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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章①:ガルグラム編
47/88

17.かつてこの村であったこと

 モルタリア王国が有する唯一の軍隊、モルタリア王国軍。

 彼らは文字通り国の軍事力として存在している事は勿論、帝国の後ろ盾のおかげで近隣諸国――主に隣国であるカナンベルクとの戦争を回避出来ている現状、その持て余された力を国内の治安維持に使われている為、警察というもう一つの役目も担っている。


 彼らの拠点はモルタリア一段目を囲っている円形の壁の中にあり、幾つかに区分けされた内部空間がそれぞれ詰所になっている。詰所毎に部隊が分けられており、各部隊がそれぞれ隣接する地区の治安維持を担当するというのが、現在のやり方だ。例えば、リア達が最初に一段目にやって来た際に通った場所は本部にあたり、勤め人は中央区の警備を務める。


 そして、ガルグラムを担当する部隊長は――現在、執務室でマルナ以下三名と対峙していた。


「突然の申し出にも関わらず、直接お話する時間を用意して下さったこと、感謝いたします」


 相手は中肉中背の戦士族ベラトールの男だった。マルナは自分よりも背の高い相手に深々と頭を垂れる。


「構わんよ。君の店の商品には散々世話になった、話ぐらい聞いてやるのが礼儀というものだ」


「……なんでちょっと上から目線なのよ」


 マルナに合わせてお辞儀していたミーナが、隣でそれに倣っているリアにだけ聞こえる声量で呟く。


「それで、用件は? 先に衛兵から掻い摘んで聞いているが、うちが用済みの武器を卸している事について、何か問題が?」


「いえ、その事自体は祖父も認可しております。ですが、一つ気になることが」


「気になること、とは?」


「先日、祖父の店に強盗が入りました。盗まれた武器は三つ、つい最近仕上がったばかりの新製品です。その一世代前の製品が、この地区の露店に出ていました。聞けばそれは、ここの詰所から仕入れたものだと」


「ああ、そのことは覚えている。先日、新しいものが手に入ったのでな、例によって旧いものは流させて貰った」


「その新しいものというのは――、うちの製品でしょうか?」


 マルナはあまりの緊張に、両手を強く握りしめていた。

 一方、相手は愉快そうに笑いを含めて喋る。


「なるほど。つまり君は、うちがその強盗犯だと疑っていると」


「そっ、それは、あの、その……」


「そうです!」


 萎縮するマルナに代わって、リアが声を上げた。


「ではハッキリ言わせて貰おう。――確かに我々は君の言う新製品を持っている」


「!!」


 場に緊張が走った。まさかそんなにアッサリと認められるとは思っていなかったマルナ達は、次に起こすべき行動を慎重に考え始めた。

 が、続く相手の言葉によって、それは無駄に終わる。


「だが、我々は窃盗などという下劣な行為には及んでいない」


「え……? ど、どういう事ですか?」


「そのままの意味だが? あの製品は、うちがとあるツテから金を払って仕入れたものだ。もっとも、先方がどういったルートでその製品を手に入れたかまでは、我々は認知していないがな」


「そ、それって……」


「んん? ってことは、この人たちは悪い人じゃないってこと?」


「そういう事だよお嬢さん。我々も身元の割れていない怪しい団体と取引をした訳じゃあない。正式に被害届を出してくれるなら、直ぐにでも奴らを検挙することは出来るが?」


「おおー! よかったねマルナちゃん! これで無事解決――」


「しないわよ」


 頭を小突かれて、勢いを殺されたリアがミーナを横目に見る。

 ミーナは険しい顔で部隊長を睨んでいた。


「犯人についてはそれでいいとして、アンタらその武器どうするつもりよ?」


「当然、所有権はこちらにあるのだから、このまま我々の方で使わせて頂く」


「えっ? 返してくれないの?」


「何故返さなければならない? 我々は金を支払ってあの武器を手に入れたのだぞ。悪しき窃盗団どもの手元にあったのならいざ知らず、事情を知らぬ第三者(我々)の手に渡った時点で、その所有権は移譲している。よって引き渡す義務は我々には無い」


