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13-③ それぞれの目的の為に

 イアンが反応するのと同時に、窓ガラスが割れる音が皆の鼓膜に届く。

 ステラと男は窓ガラスが割れたことにしか気付いていないようで、二人揃って窓のほうを向いた。

 イアンだけが状況を理解して身を屈め、ステラを床に引き倒し、男にも伏せるよう指示する。


「何だ!?」


「狙撃されました、恐らくまだ狙われています」


「な……っ!?」


「リーダー! ちょっとこっち助けてくださいよ~!」


 次いで外で待機していた男たちが、リビングにバタバタと雪崩れ込んできた。

 その後ろでは下段の住民らしき多くの人々が、怒り狂った様子で騒ぎ立てている。


「ちょっとアンタ! こないだの事件はどういうことなんだい!? 下段こっちにまであんな化け物が現れるなんて!」


「これじゃ何のためにここで暮らしてるかわかったもんじゃない! 俺達はあんたの言いつけ通り静かに暮らしてるだろ!?」


「だから魔族マグス戦士族ベラトールなんて反対だって言ったんだ! とんだ化け物を生み出しやがって! どう責任取るつもりなんだ!」


 口々に飛び交う非難の声に、男は立ち上がってテーブルを蹴り飛ばした。


「調子に乗るなよ無能なクズどもが! 己の立場を忘れたか!? 死にたいならいつでも言え、こちらの準備は出来ているんでな!」


 拳銃を取り出して吠える男の剣幕に、室内は一瞬で静まる。

 イアンは人垣を縫って壁際へと移動し、抉れた木造の壁と、床に散らばった木片に混ざって転がっている、潰れた弾丸を見た。

 それを拾い上げて懐にしまい、男へと振り返る。


「ヒューゲル殿、今日のところは引き上げませんか? 彼女から得られる情報はもう無いようですし、これ以上長居しても無意味ですよ」


「そーっすよ~もう帰りましょうよ~、ずーっと雨に打たれてるオレ達のこともちょっとは考えてくださいよ~」


 ヒューゲルと呼ばれた男は、すっかり縮こまっている下段の民と、自分を睨みつけているステラを忌々しげに見て、舌打ちを残し去っていった。


 男達がすべて引き払うと、体を強張らせていたステラがようやく脱力し、深く息を吐く。


「くそっ! あの裏切り者が……!」


「ほんとに、まったく憎たらしい男だよ!」


 圧力をかけてくる相手が居なくなったことで、また下段民たちの怒りが湧き上がってくる。


「それさぁ、ちゃんと本人の前で言ってやりなよ」


 そして、その空気に相応しくない可愛らしい声が、それをたしなめた。

 ステラは、その声の主を見て安堵の表情を浮かべる。


「貴方が皆を呼んできてくれたの? リコッタちゃん」


 それは、男達が来る以前にステラと話していた少女だった。

 リコッタはステラの傍に駆け寄ると、腰が抜けて立ち上がれないで居る相手に、目線を合わせるため膝を折る。


「まぁね! ボク一人じゃどうしようもなかったからさ~、おばさん何かされなかった? 大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ、有難うね。流石に狙撃は吃驚したけれど……」


 ステラはよろめきながらも立ち上がり、下段の皆に頭を下げた。


「皆さんも、有難うございました」


「別にアンタを助けるためにやったんじゃないんだけどね。アタシらは単に、一段目の連中が気に食わないだけだよ」


「俺たちは下段ここで静かに暮らしていられればそれでいいんだ、なのに、こないだはあんな事件まで起きて……、俺の弟だって坑道で働いてたんだぞ! あの日だって普通に帰ってくるはずで……、なのに、なのに……!」


「そうだそうだ! アンタも厄介事を持ち込むつもりなら出て行けよ!」


 責め立てられて言葉を返せなくなっているステラを見て、リコッタがムッとした顔で反論する。


「じゃあ皆は、このままずっとこんな陰気臭いとこで一生暮らしていくつもり!? 元々この国はボクら人間のものなのに、こんなところに追いやられて、あんなヤツの良いようにされて、悔しいと思わないの!?」


「じゃあどうしろって言うんだ!? あんな化け物共にどうやって対抗しろって言うんだよ!! 俺も、お前も、ここに居る全員、それが出来なかったからここに住んでるんだろ!?」


