18.奪還
「んん……?」
リアが領主邸から飛び出して半刻。
一人寝室に置いていかれていたミーナは、無理矢理な睡眠から抜け出して、瞼を上げる。
「ああ、気がつかれましたか!」
薄暗い天井を見上げていたミーナの視界に、ブラハムの安堵とも落胆とも取れる顔が入り込む。
ミーナは全力で不快な顔をして、
「いい加減にしなさいよアンタら……」
ドスの効いた声で言った。
「ひっ!? な、なな何がですかな!?」
「このアタシに手ぇ出すとは良い度胸してるじゃない……、女子供だからってナメてんじゃないでしょうね……」
身を起こしたミーナは、そのままゆらりとブラハムの前に立つ。
長い髪がその顔を覆っている様は最早ホラーだ。
「こう見えて、結構腕には自信あんのよ……? あの領主ならいざ知らず、アンタ一人ならどうとでも……」
「おおお、落ち着いて! 気を静めて下さい!」
「謝罪が先でしょうがっ!?」
怒りの頂点に達したミーナの手刀が、ブラハムの脳天を捉える。
ブラハムは「ぶふぅっ!?」と情け無い声を上げてよろめき、床に膝をつく。
ミーナはそれを、仁王立ちで威圧的に見下ろした。
「で? なんでアタシ一人なワケ? あの芋女はどこ行ったのよ」
「は、はい? 芋女とは……?」
「髪の毛赤くて頭が緩そうなあの胸囲まな板娘のことよ!!」
当人がこの場に居ればかなりのショックを受けそうだが、今現在その人は領主邸を離れ遠く要塞へと向かっている真っ最中である為、誰に聞き咎められることもなくそれは流される。
ブラハムはわかりやすく視線を泳がせて、
「え、ええと……、彼女はですね……、その……」
「……ふん、どうせ領主を追いかけて行ったんでしょ、わかってるわよ」
はぁー、と長い溜息を吐いたミーナは、改めてベッドに腰を下ろした。
「お、追いかけないので?」
「もういいわよ、どうせアタシは要塞には乗り込めないもの。武器っ子はもうそろそろ要塞に辿り着いてる頃だろうし……」
なんとも無いといいけど、と、ミーナはその身を案じて拳を握り締めた。
「まったく、そもそもあの子もあの子だわ。武器一つにそこまで執着しなくても……」
「全く同意ですな。少しは我々の心労も省みて頂きたいもので――」
「アンタは黙ってなさい!!」
「はいぃっ!!」
逃げるようにその場から退散したブラハムに、ミーナはまたも溜息を零す。
やり場のない焦燥感に、ドアの次はベッドを破壊しようとしたが、
「夜分遅くに失礼いたします、ブラハム殿」
不意に、下から凛とした青年の声が聞こえたので、ミーナは振り上げていた拳を下ろした。
「誰だ貴様は? こんな夜更けに何と礼儀知らずな――」
「無礼は百も承知。だが、こちらにも色々と都合というものがあってな。貴殿に聞きたいことがある」
次いで、同じく威風堂々とした物言いの女性の声が聞こえた。
その声にハッとしたミーナは、吹き抜けからリビングへと飛び降りて、そのまま声のする玄関へ。
そして、ブラハムの背中越しに、並び立つ二人の姿を見た。
「アンタは……!」
*
「――あっ、みっけ! おーい、キサラギさーん!!」
夜のガルグラムの道、ではなく、正確には民家のトタン屋根の上を、下に居る住民のことなどお構い無しにガンガン踏み鳴らして飛び回っていたリアは、漸く見つけた探し人に向かって大声を張り上げた。
同じく屋根伝いに走っていた相手はリアを振り返って、スピードを緩める。やがてリアがその隣に辿り着くと、再び加速。
「……そんなに俺が信用ならないか?」
「え? 違いますよ~、あたしがじっとして居られなかっただけです!」
「落ち着きの無い娘だな……」
「よく言われます! あっ、それからもう一つありました!」
併走しながら、コロコロと表情を変えて喋るリアに、無表情のキサラギが続きを促す。
「なんだ?」
「マルナちゃんのことなんですけど、連れ戻すのはやめてあげて欲しいんです」
「……おかしな事を言うな。娘を連れ戻すために、お前も来たのではないのか?」
