれば君を困らせている風の精霊(シルフ)は落ちつくんじゃないかって事だね。ウォレア様の見立てでは、暴走の原因は風の精霊(シルフ)の飢餓が原因なんだろう? 飢えない程度の源素を継続的に与えると確約しておげば、他の精霊の邪魔をしたりする必要も無くなるだろうからね」


「なるほど! 学院に戻ったら、セリウス先輩にそれを提案してみる」


「あくまで〝そういう方法もある〟というだけですわよ? 飢餓で苦しんでいるからといって、魔族マグスから勝手に源素を奪うような精霊と契約するのは、正直あまり得策とは言えませんもの。わたくしなら別の精霊と契約して、問題の精霊は強制的に追い払います」


風の精霊(シルフ)を飢え死にさせるってこと?」


「……随分嫌な言い方をしますのね。結果的にそうなる可能性はあるでしょうけれど、そもそも身勝手なことをする精霊にも問題はあるでしょう?」


「それはそうだけど……」


わたくしを悪者扱いしたいのならそれで結構ですわよ、貴方が無理に納得する必要はありませんわ。でもその場合、貴方と友人になるのは難しいかもしれませんわね」


 フィアの物言いに腹が立ったのか、ロザリアは話を切り上げてつかつかと早足になる。

 一方のフィアは、こちらも怒っているのか、はたまた悲しいのか、珍しく眉根を僅かに寄せて俯いていた。


「……な、なんか、俺のせいで嫌な雰囲気になったか?」


「別に君が気に病む必要は無いと思うよ? 彼女達それぞれの考え方があるというだけだろう。僕は信念を持っている女性はそれだけで素晴らしいと思うけれどね!」


「お前は本当にブレないな……」


 苦笑しつつも、今のラクアにとっては、そんなナイゼルの在り様が有難かった。

 そして、そうこうしているうちに、四人はフォルワード領主邸宅の前に到着する。


 外観はノブリージュ学院のそれと同じく城のようなものだ。白い石造りの壁や柱に、街並みに似合う緑色の屋根。大きさは学院には遠く及ばないが、それでも立派なことには違いない。周辺に他の建物は無く、この邸宅に続く長い一本道以外は野原に囲まれていた。


 閉ざされた門扉の両脇に居た警備員の男性の一人が、ナイゼル達の姿を認めて駆け寄ってくる。


「お帰りなさいませ、ナイゼル坊ちゃま、お待ちしておりました。ご学友の皆々様には出迎えもせずに厚顔無恥とは存じますが、城の警備を任されている者として、無事のご到着を心より歓迎致します」


「ただいま。――ちなみに、駅への出迎えを断ったのは僕だから、歩き疲れている人に対しては僕から謝るよ、すまなかったね」


「構いませんわ、今はただの学院生徒ですもの。それも招待された訳ではなく、授業の一環としてお世話になる身ですわ、送迎までされてしまってはこちらの面目が立ちません、どうかお気になさらず。滞在の間、どうぞ宜しくお願いいたします」


 制服のスカートの裾を摘まんで優雅に挨拶したロザリアに対し、相手はこれまた一段と丁寧な挨拶を返して、門を開ける。

 ニコニコと人当たりの良い笑顔で通してくれる警備員に、「有難う御座います」と会釈することしか出来なかったラクアは、


「応対は基本ロザリアさんに任せてもいいか? どう振舞えばいいのか全くわからん」


「構いませんわよ、わたくしはこの屋敷の方々とは顔馴染みですから」


 ロザリアと小声でそんな会話をしていた。


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