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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章①:ガルグラム編
48/88

17-② 通じるものがあるから

 *


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 全力で夜道を駆けていたマルナは、零れている民家の薄明りだけが照らしている道の真ん中で、一度足を止めた。振り返っても、領主邸は既に見えない。

 すっかり荒くなった呼吸を落ち着かせている時間さえも今は惜しいとばかりに、マルナは再び走り始める。目的地である要塞は、幾つものライトに照らされて、暗闇に浮かび上がっていた。


 ミーナやリアに言ったことは嘘ではない。あれも一つの本心だ。商品である以上、どの武器もやがては他の誰かの手に渡る。それはマルナにもわかっている。

 だが、こんなやり方で、無理やり引き離されることだけは嫌だった。それを認めてしまうことは、武器(こども)達を見棄てることのように思えて仕方がなかった。例え軍の人々が彼らを大切に扱ってくれるつもりだとしても、自分の手からちゃんとした形で引き渡したい。


「ストーップ! そこのお嬢さん、ちょーっといいかな~?」


「えっ……?」


 要塞だけを見つめて走っていたマルナは、不意に声をかけられて驚いた。ここまで道には人一人居なかったから、村人たちは夜に出歩かないのだろうと思っていたのだ。

 相手は二十歳前後に見える男だった。しかも、声をかけてきたその男だけではなく、数人がその後ろに控えている。


「な、なんですか……? あの、わたし、今急いでて……」


「まぁまぁ、そう言わずにさぁ。ちょっとお話くらい付き合ってくれてもいいでしょ?」


 これは、捕まれば確実に時間を取られる。

 マルナはそう判断して、取り合わずに立ち去ろうとしたが――


「っ!?」


 腕を引かれて、そのまま後ろに引き倒された。

 背中から地面に転がされたマルナは、自分の上にのしかかってくる男を信じられずに見つめる。


「無視するなんて酷いじゃん? ねぇ? 話そうって言ってるだけなのにさぁ~」


「えっ、え?」


「アッハハ、何が何だかサッパリ~って顔してる! ウケるわ~!」


「これだから都会のボンボンはよぉ~、こーんな遅くにピヨピヨ一人で歩き回ってりゃ、こーなるに決まってんだろ!」


 ギャハハハハ! と卑しい笑いを上げる男たち。マルナの背筋に悪寒が走った。

 馬乗りになっている男は、そんなマルナの細い両手首を掴んで、地面に縫いとめる。


「なぁ? 本当はこういう事されたかったんだよなぁ? じゃなきゃ、一人で夜に出歩いたりしないよなぁ」


「な、何を言ってるんですか……? は、離してください、わたし、早くあの子たちのところへ……」


「あーハイハイ、そういうプレイが好きなんだね~、わかってるよ大丈夫ダイジョーブ。お兄さん割と寛容だから、そういうのちゃんと汲んであげるタイプだから」


「ヒュー! 相変わらず紳士ィ~!」


「ご声援どーも~! 女の子に優しくするのは男のジョーシキだからね~!」


「女の子に優しい人は、いきなり地面に引き倒したりしないんじゃないですかぁ~?」


「いやいや、これくらい強引な男の方が、女は喜ぶっしょ?」


「あっは、そりゃ言えてるわ!」


 身の危険を感じたマルナは、なんとか男の下から這い出ようとしたが、押さえつけられた四肢はビクともしなかった。武器で応戦しようにも、折り畳み式のそれは背中のバッグにしまっている為、取り出しようがない。

