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11-② 平穏を裂く狼煙

「うわ、何でこんなところに教官が居んのよ……」


 もうそろそろ終わる頃だろう。暗くなってきた空を見上げてそう見当付けたミーナは、一人出口へと向かう途中、ぽつんと立っている気弱そうな女性――ミスカ教官を見つけてそんな呟きを漏らした。

 森に入ってきた当初は周囲に居た取り巻きの生徒たちは、1時間もすれば皆飽きて森から出て行ってしまった。そういった者達が勝手に帰ったり公園を出て行ったりしないようにと、教官は皆入り口で待機しているはずなのだが。


 相手もミーナの存在に気付いて、相変わらずおどおどした口調で、


「あっ、そ、そろそろ陽が暮れますから、生徒の方は、す、速やかに森から出てくださいっ」


 と言った。ミーナは制服のポケットに入れた数粒の青い実を指先で弄りながら返す。


「アンタうざい」


「えっ? すっ、すみませんっ」


「なんで謝んの? そんなビクビクオドオドしながら言ったって、誰も聞きゃーしないわよ。いい大人のくせにみっともない……」


 ミーナはこの教官のことが嫌いだった。というより、彼女のように気が弱く、必要以上に周囲に怯え、他者に謙る類の者が総じて嫌いなのだが。

 彼女の担当は白組と黒組なので、赤組生徒であるミーナは普段関わることもないのだが、入学式や今日のように、全生徒で集まる際は嫌でも顔を合わせることになる。


「人間ってだけで魔族マグス戦士族ベラトールには蔑視されてるんだから、教官ならもうちょっとシャキッとしないさいよ。っていうか、こんなトコで一人で何してるワケ? もしかして他の教官の嫌がらせ?」


