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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章①:ガルグラム編
44/88

15-② 荒地の領主

 乗客は駅に着くたびに減ってゆき、残る学生がリアとミーナ、レオルグの三人だけになった頃。

 長い列車の旅はようやく終わり、眠っていたリアがミーナに起こされて外に出る。


「ここがガルグラム? なんていうか……」


 村を見た感想を述べようとしたリアは、そこで言葉に詰まった。

 ホームから見下ろす先に広がっていた光景は、ろくに草木も生えていない土砂の道と、そこらじゅうに散らばるゴミと、錆びたトタンの壁と布の屋根で出来た家々ばかりだった。


「だから言ったでしょ、ロクなとこじゃないって」


「まぁそう言うなよ、住めば都って言うだろ?」


「住んでないから都には見えないわね」


 バレッドの言葉を一蹴して、早くも帰りたいとぼやき始めるミーナを、リアがまぁまぁ、となだめる。


「んじゃ、後は適当に頑張れよ~」


「え? バレッドさんは?」


「俺は他にも色々とやることがあんだよ、自分のことは自分でなんとかしろ」


 言うなりバレッドは列車の中に引っ込んでしまった。この駅が終点なので、リア達を運んできた列車はこれから再び中央区へ戻ることになる。


「ちょっと! 生徒だけこんなトコに残して、自分はさっさと帰ろうっての!?」


「他の班だって自分たちだけでやってんだ、お前らだけ優遇するわけにはいかねーだろ。ここまで見送りに来てやっただけでも有難く思え」


「そんなぁ! あたしたち今からここで何したらいいんですか?」


「詳細はミーナが知ってるだろ? お前はそいつの指示に従え。村で困ったことがあったらレオルグに頼れ。帰りはまた迎えに来てやっから。んじゃーな」


 汽笛を鳴らして、バレッドを乗せた列車は来た道を戻り始める。ミーナはバレッドを窓から引き摺り下ろしてやろうと腕を伸ばしたが、虚しくも空を掴んだだけだった。


「あぁもうっ! ホンットふざけんじゃないわよ!」


「あ、レオルグだ。おーい! どこ行くの? 行く場所知ってるの?」


 二人とは別に列車から降りていたレオルグは、リアの問いかけを無視して、村へ下りる階段へと消える。

 リアはミーナの腕を引っ張って、慌ててその後を追った。


「ちょっ、何よ引っ張らないでよ!」


「だって、レオルグが居たほうがいいでしょ? あたしこの村のこと何にも知らないし、道とかもわかんないし……、ミーナちゃんわかるの?」


「わ、わかんないけど……」


「じゃあ行こ!」


 リアとミーナが後ろをついてきていることに気付いたレオルグは、至極煩わしそうな顔で足を止めた。


「ついて来んじゃねぇ」


「じゃ、じゃあせめて、領主の家まで案内しなさいよ!」


 凄まれて若干怯みつつも、負けんと言い返すミーナに、レオルグは舌打ちして再び歩き始める。


「ちょっと聞いてんの!?」


「うっせーな、それが人にモノ頼む態度かよ」


「うっ……」


 劣勢になるミーナの横で、リアは顔の前で拝むように両手を合わせた。


「お願いしますレオルグ様!」


「テメェはちったぁプライドを持て」


「プライド?」


「……、本物のバカだな」


 拍子抜けしたレオルグは、領主の家までだからな、とだけ言った。

 どうやら案内してくれる気にはなったらしい。侮辱されてむくれていたリアがパッと笑顔になる。


「ありがと!」


「っていうか、そもそも一緒に行動するように言われてるんだから、勝手に一人でどっか行こうとしてるのがおかしいんだからね。アンタにとっては里帰りみたいな感覚かもしれないけど、これ学院の授業なのよ? 真面目にやんなさいよ」