 であれば、あとはもう一つしかなかった。


「――だっ、誰か! 助けてください!!」


 恥を忍んで、マルナは叫んだ。恐怖のせいで腹の底からの叫びは出なかったが、それでもこれだけ明かりの点いた民家が建ち並んでいれば、誰かの耳には留まる筈だ。

 口を押さえつけられるかと思ったが、どういう訳が男たちは、呆れたようにマルナを見下ろしているだけ。

 これ幸いとマルナは何度も助けを求めて叫んだ――が、


「あ、あれ……? なんで……?」


 誰一人、家の中から出てくる者は居なかった。

 それどころか、これだけ叫んでいるのに、顔を覗かせる者すら居ない。

 おかしい、聞こえていない筈はないのに。マルナが混乱していると、


「あー、随分本格的に演じ入ってるところ水差して悪いんだけどさ、流石にしつこいと近所迷惑だから、そろそろやめておいたら?」


 そう男に冷静に諭された。


「な……なんで……、なんで誰も出てこないんですか……?」


「いや、そりゃこんなことくらいでいちいち出てくる奴は居ないでしょー」


「都会は違うんじゃん? 騒ぎがあったら誰かが止めに入ってくれるし、何なら通報を受けた軍人さんが助けに来てくれるとかさぁ」


「あ~なるほど~。そりゃ申し訳ないね! ここガルグラムだからさ、そういうのやってないんだよね。まぁ、騒ぎを聞いて面白そうだと思った奴は寄って来るかもしれないけど」


