16-② 三者三様に動き出す
「今頃、リアさんたちは実地訓練かぁ……」
昼下がりの中央通りの一角、客の入らないハーヴィ武器専門店の一室で、武器を弄っていたマルナは、一人呟いた。
店は未だ復旧途中で、割られたショーウィンドウもそのままだ。復旧するには費用も時間もかかる。
先のレオルグとのやり取りで一週間の自宅謹慎となってしまったマルナは、明るい窓の外へ呆然と目を向ける。
「アシュトロン、エクレイル、ヘイムニル……、今どこに居るの……?」
本当は、今すぐにでもここから出て、盗まれた我が子を探しに行きたかった。
だがこれ以上勝手なことをする訳にもいかず、成すすべもなく他の事をして気を紛らわせることしか出来ない。
マルナは自分の無力さを痛感して、拳を握り締めた。
そんな彼女の耳に、一階のカウンターに置かれた電話のベルが鳴る音が届く。
音は数回繰り返された後に止まった。祖父が受話器を取ったらしい。
暫くすると、階段を登ってくる音がして、部屋の戸が叩かれた。
「マルナ、お友達から電話だ」
お友達? 誰だろうと思いつつ、覇気のない返事をして部屋を出る。
重い足取りで階段を下りきって、受話器を持ち上げると、
『あっ、マルナちゃん?』
聞き覚えのある、明るい声が聞こえてきた。
「リアさんですか……?」
『あったりー! あのね、ちょっと今からガル……えぇっと』
『ガルグラムよ』
言い淀んだリアに答えるミーナの声が、少し遠くから聞こえた。
『それ! ガルグラムまで来て欲しいんだけど、来れる?』
「え、ガルグラムですか……?」
二人が一緒に居る事とその場所から、訓練中に電話をかけてきたのだろうことは理解したが、マルナは困惑した。
呼ばれた理由がわからないこともあるが、ガルグラムはあまり評判が良い場所ではなく、マルナのような人間が出入りするには危険が伴うからだ。
だが、その躊躇いは、続くリアの言葉で消える。
『盗まれたって言ってた武器に似てるやつを見つけたの!』
「――っほ、ホントですか!?」
『うん、でもね、あたしたちじゃ本当に同じものかわからないから、マルナちゃんに見て貰おうと思って。列車で来てくれたら駅まで迎えに行くから……』
「わかりました! すぐに行きますっ!」
一度部屋に戻って、雑然とした部屋の中から財布を探し当てる。
慌てて階段を下りようとしたせいで、踏み外して何段か転げ落ちてしまった。
「いっ!たたた~……!」
「マルナ? 何しとるんじゃ」
頭上から降ってきた祖父の声にぎくりとして、振り向くことも出来ないまま、逃げるように外へ飛び出す。
「ひゃっ!?」
「ぅおっ!?」
出るなり、マルナは顔面から誰かにぶつかった。
鼻を押さえて顔をあげると、不思議そうな顔をしたバレッドと目が合った。
「ば、バレッドさん? どうしたんですか?」
「いや、お前がどうしたよ? 俺はちょっとお前のじーさんに話が……」
「こらマルナ! どこへ行くんじゃ!」
後ろから飛んで来た声に、マルナはバレッドを押し退けて、再び駆け出した。
それを追いかけようとするマルクを、バレッドが捕まえる。
「邪魔をするな若造!」
「俺はアンタに用があって来たんだって!」
「後にせい後に!」
何だかよくわからないけど助かった――、マルナは遠ざかっていく二人のやり取りを聞きながら、駅へと向かった。
***
「――で、どうだって?」
受話器を置いたリアに、ミーナが問う。
リアは笑顔で答えた。
「来てくれるって! 電話貸してくれて有難う、領主さん!」
そして、ミーナの隣に居る男に告げる。
領主は「ああ」と短く答えた。
路上の武器屋で騒いでいた二人は、たまたま近くを通りかかったらしい領主の提案で、領主邸の電話を借りてマルナに連絡を取っていた。
突然帰ってきたと思ったら、一目散に電話へと向かったリア達に、当惑していたブラハムが漸く話しかける。
「何かトラブルでもありましたかな?」
「あ、えっと――、んぐっ!?」
「何でもないから気にしないで」
ミーナが素早くリアの口を塞ぎ、素っ気無く返答した。
ブラハムは不審がりながらも、それ以上は機嫌を損ねると判断したのか、大人しく引き下がる。
「何するのミーナちゃん」