「そ、そんな……」


「まぁ、同等の性能を持つ武器と交換、という事であれば、我々も考えなくはないが?」


 リアは心配になって、前にいるマルナの顔を覗き込んだ。

 案の定、マルナは顔面蒼白で固まってしまっている。


「さて、話が済んだのなら、お引き取り願おうか。我々は君たち学生と違って、暇ではないのでね」


 席を立った相手は、マルナ達に目もくれず部屋を出ていこうとするが、ミーナがその行く手を阻んで食い下がる。


「待ちなさいよ! アンタらがそれを盗品と知らなかったって証拠は!?」


「酷い言い草だな、我々が知っていて取引をしたとでも言いたげだ」


「そう言ってんのよ!」


「そちらこそ、何の証拠もなく言っているのではないか? あまり言葉が過ぎると名誉棄損で訴えさせて貰うぞ、マクシリア家のお嬢さん」


「!!」


 家名を言い当てられて怯んだミーナを、部隊長は鼻で嗤う。


「ガルグラムの治安の悪さは札付きだ。大事な客人に危害が加わらぬよう、こちらに情報が流れて来るのは当然のことだろう?」


「……っ、治安が悪いですって? 他人事みたいに言ってるけど、アンタらが仕事してないからそうなってんでしょ?」


「耳に痛いな。確かに我々の力不足なのは認める。だが、だからこそ使える武器はいくらあっても足りんのだよ。君たちは、我々から善良な村民を守る力を奪おうというのか?」


 ミーナはまだ何か言い返そうとして――それ以上浮かばなかった。

 相手が勝ち誇った笑みを湛えて部屋を出ていくのを、三人は歯噛みして見送ることしか出来なかった。



 *



「ふっざけんじゃないわよ!!」


 バァン!! と枕が扉の内側にぶつかる音が、夜のガルグラム領主邸に響く。

 枕を投げたミーナは怒りに震え、手近なものを次々と扉にぶつけていく。


「なぁーにが〝所有権は我々にある〟よ! どの面下げて言ってんのよ!!」


「み、ミーナちゃん落ち着いて……」


「これが落ち着いていられるかっての!!」


 リアは何度目かの宥めの言葉を不意にされて、彼女の怒りを鎮めるのを放棄した。

 代わりに、今夜は領主邸に泊まっていくことになったマルナへと目を向ける。


「マルナちゃん、その、何て言ったらいいか……、力になれなくてごめん……」


 しおしおと項垂れるリアに、今にも泣きだしそうな顔をしていたマルナは、必死に取り繕った笑みで応える。


「リアさんのせいじゃありません! 居場所がわかっただけでも良かったです、本当に有難う御座います」


「でも、見つかったって戻ってこないんじゃあ……」


 マルナはぐっと唇を噛んで、溢れそうになる涙を堪える。

 リアの言う通りだ。寧ろ、居場所がわかるのに取り返せない今のほうが、ずっと苦しい。

 

 そんな二人のやり取りを聞いていたミーナは、より力を込めて、扉に怒りの投球をして――

 それを受けた扉から、バキッ! と嫌な音が鳴った。


「あっ」


 蝶番が外れて廊下側に傾いた扉は、ゴンッ、という謎の鈍い音を立てて、中途半端な傾斜で静止した。

 何だ何だとミーナが壊れた扉の方へ歩み寄ると、


「あのう、皆様、何があったかは存じませんが、あまり部屋のものを壊さないで頂けると……」


 という嘆願が聞こえてきた。

 ただの板になってしまった戸を退かすと、頭に大きなたんこぶを作ったブラハムが現れる。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとムシャクシャしたもんだから」


 ミーナのあまりにも軽い謝罪に、ブラハムは苦笑を返すしかない。


「あ、ブラハムさん。急に泊めていただく事になってすみません、有難うございます」


 うって変わって丁寧に謝辞を述べるマルナに、ブラハムは天使の姿を見た気がした。


「いえいえ、礼には及びません。かの有名なハーヴィのお嬢さんに、このような辺境の村へ来ていただけて光栄です。大したもてなしも出来ませんが、ごゆるりとお休み下さい。ところで……」