「そこで諦めて今まで何もしなかったから、さっきみたいに理不尽なことされても何も言えないんじゃん! 少なくとも〝あの人〟はまだ諦めてなんかない、こうやってボクたちが無意味に言い争ってる間にも、なんとかして一段目を取り返そうって頑張ってくれてるんだよ! 自分の不幸を嘆く暇があったら、ちょっとは手伝ったらどうなのさ!?」


「何を頑張ってるって!? ろくに勝算もないくせに奴らに反抗して、反感を買ってるだけじゃ――」


「勝算ならある!」


 リコッタは食い気味に言い放った。

 両手を腰にあててふんぞり返っている少女に、皆が怪訝な目を向ける。


「……具体的には?」


「それは言わない。あの人もボクも、まだ皆のこと信じてるわけじゃないし」


「なんだと!? 同じ国の仲間が信じられないって言うのか!?」


「おばさんの存在をアイツらにバラしたような奴らを信じろって言うの? 自分達のしたこと棚に上げるのもいい加減にしなよね!!」


 過去の失態を指摘され、心当たりのある者たちは揃って視線を泳がせた。


「そ、それは……、アタシらも、暗行御史アメンオサなんていうスパイが居ただなんて気付いてなかったから……別にバラすつもりは……」


「どうだかね。おばさんのことはほんの数人で共有してた秘密だった筈なのに、今じゃここに居る皆が知ってる。それが答えなんじゃないの? 百歩譲って悪気がなかったんだとしても、その後その失態を埋めるために何かしたの? 何もして無いじゃん! そのくせ何かあったらすぐボクらのせいにして、それじゃ信頼なんて出来るわけないよ。〝別にこのままでいいんだ~〟なんて言ってる様じゃ尚更ね!」


 一通り言い終わると、リコッタはふぅ、と息を吐いて、昂ぶった感情を治めた。


「――ま、別にどうだっていいけど。とにかく、おばさんはその勝算の一つなんだから、勝手に追い出したり痛めつけたりしないでよね」


 リコッタは皆から視線を外して、ステラの方を向いた。ステラは申し訳なさそうな顔で俯いている。


「ごめんなさい……、そもそも、私がこの国に来なければ……」


「何言ってんの? おばさんが来てくれたから、勝算が生まれたんじゃん。やっぱりボクたちだけじゃ火力不足だしね、聖国と手を組めたのは幸運だったってあの人も言ってたよ」


「なっ、聖国と手を組んだだと!? 仮にも敵国だぞ!?」


「何考えてるんだい!? 聖国なんて得体の知れない国と手を組むなんて……!」


 ざわめき立つ面々に、リコッタが再び苛立ち始める。


「そーでもしないと勝てないからじゃん! そもそも、聖国と敵対してるのはあくまで帝国と、帝国に尻尾振ってる一段目の奴らだけでしょ!? 僕らは一段目の奴らを倒したい、聖国は帝国を倒したい、帝国にとって有益な存在である一段目の奴らを僕らが倒すことは、聖国にとってもプラスになるんだよ。つまり、僕達二段目の人間にとっては聖国は味方なの! それでも納得出来ないって言うんなら、奴らがやってる危ないお仕事、代わりに皆にやって貰うからね!」


 押し黙る面々に、リコッタはやれやれ、と肩をすくめた。


「いい加減、理想論ばっかり語るのはやめたら? あれが嫌~、これが嫌~って、もうそんな生温いこと言ってる場合じゃないんだよ。使える手は全部使うくらいじゃなきゃ勝てない」


「で、でもよぉ、聖国は帝国と不可侵条約を結んでる筈だろ? そりゃあその条約がいつまで保つかはわからないし、帝国がこれ以上力を増すのを止めたい、あわよくば倒したいって気持ちはわかるけどよ、だからって、これまで護りに徹してきた聖国が、それだけの理由で俺達に力を貸すなんて……、おかしくないか?」


 男の疑問に、リコッタはにっこりと微笑んで返す。


「誰もそれだけだなんて言ってないでしょ? ――理由なら、今にわかるよ」





「あ、あ、あ……」


 同刻。ステラの家から五百メートルほど離れた場所にある、別の一軒屋。

 二十代半ばぐらいであろう若い男性の家主は、己の目の前で上がった銃声に驚いて腰を抜かしていた。


 一方その視線の先、屋根付きのウッドデッキで、干された洗濯物に隠れて純白の狙撃銃を構えていた男は、ステラの近くに居た男達が去っていったのを確認して、スコープから目を離した。


