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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章①:ガルグラム編
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16.絡み合う各々の事情

「ちょっと! 待ちなさいよ!」


 財布を奪って道を走り行く子供を、ミーナとリアが追いかける。

 子供は背丈の割りにはかなり足が速く、その上あちこち角を曲がったり路地裏を通ったりで、二人はなかなか追いつくことが出来ずにいた。


「すっごいねぇあの子」


「感心してる場合!?」


 ミーナは民家の横を通り過ぎる際に、木箱の上に置いてあった大きめの空き缶を手に取り、


「調子乗ってんじゃないわよ!」


 それを子供の後頭部に向かって投げた。

 真っ直ぐ飛んだ空き缶は見事狙いの場所に命中し、子供はその衝撃でつんのめって転がる。


 頭をさすっていた子供は、傍に来た二人に気付いてすぐ立ち上がろうとしたが、ミーナに襟首を掴まれるほうが早かった。


「ぅわっ!? なにすんだよ!」


「それはコッチの台詞よ! なに平然と人のモン盗ってんのよ!」


「お前らが見せびらかすからだろ!?」


「誰がいつ見せびらかしたのよ!?」


 子供は十三歳ほどだろう少年だった。髪は短く、色濃い赤みのある茶色。着ているものは、似たような色の丈の長い麻の服。顔や手足など露出している部分には無数の絆創膏が貼られている。


 ミーナに財布を奪い取られて、少年は牙を剥いて吠えた。


「なにすんだよ! 返せよ!」


「元々アタシたちのモンでしょうが! あんまりナメてると軍に突き出すわよ!? 窃盗だって立派な犯罪なんだからね!?」


「知るかよ! この村じゃこれがフツーなんだからな! 余所者がしゃしゃり出てくんな!」


「じゃあその余所者のモン盗んだりすんじゃないわよ! ――もういいわ、あとは軍人に相手してもらいましょ」


「ふざけんなよこのババァ!」


「誰がババァよ!?」


「ちょっと、人んの前でうるさいよ!」


 ミーナが怒り心頭のまま少年を要塞まで引き摺っていこうとした時、二人の傍にあった民家から、そんな怒声と共に住人らしき女性が出てきた。

 歳は二十ほどだろうか、女性もまた少年と同じような服装をしており、その姿を見た少年が喜色を顔に滲ませる。


「サランねーちゃん!」


「ねーちゃん? ってことは、アンタこの悪ガキの身内なわけ?」


 女性、サランはそう問いかけたミーナを見て、


「……そうだけど、アンタらその格好、ノブリージュ学院の生徒だね?」


 答えると同時に質問を打ち返した。その表情は、どういうわけか嫌悪に満ちている。


「だから何よ? そんなことより、アンタの弟がアタシ達の財布を盗んだのよ! アンタらの親はどういう教育してんのよ!?」


 ミーナの注意が自分から逸れた隙に、少年は素早くサランの背後に逃げ込んだ。

 それを見ながら、サランは涼しい顔で、


「残念、アタシが親代わりだよ。それに、ここじゃそれがフツーだ。金持ちの道楽か何か知らないけどね、嫌ならこんなトコまで来んじゃないよ」


 そう吐き捨てた。

 予想外の返しにミーナは一瞬ぽかんとして、それからじわじわと額に青筋を浮かべる。


「へぇ~? なるほどね? この姉にしてこの弟アリってヤツ? ――ふざけんじゃないわよ!!」


 ミーナは戸口にあった木製の長い机を蹴り飛ばした。

 上に載せられていた果物や、液体の入っていた瓶が地面に散乱する。


「ちょっとアンタ、何してくれんのさ!!」


「人のモン盗っといて悪びれもしないクセに、自分が嫌なことされたら怒んのね? 何様よアンタたち!」


「そっちこそ、いいトコのお嬢様だからって何もされないと思ってんじゃないだろうね? あんまりナメてると痛い目見せて――」


「ちょちょちょちょーっと! 二人ともストップ!!」


 一触即発の空気を感じ取って、蚊帳の外になりかけていたリアが慌てて割って入った。


「喧嘩はダメだよ! ミーナちゃんもお姉さんも落ち着いて……」


 リアはにこやかな笑顔で二人をなだめようとしたが、


「アンタは黙ってて!」


「アンタは黙ってな!」


 こんな時だけ息ピッタリの二人に揃って言われ、すぐに引き下がってしまう。

 その様子を見ていた少年は、哀れみの目を向けた。


「アンタ弱いなぁ」


「うぅ……、あの二人が強いんだよ~。 ――ねぇねぇ、なんとかして止めてくれないかな? 君もお姉さんが傷ついちゃうの嫌でしょ?」


「べっつにー、サランがあんな貧弱そうなヤツに負けるもんか!」


「確かにミーナちゃんって見た目は可愛らしいけど、あれでも一年生で二番目に強いんだよ? まぁでも一番強いレオルグがここの出身だし、あのお姉さんもそれくらい強いのかなぁ……」


