13.水面下の攻防
ステラおばさんへ
お久しぶりです、ラクアです。そちらを出てからもう一ヶ月が経ちました。おばさんの方はお変わりないでしょうか? 俺達は元気にやっています。
リアはもう随分こちらの生活に馴染んだようで、学友や先輩、教官方に囲まれながら、毎日授業に励んでいます。
そちらに居た頃に比べると、学院内で妙に浮くこともなく、そのおかげで笑っているところを見るのも増えたように思います。
それでもやっぱり内心では、おばさんの傍に居られないことを寂しがっているのでしょうが。
そちらに顔を出せればいいのですが、長い休みにでもならないと許可が下りないようで残念です。
一番早くて夏にその休みがあるそうなので、その時はまた連絡します。
*
「これでよし、と」
自室の机に向かって手紙をしたためていたラクアは、一度文面を読み返してから、走らせていたペンを置いた。
今日は休日で、時刻はいつもならそろそろ授業が始まる頃だ。仕上げたばかりの手紙を携えて、ラクアは席を立つ。
「あれ、どこかへお出かけかい?」
朝から部屋のシャワーを浴びていたナイゼルは、濡れた髪を拭きながら尋ねた。ちなみにオリバーは、課題の提出がどうのと言って、ラクアよりも早く部屋を出ている。
「ああ、リアのところへ行って来る」
「おや? もしかするとデートかな?」
「違うっ! 下段に居るおばさん――リアの母親に、近況報告くらいはしておこうと思って。前にリアが約束してたし、きっと心配してるだろうから」
「へぇ、それで手紙を? でも下段に手紙なんて、どうやって届ける気なんだい?」
「なんか届けてくれる人が居るらしいけど……、暗行御史とかいう……、知らないか?」
「暗行御史? さぁ、僕は聞いたことがないけれど」
ということは、一般には知られていない役職なのか。
ラクア自身も暗行御史が何なのか、まだ詳細は聞いていない。分かっているのは下段専門の見回り役、というざっくりとした役柄だけだ。
「確か人間だって言ってたけど、それだけじゃわからないな……」
「ウォレア様に聞くのが一番早くて確実なんじゃないかな? 休日だから、学院に居らっしゃるかはわからないけれど」
「そうだな、ちょっと探してみる」
ナイゼルに見送られ、ラクアは軽く手を振って部屋を出た。
休日とあって、寮内はいつもより静かだ。だがメイド――学院なので、正しく言えば用務員さんだろうか――達は平日と代わらず、広い寮内の掃除に勤しんでいる。ロビーには、寮母であるユリアナの姿も。
「あらラクアちゃん! 朝早くからお出かけ?」
「はい。ユリアナさんも、朝から晩までいつもお疲れ様です、有難う御座います」
「うふふ、どういたしまして。ラクアちゃんは本当に良い子ね~!」
抱きしめられてすりすりと頬を寄せられて、ラクアは苦笑した。
それが日常の風景になっているので、周囲のメイド達も大したリアクションはせず、黙々と掃除を続ける。
「そういえばユリアナさんは、暗行御史ってご存知ないですか?」
学院のことであれば大抵は答えてくれるユリアナだ。暗行御史が学院関係の役職でないなら流石にわからないだろうが、ラクアが駄目元で聞いてみると、ユリアナはサラリと答えてくれた。
「暗行御史と言えば、下段の見回りのかしら?」
「そう! それです! あの、その人にちょっと用があって会いたいんですけど、どこに行けば会えますか?」
「そうねえ、一番会いやすいのは戦科のイアンちゃんかしら? 暗行御史の中で唯一の現役学院生なの。彼もラクアちゃんに負けず劣らずとーってもいい子でね?よくお仕事を手伝ってくれるのよ~」
我が子の話をするように、どこか誇らしげに語るユリアナ。
と、そこへ、
「お邪魔しまーす!」
不意に元気な声が飛び込んできた。声の主はリアだ。
「あら、いらっしゃいリアちゃん!」
「えへへー、おはようございますユリアナさん! ――ってあれ、ラクア? どっか出かけるの?」
「いや、ちょうど今からお前のところに行こうと……」
「あ、ほんとに!? あたしもね、ラクアを誘いに来たんだよ~! せっかくのお休みだし、どこか出かけない?」
「それはいいけど、その前に手紙出しに行かないか?」
「手紙? なんの?」
「おばさんに出す手紙、この一ヶ月はずっとバタバタしてて出せなかっただろ?」
「ああ! 今日出すの? じゃあちょっと待ってて!」
どうやら手紙を出すこと自体を忘れていたわけではないらしい。
リアは素早く戦士族寮へ駆け戻り、封筒を手に数分で帰ってきた。
「はい、準備オッケイ! で、どうやって出すの?」
「とりあえずイアンさんを探さないとな……、ユリアナさん、どこに居るかわかります?」
「そうねぇ、お部屋はわかるけれど、外に出てることのほうが多いから……、なんだったら校内放送で呼びかけてみる?」
それなら確実だろうが、休みの日にわざわざ呼び出すのも心苦しいと、二人して悩んでいるところに、
「イアンに何か用?」
どこかへ出かけるのか、寮の部屋から出てきたフィアが声をかけた。
他にろくに着る服もなく、休日でも構わず制服姿で居るラクアやリアとは違い、フィアはその髪と同じ純白のシフォンワンピース姿だ。
「え? ああ……そうだけど、知り合いなのか?」
「うん、すごく知り合い」
