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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章①:ガルグラム編
43/88

15.荒廃の村ガルグラム

「わぁーっ! すっごい!」


 実地訓練初日。数名の教官に先導されてリア達一年生徒がやって来たのは、パレス要塞の上にある駅のホームだった。

 そこはちょうどリア達が一段目にやってきた際に通った場所の真上。登ってくるための階段は要塞の外にあるため、一般人でも自由に出入りすることが出来る。


 ホームとはいえ在るのは必要最低限の設備や簡易的な売店のみで、それ以外はただ城壁の上に登っただけにしか感じられない簡素な空間だ。レールや列車さえなければ、ここが駅舎だとは誰も思わないだろう。天井やひさしもなく、頭上からは遮られることのない陽の光がさんさんと降り注ぎ、ホーム全体を照らしていた。

 モルタリア国内をほぼ一望できるその場所からの眺めに、リアははしゃぎ回る。


「あんなに遠くまで家がある! この国ってこんなに広かったんだねぇ~。ねぇねぇミーナちゃん、今から行くのってどのあたり?」


「ガルグラムはここから一番遠いから、流石に見えないわよ。それに、見てもガッカリするだけだと思うわよ」


「そうなんだ? あ、ねぇねぇ、アレってなに?」


 リアが指差したのは、屋根のない円形の巨大な建造物だった。

 中央がぽっかり開いていて、広い更地を囲うように建っており、その様相は今自分達が立っている場所、国を囲うパレス要塞に似ている。


「あれはアーディバルドの闘技場よ」


「闘技場って?」


「強い奴らが戦うためだけの場所ってこと。戦士族ベラトール区の各市町村の領主とか、それ全体を束ねる長を決める時なんかに使われてるわね」


「領主さんとかって戦って決めるんだ? 魔族マグス区は代々やる人が決まってるってラクアに聞いたけど……」


魔族マグス区は血統を重んじる風習がありますのよ。〝人々の上に立つ者は、生まれついて選ばれし存在であり、凡人には代えられない〟ということらしいですわ」


 その一人であるらしいロザリアの説明を、ミーナは鼻で笑った。


「なぁにが〝選ばれし存在〟よ? ずーっと前の祖先が王様にゴマってエコヒイキしてもらっただけでしょ? アンタはたまたまその子孫ってだけで、別に凄くもなんともないじゃない」


「偉大なる王に多大に貢献したその功績を、ゴマを擂ったなどと言われるのは心外ですわね。それに、わたくしたち子孫が受け継いでいるのは、何もこの身に流れる血だけではありませんのよ? ただ暴力で相手を捻じ伏せただけで、人々の上に立てたつもりになれる知能の低いお猿さんには、説明するだけ無駄かもしれませんけれど」


「は? 口だけ達者になった貧弱モヤシ族には言われたくないんだけど? 嫌味を磨く暇があんなら、少しはそのつついただけで折れそうな手足をなんとかしてきなさいよ」


「必要ありませんわ。わたくしたちは貴方がたのように、暴力に訴えかけるような野蛮な真似はいたしませんもの」


「力で勝てない、の間違いでしょ? ホント言い訳がお上手よね、尊敬するわ」


 二人の間にピリピリとした空気が流れ始め、こういう時は関与しないのが一番なのだと学習していたリアは、睨み合う二人の傍からそそくさと逃げ出して、逆側の端に居たラクアの傍へと移動する。