「あたしはマルナちゃんを助けに行くんです! マルナちゃん、大切にしてる武器を軍人さんに盗られちゃったんです。――あ、違うや、盗ったのは軍人さんじゃないんだけど、とにかく今は軍人さんが持ってて、それを返してって言ったのに返してくれなくて、だからもういいってマルナちゃんは言ってたんだけど、でもやっぱり良くなくって……」
全く筋道が立っていない説明だが、聞き役に徹することの多いキサラギは、リアの言わんとしていることを理解した。
「話はわかった。だが、それでも要塞に乗り込むことに賛成は出来んな。得物を取り返せたとして、その後はどうするつもりだ? 勢いだけで突き進めば、身を滅ぼすぞ」
「それはマルナちゃんもわかってると思うんです。ううん、マルナちゃんが一番よくわかってるんです。あの優しいマルナちゃんが、あたし達に心配かけることも、家族に迷惑かけちゃうこともわかってて、それでも要塞に行ったのは、それだけマルナちゃんがあの武器を大事にしてるって事だと思うんです。あたしは、その気持ちを尊重してあげたい」
「…………つくづくおかしな娘だな、お前は。人間相手にそこまで配慮する戦士族はそう居ないぞ」
「えーっと、それって褒めてます?」
「半々だ。――とにかく今は娘と合流するのが先だ、武器をどうするかはその後でいい」
「それはそうですね! じゃあシュパッと行っちゃいましょう! って言っても、元から全力疾走ですけど!」
「……やけに遅いな」
「嘘ぉ!?」
屋根の道が途切れたので、二人は一度道へ下りる。この騒がしさでさえ日常茶飯事なのだろうか、家から顔を覗かせる住民は一人も居なかった。
月の光と民家の灯り、それから要塞のスポットライトを頼りに、静かな夜の道を疾走していた二人は、
「今更なに寝ぼけたこと言ってンだテメェ!!」
民家の代わりに点々と現れ始めていた小さな工場群の中、一つの廃倉庫から聞こえてきた怒声に、僅かにスピードを落とした。
「え、なんだろ? 喧嘩?」
「今は気にするな、珍しい事でもない」
見向きもせずに走り続けるキサラギに、確かに今はマルナを優先すべきだと思ったリアは、再び速度を上げようとしたが、
「――え!?」
続けて聞こえてきた尋常ではない悲鳴に、思わず足を止めてしまった。
「キサラギさん、あれ喧嘩ですか!?」
「……何にせよ今は構うな、娘が同じような目に遭っている可能性もある」
「それは……っ、でもっ……!」
リアの声に被さるようにして、断続的に聞こえてくる悲鳴。
どうすべきか悩んでいたリアは、
「ごめんなさいキサラギさん! 先に行っててください!」
そう言うや否や、廃倉庫へ向けて走り出した。
キサラギもまた同じように悩んでから、リアの言葉には従わず、その後を追う。
勢いをそのままに廃倉庫の中へ飛び込んだリアは、そこに立つ男――軍服を身に纏った男と、狼と猪を合わせたかのような姿の魔獣に襲われている青年らの姿を見た。
「た、たたた助けてくれぇ!!」
「なっ――!?」
状況を理解するよりも早く、リアは魔獣の群れに向かって突っ込んでいく。武器を両手に構えて、魔獣が振り向くよりも早くその体を切り裂く。
橙色の血飛沫を浴びながら、更に一閃。工場に響く断末魔に表情を歪めながら、暴れ狂う魔獣にその刃を埋める。
下段に居た頃も、野生動物に対して狩猟的なことを行ってはいた。実技テストでも、多少は経験していた。とはいえ、その刃から伝わる生々しい感触に、心が痛まない訳ではない。
だが、手を止める訳にはいかなかった。襲われている青年たちも応戦してはいるが、不意を突かれたせいか、はたまた、あちこちに散らばっている酒瓶から推測するに本調子ではないのか、明らかに押し負けているからだ。
「やれやれ、これだから余所者は嫌だというんだ」
そんな阿鼻叫喚の中、不釣合いな落ち着いた声が、リアの耳に入った。
一人現状を傍観していた軍人だ。飾り気の無い簡素な剣――マルナの店の防犯カメラに映っていた剣で、魔獣を押し退けた青年の一人が、その男に向けて怒鳴る。
「テメェ、何の真似だこりゃぁ!!」
「それはこちらの台詞だ。貴様らに払った代金には、口止め料も入っていたというのに……、とんだ無駄金だ。まったく、貴様らの屑っぷりには辟易するな……」