「知るか。テメェみてーなクソ真面目なヤツもそんなに居ねーよ」


「ミーナちゃんって見た目は派手だけど結構しっかりしてるよね~」


「うるさいわね! アンタ達が不真面目すぎるだけでしょ!?」


 リアとしては真面目に褒めたつもりだったのだが、からかわれたと受け取ったミーナは怒ってそっぽを向いてしまった。

 ミーナのご機嫌が直るまでリアがあの手この手を試しているうちに、三人の前に他の家々とは明らかに違う、土壁で出来た立派な屋敷が現れる。


「ここが領主さんのお家?」


「ふぅん、領主の家にしてはみずぼらしいけど、流石に造りはまともみたいね」


 二人がまじまじと屋敷を観察している間に、レオルグは踵を返した。


「あれ、もう行くの? っていうかどこ行くの?」


「テメェらには関係ねぇよ。怪我したくねぇんなら、あの教官が迎えに来るまでその家ん中で大人しくしてろ」


 ミーナはもう諦めたのか、何も言わずにレオルグの背を見送って、屋敷の入り口の戸を叩く。


「すみません、ノブリージュ学院から実地訓練で来た者ですけど、どなたかいらっしゃいませんか?」


「おおっ、ちゃんとしてる!」


「……アンタねぇ」


「あ、ごめん」


 せっかく元に戻ったミーナの機嫌をリアがまた損ねそうになったところで、屋敷の中からロングメイド姿の女性が現れた。


「お待ちしておりました。さぁ、どうぞお入りください」


 メイドはにこやかな笑みを向けて、二人を招き入れる。

 屋敷の中はそれほど広くはなかったが、幾何学模様の描かれた絨毯や革張りのソファ、あちこちに置かれた観葉植物や、頭上で回っているシーリングファン等、外の有様と打って変わって、快適そうな居住空間だった。


 そしてメイドの案内で辿りついた部屋には、毛皮のコートを羽織った小太りの中年男性が待っていた。その斜め後ろには、黒のロングコートを纏った長身の男が控えている。

 この区に住んでいるということは、必然的に二人は戦士族ベラトールだということになるが、それは二人の髪色からも見て取れた。前者は赤い薄毛、後者は暗く短い茶髪だ。


 リアとミーナは、一体どちらが領主なのかと視線を彷徨わせたが、破顔して喋り始めたのは太い方だった。


「これはこれは! ノブリージュ学院のお嬢様方、遠路はるばるようこそおいで下さいました! 私は領主補佐のブラハムと申します!」


 その歓迎っぷりに、同じく顔を綻ばせて返事をしたのはリア。


「初めまして! あたしはリア・サテライトっていいます! よろしくお願いします!」


「おお! なんと気持ちの良いお嬢さんだ! 流石はノブリージュ学院の生徒さんだ!」


 会って数秒で打ち解けてしまったリアとは対照的に、ミーナは胡乱な目をしていた。


「アンタが補佐ってことは、領主はそっちの無愛想な男なの?」


 あれ? ミーナちゃん、さっきの優等生みたいな口調はやめたの? ――そんな疑問を抱いたリアは隣を見たが、ミーナの視線は男の方を向いているので気付かない。

 男はミーナの言葉に何の反応も示すことはなく、代わりにブラハムが答える。


「ええまぁ、そうなのですが、彼はこういった付き合いが苦手なもので……、僭越ながら、お話は私の方からさせていただきます。お嬢さんも、お名前を伺ってもよろしいですかな?」


