19.過ぎた日々が繋ぐもの
「――クソッ! ふざけやがって……!」
迫る部隊長の魔の手をなんとか躱し、マルナを抱え格納庫を後にしたレオルグは、向かう先、一階通用口前のシャッターが下りてきているのを見て悪態を吐いた。
このまま走り抜けても間に合わないだろう、そう判断して、
「おいチビ! 武器ちゃんと握ってろよ!」
そう言うと返事も待たず、彼女を全力で放り投げた。
咄嗟に武器を抱きしめたマルナは、数メートル先のシャッターの下を潜り抜けて、その向こうへ。
そのまま床を転がってから静止すると、痛みに呻きながらも立ち上がって――
「! レオルグさん!!」
完全に閉じてしまったシャッターを見た。
慌てて駆け寄り、シャッター越しにレオルグに呼びかけると、
「テメェはそのドア開けるなり壊すなりしてとっとと逃げろ! 捕まるんじゃねぇぞ!」
相手の声はそれだけ言って遠ざかっていく。
マルナは暫くシャッターと扉を交互に見てどうすべきか悩んでいたが、最終的にはレオルグに言われた通り脱出することを選んだ。
外へ続くその扉は当然施錠されており、鍵穴の形からして素人のピッキングでは簡単に開けられそうもない。
となれば、選ぶ手は一つ。
「電磁投射砲で鍵穴を壊すのが一番簡単かなぁ……?」
マルナは拳銃の照準を鍵穴に定め、至近距離から弾を撃ち込んだ。先の失敗から学び、足を大股に開いていたおかげで、今度は後ろに転ばずに済む。
一撃で鍵穴のあった部分は小さな空洞となり、扉の向こう側の空気が流れ込んできた。銃を下ろしたマルナは、ドアノブを捻ってみたが、
「……あ、あれ?」
悲しいかなドアは開かなかった。というより、ドアノブが空回っている。
どうやらこの方法は失敗らしい。落胆したマルナは、取り返したばかりの残る二つの武器を使えないかと考えたが、ハルバードのヘイムニルは魔族専用、ガントレットのアシュトロンは戦士族専用の武器なので、人間のマルナが使ったところで、大した効果は得られないだろうと、それも諦める。
「ちょっと荒っぽくなっちゃうけど……、もうこの方法しかないなぁ」
マルナは三つの武器を床に固めて置くと、背負っていた獲物を取り出して構えた。
それは以前、中央区でレオルグの背を傷つけてしまった、彼女の相棒である斧だ。
「お願いね、アルマリア」
マルナは祈りを込めるように呟くと、今度は小さな鍵穴ではなく、ドアノブ付近に狙いを定めて、それを振り下ろした。同時に、柄のスイッチを押す。
すると、刃の逆側についた小型のジェットエンジンが駆動し、その推進力が威力を底上げした。
マルナが普通に斧を振るう、その力の何十倍にもなる一撃は、凄まじい衝撃音と共にドアノブを破壊。錠はその機能を失くし、強制的に扉が開かれる。
マルナは即座に斧を背負い直し、床に置いていた武器を拾い上げると、素早くその場から撤退した。付近に居た衛兵は出払っているようだが、それを確認することもせず、マルナは全速力で要塞の外へ。
どのみち、近くに居るのなら今の破壊音でバレた筈だ、気配を殺す事に意味はない。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……! ……っや、やった……?」
そのまま要塞近くの茂みに飛び込んだマルナは、はち切れんばかりに脈打っている心臓と荒くなった呼吸を整えながら、誰も追ってきていないのを確認して、へなへなと脱力した。
暫くそのまま体力の回復を待っていたマルナは、レオルグのことを思い出して、ゆっくりと起き上がる。
他の出入り口も、恐らくシャッターによって封鎖されてしまっているだろう。だが、マルナは気付いていた。レオルグであれば、わざわざ通用口から出なくとも、窓から飛び降りればいいだけの話なのだということを。
恐らくレオルグも同じことを考えている筈だ。であれば、窓のどこかから出てくるはず。
そう期待して、マルナは五階に相当するその窓の並ぶ場所を見上げたが――、
「…………、えっ……?」
その期待は、あっさりと消え去ってしまう。
明かりの漏れる窓の奥、僅かに見えるその通路は、一階と同じようにシャッターによって閉鎖されていた。
「う、うそ……、あれじゃ、レオルグさんは……」
どこからも出られない。そんな絶望的な言葉を、マルナは口にすることが出来なかった。
今、彼がどの辺りを逃げ回っているかは定かではないが、いずれにせよ捕まるのは時間の問題だろう。
退路さえ断ってしまえば袋の鼠――そんな軍人達の高笑いが聞こえてくるようだった。
何とかしなければ。マルナは茂みから飛び出し、要塞に戻ろうとしたが、
〝――戦士族の喧嘩に人間一人混ざったところで何になるってんだ。くだらねぇ偽善で、本来の目的見失ってんじゃねぇ〟
「…………っ!!」
地面に散らばった武器を見て、その脳裏に、レオルグの言葉が蘇る。
〝――それとも何だ? 散々大袈裟に騒いどいて、テメェにとっての武器っつーのは結局その程度かよ〟
足を一歩踏み出した状態のまま、マルナは固まってしまった。
レオルグの言う事はもっともだ。マルナの力では、戻ったとしても助けになれるかどうかは怪しい。こうして無事に武器を取り返して出てこられたのはレオルグの助力があったからで、恐らくマルナ一人では、早々に捕まってしまっていただろう。
でも、だからこそ、そこまでしてくれた恩人を、このまま見捨てて一人逃げてもいいのだろうか?
