14-③ 二人の譲れない信念
「――なぁ、これって剣じゃないか?」
ラクアが指したのは、犯人の腰のあたり。靡いたマントの隙間から僅かに覗いているそれは、確かにシンプルな剣のように見えた。
「本当ですわ! 見たところ戦士族用の物ではありませんわね」
「え、そんなのわかるの?」
「戦士族用であれば、もう少し大きい筈ですもの。細く軽い得物を好むのは、人間か魔族ですわ」
「そんな……、じゃあ、犯人はそのどちらかだって言うのかい?」
「いえ、そうとも限りません」
ショックを受けるナイゼルの言葉を、マルナが否定した。
「この子はどの種族でも扱えるように設計された汎用型の子です。おじいちゃんが作った結構古いタイプで、生産初期は量産されてあちこちに流通してたんですよ。汎用性が高い分秀でたところもない子なので、後に種族特化型の武器が出回るようになってからは、ほとんど見なくなりましたけど……」
「そうなの? じゃあ、これも手がかりにはならないってこと?」
「そうですね……、今は逆に手に入りづらい子ですけど、昔から持っている人は多いでしょうから……、素性を特定されないように、わざとこの子を持ち歩いてるだけなのかもしれません」
「小賢しいですわね……。けれど、それなら先ほどの彼はどうして出て行ったんですの?」
「さぁね。目当てのものと違ったのか、最初からただの冷やかし目的だったのか……、もしかすると、彼には何か思い当たるところがあったのかもしれないけれどね。一度問いただしてみるかい?」
「お前が行くとまた喧嘩になるだけだろ……」
「じゃああたしが!」
「お前も一緒だ」
「むぅ。じゃあラクアが聞いてきてよ~、本当に何かわかったのかもしれないじゃん!」
リアの言葉に、部屋を出て行ったのはラクアではなくマルナだった。
*
「まっ、待ってくださいレオルグさん!」
学院の方へ向かって大股で歩いているレオルグの後を、歩幅の小さいマルナが必至に追いかける。
レオルグは一度振り返っただけで、あとはマルナが何度呼びかけても一向に反応しないまま、距離を広げるように歩みを速める。
「さっきの、何かわかったんですか!?」
「…………」
「わかったなら教えてください! お願いします!」
「…………」
「レオルグさん!!」
「しつけぇな……」
レオルグはようやく足を止めた。息切れしているマルナを鋭い眼光で見下ろす。
「てめぇにゃ関係ねぇよ」
「レオルグさんが気にしていることがあの事件に繋がることなら、わたしにも関係あります。盗まれたのはうちの子たちです」
「たかが武器の一つや二つ盗まれたくれーでガタガタ騒いでんじゃねぇよ。また同じもん作りゃいいだけの話だろうが。武器を人みてぇに扱うテメェの感性はどうでもいいが、窃盗を人攫いみてぇに表現すんのはやめろ」
「同じです。わたしにとっては、自分の子供を攫われたのと同じなんです……。レオルグさんや盗んでいった人たちには、ただの物盗りの感覚かもしれませんけど……」
「テメェの事情なんざ知ったこっちゃねぇな、俺には俺の事情があんだよ。俺にとっちゃそっちの方が大事だ。だから言わねぇ。わかったら失せろ」
一向に取り合おうとしないレオルグに対し、マルナも頑なに去ろうとするその道に立ち塞がる。
「あんまりしつけぇとはっ倒すぞ。泣き落としで何とかなると思ってんならそろそろやめとけ」
「……、……そうですか、わかりました」
マルナは悲痛な顔で俯いて拳を握り締めた。レオルグはやっと諦めたかと息を吐いて歩き始めたが、
「なら、力尽くでお聞きします」
その言葉に怪訝な顔をして振り向いた。
マルナは両手で武器を握り締めていた。綺麗な装飾の施された立派な斧だ。
レオルグは珍しく驚いた顔をして、呆れ混じりの溜息を吐いた。
「やれるもんならやってみろ」
そして、何ら警戒することもなく言った。
マルナは棒立ちになっているレオルグに接近し、遠慮なく斧を振るったが、あっさりとかわされてしまう。
斧の重さに引っ張られてよろけているマルナに、レオルグは可笑しさよりも哀れみを感じた。
「んなお遊戯に付き合ってる暇はねぇんだよ、じゃあな」
マルナが再び突っ込んでくるのを視界に捉えてはいたが、あの程度の力加減では避ける必要もないと、レオルグは無視。
その背中に向けて、マルナは斧を振りかぶって――、握る手で柄のスイッチを押した。
先ほどの弱々しい軌道とは全く違う、一閃して放たれた斬撃が、レオルグの背を頑丈な制服ごと引き裂く。
「――ッ!?」
大した痛みではないが、油断しきっていたレオルグはその衝撃に慌てて臨戦態勢に入った。
「何しやがったテメェ……」
マルナは答えず、武器を手放すと地面に平伏して、振り向いたレオルグに土下座。
「お願いします、本当に大事な子たちなんです! 早く迎えに行ってあげないと、もう二度と会えないかもしれない……!」
「だから人じゃねぇだろ」
「人じゃなくても、わたしにとってあの子たちは、かけがえのない大切な存在です。それは変わりません」
「…………」
夕暮れ時で昼間ほどの賑わいは無いとはいえ、通りにはまだ買い物帰りの客達の姿があった。
背から血を流すレオルグと、いきなり斬りかかったかと思えば今度は道のど真ん中で土下座するマルナを、人々は遠巻きに眺めながらヒソヒソと囁き合い始める。
「おい、見られてんぞお前。プライドとかねぇのか?」
「世間体なんて今はどうでもいいです。おじいちゃんには後で謝ります」
そっちが良くてもこっちは良くない。
レオルグはその居心地の悪さに舌打ちして、
「……俺が取り返してくる」
ぽつりと言った。
マルナは顔を上げて、「え?」といった表情。
「盗まれたモンが手元に戻ってくりゃいいんだろ。取り返してきてやっから、この件に関して余計な詮索はすんじゃねぇ、いいな」
「え? え?」
両膝を地面についた状態のまま、ぽかんとしているマルナを置いて、レオルグは今度こそ去っていった。
同じくして、反対方向からリア達が駆けて来る。
「マルナちゃーん! だいじょうぶー!?」
「突然飛び出していくものだから吃驚したよ、あの男に話は聞けたのかい?」
「なんかえらく人が集まってるな? 何やってたんだ?」
口々に聞かれて、マルナも何と答えればいいかわからず、ただ呆然とレオルグが去っていった方角を見つめていた。




