12-② 波乱な一日の終わり
「そっか、君が〝リアちゃん〟だったんだね」
ひとしきり泣いた後、ようやく落ち着いて事情を話したリアに、四年のアルスだと名乗った青年は頷いた。
リアはアルスに渡されたハンカチを握り締めながら、きょとんとする。
「あたしのこと知ってるんですか?」
「うん。君の同級生にね、フィアって名前の魔族の女の子が居る筈なんだけど、その子が君と一緒に居た友達から事情を聞いて、俺に連絡してきてたんだよ。崖から落ちた女の子が一人居るから、探してくれって」
「そうだったんですか……」
「という訳で、今から連絡するからちょっと待っててね」
どうやって? と首を傾げるリアの前で、アルスは懐から小型の通信用機械――フィアが持っていたのと同じ携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで操作し耳に当てた。
「……あ、フィア様? 言われてた子見つかりましたよ~、意識もハッキリしてるんで大丈夫そうです、これからそっちにお連れしますね~。フィア様の方は何も問題ないですか? ――ならよかった、それじゃこのこと、皆に伝えておいて貰っていいですか? ――有難う御座います、じゃあまた後で」
リアの目には長い独り言を喋っているようにしか映らない方法で、フィアへの連絡を済ませたアルスは、今度は更に別の黒い箱を取り出して、それを口の前に掲げて喋る。
「もしもーし、例の子保護したよ~、今から一緒に出口まで行くけど、皆はどうする?」
すると今度は、その問いへの返事がリアの耳にも聞こえた。
ザーザーというノイズ音を含んだ男性の声が、その箱から漏れている。
『それは良かった。なら俺もそうしよう、見たところ魔獣の影はもうないしな』
「りょうかーい、ララは?」
『私の方もひとまずは大丈夫そうだ、切り上げることに異存はないぞ』
ララ、と呼ばれて応えた声は女性のものだった。
アルスは「じゃあ出口に集合ね~」と言って、通信を終える。
「さてと、それじゃそろそろ行こうか。ちょっとだけ我慢しててね」
「へ?」
アルスの言葉が何に対してなのかわからず、疑問符を飛ばしていたリアの膝裏と背中に、返事を待たないアルスが腕を回した。そして、そのまま持ち上げる。
突然の浮遊感に、リアが慌ててアルスの服に掴まった。
「び、びっくりした……!」
「あはは、ごめんごめん。その傷じゃ歩くのしんどいかなーと思って」
確かにアルスの言うとおり、今のリアは打撲・擦り傷・切り傷のトリプルコンボで、全身ボロボロだ。
血こそ止まってはいるものの、あまり無理が出来る状態ではない。リアは素直にアルスに甘える事にした。
「そういえば、アルス先輩はどうしてこんな所に居たんですか? 崖から落ちたわけじゃないんですよね?」
「だったら面白かったんだけどね~。俺達四年生も、今日は此処で実習があったんだ。内容はリアちゃん達と違って、遊び心のないただの魔獣退治なんだけど。フィア様には一応伝えておいたんだけど、そのおかげでこうしてリアちゃんを助けられて良かったよ」
「そうだったんですか……、っていうか、そのフィアちゃんさんってどんな子なんですか? 戻ったらお礼言わないと!」
「えっとね~、いつもちょっとぼーっとしてて、あんまり口数多い方じゃないんだけど、優しくって良い子だよ。髪の毛が銀色だから、すぐわかると思う」
〝銀の髪の毛〟で〝魔族〟と、ここまで聞いた特徴から、フィアの外見をイメージしていたリアは、以前実技テストで見た彼女の姿を思い出す。
「もしかして、ラクアを助けてくれた子かも!」
「ラクアって?」
「あたしの家族なんです! 前にちょっと魔獣に襲われかけた時があったんですけど、その時魔族の女の子が助けてくれて、その子も白っぽい髪色だったなーって」
「そんなことがあったんだ? フィア様はそういう報告いまいちしてくれないからなぁ~、まぁ、怪我してないなら良いんだけど」
そんな他愛の無い会話をしながら、二人は薄暗い森の中を進む。