「……ミーナ・マクシリアよ」


「なんと! マクシリアということは、カルネラを治める領主家のご息女ですかな? いやはや、このような場でお目にかかれるとは光栄ですなぁ!」


「そんなことより、訓練について話を聞きたいんだけど?」


「おお! そうでしたな、失礼いたしました。ではまず、私の方から簡単に説明させていただきますが――」


 ブラハムはへこへこしながら、訓練の内容について話し始める。

 学院が組んだ訓練の内容は、村の近辺に現れる魔獣の討伐を中心に、工場や店先での力仕事の手伝いや郵便配達など、雑用の詰め合わせといったところだった。


「何よ、訓練じゃなくてただの使いパシリじゃない」


「なんか訓練って感じしないね? これくらいなら出来そうかな~」


「頼もしいですな。ただまぁ私から一つ言わせていただきますと、訓練の内容とは別に、お二方には気をつけていただきたいことがありまして……」


 神妙な顔になったブラハムに、何を言われるのかと身構えた二人だったが、


「ここは見ての通り治安があまり良くはありませんので、くれぐれも、村の者達には必要以上に深く関わりませぬよう」


 それだけのことだったので、すぐに肩の力を抜いた。


「そんなの、言われなくてもわかってるわよ」


「ここに来るまで何もなかったし、そんなに警戒するほどのことでもないんじゃないですか?」


「であれば良いのですが……。まぁとにかく、この屋敷は安全ですので、日程が終了するまでは、出来るだけここに居ていただければ……」


「へぇ。領主だけあって、腕には自信があるってワケ?」


 ミーナは黙したままの男を見て言ったが、相手は最早我関せず、といった風に目を閉じていた。


「ええまぁ。礼儀や愛想には欠けておりますが、腕だけは確かですからな。……ところで、聞いていた話では、あともう一名いらっしゃるとのことだったのですが?」


「あぁ……、一応、来てるのは来てるんだけど……」


「一人で先にどこか行っちゃったんですよ~」


「一人でですか!? なんと危険な! すぐに探しに行かなければ!」


 慌てふためくブラハムを、ミーナが冷静になだめる。


「大丈夫なんじゃない? ソイツ、ココの出身みたいだから」


「おぉ? そうでしたか……、して名はなんと?」


「レオルグ・アレクシードよ」


 名を聞いた瞬間、ブラハムは驚愕の表情を浮かべた。

 その後ろの男も、目を開いて顔を上げる。


「そ、それは真ですか……?」


「何よ、なんか不都合でもあんの?」


「い、いえいえ、大したことではありませぬが……」


 どう見ても、大したことがありそうな反応なのだが。

 ミーナは更に問い詰めようとしたが、ブラハムが先に口を開いた。


「つかぬことをお聞きいたしますが、学院に〝バレッド〟という名の、戦士族ベラトールの男性教官は居られますかな?」


「居ますよー! バレッドさんもここの出身なんですよね?」


「ええまぁ……、それで、その男とレオルグ・アレクシードは、学院ではどのような接し方を?」


「どのようなって……、別に、そこまでアイツらと親しいわけじゃないし」


「だねぇ。でも、あんまり仲良しって雰囲気じゃあない……かな?」


 それを聞いて、一転ブラハムは表情を明るくする。


「そうですか! それなら何の問題もないでしょう! いやぁ良かった!」


「はぁ? ちょっと、全然話が見えないんだけど」


「ああいえ、過去にちょっとしたいざこざがありましてね。まぁこの村では日常茶飯事なので、取るに足らぬ些事ではありますが……、いやはや、つまらぬことをお聞きいたしました。ささ、どうぞこちらへ! お部屋へご案内いたしましょう!」


 いざこざがあった、その経歴からレオルグがまた村で騒ぎを起こすことを危惧しているのかと二人は思ったが、それならばバレッドと仲が悪いという話を聞いて喜ぶのはおかしい。

 二人は腑に落ちないまま、通された客室のベッドに腰を下ろした。


「何か困ったことがあれば、なんなりとお申し付けください。訓練に関しては、生徒の自主性に任せるようにと学院から仰せつかっておりますので、あまりお力にはなれぬやもしれませぬが……」


「いいわよ別に、その方がこっちも楽だわ」


「お心遣い感謝いたします。それでは、どうぞごゆるりと」


 ミーナのその言葉は、心遣いでも何でもなく、ただの本音だったのだが。

 ブラハム達が部屋から居なくなると、ミーナは深い溜息を吐いた。


「領主さんとはお話できなかったけど、あの補佐のおじさんはいい人でよかったねぇ」


「……アンタって人の表面しか見ないの? ほんっとバカね……どこがイイ人なのよ……」


「え? だって、すっごい歓迎してくれたし、丁寧に接してくれたし、こうして泊まらせてくれてるし……、どこがダメなの?」


「全部よ! まずあの身なりとこの屋敷がもうダメでしょ。外から見た時は村に似合いだと思ったけど、とんでもなかったわね」


「……あ、わかった! センスが悪いとか?」


 言うなりミーナにジト目で見られて、わりと本気だったリアは首を傾げる。


「じゃあこの部屋にもある観葉植物だけど、これってどうやって手に入れたと思う?」


「どうやってって……、そのへんから拾ってきたとか?」


「アンタちゃんと目ぇ開けて歩いてた? こんな立派な植物がどこに生えてんのよ。雑草すらロクに見なかったわよ」


「あ、そっか。じゃあ貰い物?」


「だといいけどね。まぁ仮にそうだとして、アンタがもし領主の立場だったらどうする? 外には日々の生活も満足に送れてなさそうな奴らがウジャウジャ居るわけだけど、ソイツらを締め出して、見て見ぬフリして、一人この屋敷でこんな風に優雅に暮らす?」