 そこで一度ブラハムは言葉を切って、部屋を見渡す。


「レオルグ・アレクシードは、まだ戻っては居ないようですね?」


「あ、ホントだ。すっかり忘れてた。どこ行ったんだろうね?」


「さぁね。でも、アイツなら別に何も心配要らないんじゃない?」


「ええ、まぁ、それはそうなのですが……、奴自身の心配というよりも、また何かしでかすのではないかと、正直気が気ではなくて……」


「〝また〟って? そういえば今朝も、そんな感じのこと言ってたよね?」


「ああ、どうかお気になさらず! お客人にお聞かせするような話ではありませんので……」


「……何かそこまで隠されると、逆に気になるんだけど」


「確かに、あたしも気になるなぁ~」


「え、えぇ……?」


 客二人にせがまれて、ブラハムは額から脂汗を流した。

 無下にする訳にもいかないので、渋々といった様子で話し始める。


「昔、ガルグラムのあまりの不景気に嫌気がさした村民たちが、改革を起こそうと息巻いていた時期がありまして……、それを扇動していたのは村で有名な悪ガキだったんですがね、こいつがまた厄介で……」


「へぇ、それがレオルグってわけ?」


「いえいえ、確かに奴も輪に加わってはおりましたが、あの頃はまだ幼かったものですからな、今ほどの脅威はありませんでした。別の男ですよ。まぁ結局は、その先導者が途中で村から居なくなって、革命の話は無かったことになったのですが……」


「途中で居なくなったの? なんで?」


「皆様と同じように、学院に入学したんですよ。その後、戻ってくることはありませんでした。まぁ、単純に夢から醒めたんでしょうな。革命などと叶いもしない空想にいつまでも浸っていることが、如何に馬鹿馬鹿しい事か気付いたのでしょう。いやはや、あのゴロツキを更生させるとは、ノブリージュ学院の教育は素晴らしいですな!」


「そうなんだ……、でも、何だか勿体ないなぁ。革命が起こってたら、この村はもっと良くなってたってことだよね?」


「まさか! 奴らの言う革命はロクなものじゃありませんでしたよ! 何せ〝自分たちが領主になる〟というのが目標だったんですからな! 何の学も無い世間知らずのバカどもが領主などになれば、この村は終わりですよ! 今は私が上手くやっているから何とかなっているものを……全く、無知蒙昧な奴が団結する事ほど、恐ろしいことはありませんな!」


 自画自賛を交えて話すブラハムに、これ以上続けると聞きたくもない自慢話が始まることを察したミーナは、そこで強制的に相手を撤退させた。


「あ、リーダーだった男の人の名前、聞きそびれちゃったね? 学院の人なら知ってる人だったかもしれないよ!」


「不良を束ねるボスなんておっかないもんに興味ないわよ。それよりも、アンタの武器のことだけど……」


 ブラハムの話の間、一言も発しなかったマルナに、ミーナが気遣わし気に声をかける。

 ベッドの淵に座って、呆然と窓の外を眺めていたマルナは、静まり返った部屋の様子にハッとして、視線をミーナ達へ移す。


「あっ、え? すみません、何か言いましたか……?」


「アンタの武器をどうするかって話! 相手がアレじゃあ、もう無理やり乗り込んで搔っ攫うしか……」


「……それは、そうしたいのは山々なんですけど……」


「やるならあたし手伝うよ!」


「いえ、もういいんです。これ以上、ご迷惑はかけられません」


「そんな! 迷惑なんかじゃないよ! ねっ、ミーナちゃん!」


 リアは自信満々に投げかけたが、ミーナは苦い顔をして口を結んでいる。


「リアさん、お気持ちは嬉しいんですけど、これ以上は本当に駄目です。部隊長さんと話していた時、あの人はミーナさんのことを〝マクシリア家のお嬢さん〟って呼んでいましたよね?」


「うん、それが何か問題あるの?」


「部隊長さんの言っていた通り、今あの子たちの所有権は軍にあります。それを知っていながらあの子たちを取り返しに行くとしたら、今度はわたしたちが窃盗犯になってしまいます。しかも相手は王国軍……、勝手にパレス要塞に侵入しただけでも、罪に問われるかもしれません。そうなるとミーナさんだけじゃない、ミーナさんのご家族にも迷惑がかかってしまいます。あの時ミーナさんの家名を出したのは、一種の牽制……彼女に対する脅し、みたいなものだったんだと思うんです」