 そこから見えるのは下段、ではなく、それを覆い隠している雲海だ。


「あたしたちの家見えないね~、残念」


「毎日見てた景色だけどさ、下から見てた時とはまた違うよな」


「だねぇ。あたしたちにとっては、空って言えばこの真っ白な景色のことだったけど……」


 言いながら、リアは視線を上に向けた。青く澄み渡った空が、リアの瞳に写る。


「綺麗だよねぇ。最初は眩しすぎてあんまり見てられなかったけど」


「だな。――ところで、あっちって確か隣国なんだよな?」


 ラクアの視線は、真っ直ぐ前を向いていた。そこには、下に広がっている雲から生えているかのような、高く白い塀がある。

 塀はモルタリアと同じように、その中にあるのであろう国を囲っており、向こう側の景色は全く見えない。


「この国もそうだけど、なんでわざわざ国内を塀で囲ってるんだろうな? こんなに高くて長い塀なんて、造るの大変だろうに」


「うーん、初めて来た人に驚いてもらうためじゃない? あたしたちみたいに!」


「いや、それはないだろ……」


「なんでも、国防のために造られたらしいよ?」


 二人きりのところお邪魔して悪いね、とニヤニヤしながら謝るナイゼルに、ラクアが「それはいいから!」と説明の続きを要求する。


「先に紹介しておくけれど、あの国はカナンベルクという名前なんだ。まぁ、ここでは〝聖国〟と呼ばれることの方が多いんだけれど。聖国は国交を結ぶことのない閉鎖的な国家でね、今国を治めているのは女性なんだそうだけど、その女王を民衆が〝女神様ディーヴァ〟と呼んで崇拝しているらしいんだ。そのことから宗教国家とも言われていて、神聖な国、という意味で聖国と呼ばれるようになったらしいよ」


「へぇ。確かに塀が真っ白なあたりとかも、神秘的な感じはするな」


「だろう? まぁ実際どんな国なのかは、まだハッキリしていないんだけれど。 ――それでその聖国と我らがモルタリア王国は、ちょっと仲が良くないみたいでね。厳密に言えば帝国と、だけれど」


「えぇ? 仲悪いの? どうして?」


「過去に聖国が唯一懇意にしていた小さな島国があったそうなんだけれど、そこを帝国が侵略したみたいでね。住処を奪われた島民達は聖国に逃亡して、聖国の人々はそれを追ってきた帝国人を返り討ちにしたらしい。その後、聖国側は報復に出ることはせずに停戦を申し入れて、帝国と不可侵条約を結んで決着がついたらしいけど、まぁそれで治まっているのは表面上だけで、互いにわだかまりが残っているって噂だからね。――見ての通り聖国は目と鼻の先だろう? 〝そういうこと〟になるとすれば真っ先に危なくなるのはここだと考えて、要塞で囲っておいたってことらしい」