「あ……」


 リアはミーナの言わんとしていることを理解して、言葉を失った。

 ミーナは嫌悪を顔に出しながら続ける。


「特にあのブラハムとかいう男、補佐とか言ってるけど、見た感じもうあっちが領主みたいなもんじゃない。人間でもないのに、何をどれだけ食べたらあんな豚みたいになれるのか知らないけど、少なくともそれだけの食料やこの意味のないインテリアを全部村の運営に充ててれば、外の景色ももうちょっとマシになってたでしょうね」


「そ、そっか……、じゃあ悪い人なのかな?」


「少なくとも善人じゃあないでしょ。アタシ達へのあの態度は、単に学院の生徒だからよ。きっとこうやって訓練に協力する見返りに、イイモノでも貰ったんでしょうね。問題なく訓練が終われば、また来年も良い思いができるだろうから、その為に手を尽くしてるだけってこと。 ――まったく、フルネームで名乗るんじゃなかったわ……他領主の娘だからって、目に見えてゴマ擂ってくるんだから……」


 おぞましい、とでも言いたげなミーナの説明を、リアは悲しげな表情で聞いていた。


「いい人だと思ったんだけどなぁ……」


「アンタって悪徳商人とかにカモにされるタイプよね、気をつけなさいよ。 ――さてと、それじゃさっさと訓練始めましょ」


「うん……」


「ああもう、シャキっとしなさいよ! 別にアンタが落ち込む必要ないでしょ!? そんなにあの男が気に入ってたの!?」


「うーん、なんていうか……、優しくしてくれてたの、そういう理由だったんだなぁって思ったら、なんだか悲しくて……」


「あのね、そもそも何の裏も下心も無く、初対面の相手にあんなに優しくする奴なんて、滅多に居ないんだからね? アンタはもうちょっと人を疑うってことを知りなさい」


「んー……」


 すっかり元気を無くしてしまったリアは、ミーナに腕を引かれて屋敷を出る。

 日中は屋敷への出入りは自由にしていいとのことだったが、帰りはなるべく早くするようにと、見送りのメイドに告げられた。


「夜は殊更物騒ですからね。お嬢様方に何かあっては、学院の皆様やご家族の方々に申し訳が立ちません。どうかお気をつけて」


 メイドは村の地図を手渡し、二人に頭を垂れる。ミーナはそれを広げて、訓練場所として指定された店や工場、それから魔獣が出没するエリアの位置関係を大まかに把握する。


「一箇所に集まってくれてればいいのに、見事に分散してるわね……。これなら最初は郵便配達で決まりかしら」


「なんで?」


「場所を移動するついでに済ませられるでしょ」


「ああ! なるほど~。 ――って、そういえば、レオルグは一緒じゃなくていいの?」


「良くないけど、どこに居るかもわからないし、連絡も取りようがないし、探してる時間もないし……、あたしたちだけでやるしかないでしょ。アイツに合わせて内申点落とすのはゴメンだわ」


「そっかぁ~。……ん? 何かいいニオイがする!」


 リアはそう言って、ミーナが選んだ目的地までの最短ルートを外れて、横道に入っていく。

 ミーナが呆れつつ追いかけると、リアは一軒の屋台の前で、棒に刺さって回転している巨大な肉の塊に目を輝かせていた。


「美味しそう~! おじさん、これって何のお肉!?」


「猪だよ! 他所じゃあんま食べないみたいだけど、ココじゃ馴染みの肉でね。味には自信あるよ! お嬢ちゃん、手持ちがあるなら一つどうだい?」


「ねぇミーナちゃん! これ食べようよ! 確かお金貰ってたよね!?」


 リアが言っているのは、今回の訓練で現地に滞在する間、移動や食事代などの必要経費として、学院から支給されたもののことだ。ミーナは渋々、懐からがま口を取り出す。


「いいけど、ちゃんと考えて使いなさいよ? じゃなきゃ、本当に必要な時に困るわよ」


「はーい!」


 すっかり元気になったらしいリアに、ミーナは苦笑しつつそれを手渡そうとしたが、


「――あっ!?」


 ちょうどリアの指先にそれが触れた瞬間、どこからか現れた子供が、二人の間を風のようなスピードで駆け抜けた。

 子供はそのまま走り去り、リア達がもともと通っていた道に出て、そこを右に曲がる。


 あまりにも一瞬の出来事で、何が起こったのかわからず呆然とする二人だったが、


「あちゃあ、災難だったなぁ。まぁ、この村でそんな無防備に金をチラつかせちゃあ、スラれて当然なんだが……」


 そんな店主の言葉で我に返って、慌てて子供を追いかけ始めた。


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