 そうなると、学年のトップ2が今から本気の殴り合いを始めることと同義になる。

 その凄まじさを想像して身震いするリアに、少年は、


「レオルグ? 今レオルグって言ったか?」


 食い入りながらそう聞いた。


「うん、知ってるの?」


「知ってるさ! レオルグにーちゃんは村のヒーローなんだぞ!」


「ヒーロー? っていうか、〝にーちゃん〟って、じゃあ君ってレオルグの弟くんなの?」


「んー、弟っていうか……」


「この村でアタシの庇護下に居るヤツは、みんな家族だよ。レオルグは出て行っちまったけどね」


 いつの間にか、サランはリアのすぐ後ろに立っていた。

 リアが驚いて肩を跳ねさせるのを見て、ケラケラと笑う。


「タタンを誑かすのはやめてくれるかい? 人畜無害そうな顔して怖い女だね」


「た、たぶらかすって……」


「オレ、こんなガキみてーで弱ぇーヤツ好みじゃない」


 それはただの子供の軽口なのだが、〝ガキみたい〟〝好みじゃない〟のダブルアタックに、リアは悲しみに打ちひしがれた。

 サランは愉快そうに笑い、タタンと呼んだ少年の頭を乱雑に撫で回す。


「そーかいそーかい! それじゃ安心だね!」


「ちょっと! こっちの話がまだ終わってないんだけど!?」


「これ以上外で騒いでたら近所迷惑だよ、続きがやりたいんなら内でやりな」


 サランはそう言うと、顎で小屋の中を指して、タタンと共に先に中へ消えた。

 渋々といった様子のミーナと、ひとまず二人が殴り合いを始める心配が無くなったことにホッとするリアが、それに続く。


 小屋の中は狭く、窓がロクにないこと、更に僅かな窓から入ってくる外の光を、密集している家々が遮っているせいで薄暗かった。 昼間なのに無造作に天井に吊り下げられているランプが灯っており、それが部屋を橙色に照らしている。

 家具はあったとしても置くスペースがないのだろう、テーブルセットが一つと、硬そうな木製のベッドが一つだけ。床、というか土の地面には、毛布やボロボロのノート、食器などの細々としたものが置かれている。