「あのハムには言わなくていいわよ、変に大事にされそうでしょ」
「フッ」
不意に小さく笑い声が聞こえた。
リアとミーナが揃って領主の方を向くと、相手は何食わぬ顔でその場を離れる。
「アイツ今笑ったわね……、アイツも内心では同じこと思ってるのかしら」
「ねぇねぇ、なんでハムなの?」
「ハムっぽいでしょ。名前もブラ〝ハム〟だし丁度いいじゃない。――そんなことより、来てもらうなら先に駅で待ってなきゃいけないでしょ、行くわよ」
二人はメイド達に見送られて屋敷を出た。ミーナは「これじゃ訓練が進まないじゃない……」と一人ごちている。
リアはその隣で、きょろきょろと周囲を見渡しながら、
「そういえば、レオルグはまだ帰ってこないねぇ」
***
同刻。寂れた小さな工場倉庫の入り口に、レオルグは立っていた。
シャッターは下りているものの、一部が錆びて朽ちてしまっているせいで、本来の役割を果たしていない。大人一人が通れるその穴を潜って中に入れば、冷えた空気が全身を包んだ。光源は天窓から差し込む陽光のみで、大気中に舞っている埃がそれを反射して煌いている。
「おいおいおい、何勝手に人のシマに入って来てんだよ?」
倉庫内は不良の吹き溜まりになっているようで、ドラム缶や麻袋と一緒に床に寝転がっていた男の一人が、レオルグを見て言った。
レオルグは特に何の反応も示さず、その男に歩み寄る。
「そりゃ悪かったな」
「あぁ? ……なんでぇ、誰かと思えばレオルグじゃねぇか」
その名を聞いて、散らばっていた男たちがわらわらと集まってきた。
「久しぶりじゃねーか! なんだ、学院が嫌になって逃げ帰ってきたのか?」
「ンなワケあっかよ、学院と此処じゃー天国と地獄だぞ!」
「学院で無理なら此処は余計に無理だっつーの!」
ゲラゲラと笑う男達から漂う酒の匂いに、レオルグは顔をしかめた。
よく見れば、あちこちに空になった酒瓶が転がっている。
「盗ってきたのか?」
「バッキャロー、酒なんざ高価なモン、こんな大量においそれと盗めるわけねーだろ!」
「じゃあどうしたんだよ」
「買ったんだよ金で! どーだ、文句ねーだろ!」
例え買ったものだとしても、飲酒が許される年齢かどうかの問題があるのだが。
この村ではそれを咎める者は居ないし、レオルグもまたそのうちの一人だった。
今の彼が懸念しているのはそこではない。
「いつの間にンな金持ちになったんだよ」
「割のイイ仕事があったんだよ。――おっと、いくらテメーでも教えてやる気はねーぞ? そっちは学院で散々美味いモン食ってるだろ」
「割のイイ仕事? どうせロクなもんじゃねぇんだろ」
「ったりめーだろ。俺らみてーな最下層の戦士族に回ってくる仕事が、誇らしいもんであるわけがねぇよ。だがそれがどーした? どんな仕事だろーが、こうして酒が飲めるだけの大金が稼げるなら結構なことじゃねーか。それとも、学院で〝大切なのはお金よりも品位〟だとでも教えられたのかよ?」
男の物言いに、周囲の男達がドッと笑いを起こした。
だが、レオルグの表情はそれに反して険しくなる一方だ。
「……中央通りの武器屋には、防犯カメラっつー便利なモンが置いてるらしい」
「ぼうはんかめら? なんだそりゃ」
「動く写真みてーなもんだ。過去その場で起こったことを記録して、後で見れるようにする機械なんだとよ。例えば誰かが店のガラスを叩き割って盗みに入った場合、その記録が残る」
男達の顔色が変わった。倉庫内が徐々に静まり返る。
「詰めが甘かったな」
「……バレてんのか?」
「いや、俺以外に気付いてる奴は一人だけだ。まぁ、そいつが吹聴しねぇ保障はねーけどよ」
「冗談じゃねぇ! 俺達の仕業だと知れたら終わりじゃねーか!」
――っつーことは、やっぱりコイツらの仕業かよ。
疑念が確証に変わって、レオルグは舌打ちした。出来ることなら違っていて欲しいという期待を少なからず持っていたからだ。
「その反応じゃリスクは理解してるみてーだな。盗ったモンはどこへやった?」
「そっ、それは……」
「モノが無事なら後は俺がなんとかしてやる、とっとと吐け」
「なんとかって、身元が割れちまったらどうしようも――」
「いいから言えよ! 捕まりてぇのか!?」
レオルグの啖呵に、男達は顔を見合わせる。