 世間話をするのと同じトーンで説明を終えたナイゼルに、ラクアが顔を引きつらせた。


「……なんかサラッと言ってるけど、それって結構危ない話じゃないか?」


「まぁね。けれど、そういう時のために、この要塞と王国軍が在るんだろう? 聖国とはそれ以来小競り合いもないみたいだし、僕ら国民が心配することはないよ」


「でも、もし戦争になったら、学院の生徒(俺達)は徴兵される可能性があるんだろ? 前にリアがそう聞いたって言ってたぞ。なぁリア――って、あれ?」


 ラクアは言いながら隣を見たが、そこに居た筈のリアは忽然と姿を消していた。

 辺りを見渡してみれば、いつの間にかホームには列車が停まっており、リアはその近くから二人に向かって手を振っている。


「話聞いてないし……」


「あはは、リア君はこういう込み入った話が苦手みたいだね?」


「そうなんだよな……そのくせ聞きたがるんだよ……」


「好奇心は旺盛ってことじゃないのかな?」


 教官達を中心にホームに散らばっていた生徒達が列車前に集まるのを見つつ、ラクアとナイゼルもそれに倣う。

 国内を走る列車はこの中央区の駅発着のようで、ここから魔族マグス区を走るものと、戦士族ベラトール区を走るものがそれぞれ二本ずつ行き来しているらしかった。


「ほら見てみてラクア! これが列車なんだって! 中がお部屋みたいになってるよ!」


 戦士族ベラトール区行きのホームに停まっている列車に張り付いて、窓から中を覗き込んでいるリアが、興奮気味に話す。

 その襟首を掴み、入り口から中に放り込むようにしてリアを列車内に乗せたバレッドは、


「はいはーい、喋ってねぇでさっさと乗れよ~、青組はアッチだアッチ」


 とラクア達に魔族マグス区行きのホームを指し示して、自らも列車の中に消えた。

 ラクアとナイゼルは、窓の向こうで何やらバレッドに抗議しているリアに苦笑しつつ、魔族マグス区のホームへと向かった。



***



「もー、バレッドさんひどいよ~! ラクアにまだお別れの挨拶してなかったのに! お土産も頼めてないのに!」


 それから数分。動き始めた列車の中で席に着いたリアは、ボックスシートの対面に座るミーナに愚痴っていた。

 車窓から流れ行く景色を眺めていたミーナは、呆れ混じりに返す。


「お別れの挨拶って何よ、死地にでも行くつもり? あながち間違って無いかもしれないけど」


「だってこれから数日は会えないんだよ? ――っていうか、あながち間違ってないの? そんなに危ないところなの?」


「ガルグラムの話を聞きたいならレオルグに聞きなさいよ、アイツ出身者らしいし」


「そうなんだ? でもそのレオルグが居ないよ?」


 席は班ごとに固められているはずなのだが、列車に乗り込んでから今まで、二人はレオルグの姿を一度も見ていなかった。

 まさかサボるつもりで来ていないのではないか、と思っていると、隣の車両に続く扉からバレッドが入ってきて、二人の前で止まる。


「おうお前ら、仲良くやってるか?」


「ちょっとアンタ、この班分けどうにかしなさいよ!」


「ま~だ言ってんのか。いいじゃねーかよ、お友達同士で」


「誰がお友達よ!」


 吠えるミーナを適当に受け流すバレッドに、リアが今一度客席を見渡して、


「ねぇバレッドせんせー、レオルグは?」


「あん? なんだよ一緒じゃねぇのか?」


「見てないですよ? てっきりバレッドさんと一緒に居るのかと思ってた。レオルグと知り合いなんですよね?」


 疑問、というよりは確認のために投げかけられたその問いに、バレッドは目を丸くしてリアを見た。


「俺その話したか? まさかレオルグが話したわけじゃねーだろ?」


「普段のアンタたちのやり取り見てれば、それくらい誰だって気付くでしょ。友達って風には見えないけど、親戚?」


「単なる同郷のよしみってやつだ。だからって別に、贔屓目に見てるって訳じゃねーぞ」


「同郷……ってことは、バレッドさんもその、ガル……なんとかってところの出身なんですか?」


「ガルグラムな。まぁそんなとこだ。着くにゃーまだまだ時間があっからよ、適当に時間潰しとけよ~」


「あ、ちょっと待ちなさいよ! 結局レオルグは何処に……」


 ミーナの話を最後まで聞くこともなく、バレッドは入ってきたのとは逆の扉を通って、隣の車両へと消えていった。


「ホンット頼りになんないわねあの教師……」


「まぁまぁ、きっとそのうち出てくるよ~」


「ねぇねぇリアちゃん、お菓子食べる?」


「え、なになに? ――食べる!」