「あ……」


 ミーナの複雑な心境を理解して、リアもまた閉口する。


「わたしはもう大丈夫ですから。あの子たちだって商品なんです、いつかは私の手元を離れていく……それが今日だっただけで」


「マルナちゃん……でも……」


「もうやめときなさい、本人が良いって言ってんだから。それに、何も出来ないアタシ達が、その決断を揺るがすのは無責任でしょ」


 そう言われては、何と返すことも出来ず、リアはすごすごと引き下がるしかなかった。





 その後。結局何をする事もなく、三人は眠りにつくことにした。

 マルナは明日の朝に列車で帰ることになっており、今はリアの隣にある寝台の上で寝息を立てている。

 一方、いまいち寝付けないリアは、両脇で眠るミーナとマルナを起こさぬよう、そっと寝台から這い出て、部屋を後にした。


(ミーナちゃんもマルナちゃんもああ言ってたけど……本当にこれでいいのかなぁ)


 確かに、出来ることはもう何もないのかもしれない。けれど、二人ともあの言葉が本心な筈はないのだ。きっと、自分以上に悔しい思いをしているのだろう。

 だが納得で出来ないからといって、家族を巻き込んでまで我を通すのも違うのだろう。


「うぅ~、こういう時って、どうしたらいいんだろ……」


「何がだ?」


「ひぁうっ!?」


 特に何処へという訳でもなく、ふらふらと誘われるかのようにリビングへ向かっていたリアは、突如暗がりからかけられた声に肩を跳ねさせた。


「びびびびっくりしたぁ~! えぇっと……そういえば、お名前聞いてませんでした!」


「キサラギだ。……わざわざ覚えて貰う必要もないが」


 声の主は領主のキサラギだった。

 キサラギは暗闇の中を器用に移動して、リビングの明かりを灯す。


「こんな真っ暗な中で何してたんですか?」


「ただの見張りだ。此処に乗り込んでくる輩は滅多に居ないが、今日はお前たちが居るから念の為にな。お前も、今は外には出てくれるなよ」


「あ、別に出るつもりじゃなかったんですけど……、ちょっと眠れなくて」


「…………」


 キサラギは何を言うでもなく、一人キッチンへと消えた。気になったリアは、カルガモのようにその後をついていく。


「何か作るんですか?」


「…………」


「お鍋? 牛乳と……それ何ですか? 木の実? とすり鉢?」


「…………」


「え、木の実そのまま焼いちゃうんですか? 皮ごと食べるんですか?」


「…………」


 リアの質問を無視して、キサラギは黙々と調理を進める。

 そうして完成したものを、コップに注いでリアに差し出した。


「……これ何てお料理ですか?」


「特に名前は無い。眠れない時に飲む薬のようなものだ」


「お薬……ってことは美味しくない……」


「味覚は人それぞれだと思うが、不味いと言う者は少ない」


 まぁせっかく作ってくれたんだし、とリアは茶色い液体の入ったコップに恐る恐る口付ける。

 かなり時間をかけて一口飲んだリアは、ぱっと顔を輝かせた。


「おいしい!!」


 一転してゴクゴクと豪快に飲み始めたリアに、キサラギが微笑する。

 あっという間に飲み干したリアは、牛乳入りの謎の飲み物で口髭が出来ていることにも気づかず、元気に礼を述べた。


「キサラギさんお料理上手なんですね!」


「これを料理と呼ぶのかどうかは知らんがな」


「料理ですよ! だってあたし、得意料理お湯ですから!」


「成程な」


キサラギはくつくつと笑いながら、テーブルに備え付けられているナフキンでリアの口を拭う。


「キサラギさんって良いお父さんって感じですね!」


「……生憎と妻子は居ないが」


「そうなんですか? じゃあ、ずっとここでブラハムさんと住んでるんですか?」


「ずっと、ではないが、もう随分と前からだ」


「ってことは、キサラギさんはブラハムさんのことが好きなんですね!」


 この場にミーナが居れば椅子ごとひっくり返っていただろう発言をしたリアに、キサラギは動じず答える。


「好きか嫌いかの話では無いな。人柄だけに限って言えば、あの男はあまり好かん」


「じゃあ何で一緒に居るんですか?」


「互いに得るものがあるからだ。俺はあの男より腕は立つが、外交家ではない。一方、あの男は力は無いが、このろくでもない村を背負って、他地区の領主相手に立ち回れるだけの技量がある。……村の者達は、納得していない様だがな」