 男は二メートルにほど近い背丈で、体格もがっしりとしている。服装はハイネックのミリタリーコートとパンツ、ブーツにいたるまで全て白色。

 加えてスキンヘッドと、狙撃時には外していたサングラスが、厳つい容姿に拍車をかけていた。


 男はつい先ほど出会ったばかりの家主へ向かって、


「助かった、礼を言う」


 短くそれだけ言って家を出て行った。


 男が家に突然やって来て、招き入れてもいないのに勝手にデッキに陣取って、銃をぶっ放して立ち去るまで数十分。

 家主が状況を理解するよりも早く、事は終わったのだった。





「――それで? 無事に済んだのね?」


 更にその数分後。一段目、ノブリージュ学院内戦士族(ベラトール)寮の一室。

 

 現在部屋に一人で居るレマは、口の前に掲げた黒い立方体に向けて話しかけていた。

 立方体からは機械的な駆動音と、ノイズに塗れた男の声が聞こえている。


『問題ない、怪我もしていない』


「ならよかったわ。お疲れ様、バッサ。どうせならそいつらの頭を撃ち抜いて欲しかったけれど」


『すまない』


「まあいいわ。とにかく、その一人だけ制服を着てたっていう男の特徴を教えて頂戴」


 レマが男の言葉に耳を傾けていると、ドアの向こうから誰かが駆けて来る音が聞こえた。


「ごめんなさい、後でまたかけ直すわ」


 レマは通信を切って立方体を懐にしまい、ドレッサー兼学習机の前に座って、適当な本を手前に引き寄せてページを開く。

 それと同時に、部屋のドアが開け放たれた。


「ただいま! レマちゃん一人?」


 元気良く入室してきたのはリアで、レマは今本に落としたばかりの視線を彼女に向ける。


「おかえりなさい。ええ、一人よ」


「もしかして今日ずっと部屋で本読んでたの?」


「ほとんどはね。貴方はどこか出かけてきたの?」


「うん、中央通りをブラブラしてた!」


「……その割には、何も買っていないのね?」


 リアは「うっ」と言葉を詰まらせて、恥ずかしそうに小さな声で言う。


「その、あたし、お金持ってなくて……」


 学院が工面してくれるのは、生活費と学院に必要な物品の購入にかかる費用だけ。娯楽にかけるお金は当然その中には含まれない。

 下段から無一文でやってきたリアとラクアは、会計の時までそのことを失念していた。


「下働きでもして稼ぐしかないわね」


「うーん、それって皆やってるものなの?」


「過半数は親からお小遣いでも貰ってるんじゃないかしら? でも貴方の場合はそういう訳にもいかないでしょう。下段とここじゃ物価が違いすぎるし、稼ぎ手が居なくなって一人で細々と暮らしてる母親に負担をかけたくないのなら、今は我慢した方がいいわ」


「だよねぇ……、まぁ、何かできそうなお仕事があったら考えてみようかなぁ……」


 とはいえ、これまで親の手伝い程度しかしてこなかった自分に出来る仕事などあるのだろうか?

 それに仕事内容がどんなものであれ、一段目の常識すらまだろくに理解できていない身では、働く以前の問題が――、


「……あれ?」


 そこまで考えて、リアは気付いた。本のページを捲るレマを不思議そうに見つめる。


「あたし、レマちゃんに下段出身だって話したっけ?」


 レマの手が止まった。が、その心境を理解していないリアは続ける。


「それに、パパが死んだってことも、ママが働いてないってことも……」


「言ってたわよ、覚えてないの?」


「えぇ? そうだったっけ? うーん……」


「聞いてもいないことを私が知っているわけないじゃない、エスパーじゃないんだから」


 確かにまぁそれはそうか。深く考えることを得意としないリアは、忙しい日々の中で些細なことは忘れてしまったのだろうと簡単に納得してしまった。


「レマちゃんもお小遣い貰ってるの? っていうか、あたしレマちゃんのことほとんど何も知らないや。教えて!」


「教えてって……、別に、聞いて面白いようなことは無いわよ?」


「知りたいだけだからそれでいーの! せっかく同じ部屋に居るんだから、仲良くしたいんだもん! ――って、こういうの迷惑だったら、無理にとは言わないけど……」


 しゅん、と勢いをなくして俯いたリアに、レマは思案して、それから語り始める。


「……私は、産まれた時から必要とされることだけをしてきたわ。両親が、そのまた両親が、何代も前からずっと続けてきたことを引き継いで、そしてこの先に繋げていくために」