「だからって、魔獣引き連れて殺しに来るようなゲスい野郎にゃ言われたかねぇよ!!」
「そもそも、先に裏切ったのはテメェらだろうが!! 何が〝絶対バレない〟だ、店にカメラとかいうもんが仕掛けられてんのも最初っから知ってたんだろ!? どこまで俺らをコケにすりゃ気が済むんだよテメェらは!!」
「……!!」
リアは驚き、徐々にその表情を怒りに変えていった。
手を止めたリアに襲い掛かろうとする魔獣を、キサラギが長剣で斬り伏せる。
「おい、余所見をするな」
「やっぱり、軍人さんたちが指示したんじゃん!! この人たちにマルナちゃんの店から武器を盗ませたんだ!!」
激昂するリアと違い、キサラギは尚も感情のない顔のまま答える。
「……だろうな。ここの住民は分を弁えている。村の中でならともかく、警備の厳しい中央区まで出向いて盗みを働くような事は本来しない連中だ。軍の連中に唆されでもしたのだろう」
「おっと、言ってくれるな領主殿。もし仮にそれが事実だったとしても、話に乗ったのは彼らの責任ではないかな? ――それにしても、下民の諍いに首を突っ込んで来るとは珍しい。いつもは高みの見物をしているだけで、我関せずを貫いているというのに」
「今宵は客人が居るのでな。こんな村にまでわざわざ足を運んできた若者を、あまり失望させたくはない。――まぁ、既に評価は地の底まで落ちてはいるだろうが」
キサラギは襲い掛かってくる魔獣を斬って捨てながら、感情の込もらない声で淡々と話す。軍人も、いっそこの状況は愉快だと言わんばかりに、余裕綽々とした態度を崩さない。
その周辺では、尚も怒号と悲鳴が渦巻いているというのに。
「くそったれ……! 俺達を何だと思ってやがる……!!」
「何と思っているかだと? ――決まっている、社会のゴミだ。何の利益も生まず、ただ資源を食いつぶすだけに過ぎない蛆虫どもめ。貴様らはこの軍用魔獣の餌になる程度にしか利用価値がないな。そんな貴様らに、端金といえども真っ当な報酬を払った我々を崇めて欲しいものだ。もっとも、こんな面倒な結果になるぐらいなら、二度と貴様らなど使わんがな」
「っざけんな……! ――ぐぁっ!?」
軍人に殴りかかろうとした青年は、横から飛び掛ってきた魔獣に噛み付かれて地面に倒れた。腕に牙を立てられ、悲鳴と血が溢れる。
リアはその魔獣に、あらん限りの力を込めて剣を振り下ろした。衝撃で牙が青年の腕から外れて、その下顎に膝蹴りを入れる。
横に凪いだ剣の柄がよろめいた魔獣の眉間を捉えて、対象は地面を滑って沈黙。
「痛ってぇ……、くそ、有難うな嬢ちゃん。……嬢ちゃん?」
リアは唇を噛みしめて俯いていた。体を震わせて、青年の言葉に小さく首を振る。
キサラギの働きのおかげで、魔獣は殆どが地面に転がっていた。同じだけ、傷を負った青年達も。そしてその上を、未だ残っている両陣営が駆け回り、互いを傷つけ合う。
リアはその間を縫って、軍人の前に立った。
「何か言いたいことがありそうだな、心優しいお嬢さん? 正義のヒーローごっこも良いが、あまりこちらの予定を狂わせられるのは迷惑だ。そういうお遊びは他所で――」
「ゴミじゃないよ」
喰い気味に話し始めたリアに、軍人は片眉を吊り上げる。
「謝ってよ。無理矢理戦わされた魔獣にも、傷つけられたお兄さんたちにも、大切な武器を盗まれたマルナちゃんにも」
「これはこれは、なんともわかりやすい温室育ちのお嬢さんだな!」
ゲラゲラと笑いながら、軍人は憚り無く答える。
「君のような夢見がちな小娘には理解出来んだろうな。この村はそんな綺麗ごとでは生きて行けんのだよ。実際にここで暮らしてみるといい、君もすぐに我々と同じ思考になれる」
「……なら、そんな風になる前にやっておく」
「? 何を――」
リアは武器を放り投げて、握った拳で全力の右ストレートを放った。
その力は軍人の男の左頬に集中し、相手を吹き飛ばす。
「あたしは知ってる! どれだけ理不尽な目に遭っても、辛くても悲しくても、周りに居る人を思いやれる人が居るってことくらい!!」