偽善と言われればそうなのかもしれない。けれど、それがマルナの正直な気持ちだった。
このまま逃げるべきだ、という考えと、助けに戻るべきだ、という考えがせめぎ合って、マルナを苛ませる。
こうして悩んでいる間にも、レオルグは捕まってしまうかもしれない。マルナが逃げたことに気付いた軍人たちが、自分を捕らえに来るかもしれない。その焦りが、余計にマルナの心を乱した。
――その状況が、あまりにも似ていたからだろうか。
いつか見た光景が、その時の感情が、不意に、鮮明に、マルナの記憶の底から湧きあがってくる。
(……ああ、そうか。あの時あの子たちも、こんな気持ちだったのかな)
自分を置いて逃げた友人達。そこにどれほどの苦悩があったのか、マルナは理解していたつもりだった。でも、今初めて、本当の意味で、理解した。
一瞬でも彼女たちを怨んでしまったことに罪悪感を感じつつ、金縛りの解けたマルナは武器を拾い上げる。
あの時の友人達の選択は決して間違いではなかった。苦渋の末に出した答えは確かに最善だった。もし、誰か一人でもあの場に残っていれば、最悪死んでいたかもしれない。死傷者が出なかったのは、あくまでも残ったのがマルナ一人だったからだ。
(わたしが戻ることで、レオルグさんはかえって危険な目に遭うかもしれない……、なら、ここで考えなしに戻るより、助けを呼びに行った方がきっと――)
と、そこまで考えて、マルナはあることに思い至る。
それによって覚悟を決めた彼女は、今度こそ駆け出した。
*
「ふっ、無様だなアレクシード」
格納庫と似た、開けた広い空間。
軍内では第一収容庫と呼ばれているらしいその部屋に、部隊長の声が響く。
彼の視線の先には、兵士達に捕まり、両手両足を壁に固定されているレオルグの姿があった。
その身体は逃走の際と、捕まってからここに運ばれ拘束されるまでの間と、その後に受けた暴行によって、無数の痣と傷に塗れている。
それでもレオルグは、先と同じくギャラリーから自分を見下ろしている部隊長に笑って見せた。
「無様はテメェだろ。武器は全部あのチビが持って逃げた、こっちの勝ちだ」
自分の目でそれを確認した訳ではないが、今この場にその姿がないことから、上手く逃げ果せたのだろう。
部隊長は僅かに顔色を曇らせて、
「確かに、彼女を取り逃がしたのは不徳の致す所だ」
レオルグの言葉をあっさりと肯定。
だがすぐにまた、厭らしい笑みを浮かべる。
「まぁ彼女や武器の事はどうとでもなる。それよりも、私は君に心底同情するよ、あまりにも哀れでね」
「あぁ……?」
「君は彼女を逃がしたと思い込んでいるようだが、実際には、彼女が君を見捨てて逃げたのではないかね?」
部隊長は舞台上の役者さながら、大仰に語り始めた。
「君は彼女の為に死力を尽くして武器を取り返した。だがその彼女は、武器を取り返すや否やさっさとこの要塞を抜け出し、一人安全な場所まで逃げ果せた。先程君は自分達の勝ちだと言ったが、正確には彼女の一人勝ちではないのか? 君がこの一件で得た物が何かあったか? ――君はただ、彼女の望みの為の犠牲となったのだよ。これを哀れと言わずして何と言う!」
「…………」
「思えば君は昔からそういう奴だった。以前、村の連中がくだらん悪戯でうちの兵士に捕まりそうになっていた時も、一人囮を買って出ていたな。幼い少年が悪い大人達に恐喝されていた時も、たった一人でそれに立ち向かい少年を助けていた。素晴らしいことだ。いつぞやの村のヒーローを思い出すよ。……ああ、もしかすると、あの男の真似事か?」
周囲に居た何十人もの兵士たちが、部隊長の演説に笑い声を上げる。
レオルグはその嘲笑を、壁に張り付いたまま聞いていることしか出来ない。