「んん? レマちゃんのお家、何かのお店屋さんなの?」


「お店とは違うけれど……、まぁ、それでもいいわ。 ――とにかく、私はその役割を全うするために、同じゴールを目指す人たちと切磋琢磨して生きてきたの。だから、こんなのんびりした場所で、育ってきた環境の全く違う子たちと一緒に過ごす場合、どう振舞えばいいのかわからなくて、正直困ってるのよ」


 小さい頃から両親の仕事の手伝いばかりしてきたから、こんなにしっかりしてるんだなぁ。それで周囲の子たちと話が合わなかったりするんだろうなぁ。リアはそんな風に解釈した。


「あ、じゃあ別に、喋りかけられるのが嫌って訳じゃないんだ?」


「ええ、でも……」


「なら、これからいっぱい話しかけるね!」


 リアは本の上に置かれていたレマの手を取って、両手で包み込んだ。

 屈託のない笑みを向けられて、レマは思わず目を背ける。


「それはいいけれど……、私と無理に喋っても、貴方が疲れるだけだと思うわよ?」


「そうかな? 私もね、下段じゃあんまり学校の子とお話とか出来なかったから、ここに来てから色んな人と喋れてすっごく楽しいんだ! だからレマちゃんとも色んなお話が出来るようになりたいし、レマちゃんにもこの楽しさ味わって欲しいし、あと出来たら、ミーナちゃんとも仲良くして欲しいなぁって……」


 恐らく言いたかったのは最後の部分なのだろう。

 なるべく不自然にならないように和解を促そうとするリアのぎこちなさに、レマが苦笑する。


「ごめん、あたしもこういう時どうやって伝えたらいいのか、いまいちわかってなくて……」


「別に、それでいいんじゃないかしら? とりあえず、貴方の言いたいことは伝わったわよ」


「ほんとっ?」


「実際に仲良くやれるかどうかはさておいてね」


「えぇ……」


「どうせそんなに長く付き合うわけじゃないんだから、そんなに深刻に悩まなくてもいいんじゃない?」


「長いじゃん! 六年だよ? 部屋替えとかで離れることはあるだろうけど、それでも暫くは一緒でしょ? それに卒業したって、同じ国に住んでるんだから、いくらでも会う機会あるだろうし……」


 と、そこでレマは、穏やかだった表情を一変させて、リアの手を解き立ち上がった。


「……貴方の考えを否定するつもりはないけれど、一つだけ忠告しておくわ。――未来が自分の思い描く通りにやって来るだなんて、思わないほうがいい」


 レマの言葉に、その威圧的な雰囲気に、リアは気圧されてしまう。

 だが、それは一瞬のことで、


「……そろそろ夕食の時間だから、先に食堂に行ってるわ」


 相手はすぐにいつもの雰囲気に戻ると、一人部屋を出て行った。


「え? あ、うん……」


 何か気を悪くすることを言ってしまったのだろうか?

 突然態度を豹変させたレマに、リアは暫く呆然としていたが、ぐぅ、と鳴いた腹の虫にハッとして、自らも食堂へと向かった。





 そして、時計の針が回りきり、日付を跨いだ深夜。

 学院の生徒達がすっかり寝静まった頃、中央通りで暮らすマルナも、自室のベッドの上で小さな寝息を立てていたが、


「――ひぁっ!?」


 突如聞こえてきた破壊音に飛び起きた。


 ハーヴィ武器専門店は一階が店舗と工房、二階住居となっている。

 今マルナが聞いた破壊音、ガラスを叩き割ったようなそれは、一階から上がっていた。


 眠気眼を擦りながら、マルナは部屋と廊下の明かりを点けて一階へと向かう。

 そしてその目に飛び込んできたのは、


「……な、なんですか……!?」


 店内に飛散したガラスと、吹きさらしで空になった店のショーウインドーだった。


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