――だって、そんな人がずっと傍に居たんだから。
リアは今ここには居ない家族のことを思いながら叫んだ。
「自分が不幸だからって、誰かを傷つけて良いなんてこと無い!! そんな考え方、あたしは絶対に認めない!!」
「きっ、貴様……!! 軍人に手をあげる事がどういう事かわかって――」
「よく言った!!!!」
頬に青痣を作った男がリアに肉迫するよりも早く、廃倉庫に響き渡る大音量の賛辞と共に、ズバァン!! と謎の衝撃音が鳴った。
数拍置いて、倉庫入り口付近の錆びついた壁が、斜め横にズレて崩れる。
「……、…………は?」
「えぇ……?」
軍人もリアも、訳がわからず唖然とした。
壁の上半分が無くなったことで、随分と見通しの良くなった廃倉庫の中に、二人の人影が加わる。
一人は、眼鏡が似合う知的な印象の男性。スーツ姿で、短い紺色の髪を全て後ろに流している。
そして、その隣に立つ、手に抜き身の打刀を携えた女性は――
「らっ、ララ先輩!?」
リアの反応の通り、ララ・シルヴァリエその人だった。
ララは満足げにニッと笑みを浮かべて、それに応える。
「それでこそ私の後輩だ! だが、言った限りは己もかくあるべし! 心しておけ!」
「えっ、あ、はい……」
ぽかんとしているリアを差し置いて、ララは交戦中の魔獣と青年達の間にひらりと躍り出ると、刀の背と腹を反転させて、
「はぁぁぁぁぁああああっ!!」
円を描くようにして一閃。その剣圧のみで両陣営を吹き飛ばし、魔獣たちは倉庫の壁際へ、青年たちは開いた入り口側の壁から外へと追いやった。
「さぁ、これで気兼ねなく戦えるぞ! 血湧き肉踊る闘いに飢えた獣達よ、私が存分に相手をしてやる! どこからでもかかってこい!!」
まだ体制を立て直してすらいない魔獣に向かって一方的に告げると、ララは自ら魔獣の群れに突っ込んでいく。
片刃かつ細身の剣を目にも留まらぬ素早さで振り回し、縦横無尽に飛び回りながら次々に魔獣を殲滅していくその様に、リアは身震いした。
「ララせんぱい強い……ちょっとこわい……」
「ほんと、いつ見ても化け物じみてるわね……」
「あ、ミーナちゃん! 気がついたんだ?」
自分の隣にやって来たミーナを見上げて嬉しそうに笑うリアの頭を、ミーナが小突く。
「よくも置いてってくれたわね、この裏切り者」
「ごめんなさい」
「心がこもってない!」
こめかみを両側からグーで挟んでぐりぐりと捻るミーナの攻撃に、リアが情けない呻き声を上げる。
「い、いきなりやって来てなんなんだ貴様らは!!」
一方、蚊帳の外にされかけていた軍人の男が、それを阻止するかのように声を上げた。
それに答えたのは、ララと共にこの場にやって来ていたスーツ姿の男性。
「戦士族であるのならば、あちらの彼女の事はご存知でしょう? 私はトーマ・リオーネ、モルタリア中央政府法務省所属の検事です。先の中央区での窃盗事件についてお話に参りました」
〝検事〟〝先の事件〟というワードに、軍人は一瞬ギクリとしたが、直ぐに元の余裕を取り戻す。
「……ふん、成程。手間が省けて助かったな。その件なら、被害者から直接話を聞いた我々が先に動いていた。外に転がっているガキ共が犯人だ、煮るなり焼くなり好きにすればいい」
一方、助っ人の到着で安堵していたリアは、ハッとして話に割り込む。
「待って検事さん、この人たちは――!!」
だが、リアがそうするのを分かっていたとでも言う様に、トーマは頭を振った。
「その必要はありませんよ」
「……何だと?」
「彼らが実行犯であると言う事は、既にこちらも聞いています。何せ、総大将直々に、軍本部に出頭して来ましたからね。勿論、その証言がデタラメでないかどうかは、こちらでも調査させて頂きましたが」
「なっ……!?」
「え? え?」
「そして、その男と被害者であったマルク氏との間で論議がなされ、結果として、盗品を返還し賠償金を支払う、という条件で示談、という事になりました。――私は、その事を伝えに来ただけですよ」
トーマの言葉に、その場に居た皆が唖然とした。