「だが! 君が助けたその友人や少年が、君を助けることが一度でもあったか!? その恩を返すこともせず、性懲りも無く何度も何度も同じことを繰り返すばかりじゃあないか! 君が崇拝したあの男さえも、君を見捨ててこの村を出て行った! なんという悲劇だ! こんなにも報われない事があっていいのだろうか!?」
天を仰ぎ掌で顔を覆うその仕草は、一見、本当に彼の境遇に涙を流しているようにも見えるが、当然そんなことはない。
そこにあるのは、他者を蔑み嘲笑う、黒々とした人の心だけだ。
部隊長はそれを言葉にして、容赦なくレオルグに振りかけていく。
「……なのに何故、君は尚も他者を助けようとする? いつかその行いが君の幸せに繋がるとでも思っているのか? もうそんなことはやめたまえよ。君の信じている相手は皆、その良心に付け入り、君を利用しているだけだ。なにせ君は腕が立つ、その利用価値は計り知れないだろう。この村では、強さこそ全てだからな」
「…………」
「せめてその力、我々の下で活かしてはどうかね? くだらん英雄ごっこよりも遥かに君の為になる。まぁ、心優しい君が、村人を置いて一人軍に入る事を厭う気持ちもわかる。だが、君が今まで彼らから受けた裏切りに比べれば、何ということもあるまい。誰が君を責められる? 君はもう十分過ぎる程に、己の人生を村人の為に犠牲にしてきた。いい加減、自分の幸せの為の選択をすべきだ」
この状況を愉しんでいるその心を除けば、部隊長の言っている事は、確かにレオルグに利するものだった。
だが、レオルグは、格納庫で似たようなやり取りをした時と変わらず、同じ答えを返す。
「願い下げだな」
「……そうか。君は本当に、実に哀れな男だよ」
部隊長は盛大な溜息を吐くと、兵士達に何やら指示を出した。
二人の兵士が部屋の奥に向かい、他の全員は、どういう訳か外へと消える。
「死ぬまでの間に、考えが変わることを祈るとしよう。――まぁ、そんな猶予があればの話しだが」
レオルグが磔になっている壁のちょうど向かい側、四十メートルほど先にある両開きの巨大な扉が、その両脇に居る兵士たちの操作で、ゆっくりと開いていく。
その兵士たちも、操作を終えると直ぐに外へと出て行った。そして部屋の中には、レオルグと部隊長の二人だけになる。
この状況にただならぬ悪寒を感じたレオルグは、何とか拘束を解こうとするが、壁に打ち付けられた立派な鉄枷はビクともしない。恐らく、戦士族専用なのだろう。
もがいている内にも対面の扉は開ききり、その中から現れたものに、レオルグは何故他の兵士達が居なくなったのかを理解した。
「ガァアアアアァァァアアアアアアアアッ!!」
出てくるなり咆哮を上げたそれは、八つ首の巨大な龍の姿をした魔獣だった。
一つの胴体を共有しているその首は、口から炎を吐きながら、それぞれ異なる動きをして迫ってくる。
「はっ……、悪趣味なペット飼いやがって……」
最早そんな負け惜しみしか言えず、レオルグは全身の力を抜いた。
それを見た部隊長はわざとらしく嘆いてみせたが、その声すらもう耳に入ってこない。
(くそ……、こんな終わりかよ……)
レオルグの胸中に溢れていたのは、絶望や恐怖よりも虚しさだった。何もかもを諦めて、レオルグは目を伏せる。
真っ暗になった視界に映るのは、遠く過ぎた日々の光景――
*
「こぉらバレッド! レオルグ! なんだいその怪我はっ!」
廃屋同然の狭い掘っ立て小屋に、少女の怒声が響き渡る。
部屋に居た年代も性別もまちまちな村人達は、そんな彼女と、彼女の前でバツが悪そうにしている二人の少年を見て苦笑した。
「いっつもいっつも、他所に行っちゃー怪我増やして帰ってきやがって! 土産ならもっと気の利いたもん持って来いってんだ!」