「アンタら、レオルグの知り合いかい?」


 入り口で棒立ちになっている二人に、サランはテーブルを囲っている椅子に座るよう促しながら、そう切り出した。


「ただのクラスメイトよ」


「クラスメイトねぇ……。アイツ、学院じゃどんな風なのさ?」


「どうって、育ちの悪い不良生徒そのものよ。ま、こんな村で育ったんじゃあ、ああなって当然だわ」


「そうかい。アンタみたいなつまんない高飛車野郎にはなってないみたいで安心したよ」


「はぁ?」


「ま、まぁまぁ」


 再び開戦しそうな二人に、リアはなんとか流れを変えようと話題を探す。


「あ、そういえばさっきレオルグはヒーローだって言ってたけど、あれってどういうこと?」


「レオルグにーちゃんはな~、めちゃくちゃ強いんだぞ! それでな、弱い奴を護ってくれるんだ!」


「はぁ? 誰のことよソレ。アイツは弱い奴を虐める方でしょ」


「レオルグにーちゃんはそんなことしねーよ! いい加減なこと言うなよババァ!」


「だからそのババァってのやめなさいよ!」


 ミーナとタタンは同時に席を立った。

 二人が狭い部屋の中で追いかけっこを始めたのを他所に、サランは話を続ける。


「アイツが本当にそんなことやってんなら、そりゃ虐められてる側に何か問題があるんだろ。アイツは理由もなく弱いものを痛めつけるような、つまんない男じゃないよ」


「うーん……まぁ、あたしの時は確かに、あたしの態度もちょっと問題あったのかもしれないけど……、マルナちゃんに対してのあの態度はどうかなぁ……」


「大体、まだ一ヶ月かそこらしか一緒に居ないくせに、アイツのことわかったように語るんじゃないよ」


 面白く無さそうに言うサランに、リアは表情を和らげた。


「サランさんはレオルグが大好きなんだねぇ」


「そりゃあ、家族だからね。血は繋がってないけど」


「血が繋がってなくても、お互いが家族だと思ってるなら家族だよ! あたしにも居るもん、血の繋がってない家族」


「へぇ、そうかい。思ったよりはマトモな頭してるみたいだね」


「うん、だからね――」


「だからって財布を返す気はないよ。アンタらは生活に困ってるわけじゃないんだろ?」


「そーだそーだ!」


 確かに、この部屋や村の風景を見る限り、かなり生活に困窮しているようだ。

 リアはさして悩むこともせず、


「ミーナちゃん、お財布は諦めよう!」


 そう提案した。

 タタンを捕まえて絞め技を決めていたミーナは、


「……まぁ、そうね。そこまで入用な訳でもないし。でも、次やったら許さないわよ」


 渋い顔でリアの意見に同意し、タタンを解放した。


「やりぃ! チョロいなーおばさん」


「同情してやってんのよ。気に入らない相手に情けをかけられて、悔しくないの?」


「べっつにー? プライドで飯が食えるわけじゃねーもん、金の方が大事だろ」


「したたかね……。まぁいいわ、さっさと訓練に戻りましょ」


 ミーナは地図を片手に部屋を出て行った。リアもサランたちに会釈して、それに続く。


「さてと。そんじゃこの臨時収入を食いもんに変えてこようかね。アンタは散らかした部屋を片付けておきな」


「えぇ~!? 俺も市場行く方がいい!」


「ダメだ! アンタ無駄遣いするだろう」


 不満有り気な顔で、タタンは渋々ミーナとのやり取りで散らかった物を拾い上げる。


「……なぁ、アイツら学院の奴なら、バレッドにーちゃんのことも知ってんだよな」


 一方サランは、財布の中身を確かめていた手を止めた。


「だったら何だい?」


「別に、何ってわけでもねーけど……」


「じゃああんな奴の名前口にするんじゃないよ。それから――」


 取り出した紙幣を握りつぶして、吐き捨てる。


「アイツはもう〝にーちゃん〟じゃない」



***



「それにしても、やりにくい村ね」


 サランたちの小屋を出て数分。再び地図の示す道を歩いていたミーナは、また強盗の被害に遭わないようにと、神経を尖らせながら言った。

 その後ろを、全く緊張感のないリアがついていく。


「やりにくいって?」


「非常識な奴が多過ぎるってことよ。無法地帯だからってのもあるんでしょうけど、盗んでおいてあそこまで開き直ってる奴、初めて見たわ。ああいう連中が一番めんどくさいんだから……」


「でも、悪い人たちじゃあないと思うなぁ」


「だから何でそういう感想が出てくんのよ……、窃盗犯よ窃盗犯! もしかしてアンタの他人に対する評価って〝好き〟と〝嫌い〟しかないんじゃないの?」


「え、ミーナちゃんは他にもあるの?」


「普通はあるでしょ……、〝社会的にどうなの〟とか〝人としてどうなの〟とか」


「うーん……、あんまり考えたことないなぁ」


「……アンタってまともそうに見えてかなり変な奴よね。それより、寄り道した分取り戻さないと――」


「おっ、そこのお嬢ちゃんたち!」


 取り戻さないといけないのに。

 店先の男に呼び止められて、リアはまたもミーナの傍を離れた。


「ちょっと! 寄り道してる暇はないんだってば!」


「まぁまぁそうカリカリしなさんな、せっかくの美人が台無しだぞ?」


「おじさん、ここは何のお店?」


「見りゃわかるだろ? 武器屋だよ」


 店主は自慢げにショーケースの中に並べられた武器の説明を始める。

 が、武器には興味のないリアは、気のない返事をするだけだった。


「なんでぇ嬢ちゃん、学院生なのに武器に興味がねぇのか?」


「あたしはあんまり……ミーナちゃんは?」


「時間があれば見てもいいけどね。でも、どうせ中央通りの品質には適わないでしょ」


「言ってくれるなぁ。ところがどっこい、うちの店にはそのハーヴィ印の武器だってあるんだぞ?」


 言って、店主はテーブルクロスで隠された足元の箱から、いくつかの武器を取り出した。

 リアの目には他の武器と変わりなく見えたが、ミーナはその意匠と刻印に目を見張る。


「うそ、これ本物じゃない」


「あたぼうよ! 模造品とでも思ったか? ま、これの価値をちゃーんと知ってるのは、金持ちか学院性くれぇのもんだがな。今じゃ店には置いてないようなもんもあるぞ、記念に一丁どうだ?」


 これってそんなに凄いものなんだ。リアはまじまじとその武器を見ていたが、不意に、


「あぁーっ!?」


 と大声を上げて、店主とミーナを驚かせた。


「何よ!?」


「これ! マルナちゃんが見せてくれたやつに似てる!」


 リアは白銀に輝く柄の長い斧――ハルバードと呼ばれるタイプの武器――を指して言った。


「マルナちゃんの店から盗まれたやつだよ!」


 そしてその言葉で、ミーナが得心する。


「なるほどね。こんな辺境にハーヴィ店の商品があるなんておかしいと思ったわ。これ全部盗品ってワケ?」


 見下して言ったミーナに、店主はわなわなと震えて、


「ふざけるなっ!! 何が盗品だ、これはきちんと買い取ったものだ!!」


 激昂して反論した。


「買い取ったって誰からよ?」


「軍部だよ!! 不要になった武器を卸して貰ってんだ。疑うなら軍人か、ハーヴィの店員を連れてくりゃあいい!!」


「言ったわね? 本当に呼ぶわよ?」


「ああ呼べ!! 俺としてもハッキリさせとかなきゃ気が済まねぇ!!」


 男の怒りっぷりに、ミーナは訝しげにリアを見た。


「ちょっと、本当に盗品なの? 適当なこと言ってると訴えられるわよ」


「た、多分そうだったと思うんだけど……、なんか自信なくなってきたかも……」


「どちらにせよ、アタシたちだけで話してても埒があかないわ。とりあえずあの店員を呼びなさいよ」


「店員ってマルナちゃん? でも、呼ぶってどうやって?」


「どうって、普通に電話で――」


「そんな高価なモンはこの村にはねぇぞ」


 ミーナの言葉を遮って、男が苛立ちを隠さずに言った。

 

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