「あ、それって、昔にあった革命のお話のことですか?」


「知っているのか」


「さっきブラハムさんに聞きました! そういえば、その時に皆を率いてたリーダーさんって、どんな人だったんですか?」


「……どんな人物かは、お前の方が良く知っているのではないか? 奴は今、学院で教官をしていると聞いたことがあるが」


「え、そうなんですか? 名前は?」


「バレッド・アルマイトだ」


 ――間。


 リアは目をぱちぱちと数回瞬かせてから、叫んだ。


「なるほどー! だからレオルグと仲良いんだか悪いんだかわかんない感じだったんだ!」


「……レオルグ・アレクシードは特にあの男を慕っていたからな、無理もない」


「慕って……、今の感じからはちょっと想像つかないなぁ……」


「レオルグ・アレクシードが今のようになったのは、バレッド・アルマイトが教官になるという噂を聞いた時からだ。奴は他の村民に比べて達観している分、バレッド・アルマイトに対する報復だ何だという話し合いには加わっていなかったが、それでも昔と同じように接することが出来ない程度には、奴から受けた影響が大きかったのだろう。かと言って、バレッド・アルマイトの選択が間違っていたとは思わないが」


「叶わない空想に浸るのをやめる、ってやつですか?」


「そうだ。俺もかつては、奴らと同じような野心を抱いていた。自分が頂点に立ってこの村を良くするのだとな。だが、実際に頂点に立って初めて、それがどれ程無謀な事であったかを思い知った。俺はただ力が強いというだけで、全て思い通りに出来るのだと思い込んでいた。実際、戦士族ベラトール区では力による優劣が与える影響は大きい。だが、それだけで村を良くすることなど出来はしない。バレッド・アルマイトは学院で自分がその器でないことに気付けたのだろう。実際に領主になるまで気付かなかった俺に比べれば、奴のしたことは英断だったと俺は思う」