「土産だぁ? お前、あるもんは全部鍋に放り込んで水煮にするだけじゃねーかよ、貴重な食材を無駄にするような馬鹿に渡すもんはねーよ、なぁレオルグ」
「確かに」
「うるさいっ!」
二人の頭を、少女は手に持っていたフライパンで叩いた。小気味好い音が鳴って、少年たちは頭を押さえて蹲る。
「ばっかおめー、怪我人に暴力振るう奴があるか……!」
「アンタらがふざけたこと言うからだろ!」
「ふざけてねーよ事実だろ!」
「黙れっ!」
再び振り下ろされたフライパンは、赤髪の少年の脳天に見事にヒットした。
涙目で呻く彼を横目に見ながら、もう一人は怒り心頭の彼女を宥めるように、
「怪我増やしたのは謝るけど、悪いのは毎度毎度カツアゲだの何だのしてる奴らだろ? バレッドさんはいつだって、それを何とかしてるだけだ」
そう言った。その真っ直ぐな視線と言葉に、少女がうぅ、と口を窄める。
「そーだぞサラン、そのへんにしといてやれよ。立派なことじゃねーか」
「そうそう、他人を金蔓かゴミとしか見てねー連中しか居ねぇようなこの村で、そんなヒーローじみたことを続けられる馬鹿は、そいつらくらいのもんなんだからよ」
茶髪の少年を援護するように、周囲に居た大人達が口々に讃え出す。その口ぶりは、からかい半分でもあったが。
「別にアタシだって、やってる事を否定する訳じゃないよ。ただ、もっと自分を大事にしろって言ってるだけで……」
「はいはい。心配なら素直にそう言えよ、ただでさえ可愛くねーんだからよ」
「死ねッ!!」
少女の三度目の攻撃を、赤髪の少年は両手で受け止めた。真剣白刃取りのポーズだ。
「ったく、怒りっぽいゴリラが居ると、おちおち休んでも居られねーな。行こーぜレオルグ」
赤髪の少年はそう言って、少女の手からフライパンを奪い取って捨てると、茶髪の少年の手を引いて小屋を出て行く。
その背を、おたまやらコップやらお皿やら鍋やらが追ってきたが、二人には当たらず地面に散らばるだけだった。
最後に飛んで来た木箱だけはしっかりキャッチして、二人は近くの空き地まで退避する。
「ったく大袈裟だっつの。コレだって食料以上に貴重だってのに、ホイホイ渡しやがって」
木箱の中身は、布に包帯、それから、ガラス瓶に入った半透明の液体。
赤髪の少年はそれをもう一人に押し付けて、自らは空き地にある井戸へと向かう。
近くに水場のないこの村では、数少ない井戸から汲み上げるか、稀に降る雨を溜めて使うか、基本的にはそのどちらかしか水を得る手段は無い。
その限りある僅かな水を、ほんの少しだけバケツに汲んだ少年は、そこに布を浸して濡らし、それで茶髪の少年の傷口を拭っていく。
「俺よりアンタの傷の方が多い」
「俺は頑丈に出来てるからいーんだよ、それにお前の方が年下だろ」
「歳は関係ない!」
茶髪の少年は赤髪の少年から布をひったくって、自分がされたのと同じように相手の傷口を拭き始めた。ただし、先に比べてかなり乱暴だ。
「痛い痛い痛い! テメェやるならもっと丁寧にやれよ!」
その訴えは無視して、綺麗になった傷口に、今度は瓶入りの液体を塗っていく。村の外れに自生している多肉植物の切り口から出る粘液を集めたものだ。
まともな薬など存在しないこの村においては、そんなものでさえも、易々と手に入るものではなかった。今彼らが使っているものも、危険を冒して取ってきたものだ。
あの掘っ立て小屋に居る者の中で、その使用頻度が一番多いのが自分達であることを自覚している茶髪の少年は、表情を暗くする。
そもそもその植物を調達してきたのも二人なので、咎める者はそう居ないのだが。
「バレッドさん、サランさんの肩を持つ訳じゃないけど、こんなこといつまでも続けてたって意味無いんじゃないか? この村が犯罪に塗れてるのは今に始まったことじゃないだろ、俺達がいくら止めて回ったって、改善なんてするわけない」