アルスやその同級生が近辺の魔獣を駆逐していたおかげで、出口までの道中に魔獣と出くわすことはなかった。
さっきの箱がそれぞれ携帯電話と無線機なのだという話や、無線機で喋っていた相手は彼の同期の友人なのだとか、アルスと話をしている内に、リアの中にあった恐怖心はすっかり無くなっていた。
やがて地面が緩やかな斜面になり始めた頃、別々の方角から無線機で喋っていた相手と思しき男女が現れた。リアを抱える男性に、親しげに声をかける。
「アルス! その子が例の子か? 大丈夫なのか?」
「ちょっと見つけるのが遅かったみたいで怪我させちゃった、崖から落ちた割には軽傷で済んでるとは思うけど……」
「そうか……、運がよかったな、お嬢さん」
言葉遣いも服装も男子生徒のそれだが、そう言ってリアに微笑みかける相手は確かに女性だった。声の高さと豊満な胸がそれを現している。
短い紺色の髪と赤いフリルタイから、彼女が戦士族なのだということも窺い知れた。
「だが、その傷はすぐにでも手当てした方がいいな。それに、あれだけの高さから落ちたんだ、一見軽そうでも、内部を損傷している可能性がある」
もう一人の男性は、肩上までの長さのウェーブがかった亜麻色の髪に青のフリルタイ。
魔族生徒なのだろうが、そんなことよりもリアはその端整な顔立ちに既視感を抱いた。
「あれ……? あの、どこかで会ったことありませんか?」
「? いや、初対面だと思うが」
相手の言うとおり、彼とは今が初対面であることは間違いないはずだ。これまでに、他学年との交流の機会はまだ訪れていないし、学院内ですれ違っただけで覚えられるほど、リアの記憶力は良くは無い。
だが、リアはその顔をよく知っているような気がした。それが何故なのかはわからないが。
「とにかく、今は早急に出口まで届けてやった方がいい。彼女と共に居た生徒達は心配している筈だ」
「そうだね。 ――ところで二人とも、グエルさん知らない?」
アルスはリアを担ぎ直しながら、困ったように眉を下げて二人に尋ねた。
今までの流れからして、恐らくは同じ四年生の友人なのだろう。
「いや? 俺は見てないが……、無線で連絡してみたらどうだ?」
「それがさー、何回も呼びかけてるんだけど、全然応答してくれないんだよね~。セリウスからなら応えるかもしれないし、ちょっと試してみてくれない?」
「わかった」
「またあいつは身勝手なことを……! もうあんな奴放っておけ!」
無線機に喋りかけるセリウスと、何やらお怒りのララを連れて、リアはようやく森の出口に辿り着いた。
応急手当を受けながらその帰りを待っていたラクア達は、口々に名を呼びながら彼女に駆け寄る。
「リア! 大丈夫か!? その怪我…!!」
「大丈夫だよ~、そんなに酷くないから! ――っていうか、そっちも怪我してる! どうしたの!?」
「貴方が落ちて行ったことに比べれば、些細なことですわ。それよりも、本当に心配しましたのよ! もう二度と危ない真似はしないでくださいなっ!」
「あれ、ロザリーちゃんも一緒だったんだ?」
「彼らが信号弾を打ち上げてくださったおかげですわ。それに、もうこの話は学年中に広まっていますわよ?」
「えっ、うそ」
気付けば、その場に居る皆が揃ってリアを見ていた。予想以上の注目を浴びて、恥ずかしくなったリアが両手で顔を覆う。
一方のラクアは、そんな彼女を抱えているアルスに目を向けた。
「貴方が助けてくれたんですよね? 有難う御座いました」
「どういたしまして。君って確か前にフィア様と一緒に居た子だよね?」
「はい、ラクアっていいます。ラクア・ベルガモットです」
内心、リアが泣きはらした顔をしていることや、わざわざ公衆の面前にお姫様抱っこで登場したことに対して色々と思うところも聞きたいこともあったのだが、それらを飲み下してラクアが言うと、
「えっ……?」
何やらアルスは妙に驚いた顔をした。その反応に、ラクアも驚きを返す。
「えっと……、何かおかしかったですか?」