「んんん、色々あるんですねぇ……」


「お前にはわからなくていい、七面倒な現実と向き合うのは大人の役目だ。――話が長くなったな。明日もやる事があるのだろう、もう寝ろ。次は上手く眠れる筈だ」


 キサラギは空になったコップを持って、再びキッチンへ消える。

 リアは言われた通り大人しく寝室に戻ろうとしたが、


「――あ、居た! ちょっと、アンタ何勝手に居なくなってんのよ! 吃驚させないでよ!」


 二階の廊下からそんな声が落ちてきたので、吹抜けとなっている場所からそちらを見上げる。そこには、髪を下した状態のミーナ。


「あれ、ミーナちゃん? 起きたの?」


「トイレよトイレ。あぁもう、起きたら二人揃って居なくなってるもんだから、アタシ一人置いて要塞に行ったのかと思ったじゃない……」


「……二人?」


 リアはきょとんとして聞き返した。ミーナも同じ反応を返す。


「あの武器娘もそこに居るんでしょ?」


「武器娘……ってマルナちゃん? 居ないよ?」


「はぁ? じゃあアンタ今誰と喋ってたのよ」


「領主さん」


「……何だ、呼んだか」


 リアに続いて、キサラギもミーナの視界に加わったが、瞬間、ミーナはリア達の視界から消えた。そして、直ぐに戻ってくる。


「――あのガキんちょは何処行ったのよ!?」


 先に状況を理解して動いたのはキサラギだった。階段を駆け上がり、開け放たれた寝室を見る。

 そこには、もぬけの殻となった寝台が三つ。両開きの大きな窓から入る夜風が、カーテンを揺らしているだけだった。

 キサラギは半開きになっている窓を全開にして、暗闇に包まれている外を見渡す。

 だが、そこに人影はなかった。


「……戦士族ベラトールならいざ知らず、ただの人間が二階の窓から抜け出すとはな。随分と度胸のある娘だ」


「言ってる場合じゃないでしょ!?」


「えっ、マルナちゃん居ないの?」


 遅れて部屋に入って来たリアも、漸くそのことを理解して、表情を曇らせる。

 更には、騒ぎを聞きつけてブラハムもやって来た。


「どうされましたかな? 何か問題が――」


「ちびっこが居なくなってんのよ!」


 無駄に肌触りの良さそうなナイトガウン姿で現れたブラハムに、ミーナが半ば八つ当たりのように吠える。

 その迫力に気圧された相手は、一拍置いて言葉の意味を理解する。


「――なんと!? こんな夜更けに何処へ……、いや、今は見つけるのが先……、だが……」


「とっ、とりあえず、あたし探してくる!」


「駄目だ」


 窓から飛び降りようと枠に足をかけたリアを、キサラギが制する。


「夜のガルグラムは魔獣のねぐらと同じだ。貴様のような余所者がうろついて居ては、直ぐに餌食になるぞ」


「でもっ、それってマルナちゃんも同じだよ!!」


「そうよ、アタシ達は戦士族ベラトールだからまだ良いけど、あの子人間なのよ!? どうせ一人で要塞に武器取り返しに行ったに決まってるんだから、すぐに追いかけて――」


「駄目だ、何度も言わせるな。お前たちはここで待っていろ」


「なんでよ!?」


「お、お客人方、お気持ちはわかりますが、ここは彼の言う通りにして下さい……、貴女方にまで何かあれば、私は、私は……」


 脂汗をだらだらと流しながら震えるブラハムに、ついにミーナの怒りが頂点に達した。


「こんな時まで自分の損得勘定ばっかりしてんじゃないわよ!! アンタも領主もホント最低ね!! もういいわ、アンタ達の許可なんて無くたって勝手に――」


 強引に振り切ろうとしたミーナの後ろ首に、キサラギが素早く手刀を叩き込む。

 息を詰めたミーナは、そのまま前のめりに倒れこんで、キサラギに抱き留められた。


「ミーナちゃん!!」


「気絶させただけだ。手荒な真似をしてすまない」


「おお、よくやった領主よ! ささ、リアお嬢さんも、どうか大人しく……」


「ブラハムさん……、でもあたし、マルナちゃんを放っておけないよ! ブラハムさんがあたし達を心配してくれてるのは嬉しいけど、マルナちゃんの事だって同じでしょ!? だったら助けに行かないと! マルナちゃんが一番危ないんだよ!?」


「そ、それは仰る通りなのですが、如何なる理由があれど、お客人を危険な目に晒すことを許可することは、私には出来ません……。どうかここは、我々に任せて頂けませんか? マルナお嬢さんは必ず、無事に連れ戻して参りますので……」


 そう言って、ブラハムはキサラギに目配せをした。

 キサラギはミーナを寝台に寝かせて、先のリアと同じように、窓枠に足をかける。


「娘は要塞に向かったんだな? 行き先がハッキリしているのであれば、見つけるのは容易い。心配するな」


「うん、でも……」


 リアが何か言うより早く、キサラギは窓から飛び降りた。領主邸の敷地内から出ると、あっという間に村の暗闇に紛れて見えなくなってしまう。


「奴に任せておけば間違いありません、どうか安心してお休み下さい。念の為に、要塞の方にも連絡を入れておきましょう」


 ブラハムはそう言って踵を返そうとしたが、リアがハッとしてその肩を掴む。


「待ってブラハムさん! それはしなくていいよ!」


「へ? で、ですが、より発見の確立を上げるには、軍の協力を仰いだ方が……」


「いいの! ブラハムさんはミーナちゃんを見ててあげて!」


 言うなり、リアは流れるようにして、窓枠に身を滑り込ませた。


「なっ!? リアお嬢さん、何を――!」


「あたしは絶対大丈夫だから! 心配しないで!」


「いけません! お戻りください!」


 窓から身を乗り出して叫んでくるブラハムに心中で謝りながらも、リアはキサラギの走っていった道を辿って、夜の村を駆けて行った。


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