「別に俺は、今すぐ改善して欲しいから止めてる訳じゃねーよ」
赤髪の少年は三枚目の布を取り出して、それを傷の深い箇所に当てると、その上から包帯を巻いていく。
「村の連中が今みてーになってんのは、全部この環境のせいだ。まぁ元から性根が腐ってる奴も中には居るだろーが。とにかく、環境さえ良くなりゃあ、皆それなりに真っ当な奴に戻る筈なんだ。でも、その前に堕ちるとこまで堕ちちまったら、戻るもんも戻れなくなる。どれだけ村の環境を良くしたって、住んでる奴らを救えねーんじゃ、意味ねぇだろ」
そう言って自分の手当てが終わると、今度は茶髪の少年にも同じように、包帯を巻き始めた。
「俺がこの村を変えた時、それを喜んでくれる奴は一人でも多い方がいい。俺が村の連中と喧嘩して回ってんのはその為だ。つーか、おめーはどうなんだよ?」
「え?」
「無駄じゃねーかって思ってんのに、俺と一緒になって暴れてんのはどういう理由だって聞いてんだよ」
聞かれた少年は、今始めてそれを考えるかのように、長い長い熟考の後、
「さぁ?」
首を捻って答えた。それなりに興味を示していた赤髪の少年は拍子抜け。
「さぁってお前……適当だな。んな考えなしで、ボロボロになってまでついて来んのはある意味すげーけどよ。俺がこの村でそれなりに腕が立つからとか、皆に注目されてるからだとか、思想に共感したからとか、何かねーのか?」
「別に。強くて存在感のある奴は他にもいるし、この村じゃ崇高な思想ほど信憑性の薄いものはないだろ。いくら善人ぶってても、その言葉にどれだけ説得力があっても、蓋を開けたらどれもこれも嘘ばっかりだ。俺はそんなもの信じてない」
「全否定かよ……、じゃあ、尚の事俺についてくる意味がわかんねーよ。今の理屈だと、俺のことも信用してねーって事だろ?」
「アンタのことは信じてる」
「なんっだそりゃ、言ってること滅茶苦茶じゃねーか」
赤髪の少年は笑いながら、役目を終えた道具達を木箱にしまっていく。
茶髪の少年は、巻かれたばかりの綺麗な包帯の結び目を確かめながら、
「俺は他人の言葉なんて信じない。代わりに、〝こいつは信じられる〟と感じた自分の直感は信じる。――俺は、あの日此処で馬鹿みてーに声張り上げて、通り過ぎてく村の連中相手に信じろとも協力しろとも言わず、ただただ自分の決意を語ってたアンタを初めて見た時にそう感じたんだ。だから……」
少年は立ち上がり、相手に手を差し伸べる。
「アンタがこの村を救うまで、ここの住民は、俺が一緒に護ってやるよ」
赤髪の少年は目を瞬かせて、軽く噴き出した。
それから、酷く嬉しそうに笑って、その手を掴む。
「生意気坊主め。なら、お前がボロボロになって死んじまう前に、なんとかしねーとな」
「馬鹿にするな。アンタこそ、俺に追い抜かれても泣くなよ」
「ほー? そりゃ一体いつの話だ? 俺が大往生して死んで更に数百年経った後か?」
茶髪の少年は、立ち上がったばかりの相手に右ストレートを放った。
不意を突かれた赤髪の少年は、横っ面にそれを受けてしまう。
「てっめぇ何しやがる!!」
「この調子じゃ今日明日には抜くかもな」
「その減らず口、二度と利けなくしてやろーか!?」
「おっ、なんだなんだ、また喧嘩か?」
「コラァーッ!! 何また怪我増やすようなことしてんだ!! 脳ミソ足りてねーのか!?」
騒がしくなり始めた空き地には自然と人が集まり、取っ組み合いを始める二人に乗じて喧嘩を始める者、それを囃し立てる者、咎める者や賭けに興じる者達の様々な声が混ざり合っていった。
何もかもが足りていない不自由なその村で、それでもその瞬間、村人達はとても満ち足りた顔をしていた。