 マルナはあまりにも自分の常識から外れた男の返答に、言葉を失う。


「あ、もしかして集客目的だった? じゃあもうちょっと待ってあげた方がいい?」


「いやいや、待って誰も来なかったらそれはそれで可哀そうじゃん」


「それもそっかー。じゃあ、そのへんはお応えしてあげられなくって悪いけどさ、その分俺が良い感じに下種野郎を演じてあげるから!」


 男はそう言って、マルナの服に手をかけると、ブラウスを左右に引っ張った。

ボタンが弾け飛び、露になった肌が外気に触れて、マルナはたがが外れたように喚きだす。


「嫌っ!! 嫌です!! やめてください!!」


「おーそれっぽいそれっぽい! そろそろ口塞いだ方がいい?」


「お願いしますから本当にもうやめて……!」


 恐怖と羞恥と悔しさが混ざり合って、マルナの瞳に涙が滲む。

 周囲に囃し立てられた男は、その口を塞ごうと手を伸ばして――


「ふぎゃうっ!?」


 あまりにも情けない仲間の声を聞いて、それを中断した。

 何だ何だとその場の全員が視線を向けると、心底呆れた顔をしたレオルグと目が合う。


「お前、レオルグか? 帰ってきてたのかよ。人がせっかく楽しんでんのに邪魔すんなよな~、相変わらず空気読めない奴で困るわ~」


「テメェも相変わらず周囲の迷惑を考えねぇバカだな。道のド真ん中で何やってんだよ」


「だからっていきなり殴るか? 普通」


 男は、鼻血を流して地面にのびている仲間を見て溜息を吐く。

 レオルグは、目を丸くして自分を見上げてくるマルナを一瞥して、


「ンなちんちくりんに興奮するとか正気かよ?」


 大層失礼なことを言った。


「お前は何もわかってないなぁ~、こういう奴ほど良かったりするんだよ!」


「心底興味がねぇ」


「あっそう。ならどっか行けよ」


「そのチビに用があんだよ」


 レオルグは男の方を向いたまま言った。男は片眉を吊り上げる。


「何だ、知り合いかよ? 後にしろよ後に」


「テメェが後にしろ」


「はぁ~、お前のそういう自己中心的なところマジで嫌いだわ~!」


 笑いながら男は立ち上がり、レオルグのすぐ傍まで歩み寄ると、


「失せろっつってんだよ!」


 一転して、怒気を孕んだ声でレオルグに殴りかかった。

 だがその拳が届くよりも早く、レオルグの裏拳がその顔面を捉える。


「ぐはぁっ!?」


 男は先の仲間同様、鼻から血を流して地面に倒れた。


「おいおい調子乗んなよテメェ!」


 続けてほかの男たちもレオルグに襲いかかったが、レオルグは器用にそれらを往なして、脳天に、裏顎に、股間に、容赦なく蹴りや拳を打ち込んでいく。


「……ったく、何年経っても変わらねぇな、本当によ」


 あっという間に全員を黙らせたレオルグは、どこか切なげに呟いた。

 そして、男の着ていた服を剝ぎ取って、マルナに放り投げる。


「何でこんなとこに居んだよ、チビ」


「レオルグさん……」


 マルナはぐっと歯を食いしばり、溢れる涙を腕で拭った。

 それから駄目になってしまった服を脱いで、レオルグに渡された服に腕を通そうとしたが、その服に纏わりついた匂いが男を連想させて、どうにも受け付けない。


「……ご、ごめんなさい、わたし、これ……この服は……」


「あぁ? いちいち贅沢言ってんじゃねーよ」


「……っ、すみ、すみません。あの、わたし、このままで大丈夫ですから……っ」


 そう言って、前が閉まらない自分のブラウスを着ようとするマルナに、レオルグは盛大な溜息を吐いた。

 そして徐に服を脱いで、マルナが拒絶した男の服を羽織ると、自分のシャツをマルナに投げ渡した。


「それでも嫌なら自分で見繕え」


「えっ……、あ、ありがとうございます……」


 意表を突かれたマルナは、躊躇いながらも素直に渡されたシャツに着替えた。

 明らかにサイズが合っておらず、かなり不格好ではあるが、はだけたブラウスのままよりは遥かにマシだ。


「あの、助けて下さったんですよね? ありが……」


「テメェが言ってた武器の件だが」


 言葉を被せて無理やり話を流したレオルグは、そのまま強引に続ける。


「ある場所はわかった。ただ、盗んだ奴らがその武器がどんなもんだったのかをハッキリ覚えていやがらねぇもんで、見つけようがねぇ。詳細を教えろ」


「あ、わたしも見つけて、今から取り戻しに行くつもりで……」


「…………」


 レオルグの眉間に皺が寄った。


「余計な詮索すんじゃねぇっつっただろ」


「でも、やっぱりわたしの子たちなんです、わたしの手で取り返します。レオルグさんがどんな理由でそれに協力してくれてるのかはわかりませんけど、これはわたしの問題で……」


「テメェだけの問題じゃねぇから言ってんだよ」


「……それは、犯人がガルグラムの方だからですか?」


 レオルグは答えなかった。けれど、マルナはそれを肯定と受け取って話を進める。


「わたし、あの子たちを盗んだのが誰なのかまでは、まだ知りませんけど……、レオルグさんのお知り合いなんですね?」


「…………」


「レオルグさんは、その人たちの罪を少しでも軽くする為に、あの子たちを取り返そうとしてくれてるんですね?」


「…………」


「でも、要塞に侵入なんてしたら、レオルグさんだって色々と責任を負うことになります。無関係のレオルグさんがそこまでしなくても……」


「アイツらが何でテメェの店の商品を盗んだか解るか?」


 漸く返って来たのはそんな質問だった。マルナは首を左右に振る。


「酒を何本か買える程度の金だ。たったそれだけ得るためにアイツらは法を犯した。テメェはそれを聞いてどう思う? 〝何て考えの浅いバカな奴らだ〟と思うだろ? 目先の欲に眩んで一生を棒に振る、考え無しの大馬鹿野郎だと思うだろ。――そりゃそうだ、テメェら中央区の奴にとっちゃー〝その程度の額〟だからな」


「…………」


「この村で生まれ育った俺らみてぇな奴はな、盗みでもやらねぇ限り、その程度の額さえ手に入らねーんだよ。――盗みを犯したアイツらは、別に考えが浅かった訳じゃねぇ。自分の人生の値打ちをきちんと理解してたから、盗んだんだ」


