11-③ 魔族VS魔獣
「うわっ!? ど、どうしたらいいんだこれ!」
「戦い慣れていない者はお下がりなさい! 残りの全員で円陣を組みますわよ!」
うろたえるラクアを叱咤するように声を張り上げたロザリアは、噛み付こうとしてくるピーニアから距離を取って、武器である杖を構える。
錫杖のように先端の尖っているそれを群れに向けると、早口で詠唱を始めた。
同じくナイゼルも細身の剣を振りながら、魔術を繰り出す。
ロザリアの攻撃で敵が凍りつき、ナイゼルの攻撃で炎に呑まれていく。それを皮切りに、静かな森の中が一転して戦場と化した。
ラクアはとりあえず援護しようと武器を振り回したが、敵はその見た目に反して外皮が硬いゴムのようになっていて、斬り込もうとしても跳ね返されてしまう。
悪戦苦闘しているラクアに、途切れることなく魔術を連発するフィアが助言。
「この子たちは物理タイプだから、そういう攻撃はあんまり効かない。魔術の方がいい」
「でも、俺まだ魔術はろくに……、風の精霊の暴走だってまだ制御できてないんだ、前に話しただろ?」
「でも風の精霊を従えることは出来たんでしょ? 風の魔術でやればいいよ」
「簡単に言うけどな……」
次々と敵が押し寄せてくるこの状況で、そんな冷静に詠唱など出来るはずもない。
すると、背に庇っているオリバーが肩を叩いてきた。
「ラクアくん、これ使ってみて」
「これって……、ルーンか?」
「うん、今描いた簡単なものだから、威力は弱いかもしれないけど……」
渡されたのは掌大の平たい石だった。黒いマジックで表面に細かい紋様が描かれている。
「前に部屋でやったみたいに、源素を込めて、それからすぐ敵に向かって投げて」
「わかった」
どんな効果があるのか聞いておきたかったが、悠長にお喋りしている場合ではない。
ラクアは石を握り締めて、数回深呼吸した。手を開いて紋が全て光っているのを確認すると、目の前に居るピーニアへ投げつける。
石は敵の目前で眩く光ったかと思うと、大きな音を立てて爆発した。
近くにいた数匹が、その衝撃で吹き飛ばされる。
「うわっ、凄いな……」
「良かった。でも……」
オリバーはラクアの背中越しに、うぞうぞと動く群れを見た。
今の爆発で出来たばかりの空白が、他のピーニアによって埋められてしまう。
「どれだけ居るんですの!?」
「さぁね、そう簡単には終わらせてくれないと思うよ」
焦り始めるロザリアに応えるナイゼルは口調こそ落ち着いてはいるが、その額には冷や汗が流れていた。彼が予想していたよりも、敵の数が多いからだ。
人一倍活躍しているフィアも、僅かに顔を曇らせている。そして、一人何も出来ずに居るラクアを咎めるように呟く。
「ラクア、魔術」
「わかってるって! えっと……」
風の魔術、風の魔術……、何か捻り出そうにも、うまく浮かんでこない。
やるだけやってみようと詠唱してみても、術は不完全にしか発動せず、風がその場に流れるだけ。
「ああもう! いっそわざと暴走させて、試験の時みたいに突風でも起こしたほうが……」
「そんなことをすれば私たちまで巻き込まれてしまいますわ!」
切羽詰った二人のやり取りに、はっと閃いたマルナが叫ぶ。
「あのっ、ラクアさん! アルテミスのルーンを使ってください!」
「アルテミスって何だ!?」
「その子の名前です! 一つだけですけど、攻撃用のルーンを掘り込んであるんです!」
マルナが言う〝その子〟と言えば……、ラクアは握り締めている武器に視線を落とした。
「ルーンって、もしかしてこの全体に描かれてる模様のことか? ただのデザインだと思ってた……」
「それを使えば、強力な魔術が扱えます! ただ、消耗がかなり激しいので、今のラクアさんがそれを使うと、たぶん……」
「……源素切れで倒れる?」
マルナは申し訳無さそうに頷いた。
だが、これ以外に手段がないのならやるしかない。
「使い方は普通のルーンと同じなのか?」
「はい。充填に時間がかかると思うので、その間は……」
「私がなんとかする」
二人の会話を聞いていたらしいフィアは、ラクアの前に立って彼の盾になった。
ラクアは礼を言って、己のやるべき事に意識を集中させる。