 後ろに座っていたクラスメイトの女子から、クッキーの入った筒状の缶を渡され、中のものを摘まんで嬉しそうに食べ始めるリアに、ミーナは盛大な溜息を吐き出した。



***



 ミーナが全てを諦めて、リアから渡されたクッキーを自棄食いしていた頃。

 各号車を回って生徒が皆乗っているかを確認していたバレッドは、先頭のデッキでようやく最後の一人を見つけた。


「ったくお前は、あっちこっちフラフラすんじゃねーよ。同班の二人がぼやいてたぞ」


 言われたレオルグは、聞こえているのかいないのか、壁に背を預けて窓の外を向いたまま。

 バレッドはそれを気にすることなく続ける。


「まぁ、お前に協調性が無ぇのは今に始まったことじゃねーけどよ。こないだの傷はもう治ったのか? マルナが気にしてたぞ」


 この間の傷、というのが、先日の中央通りでの騒動で、マルナに斬りつけられた背中の傷であることを理解したレオルグは、他所を向いたまま眉間の皺を深くした。


「……何でテメェが知ってんだよ」


「俺はロードから聞いた。ロードは通報を受けた同僚から聞いて、その同僚は通報してきた野次馬に聞いた」


 モルタリアの治安維持は王国軍に一任されている。なので、他の国では軍とは別に在る警察などの行政機関が、モルタリアでは軍の一部となっており、現状平和であるモルタリアにおいては、王国軍に対する民衆のイメージは警察そちらに近い。


 そんなわけで、野次馬から一部始終を聞いて、事の収拾にあたった軍人の一人がロードにそれを愚痴り、その事件にマルナやレオルグら学院の生徒が絡んでいたことから、ロードはバレッドに伝えたのだった。


「マルナはあの後帰ってきたマルクさんにこってり絞られたらしーぞ。まぁ、お前が被害届出してねーおかげで、事件にはならなかったみてーだけどよ。斬った相手がお前じゃなかったら、あの品行方正のマルナが前科者になってただろうな。じーさんに土下座で済んだなら安いもんだ」


「んなどうでもいい話しに来ただけならとっとと失せろ」


「んだよ、せっかく褒めてやろうと思ったのに、可愛くねー奴だなぁ。――ま、世間話はこんぐらいにして」


 笑い半分に語っていたバレッドは、それを取り払って真面目なトーンになる。


「今回の件はまだいいけどな、盗みに関しては洒落になんねーぞ。お前、自分の目であの映像見てどう思ったよ? 格好といい得物といいやり口といい……、俺にゃどーにも他人事には思えねーんだが?」


 そもそも、レオルグがマルナの店で防犯カメラの映像を見るきっかけになったのは、バレッドの言葉があったからだ。

 事件のあった日、マルナの登校が遅れるとの連絡と、その事情を学院教官として聞いていたバレッドは、レオルグやリア達より一足早く、件の映像を見ていた。そしてそこに映る犯人に心当たりを感じたバレッドは、同郷であるレオルグにも確認を求めていたのだ。


 最初は話半分に聞いていたレオルグも、今はバレッドと同じ心境だった。


「……わざわざ中央に行ってまでやらねぇだろ」


「だといいけどな」


 溜息を吐いて黙り込むバレッドに、レオルグはようやく視線を窓から外して相手を見た。


「――で? それを俺に確かめさせるために、わざわざこんな授業組んだって話かよ?」


「ちげーよ、この授業があんのは元からだ。まぁ、お前の訓練先がガルグラムなのは偶然じゃねーけど」


「そうかよ。言っとくがな、俺はテメェの思惑通りに動くつもりはねぇぞ」

 

 レオルグは壁から背を離して、バレッドの胸倉に掴みかかった。

 バレッドは慌てるでも抵抗するでもなく、睨みつけてくるレオルグを静かに見つめ返す。


「テメェのやったこと忘れてんじゃねぇだろうな? あんだけ周りを煽っておいて、夢を見せるだけ見せて、テメェが村人全員にくれてやったもんは、何の変わりもねぇクソみてーな現実だけだ。そんな事のために何年も付き合わせやがって……、何が教師だ、ふざけんじゃねぇぞ」


 顔色も変えず、ただ淡々と聞いているだけのバレッドを、レオルグは力任せに壁に叩きつける。


「何とか言えよこの裏切り者!!」


 長い沈黙の後、それに対するバレッドの返答は短かった。


「……悪かったな」


 レオルグは目を見開いて、震えるほど握りこんでいた手をゆっくりと解いていった。


「……もう俺らに関わろうとすんじゃねぇ、テメェはもう他人なんだからよ」


 そしてそう言ってから、力なく笑う。


「違うか。 ――最初っから、テメェは他人だったな」


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