「…………」


「それがこの国の法律を作った奴らや、それを実直に守ってる奴らに通用しねぇ論なのはわかってる。それを何とか出来るなんざ、夢見がちなことを未だに信じてる訳でもねぇ。ただ、だからってンな理不尽な常識に屈するつもりもねぇ。俺らを理解しようともしねぇ奴らに、みすみす仲間を売り渡すなんざしたくねーんだよ。家族の居ねぇ俺たちにとっちゃ、この村に居る奴らがそれみてーなもんだからな」


 レオルグは道にのびている男たちを足で小突きながら、「まぁ救いようのねぇ馬鹿には違いねぇけどよ」と呆れ声で言った。


「テメェはただの被害者だ、俺らを恨んでいい。俺は勝手にそれに抵抗する。つーわけで、テメェに犯人を特定させるつもりはねぇ。テメェより先に軍から武器を掻っ攫って、あとはそれを交渉材料にテメェや店主を黙らせるだけだ。とっとと武器の詳細を教えろ。じゃねぇと、さっきのコイツらより酷い目に遭わせんぞ」


 一通り聞き終えたマルナは、睨みを効かせて見下ろしてくるレオルグに、小さく笑いを零した。


「レオルグさんって、優しいのか優しくないのか、よくわからないですね」


「……人の話聞いてんのかテメェ」


「お話はわかりました」


 マルナは立ち上がって、砂埃を払うと、レオルグの隣に並んだ。


「武器の詳細ですが、うちの商品は見た目に似ているものが多いんです。よほど見慣れている人じゃないと、判別出来ないと思います。なので、一緒に行きましょう」


「テメェが一緒だと意味ねぇんだよ」


「レオルグさんのさっきの作戦は良くないです、おじいちゃんがもっと怒っちゃいます。わたしも武器に酷いことをされると怒ります、絶対許しません。だから、別の方法にしませんか?」


「そう言って丸め込もうって腹かよ」


「適当なことを言ってレオルグさんを丸め込めるとは思ってないですよ」


 レオルグは訝しげにマルナを見た。マルナは先に要塞へ向けて歩き出す。


「勢いで飛び出してきちゃいましたけど、実はわたし、一人であの子たちを取り返せる自信はあまりないんです。だから、レオルグさんが手伝ってくれると、とても助かります。その結果あの子たちを無事に取り戻すことが出来たら、わたしはおじいちゃんにこう言います。――〝盗んだ人が自首してくれて、商品を取り戻してくれました〟」


「……はぁ?」


「おじいちゃんは、お店に損害が無ければそれで良いって考えの人なんです。ショーウインドーの弁償が残ってますけど、それはまぁ、わたしが立て替えておくことも出来ますから。軍の人たちの説得は、おじいちゃんがきっと上手くやってくれます」


「それでテメェに何のメリットがあんだよ。後々それをネタにして、俺らを良いように扱おうってか?」


「そうですね、〝二度とわたしの店の商品には手を出さないで下さい。じゃないと、私はおじいちゃんに本当のことを言います〟って脅しに使わせて貰おうかと」


「……それだけかよ?」


「って思いますよね。レオルグさん達にとっては〝その程度のこと〟ですもんね」


 それはついさっき、どこかで聞いた言い回しだった。レオルグは苦い顔で押し黙る。


「わたし、この村のやり方や考え方を受け入れることは出来そうにありません。でも、貴方の気持ちは、少しだけわかる気がするんです。周囲に理解されなくても、自分の大切なものを護ろうとする気持ちは」


 レオルグの居る位置から数メートルほど進んだ先で、マルナは振り返る。


「レオルグさんも同じように思ってくれるのなら、今だけでも、わたしを信じてくれませんか?」


 マルナはレオルグを真っ直ぐに見つめていた。

 レオルグは舌打ちを漏らして、相手との距離を詰める。そして、そのまま横を通り過ぎた。


「レオルグさん?」


「……とっとと行くぞ」


 レオルグは不愛想にそれだけ言って、足早に要塞へと向かう。

 マルナは目を瞬かせて、それから、


「――はいっ!」


 嬉しそうに微笑んで、小走りで相手に続いた。




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