「あ……、いや、ごめん、何でもないよ。とりあえず、彼女はお返しするね」
ゆっくりと近くのベンチに降ろされたリアは、改めてアルスに礼を言った。
頭を下げるリアに「気にしないで」と笑って、アルスはフィアの元へ。その傍らにはウォレアの姿もある。
そんなアルスと入れ替わるようにして、フィアと一緒に居たナイゼルが、リア達の元へやって来た。
それを見たセリウスは、
「ナイゼル? ――彼女はお前の友人だったのか」
驚いた様子でそう言って、その声で漸く相手の存在に気付いたらしいナイゼルも同じ反応を返した。
「あ、兄上……!」
「えっ!?」
「ああーっ! わかった! ナイゼル君に似てたんだ! 通りで見たことある顔だと思ったよ~!」
一人謎が解けてはしゃぐリアと違い、ナイゼルはなんとも言えない複雑そうな顔をしていた。
その顔を見て、ラクアは以前、彼がユリアナと兄の話をしていた時のことを思い出す。
(そういえば前にお兄さんの話が出た時も、微妙な顔してたな……)
はしゃいで新たな怪我を増やしそうなリアを制しつつ、ラクアは失礼がない程度にセリウスを観察した。
顔は瓜二つだが、兄の方はナイゼルと違って随分落ち着いているようだ。ナイゼル独特の芝居がかった言動も、見ている限りでは無い。
「よう、ご苦労だったなお前ら!」
キャラの違いで気が合わないのだろうかと考えていたラクアは、次いでやってきたバレッドの方を向いた。
バレッドはまずリアを見て、その頭をわしわしと撫でる。
「ほれみろ、大した怪我じゃねーだろ? 崖から落ちたくれーで心配し過ぎだっての、なぁ?」
「いや、崖から落ちたら誰だって心配しますよ。あと、大した怪我です」
「折れてねぇ取れてねぇ程度の怪我は戦士族語じゃかすり傷って言うんだよ、過保護だなぁお前」
「そっ、そりゃあ俺が一番付き合い長いんですから、当たり前じゃないですか」
照れてそっぽを向くラクアに笑いながら、バレッドが今度はララに目を向ける。
「こいつらが前に話してた例のがきんちょ共だ、宜しくしてやってくれよ」
「この子たちがそうでしたか……! では、きちんと挨拶をしておかなければなりませんね」
宜しくと言われたララは咳払いをして、リア達に向き直った。
「私は赤組四年生のララ・シルヴァリエという。君達の話は教官方や兄上から聞いていたが、実際に会うのは今日が初めてだな、宜しく頼む」
「シルヴァリエ……? あれ、なんか聞いたことある気が……?」
「兄はパレス要塞に勤めているからな、君達が一段目にやって来る際に顔を合わせたと聞いている」
「――あっ! あの、ロードって呼ばれてた人ですか……?」
ララの説明で、ラクアは以前要塞で、バレッドと親しげに話していた軍服姿の青年の姿を思い出す。
「そうそう、そのロードお坊ちゃんな。ララはあいつの妹だ。ちなみにこいつの父親、シルヴァリエ家の当主は戦士族区の区長だぞ~」
と、いう事は。意味を理解していないリアが疑問符を飛ばしまくっている隣で、ラクアは「また高家か」と言ってしまいそうになるのを堪えた。
「つまり、戦士族のトップの方ってことですか……?」
「おー、ちなみに血筋で家格決めてる魔族と違って、戦士族は実力主義だからな、名実共にこいつの家は戦士族最強ってわけだ」
「あまり持ち上げないで下さい教官。確かに父上は偉大ですが、私はまだまだその名を語るには分不相応な身です。父や兄はもちろん、貴方にも遠く及ばない」
「そりゃ単に年の功ってやつだろ、もっと自分を誇れよ。んでもう一人……」
バレッドはセリウスを手招きで呼び寄せた。彼と喋っていたナイゼルは、バレッドのもとへ向かう兄の背中を、複雑そうな顔でじっと見つめている。
「こいつはセリウス・フォン・フォルワードだ、フォルワード家についてはもう知ってるか?」
「はい、俺は前にナイゼルに聞きました。魔族区のエルトリアっていう市を治めてる、伯爵家の方……ですよね?」
「ああ。弟が世話になっているな」
「つーわけでまぁ、この二人が今後のお前らの専属指導員だ」
