14.ハーヴィ武器店窃盗事件
「リア! そこで逃げるな!!」
朝。学院のグラウンドに、鋭い声が響き渡った。
叱咤されたリアは、自分に向かって飛んでくるブーメラン、もとい武器であるククリナイフを避けて、遠くでその様を見ていたララに叫ぶ。
「やっぱり無理ですよぉ! 普通にナイフとして使う分にはそれなりになったんですから、もう勘弁してください~!」
「駄目だ! そのナイフはマルナ嬢がお前に合わせて特注で作ってくれたのだろう!? 完璧に使いこなせるようにならなければ、彼女の恩義に報いることは出来ないぞ!」
「マルナちゃんは〝そのうち慣れてくれればいい〟って言ってましたもん!」
「彼女の優しさに甘えるな! ほら、もう一度だ!」
「もうやだ~! 授業だって大変なのに、その前にこんなハードなことやってたら倒れちゃいますよ!」
座り込んで喚くリアに、ララは溜息を吐きながら歩み寄る。彼女の両脇に放られたナイフを拾い上げて、
「まったく、仕方のない奴だな。私が手本を見せてやるから、よく見ていろ」
そう言って、先ほどまでリアがしていたのと同じように、抜き身のナイフを遠くへと放り投げた。
そして――
「……ん?」
ナイフは戻ってこなかった。
首を傾げるララに、リアが呆れ混じりに言う。
「先輩、適当に投げても戻ってこないですよ」
「そ、そうなのか? 私はてっきり、そういう作りになっているのだと……、コツが要るんだな」
「あたしだって投げる練習くらいはちゃんとしてたんですよ!」
「そうか……、それはすまなかった」
怒りを静めてしゅんとするララに、リアは己の優勢を保ったまま特訓を切り上げられないかと考えていたが、
「つまりやる気はあるという事だな! ならばあとは恐怖心が無くなるまで練習を重ねるだけだ!」
そう上手くはいかなかった。
もうこうなったら最終手段だとリアはララに背を向けて駆け出そうとしたが、
「ねーねー、これどっちの?」
そんな声に引き止められてしまった。
見れば、ララの投げたナイフを手に、困ったように笑う青年の姿。
「アルス先輩! キャッチしてくれたんですか?」
「っていうか、思いっきり俺の方に飛んできたから、受け止めざるを得なかったというか……、一瞬誰かに命を狙われてるのかと思ったよ」
「すまない、予想外のハプニングがあったんだ……、おはようアルス」
「おはようララ、リアちゃんも」
「あっ、はい! おはようございます! この前は本当に有難うございました!」
リアとアルスが顔を合わせるのは、オリエンテーションの日以来だ。あれから一週間ほど経っているのでアルスは一瞬きょとんとしたが、すぐに思い至って、
「ああ、どういたしまして。律儀だね~リアちゃんは」
微笑みながらそう返した。
「二人は朝から特訓? もしかして、例の〝専属指導〟ってやつ?」
「ああ。リアが〝授業の後は疲れているから、どうせやるなら朝がいい〟と言ってな。だから朝にしてやったんだが、その上でまだグチグチと……」
「だって! ララ先輩すっごいスパルタなんですもん!」
「他の生徒と同じレベルにまでしようとすれば、厳しくなるのは当然だ! これくらいで音を上げるな!」
「弱音くらい吐かせてくれたっていいじゃないですか!」
「弱音を吐いたところで強くはなれないだろう!?」
「そういう問題じゃないんですってば~!」
ぎゃいぎゃいと言い争う二人を苦笑しつつ眺めていたアルスに、ララが噛み付く。
「そもそもリアはお前の担当だろう! 日和ってないでなんとかしてくれ!」
「え? アルス先輩があたしの担当って?」
「前に言っただろう? 元々この話が振られたのは、主席の二人だったのだと。こいつがその主席だ」
ララはしかめっ面でアルスを指差した。リアは驚きを隠さずに言う。
「アルス先輩ってそんなに凄い人だったんですか!?」
「えっ、それどういう意味?」
「そんなに強いようには見えないだろう? 普段は猫を被っているんだ、私も初めて会った時にまんまと騙されてな……」
「なにそれ、人聞き悪いよララ~」
「本当のことだろう? 授業ではいつも手を抜いているくせに、テストの時だけ本気を出してきて……」
「だってテストはちゃんとやらないと就職に響くし」
〝就職〟という単語に、まだそこまでのことは考えてすらいなかったリアが興味を抱く。
「先輩は何か目指してるお仕事があるんですか?」
「うん、王室護衛官になりたいんだ」
「れくすがーでぃあん?」
「王家をお護りする誇り高き仕事だ。これに就くには、相応の実力があることを裏付ける経歴が必要になる。一番分かり易いのが学院での成績だからな、目安としては、在学中の成績を常に上位三名以内にキープし続けることが合格ラインだ。他にも、清廉潔白であることや王家への忠誠心などは当然として求められる」
「常に!? ってことは、アルス先輩は今までずっと三位以内ってことですか?」
「三位以内なんてもんじゃない、こいつは入学以来ずっと主席だ」
「うっわぁ……」
リアに羨望の眼差しで見られて、アルスは照れ笑い。
「あ、ってことは、フィアちゃんの護衛してるのも、それが関係してるんですか?」
「そうそう、インターンシップってやつ。学院から斡旋してもらって、それを承諾してくれた人のところで実際に護衛として活動するんだ」
「その斡旋も全員が受けられるわけではないんだぞ、国王陛下に認められた一握りの者だけだ。――まったく、そうやって本当は実力があるくせに、出し惜しみするところがいやらしいと言っているんだ!」
「いやらしいって……、でも普段から全力だと疲れちゃうよ。ねぇリアちゃん?」