「も、もうそろそろ限界ですわ……」
ロザリアが、次いでナイゼルが、魔術を打つのをやめて腕を下ろす。
無情にも、仲間の死骸を踏み越えて尚も進行してくる魔獣たちを、憔悴しきった面持ちで見つめた。
「教官方はまだいらっしゃいませんの……?」
「入り口からここまでは結構な距離があるからね……、あともう少し時間が稼げれば……」
ナイゼルが心配そうに見守る先で、フィアは一人で魔獣の群れと戦っている。二人が力尽き、ラクアがルーンに集中している今、この場に居る皆を護る盾は彼女だけだ。
しかし彼女も既に息は荒く、ロザリア達に負けず劣らず顔色が悪い。だが今彼女が攻撃をやめれば終わりだ。彼女を心配しているナイゼルも、「もうやめていい」という言葉をかけられない歯がゆさに唇を噛んだ。
あと少し。焦る気持ちで何度も目を開いて充填具合を確かめていたラクアは、武器を握る手に力を込めた。体内の源素を搾り取られて、既に意識が朦朧としてきている。
それでもこれで活路が開ける、そう思った矢先、
「――なっ、またかよ!?」
実技テストの際と同様に、風が吹き荒れ始めた。
それだけではない、武器を見れば、紋をなぞっていた光が逆再生のように消え始めている。
「どうなってんだよ!」
「そ、そんな、ルーンでも駄目なんですか!?」
「でも、部屋で使った時は普通に使えてたよ?」
「あの時は消費量が少なかったからね……、今回は源素が急激に減ったから、他所に流していることが風の精霊にバレたんじゃないかな」
「最悪ですわね……!」
せっかくの頼みの綱が無くなった上に、嵐のように荒れ狂う風のせいで、更に皆の体力の減りが早くなってしまった。
ついにフィアでさえも、力なく座り込んでしまう。
「ごめん、もうだめ……」
「どどどどどうしましょう!?」
「くそ……っ!」
攻撃が止んだことで、ラクア達が反撃の術を無くしたことを理解したピーニア達は、漸く訪れた好機を逃すまいと一斉に反撃を開始した。
鋭利な牙が前列に居た魔族四人の身体に喰らい付き、蛭のように纏わりついて来る。
こんな所で魔獣にやられている場合ではないのに。痛みに喘ぎながら、ラクアはリアが転げ落ちていった崖を睨んだ。
同時に、ぼとぼとぼと! と何かが頭の上に降って来る。
「!?」
一瞬雨かと思ったが、違う。
見れば、それは潰れたあの青い実だった。薄い紫色をした液体が、衣服や地面に染み込んでいく。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
そして、ラクア達に群がっていたピーニアは、突如悲鳴を上げて、彼らから飛び退いた。
まるで天敵にでも追われているかのように、一目散に茂みの中へ帰っていく。
「ど、どうなっていますの……?」
ラクアの体内の源素を消費するだけ消費して、風も元の穏やかなものに戻った。
訳もわからず呆然とする皆の前に、木の上に居たらしい男が下りてくる。
「! お前は……!」
その顔を見て、真っ先に反応したのはナイゼルだった。
彼に睨まれた相手の男は、傷だらけの四人を嘲るように見下す。
「はっ、やっぱり魔族はその程度かよ? 雑魚相手に揃いもそろって……」
何か言い返したいのだろう、口を開いたナイゼルは、しかし何も言えず閉口した。
悔しそうな友人に代わって、ラクアが尋ねる。
「えっと……、確かレオルグ、だったか? どうしてここに居るんだ?」
「たまたま通りがかっただけだ。てめーらが無駄に寄り集まってるせいで、あっちこっちから魔獣が湧いてきて道の邪魔になってんだよ。鬱陶しいから追い払っただけだ」
「追い払ったって、じゃああいつらが逃げていったのは……」
「んだよ、何も知らねーで集めてたのか? とことん残念な奴らだな」
呆れたように言いながら、レオルグは地面に散らばっている潰れた実を拾い上げた。
「〝ウレコジリス〟っつって、一部の魔獣にとっちゃ毒になんだよ。汁を絞ってそのへんに撒いときゃ魔獣避けにもなる。教官連中どもがここの経営者に頼まれたことを、行事にかこつけて俺らにやらせようって魂胆だろ」
「そういうことだったのか……、皆知ってたのか?」