「専属指導員? なんですかそれ?」
「お前らは他の生徒に比べて知識も経験も不足し過ぎだからな、授業だってロクについていけてねーんだろ?」
図星を突かれて、リアとラクアは押し黙った。その素直な反応に、バレッドが笑いつつフォローを入れる。
「下段出身じゃ仕方ねーよ。でもまぁ、だからってお前ら二人だけのために、授業のレベルを落とすわけにゃいかねーからな。そこでこの二人に、お前らと他の生徒との差を埋める手助けをして貰うってわけだ。具体的に言えば、授業の合間や放課後、お互いが望むんなら休日でもいいが、そういう空いてる時間に色々と教える講師――、まぁ家庭教師みたいなもんだな」
「え」
〝勉強する時間が増える〟という部分だけを理解したリアは嫌そうな顔をしたが、ラクアはそれは有難いと礼を言った。
「でも、それって俺たちには良くても、先輩方の負担になるんじゃ……」
「一応、その分内申点を上げるっていう条件付きでな、こいつらもそれで承諾してるから、んな気にすんな」
「私に指南役が務まるかどうかはわからないが、引き受けたからには誠心誠意やらせてもらうつもりだ。よろしくな、リア君」
にこやかに手を差し伸べられて、その好意を無下にすることも出来ないリアは、渋々それを掴んだ。
その横で、セリウスとラクアも握手を交わす。
「厄介な風の精霊に懐かれているらしいな? 魔族の何たるかを教える前に、まずはそちらを解消しなければ」
「解消できるものなんですか?」
「前例のない話だ、やってみなければ分からないが……、いつまでもそのままで居る訳にもいかないだろう、俺が思いつく限りのことはさせて貰う」
「ま、この二人は歴代屈指の優等生だからな、期待していいと思うぞ」
持ち上げられた二人は、居心地が悪そうに苦笑する。
「それを言うなら教官、貴方の方がその名誉に相応しいでしょう? まぁ、バレッド教官もウォレア教官も今は多忙な身だ、せめて元々この任に就くべきだった二人であれば、より君達の為になったんだが……」
「あれ、元々は別の人だったんですか?」
「ああ。私とセリウスはそれぞれ学年二位の成績でな。最初にこの話が振られたのは主席の二人だったのだが、生憎と都合がつかなかったらしい」
セリウスはともかく、戦士族の中で、トップの実力を持つ家柄のララが二位?
流石に口には出さなかったが、ラクアはその違和感に内心で首を傾げた。
まあ、親が最強だからといって、その子供も同じだけの実力があるとは決め付けられないかもしれないが。
「そういや、その学年主席の魔族のお坊ちゃんはどーしたよ? お前らと一緒だったんじゃねーのか?」
「それがまたあいつは単独行動を……」
「一応連絡は入れておきました、暫くすれば戻ってくるかと」
「ったくしょーがねぇ奴だな~、おめーの教育がなってねーんじゃねぇのか? ウォレア」
アルスやフィアと話し終えたのか、ウォレアが二人と別れてリア達のもとにやって来るのを見て、バレッドが嫌見たらしく言う。
「それはすまなかったな。まぁ奴であれば、魔獣にやられてしまうようなことも無いだろう。 ――さて、お前達はそろそろバスに戻っていろ、予定していた撤収時刻はとうに過ぎている、寮母が心配しているだろうからな」
そうウォレアに促されて、話を聞く間に軽い手当てを施されていたリアとラクアはそれに従った。
ラクアの肩を借りてバスに乗り込んだリアを見て、その到着を待っていた友人たちが、わらわらと集まってくる。
「リアさんっ、ご無事ですか!? すみません、わたし何も出来なくて……!」
「マルナちゃんが謝ることじゃないよ、勝手に転げ落ちていったあたしが悪いんだもん。心配してくれてありがとね!」
「ほんっとマヌケよね! っていうか、アンタさっき長の娘と喋ってたでしょ。何の話してたのよ?」
「長の娘ってララ先輩? なんかねー、専属指導っていうのをやってくれるんだって!」
「はぁ!? なにそれ、もしかしてマンツーマンで稽古つけてもらうってこと!? 長の娘に!?」