「そうですよ~、だからあたしにももうちょっと優しくしてくださいララ先輩」
「意気投合するなっ!」
そこで朝の予鈴が鳴り響いて、ララは続ける筈だった言葉を、大きな溜息にして吐き出した。
「とにかく、私は今後もお前を甘やかすつもりはないからな!」
「えぇ~?」
「えぇ~、じゃない! ほら行くぞアルス!」
「はいはーい。――じゃあまたねリアちゃん。専属指導員にはなれなかったけど、他に力になれることがあったらいつでも言って。出来るだけのことはするから」
ぽんぽん、とリアの頭を撫でて、アルスはララと共に校舎へと歩いていった。リアは二人を手を振って見送る。
(強くって優しくって……、なんだかアルス先輩ってパパに似てるなぁ)
そうしてリアは暫く頭を撫でられた感触に浸っていたが、本鈴を聞いて慌てて教室へと走っていった。
*
「――つーわけで、まぁ授業はこんくらいにしといて、来週から始まる実地訓練の話すっからよーく聞いとけよ~」
ララとの特訓のせいで朝早くに起きる必要があり、寝足りていないリアは教室の机に突っ伏して惰眠を貪っていた。
その頭目掛けて、教壇に立つバレッドがチョークを投げる。風切り音を鳴らしてリアの頭に直撃したチョークは鈍い音を立てた。
「痛っ!?」
「授業中に居眠りすんのは良いが、連絡事項は聞いといてくんねーと俺が怒られっから起きろ」
「授業中の居眠りも怒りなさいよ……」
不真面目教師、と隣で呟くミーナを、リアが涙目で見つめる。
同じ赤組でも授業態度は人それぞれで、ミーナは意外にも、座学の授業を真面目に受けている方だ。リアも最初のうちは必至にノートを取っていたが、ララとの特訓が始まってからは、バレッドの授業は決まって睡眠時間になっている。
リアは見られていることに気付かないミーナから、バレッドへと視線を戻して質問。
「せんせー、実地訓練って何ですか? 前のオリエンテーションみたいなやつですか?」
「あれとはまたちょっと違うな~。今回は各クラスの生徒を更に細かな班に分けて、その班ごとに別々の場所へ行ってもらうことになる。やる事はまぁ基本的には魔獣の討伐になるだろーが、後々他の仕事が追加される場合もあるから、そのへんは臨機応変にな。詳しい内容は班によって違うからよ、先に班の振り分け発表すんぞ~」
バレッドは一枚の用紙を取り出して、そこに書かれている名前を読み上げ始める。
「第一斑、リア・サテライト、ミーナ・マクシリア、レオルグ・アレクシード、以上三名。続いて第二班――」
「へっ?」
「はぁ!?」
「あぁ?」
以上、の言葉を聞いて、呼ばれた三人が揃って声を上げたが、バレッドは気にも留めずに班の発表を続ける。
「――以上八名。これで全員呼んだか? 呼ばれてないやつは手ぇ上げろー」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何よその班分け!?」
「なんだよ? 何か問題あるか?」
「大アリよ! 何でその組み合わせなのよ!? っていうか、何でアタシたちの班だけたったの三人なのよ!」
他の班は多少のバラつきはあれど、六人から八人の構成だった。
席を立ち上がって抗議するミーナに対しバレッドは、
「単純に個々人の実力を見て決めただけだ。入学時の実力診断テストの結果はもう知ってるだろ? お前は次席、レオルグが主席だ。最下位のリアでバランス取っても余りある戦力だろ」
そう答えた。
説明のためとはいえ、最下位と面前で公表されたリアは、再び机に突っ伏してしまう。
「行き先は戦士族区の各市町村だ、これもこっちでもう決めてっから続けて説明すんぞー。まず中央区から一番近いアーディバルドへは第三班、次のサラマンドルへは第五班、次の……」
今度はなかなかリア達の名前は呼ばれず、結局最後になって、
「――んで、ガルグラムに第一班な」
そう告げられた。
*
「ありえない、最悪、ホンット最悪!!」
授業が終わりバレッドが出て行くと、ミーナは腹の底から搾り出すように言った。
悲しみと恥ずかしさから立ち直ったリアは、椅子をミーナの机に寄せる。
「なんだかいまいちよくわかんないけど、一緒の班でよかったねミーナちゃん!」
「良くないわよ! なんでいつもいつもアンタと組まされなきゃなんないのよ!?」
「えっ、嫌?」
「嫌に決まって――」
ミーナはそこでリアの方を向いて、相手が本気で悲しげな顔をしているのを見て、
「……い、言うほどじゃないけど……」
ごにょごにょとそう続けた。
「――とにかく! レオルグと一緒な上に、行き先がガルグラムって時点でもう最悪なのよ! アンタなんでそんな平然としてんのよ!?」
「え? だって別に、レオルグのこともそこまで嫌いじゃないし、遠くに行くのも楽しみだし……、ガルグラムってどんなところ?」
「どんなところって、アンタ知らないの……?」
「うん、だってあたしまだ――」
〝まだ一段目のことほとんど知らないもん〟――そう言おうとして、リアははたと気付く。
「あたし、まだミーナちゃんに下段のこと話してなかったっけ?」
「は? げだん? げだんってあの下段?」
「うん、あたしそこの出身なの。レマちゃんが知ってたから、ミーナちゃんにももう話したようなつもりでいたけど……」
ミーナちゃんとの方がよく話すのに、ミーナちゃんには話してなくてレマちゃんには話したってこと? リアは自分のことながら不可解で首を傾げる。
一方でミーナは、
「……アンタ、頭でも打ったんじゃないの?」
真剣な顔でリアを心配していた。