「いいえ。そもそも魔獣除けなんて、市販されているものを使うのが一般的ですもの。そんな雑学を知る機会がありませんわ」
「そりゃ育ちのいい箱入りのボンボンにゃ不要な知識だろうよ。だが、それで命救われてりゃ世話ねぇな」
ロザリアはむっとした表情で相手を睨めつけたが、レオルグは何処吹く風といった様子。
場の空気がピリピリとし始めたのを感じて、マルナが慌てて口を開いた。
「あ、あの、つまりレオルグさんが助けてくださったんですよね? 有難うございました」
「あぁ? 別に助けたわけじゃねぇよ」
「でも……」
「てめぇらみてーに、弱ぇくせに無駄にはりきって出しゃばる奴らは目障りなんだよ。ろくに戦えもしねぇなら最初っからンなとこ来んじゃねぇ、愚図」
「……っ、す、すみませ」
「謝る必要はないよマルナ君」
萎縮するマルナの肩を叩いて、ナイゼルが語気を強めて言う。
「助けたわけじゃあないんだろう? ならさっさと行くといいよ」
「死に損ないが偉そうに指図すんじゃねーよ。言われなくても、てめーらと馴れ合うつもりはねぇ」
去っていくレオルグの背を心底憎らしいといった様子で睨みつけていたナイゼルは、やがて相手が見えなくなると表情を一変させて、疲労困憊のフィアを労わり始めた。
時を同じくして、ようやく教官であるウォレアがやって来る。
「すまない、遅くなった。どういった状況だ?」
「遅いですわよ! 魔獣に囲まれて追い詰められて、あと一歩のところで命を落とすところでしたのよ!? もう全て終わりましたわ!」
「そうか……、怪我人は?」
「白組は平気です。ただ、魔族の皆さんは見た通り……、源素も尽きかけています」
「わかった」
憤るロザリアと心配そうに皆を見守るオリバーに冷静に返し、ウォレアはまず魔族四名に己の源素を少しずつ分け与えた。
皆の表情が幾分かマシになって、マルナがほっとする。
「これでひとまずは大丈夫だろう。怪我の方は、悪いが入り口まで戻らないことにはどうしようもない。帰りは私が先導する、離れずについて来るように」
頑丈な制服のおかげで、歩く事がままならないほど深手を負っている者は居なかった。
それを把握して撤退しようとするウォレアを、ラクアが呼び止める。
「待ってください! まだリアが……」
「? サテライトがどうした? 一緒だったのか?」
「崖から落ちたんですのよ!」
「……何だと?」
二度目の説明を、逸る気持ちのラクアは手短に済ませた。
黙って聞いていたウォレアは、神妙な面持ちで呟く。
「まずいな……」
「やっぱりこの高さだと厳しいですか……?」
「いや、それもあるが……。――この崖の下はより高位の魔獣が住み着いていてな、今日も生徒たちがそちらまで行かぬよう見張りを置いていたんだ。もし落ちて無事であったとしても、それらの魔獣に遭遇していれば、今の彼女では太刀打ちできないだろう」
「そ……っ、じゃあ、すぐに助けに行かないと!」
「そうしたいのは山々だが……」
縋るような目で見てくるラクアに、ウォレアは言い渋った。
崖の下も、今居る場所と同じくとても広く深い森になっている。落ちた場所から動かずに居てくれれば良いが、もし勝手に動き回られていれば、手がかりもなく探すのは困難だ。
その上今日は他の生徒達も居る、彼らを放置して教師総出で捜索に行くわけにもいかない。かといって生徒を連れて行けば被害が増えるだけ。
「……とにかく、お前達を安全な場所まで送り届けるのが先だ。彼女は後で私が探しておく」
「後で!? 今リアが無事で居るかどうかもわからないんですよ!? 急がないと……」
「駄目だ、お前達を連れていくわけにはいかない。彼女を助けたいのならば、今は私の言うとおりにしろ」
「……っ!」
奥歯を噛みしめるラクアを見ていたフィアは、ふと懐の携帯が振動していることに気付いた。
画面に表示されている文字を確認し、受話ボタンを押して耳に押し当てる。
「もしもし。――うん、うん、……そう、わかった、ありがとう。……うん、私は大丈夫。――わかった、そう伝える」
皆が見つめる中、彼女は短い通話を終えて、いつもの無表情で皆に言った。
「見つかったって」