答えながら、フィアは手持ちのバッグから、例の携帯電話を取り出して操作する。
どこにかけるのかと思えば、
「あ、もしもしイアン?」
相手はまさかの探し人本人だった。
フィアの顔が広いのか、はたまたイアンの顔が広いのかは定かではないが、結局呼び出すことになってしまいラクアが申し訳なく思っていると、数分して寮の扉が騒々しく開かれた。
「フィア様っ! 一体何が――」
息を切らして必至の形相になっているその黒髪の青年は、ビックリして目を見開いているリアとラクアを見て言葉を切る。
そんな二人と一緒に居るフィアは涼しい顔で、
「来てくれてありがと。この二人が用があるんだって。私は本屋に行って来る。それじゃ」
そう言って離脱した。
青年――イアンは一瞬呆然とした後、はっと我を取り戻してフィアの背に叫ぶ。
「フィア様! お出かけになるのならアルス殿にお声をかけてくださいよ!」
フィアは一度振り向いて頷き、携帯を耳に当てながら遠ざかっていった。
はぁ、と息を吐きながら肩を落とすイアンに、頃合を見てラクアが話しかける。
「あの、貴方が暗行御史のイアンさんですか? すみません、何か大事になっちゃったみたいで……」
「いえ、お気になさらず。彼女から連絡が来るのは稀なので、何かあったのかと思って……、私の早とちりでしたね、お騒がせしました。お察しの通り、私は暗行御史のイアンと申します。暗行御史という役職はあまり認知されていませんので、一般的には〝白組戦科三年生のイアン〟で通っています。以後お見知りおきを」
あまり良い表現ではないかもしれないが、彼を一言で言い表すのなら〝優男〟といったところだ。綺麗に整えられた短い黒髪と白いタイの付いた制服姿は、その風貌にとても良く似合っている。
その立ち姿はさながら執事のようで、先ほど慌てて駆け込んできた時とはまるで別人だ。
そんな彼の丁寧に自己紹介を受けたリアとラクアは、同じように名乗ろうとして、
「君達は、下段から来たラクアくんとリアさんですね?」
先に言い当てられてしまった。
「君達にとって私は今日初めて会った見ず知らずの男でしか無いでしょうが、私の方は以前から君達のことを知っていましたから。勿論、お話するのはこれが初めてですがね」
「あの、もしかしてイアンさんも、フィアちゃんの従者さんですか?」
「まぁ、そんなところです。〝も〟ということは、アルス殿とは既に面識があるようですね?」
「はい! この前、危ないところを助けて貰いました!」
何やら嬉しそうに当時のことを語るリアの話を、ラクアはいまいち面白くなく感じながら聞き流す。
「それで、私に何か用があると聞きましたが?」
「あ、そうなんです。下段にこの手紙を届けてもらいたいんですけど……、以前ウォレアさんに、暗行御史に頼むように言われたので……」
「ああ、その話でしたか。ちゃんと聞いていましたから、承りますよ」
初対面で不躾かと思ったが、快く手紙を受け取ってくれたイアンに、ラクアがほっと息をついた。
「その〝あめんおさ〟って何なんですか? 郵便配達も仕事なの?」
「主な仕事は内情調査ですね。君達がよくご存知の通り、下段と一段目では距離だけでなく標高差やあの雲海がありますから、どうにも国王陛下の目が届かないんですよ。ですから、陛下に代わって下段の実状を調べて、ご報告に上がるのが暗行御史、というわけです。基本的には下段で起こることに手出しはしませんが、大規模な事故や事件が発生した際はその限りではありません。下段もモルタリアの一部ですから、全く干渉しないわけにもいきませんので」
「なるほど……、つまり下段と一段目の橋渡しをしてくれてるんですね」
「ええ。なので君達の手紙をお届けするのも、全く無関係の仕事というわけじゃないんですよ。というわけで、これは責任を持って届けさせていただきますね。ちょうどこれから、下段に向かうところでしたから」
「えっ?」
まさかまた何か事件でもあったのかとラクアは顔を曇らせたが、それを見てラクアの心中を察したイアンは笑って否定した。
「ただの定期視察ですよ。もし下段で何かあれば、君達にもちゃんとお伝えしますから、安心して下さい」
ほっと胸を撫で下ろしたラクアに微笑んで、イアンは短く去り際の挨拶を述べると、フィアに続く形で学院を出て行った。
リアはぶんぶんと大仰に手を振り、それを見送る。
「いい人だねイアンさん! それにしてもフィアちゃんはすごいなぁ、何人お付きの人が居るんだろ?」
「さぁな」
「あれ、興味ない感じ?」
「いや、なんかもう、そういうのに慣れてきたというか……、まぁとにかく、手紙はこれで大丈夫だな」
「だね! ラクアはこの後どうするの?」
「別に何も予定はないけど……」
「じゃあ一緒に出かけよ!」
ニコニコして誘ってくるリアに、結局それかと思いつつラクアは頷いた。
ナイゼルに言われたデートという単語が脳裏に浮かんだが、ラクアは頭を振ってその言葉を追い出す。
確かに血の繋がりがない手前、休日に男女が二人きりで出かけるというのは、それに近いのかもしれないが。だが、長い年月を家族として過ごしてきたせいで、そういった雰囲気はまるでない。
下段での日々を思い返しながら、ラクアは故郷のある方角を見つめた。
(おばさん、今頃どうしてるかな)