抗議しようと痛む体を引き摺って戻ってきた青年も、目を丸くしている。
「……な、なんか良くわかんねーけど、助かった……のか……?」
「お兄さん達の総大将さんって誰なの?」
「いや……そんなの居ねぇけど……、あえて言うなら、あっちでのびてるオッサンがそうかもな……」
青年は、外で大の字になって転がっている、最年長と思しき仲間の男を見ながら言った。
「でも、あの人が賠償金賄えるような金持ってるとは思えねーよ。自首なんざするタマでもねぇしな」
「そうなんだ? じゃあ誰が……」
「……フン、成程な。だが、その肝心要の盗品は、現在我々の手元にある。そちらで勝手に話を進めてくれていたのは結構だが、我々はあの武器をこの男共から買ったのだ。貴様らに引き渡す義務は無い筈だが? まさか、こちらの了承も得ずに、強引に取り上げるつもりではあるまい?」
「ホンット、面の皮が厚いわね……!」
尚も話を自分達の望む方向へと持っていこうとする軍人に、ミーナが吐き捨てるように言う。
トーマは軍人とミーナの言葉に苦笑しながら、
「勿論、その様な蛮行はいたしませんよ。その必要もありません」
「……どういう意味だ?」
「その話は、貴方の上官の前で致しましょう。案内して頂けますね?」
「……いいだろう」
静かに睨み合う二人の傍に、全ての魔獣を片付け終えたララがやって来る。
「トーマ殿! 話は済みましたか?」
「ええ。それにしても、流石はシルヴァリエ家のご息女ですね。見事な腕前だ」
刃についた血を一振りで払い、刀身を鞘に収めたララは、トーマの賛辞に朗笑した。
「恐縮です。ところで、彼らはどうしましょう? 怪我人を放置して行く訳にもいきません」
命に別状のある者は居ないとはいえ、軽い手当てはしておいた方がいいだろう。
血を流し倒れてる男達を見て気遣わし気に言うララに、キサラギが名乗り出た。
「そちらが客人の安全を保障してくれるのなら、こちらで引き受ける。」
「キサラギ殿……、良いのですか?」
「今はご厚意に甘えさせて貰いましょう、我々はここで時間を取られる訳にはいきません。――では、参りましょうか」
トーマと連れ立って工場を出て行こうとしたララは、思い出したようにリアとミーナを振り返る。
「お前達は領主邸に戻っておいた方がいい、ブラハム殿が心配しているだろうからな。私はまだやる事が――」
「ま、待ってくださいララ先輩! その前に、早くマルナちゃんを止めないと……!」
「……マルナ嬢がどうした?」
「先に1人で武器取り返しに行っちゃったんです!」
リアの剣幕に、一瞬きょとん、としたララの表情が、すぐに強張る。
「何だと!?」
「そういう事なら急いだ方がいいぞ。我が軍は、不法に侵入した輩には容赦しない。――道草を食ったことを後悔せずに済むと良いな、お嬢さん?」
愉悦の笑みを浮かべる軍人に、言葉を投げかけられたリアは歯噛みした。
「成程。では、それなりに急ぎましょう。……それから、これは私事なのですが――」
そして、それを横目に見ていたトーマが、事務的な口調のまま話す。
「貴方がたが勤めるモルタリア王国軍には、私の友人も勤めていましてね。今回の件については気掛かりなところがあったようで、随分と調べ回ってくれていましたよ。〝実行犯とは別に、首謀者が居たのではないか〟と疑ってね」
「……!」
「当人達が示談で納得している以上、私はこの件にはもう口出し出来ませんが――、もしまた同じような事があれば、その時は、こんな手緩い幕引きにはさせたくないものです。国のためにと身を粉にして働く友人の、モルタリア王国軍人としての威信の為にも」
「くっ……」
今度は軍人が歯噛みする番だった。
忌々し気に睨みつけてくる軍人の視線を流しながら、トーマはリアに微笑みかける。
「では、行きましょうか。――大丈夫、悪いようにはなりません」
真実を知られることのないまま、この事件が終わってしまうことにやりきれなさを感じていたリアは、トーマが本当はどこまで知っているのかを理解して、ぱっと笑顔になった。
「はい!!」