アンタ何様なのよ! とこめかみを二つの拳で圧迫されて、リアが呻き声を上げる。
そこへ、普段ミーナが居る時は傍に寄ってこないレマが声をかけた。
「驚いたわ。あの高さから落ちて、それだけの怪我で済んだのね?」
「あ、うん。木がクッションになってくれたんじゃないかって。その後魔獣に追いかけられて色々怪我しちゃったけど、これくらいなら多分すぐ治るし、運が良かったよ~」
「何が〝良かった〟よ! 女なんだから肌に傷がついたらもっと嘆きなさいよ! ほんっとアンタは……」
くどくどと説教されて、リアが「なんかミーナちゃんってちょっとラクアに似てる……」と呟き、それに反応したミーナが怒り、それらを見たマルナが愉快そうに笑う。
緊張から解放されてすっかり普段の調子を取り戻した女性陣だったが、レマだけは一人、神妙な顔で何かを考え込んでいた。
「オリバー? どうしたんだ?」
そして、それを遠くの席からじっと見ていたオリバーは、ラクアに名を呼ばれてようやく視線を外す。
「あ、ううん、楽しそうでいいなぁと思って。リアさんが無事でよかったよね」
「本当にな……、なんか、今日はどっと疲れた……」
「色々とあったからね。 ――それにしても専属指導員とは、教官方もなかなか良い計らいをしてくれるものだね。兄上の指導なら、きっとすぐに上達できるよ」
ナイゼルの表情を見るに、その言葉は本心からのものなのだろうとラクアは感じた。
だが、やはり先ほどセリウスと対面していた時の彼の様子が気にかかる。
「……なぁ、あんまりこういうこと突っ込んで聞くものじゃないかもしれないけど、お兄さんと何かわだかまりでもあるのか?」
「え? ……そんな風に思われてしまうような顔をしていたかな?」
困ったように笑うナイゼルに、ラクアは自分の予想が外れていなかったのだと思ったが、彼は緩く首を振った。
「わだかまりというほどのことでもないよ、少し引け目を感じているだけで。出来た兄を持つ者なら、誰しも感じ得るであろう程度のものだよ」
「そうか……、でも、ナイゼルだって十分凄いだろ?」
「そうかな? 有難う。でもまぁそういう訳だから、君が気にかけるような事じゃあないよ」
正直、それだけのようには見えなかったのだが、これ以上の詮索を避けるような物言いをされたラクアは首肯するしかなかった。
ナイゼルは「そんなことより今はあの男が~」とレオルグに対する愚痴を漏らし始める。
そのレオルグはといえば、未だバスの中には居らず、外でなにやらバレッドに絡まれていた。
開いた窓から「お前に賭けてたのに」だの「全部使うことないだろ」だの、よくわからない単語が聞こえてくる。結局あの二人がどういう関係なのかもわからないままだ。
わからないと言えば、フィアのことにしてもそうだなと、ラクアはちらと後ろの方の座席に目をやる。窓際に寄りかかって両目を伏せている彼女は、すやすやと寝息を立てていた。
同じように彼女を見ていたロザリアが、ラクアに気付いて口を開く。
「魔族教官たるお兄様なら、彼女の素性を知っているかもしれませんわね。まぁどうせ、聞いたところで教えては下さらないのでしょうけれど。まったく私に隠し事ばかり……」
「一応個人情報だろうし、仕方ないんじゃないか? 案外、本人に聞けばすんなり教えてくれるかもしれないぞ」
「確かに、それもそうですわね。この騒がしさの中で無防備に眠れるような方が、私より高家だとは思えませんけれど……」
「あの子が一番魔術使ってたから疲れてるんだろ、怪我だってしてるし」
俺も寝ようかな、と言いながら欠伸を吐いて、押し寄せる疲労感と睡魔に流されるままにラクアは目を閉じた。ロザリアはフィアの寝顔を観察していても正体は見抜けないと諦めて、リア達の輪に加わる。
やがて一年全員を乗せたバスは公園を出発し、月明かりの下を学院に向けて走り始めた。
静かになった公園には、別のバスで来た四年生たちがまだ残っており、そのうちの一人が、遠ざかっていくバスを見送りながら呟く。
あの子がそうだったのか、と。




