Reminiscence:マルナ
昔は、武器なんて大嫌いだった。
「おじいちゃん、わたし、やっぱりこのお店継ぎたくないよ……」
そんなわたしの扱いに、武器商人である祖父は困り果てていたと思う。
「マルナ、何度も言っとるが、この国で一定の水準に達する生活をする為には、儂ら人間はこの中央区で生きていくしかないんじゃ。帝国とは違うんじゃよ」
わたしの祖父は、帝国で名の知れた機械技師だったらしい。
この国で生まれ育ったわたしは、帝国のことなんて聞いた話でしか知らないけれど、祖父の話を聞いていると、どうして祖父は家族と決別してまで、わざわざこんな国に来てしまったんだろうと思うことも多々あった。
だって、この国は、あまりにも人間が生き辛過ぎる。
魔族や戦士族なんていう圧倒的な力を持った種族に虐げられるだけじゃない。国の仕組みそのものが、人間を虐めているようにさえ感じる。
「自分が幸せになるために、人殺しの商売をするの……?」
「なっ……、なんちゅうことを言うんじゃ! 儂がそうじゃと言うとるのか!?」
「だ、だって、武器なんて、それ以外に何に使うの? こんなものがあるから、傷つく人が出てくるのに……、こんなもの、無い方がいいのに……」
当時のわたしの目には、店に並ぶ商品も、それを作る祖父も、それを買っていく人々も、恐ろしいものにしか見えなかった。
祖父に関しては、厳しくても心根は優しいのだと知っていたから、まだ良かったけれど。
「いやぁ、ハーヴィ店の武器は本当に素晴らしいよ!」
なんて絶賛する客は、頭のおかしい殺人狂、としか思っていなかった。……今考えれば、それは酷い偏見だったけれど。
それでもわたしは、触ることすら躊躇う程には、武器も、それを好む人々のことも、嫌いで嫌いで仕方がなかった。
そんなわたしの意識を変えたのは、祖父の言葉でも、周囲の意見でもなかった。
ある日のこと。わたしは、いつも仲良くしてくれている人間の友人達と、中央区にある大きな公園に遊びに出掛けた。そしてそこで、魔獣に遭遇した。
その公園は、近くに魔獣の住み着く深い森がある。いつも魔獣除けの薬が撒かれているから、魔獣が公園の敷地内まで出てくることはない。筈だった。
その日は薬の効力がちょうど切れていたのか、わたしたちが知らずと奥まで入り込み過ぎていたのか、原因は何だったのかわからない。
とにかく、魔獣に遭遇したわたしたちは、一目散に逃げた。当然だ、わたしも友人達も、戦う力を持たない、ただの人間なのだから。
けれど、わたしは自他共に認めるほどに鈍臭いものだから。その時も、地面に伸びた蔦に足を取られて、転んでしまった。
そして、友人達は、そんなわたしを一度だけ振り返って――、そのまま、足を止めることなく去っていった。
今なら言える。あの子たちは何も悪くない。
わたしを助けようとすれば、自分の命まで危なくなる。別に、わたしのことがどうでも良かった、だとか、そんなことは無いのだろう。
でも、その時のわたしは、わたしの心の中は――、わたしを見棄てて逃げて行った友人達への怒りや悲しみに埋め尽くされていた。
絶望、という言葉が、その時の心境を表すのに一番ふさわしい気がする。わたしは、信じていた友人に裏切られた――そう感じていた。
あの時は、心の底から、友人達のことを恨んだし、軽蔑した。わたし達の友情はその程度だったのかって。
魔獣はあっという間にわたしに追い付いてきた。もう駄目だ、わたしはここで死ぬんだ――そう思ったとき、祖父から無理やり押し付けられた武器が、指先に触れた。
一度も使ったことのない、真っ新なその武器を、わたしは咄嗟に握った。
いきなり実戦で使える訳がないとか、そんなことを考えている余裕なんてなかった。ただ、死にたくないって、その一心で、無我夢中でそれを振り回したのを覚えてる。
そしてその結果、わたしは生き延びることが出来た。
血だらけになって地面に倒れている魔獣を見ながら、わたしは腰を抜かしていた。暫くして、友人達が、大人を引き連れて戻って来た。やっぱり、友人達はわたしを裏切ってなんていなかった――ということに思い至ったのは、随分と後の事で。
わたしは、魔獣の血で汚れてしまった武器を抱きしめて大泣きした。
周囲の人たちは、恐怖や安堵で泣いているのだろうと思ったようで、もう大丈夫だとしきりに声をかけてくれたけれど、わたしの涙の理由はそうじゃなかった。
ずっと大嫌いだった。誰かを傷つける為のものでしかないと、そう言ってその存在を否定し続けていたのに。武器はわたしを護ってくれた。
仲良しの友人じゃない、おじいちゃんでも、大人たちでもない。わたしを護ってくれたのは、見棄てずに一緒に戦ってくれたのは、唯一武器だけだった。
祖父にその事を言うと、「そりゃあ、ただ運が良かっただけじゃろう」と呆れられたけれど、わたしはそうは思わなかったし、今も思わない。
その日から、わたしは武器が大好きになった。
「おじいちゃん、わたし――、わたしも武器を作ってみたい!」
ようやく店を継ぐ気になってくれたかと、祖父は喜んでその技術を教えてくれた。わたしは一心不乱に、それを吸収していった。
でもそれは、ただ店を継いで、お金を稼ぐ為だけじゃない。
わたしが初めて扱った武器――あの時わたしを護ってくれた子は、今でもわたしの相棒として、傍に居てくれる。
同じように、誰かにとっての相棒を作りたいと思った。
信頼を裏切らない、どんな窮地に陥っても、ずっと傍で一緒に戦ってくれる。
命を預けることが出来る――そんな武器を。
あの時、わたしを救ってくれたこの子たちに出来る恩返しは、それしかないと思ったから。