やがて一人が口を開いた。
***
「……違いますね。うちの子ですけど、盗まれたのとは別の子です」
「ありゃあ……」
無事にガルグラムに到着し、リアとミーナに出迎えられたマルナは、件の武器を見てすぐにそう結論を出した。
「そら見たことか!! とんだ営業妨害だ、適当言いやがって!!」
「ごめんなさいすみません!」
怒り心頭の店主に、リアがぺこぺこと頭を下げる。
「ま、まぁ、同じハルバードですし、これは盗まれたヘイムニルの旧型ですから……、リアさんが見間違えてしまうのも仕方ないですよ。私が紛らわしいお話をしてしまったのが悪かったんです。お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした。お詫びと言っては何ですが、ここに居る子たちの整備をさせて貰えませんか?」
「整備ィ? 嬢ちゃんそっちの人か」
「マルナ・ハーヴィといいます。まだ免許は持ってないんですけど、祖父のお仕事の手伝いは幾つかさせて頂いてます」
「ハーヴィだって? そりゃあいい、是非頼む!」
店主は一変して上機嫌になり、店の商品をマルナの前に並べた。
マルナはリアが盗品と勘違いしたハルバードを手に取って、手際よく解体を始める。
「ほへー、マルナちゃんって有名人なんだねぇ」
「あの子がっていうより、あの子の家の商品が有名なのよ。ま、なんとか丸く収まってよかったわね」
「うん! ……でも、ちょっと残念だなぁ。せっかく見つかったと思ったのに……、早く見つけてあげたいんだけど……」
手を動かしながらリアのその言葉を聞いていたマルナは、悔しさと焦燥感に唇を噛んでいた。
だが、自分のその振る舞いが今回の騒ぎを引き起こしてしまったのだという自責から、これ以上リアに心配はかけまいと、努めて明るく振舞う。
「そ、それにしても、結構たくさん置いてらっしゃるんですね。どこから仕入れてらっしゃるんですか?」
「まぁ色々だな。金持ちはすぐ新しいもんに買い換えやがるからよ、都会で店構えてる奴から、売れ残った旧型を安く卸してもらったりしてな。あとはそのへんに捨てられてるやつをかき集めたり……」
「そうなんですか……。でも、そうやって廃棄される筈の子たちを、商品として大事にして下さってる方が居て嬉しいです。ここに居る子たちは優しい店主さんに巡りあえて良かったですね」
「へぇ、いいこと言うなぁ嬢ちゃん。大抵の奴はスクラップだのゴミだの言いやがるのに」
「ゴミなんかじゃありません!! この子たちはまだちゃんと動きますし、立派に働けます!!」
「あ、スイッチ入った」
マルナが熱く持論を語りだしたのを見て、リアが苦笑交じりに言った。
これは店主が困るかと思ったが、店主はマルナの話を熱心に聞いて、最後には、
「嬢ちゃん、アンタわかってるなぁ……!」
なにやらいたく感動した様子だった。どうやら波長が合ったらしい。
「そんだけ大事にしてるんじゃあ、盗まれてそりゃあ辛かっただろう」
「……はい。あの、うちの子たちはどこから卸して貰ってるんですか?」
「ハーヴィの武器はもっぱら軍から仕入れてるな。他所は安モンばっかりだ」
「軍から……?」
「なんだ、マズかったか?」
「いえ、確かに王国軍の方々にはよく買ってもらってますから、旧くなった子達をずっと抱えてるわけにもいかずに他所へ流す、っていうのはわかります。でも、この地区の駐屯所は最近資金繰りが苦しいからって、あまりご注文を頂いてないんですが……」
「んん? それが何かひっかかるの?」
「ちょっとは自分でも考えなさいよ。つまり、〝新しい武器が手に入ったワケでもないはずなのに、武器を他所へ流してる〟っていうことよ。不自然でしょ」
「あ、なるほど~。でも、別のお店から新しい武器を買ったってことはないの?」
「ハーヴィの武器より品質の高い武器なんて、この国にはないわよ。いくら旧型でも、他所の商品と比較したらその差は歴然。ブランドのついてない店の最新型とハーヴィの旧型なら、ハーヴィの旧型を使ってる方がいいわ」
「ってことは……?」
リアとミーナとマルナ、三人の視線を受けて、店主は自嘲的な笑みを浮かべた。
「――ま、ガルグラムの軍人なら、ありえなくはないかもな」




