Reminiscence:ナイゼル
「――どうやら、ナイゼルはあれが限界のようだな」
幼い頃、たまたま両親の部屋から聞こえてきたその言葉が、僕の人生の転機だったのだろうと思う。
僕はフォルワードという魔族の名家に次男として生まれた。
綺麗な母親に似て、随分と愛らしい見目をしていたらしい僕は、赤ん坊の頃はそれだけで随分と持て囃された。まぁ、赤ん坊に可愛気以外のものを求める人はそういないだろう。だから、その時はただ笑っているだけで褒められた。
だが当然、それは赤ん坊の特権だ。
歩行が出来るようになり、会話が出来るようになってくると、僕は両親の面汚しにならぬようにと英才教育を施された。貴族としての立ち居振る舞いなどは勿論のこと、魔族として尤も重要とされる魔術の扱いと知識は、特に厳しく指導された。
他にも、美意識の高い両親の趣向で、ありとあらゆる習い事もさせられた。社交の場で少しでも目立てるようにと、衣服や髪型も全て親の指示通りに飾り立てられた。
そうして、両親の思い描く理想のナイゼル・フォン・フォルワードが出来上がる――筈だった。
「兄弟で切磋琢磨し、互いを高めあうような関係になってくれればと思っていたが……、あれではただの二番煎じだ。セリウスにとってみれば、何の刺激にもならんだろう」
その父の声には、呆れ、というよりも、失望が滲んでいた。
三つ歳の離れた兄は、見事両親の期待に沿ってみせた。眉目秀麗、文武両道、何をやっても器用に卒なくこなし、常に平均以上の結果を叩き出す。
その割に謙虚で、周囲のプライドを傷つけるようなこともせず、上手く立ち回ってみせる。老若男女問わず誰からも好かれる、完璧な人。
兄の存在は、魔族貴族内でのフォルワード家の株を上げることに多大に貢献していた。
それに比べて僕は――逆に、兄が集めた名声を払ってしまうような出来損ないだった。
何をどれだけ頑張っても、兄を越す事が出来ない、並ぶことさえ出来ない。
同じ環境で同じように育っている筈なのに、どうして差が出るのか。
自然、皆の考えは一致する。つまりは単純に、僕の才能が足りないのだと。
両親がそれに気付いてからは、家の中での僕の扱いは一変した。
とはいえ、別に酷い扱いを受けたわけではない。ただ、あれだけ厳しく管理されていたものが、全て解放されただけだ。
何処で何をするのか、この時間は何をして過ごすのか、何を着て何を学ぶのか、その全てが僕の自由になった。
もし僕が何も知らずに居れば、自由になれたことを大いに喜んだだろう。
けれど、僕はその理由を知っていたから――、両親が僕を諦めたのだと知っていたから、期待という重圧から解放された事への安堵こそあれ、嬉しさなど微塵も感じられなかった。
それからの日々はひたすらに退屈で、勉強も習い事もやるだけ無駄なのだと思うと手につかなくて、最終的には、それまで全く興味のなかった、読ませても貰えなかった人間の書物に手を出すようになった。
ただ、それが存外面白くて、いつしか僕はその本の世界に浸るようになった。本に書いてある世界を少しでも現実のものにしたくて、嫌いだった魔術ももう一度勉強するようになって、少しは日々を楽しいと思えるようになるまでに回復した。
けれどそれすらも、両親の目に映れば子供のお遊戯でしかなくて。
その本だけが、僕の心の拠り所だったのに――、
「ついに現実逃避をするまで落ちぶれたのか?」
父はそう切って捨てた。
まぁ、魔族の間では、人間の書き物はそういう位置付けだから、仕方がないと言えばそうなのかもしれないけれど。
それでも、当時の僕は酷く傷ついて――、己の最後の砦を護る為に、父に反発してしまった。
結果、両親から僕に対する評価が、地の底まで落ちてしまったのは言うまでもない。
そうやって日に日に、両親との関係に亀裂が入っていくのを僕は止められなかった。
唯一僕を肯定してくれている兄の言葉すらも、その心根の優しさこそが、兄を兄たらしめる最たるものなのだと思うと、疎ましく思えた。
そんな自分が嫌で嫌でたまらなくて、いつしかこんな風に思うようになっていった。
〝ああいっそ、誰かの為という大義名分で、この命を終わらせてしまえればいいのに〟