「え、あ、違います。その、この先は中級以上の魔獣が出るので、生徒達が過って行かないように、み、見張りを……」


 彼女の後ろは坂道になっていた。長く続くその坂はそれなりに急な斜面になっていて、深い森の奥まで伸びている。


「ふぅん、あっそ。でも別にそれ、アンタじゃなくてもいーじゃない。結局押し付けられたんでしょ?」


「そ、それは、その……あの……」


「いやぁ、待たせたなぁミスカ教官!」


 いきなり響いた大声に、木々に止まっていた鳥達が一斉に羽ばたいた。

 ミスカと一緒にビクッと肩を震わせたミーナは、その声の主を睨む。


「またアンタ!? いちいちうっさいのよ! もっとボリューム落とせないの!?」


「おお、お前さんはいつぞやの! いやーすまんなぁ、昔からこうでな!」


 ミスカの小さく弱々しい喋り方も嫌いだが、この男、アスターの無駄にデカい声量もどうかと思う。

 足して割れば丁度いいのではと、ミーナはうんざりとしながら思った。


「え、ええと、アスター教官、な、なんのご用で……?」


「いやな、そろそろ切り上げるらしいから迎えに来た!」


「え? む、迎えに、ですか? そ、そんな、わざわざ来ていただかなくても……」


「まぁそう言うな。ご苦労だったな! お前さんも一緒に帰るか?」


 肩に腕を回してこようとするアスターを払いのけて、ミーナが高い位置にある相手の顔を見上げる。


「何が〝ご苦労だった〟よ、仕事押し付けておいて、最後だけいい顔しようっての? 相変わらず性格悪いわね」


「ん? ミスカ教官がそう言ってたのか?」


「違うわよ、でもそうでしょ?」


「んまぁ、否定は出来んな!」


「最っ低! ちょっと、アンタも言い返しなさいよ!」


「えっ、えっ?」


 いきなり話を振られて、どうすればいいかわからずうろたえるミスカに、アスターが笑った。


「生徒に愛されてるなぁミスカ教官」


「はぁ!? 誰が誰を愛してるって!? アタシはコイツのこともアンタのことも大っ嫌いよ! 見ててイライラするから言ってるの!」


「これはまた見事なツンデレだな。照れるな照れるな!」


「何がツンデレよ! 調子乗ってんじゃ……」


 今にも殴りかからんばかりのミーナの怒声は、パァン! と突如森の中に響いた発砲音にかき消された。

 暗い森の上に星のように輝く光を見て、それぞれ喜怒哀楽を表現していた三人の顔が、僅かに険しくなる。


「し、信号弾……!」


「おぉ、やっと使われたか。例年はもっと早くに上がるんだが」


「言ってる場合? アンタ仮にも教官でしょ、早く助けに行ってやりなさいよ」


「そうだなぁ、んじゃあ、お前さんはミスカ教官と一緒に先に戻っててくれ」


 頼んだぞ! と言って、アスターは軽快な足取りで、出口とは逆方向に走っていった。

 信号弾が使われたということは、悪戯でない限りそれなりの非常事態だという事なのだが、そこへ向かわんとするアスターの後姿に、緊張感はまるでない。


「アイツあれで大丈夫なワケ……? よくよく考えれば、人間一人が行ったところで足手纏いになるだけなんじゃないの?」


「あ、アスター教官は、白組でも戦科の担当教官、ですから、し、心配要りません、よ?」


「心配なんてしてないわよ。ま、どうでもいいわ」


 信号弾を打ち上げた理由は気になるが、厄介ごとに自ら首を突っ込む趣味はない。

 ミーナはスタスタと足早に出口へと歩き出して、


「……ちょっと、何ボーッと突っ立ってんのよ。もう戻っていいんでしょ? 戻るわよ」


「へ? あ、は、はい!」


 アスターに言われた通り、今だ身の振りを決めかねている相手を引き連れていった。





「――あら? 信号弾ですわね」


 同刻。ミーナたちが居る場所から数百メートルほど離れた位置で、同じ銃声を聞いたロザリアは、これまた同じく明滅する赤の光を見上げていた。

 手に持つ袋には、それなりの量がある青い実が入っている。


「何かあったのでしょうか、距離は近いようですけれど……、どうします、ナイゼル?」


 彼女の同行者は三名。幼馴染であるナイゼルと、彼が誘ってきたらしい白銀の髪の魔族マグス女生徒、フィアだ。


「そうだね……、助けに行ってあげたいところだけれど、僕らの手に負えるものかどうかも分からないからね。考え無しに向かうのはあまり良くないかもしれないよ。――それにっ、今はフィアさんも居るしね! 彼女を危ない目に遭わせたくはない」


 テンション高くにこやかに言ったナイゼルに対してフィアは、


「私は、大丈夫」


 短く返答。


「まぁ、彼女ほどの実力があれば、多少の危険などあってないようなものですわ。そこまで過保護になる必要もないでしょう」


 入学試験とこれまでの道中で、彼女の実力を散々見せ付けられたロザリアは、少し悔しさを滲ませながら言った。


 どういう訳か、彼女は魔術の使用に際し、願文を必要としないらしい。武器も一応携えてはいるが、それにはほぼ頼らず、その驚異的な詠唱速度を以って、襲い掛かってくる魔獣をいなしている。

 同じ事の出来るウォレアには流石に及ばないようだが、それでも、同い年でほぼ同等のことが出来るのはフィアぐらいだろう。


「行ってくる」


「えっ!? フィアさん!?」


 話が終わる前に一人さっさと現場へ向かおうとするフィアに、ナイゼルが慌ててついていく。

 ここまで自主的には動こうとしなかったフィアの突然の行動に、ロザリアも目を丸くしながら続いた。


「驚きましたわね。彼女、正義感が強い方なのかしら?」


「心優しい方ではあると思うよ。きっと同輩が困っているのを放っておけないんだ、やはり彼女は素敵な人だよ……!」


「貴方のその陶酔しきった言動はもう十分ですわ……。まったく、仕方ありませんわね」


 フィアを先頭に、三人は信号弾の上がった場所へとひた走る。陽が暮れる前は他の生徒たちとよくすれ違っていたが、もう皆森を出たのか、周囲に人影はない。


 やがて目的の場所へと辿り着くと、そこに居た四人が驚いた顔でナイゼル達を見た。


「ナイゼル!?」


「ラクアじゃないか! あれ、でも……」


 信号弾を打ち上げたのは彼らなのだろうとナイゼルは思った。だが、見る限りどこにも危険はない。ラクア達が酷い怪我を負っているという風でもない。


「信号弾を見てここまで来たのだけれど……、もしかしたもう事が終わった後かな?」


「違うんだ、その、実はリアが……」


「リアさんがどうかなさいましたの?」


 彼女を気に入っているロザリアが、一歩前に進み出て尋ねた。

 悲痛な顔で押し黙ってしまうラクアの代わりに、レマが答える。


「落ちたのよ、この先の崖から」


「なっ……、崖!?」


 レマからこれまでの経緯を聞いて、ロザリアは両手で口を覆った。

 ナイゼルも何と言えばよいのかわからず、ただ常日頃リアのことを話しているルームメイトの辛そうな顔を、心配そうに見つめる。


 一方でフィアは、そんな二人を他所に、一人崖の方へと行こうとする。気付いたマルナが慌ててそれを引き止めた。


「あの、その先へはあまり行かない方が……、傾斜になっていて、もし躓いたり滑ったりしたら二の舞に……」


 フィアは一瞬足を止めてマルナを見たが、


「大丈夫、ちょっと見るだけ」


 そう言ってまた前進する。

 やがて崖の際まで来たフィアは、立ったまま眼下を見下ろした。そして、懐から小さな箱のようなものを取り出して、軽く操作して耳に押し当てる。

 それを見ていたマルナは、驚きに目を見開いた。


「あっ!? あれって……」


「どうしたの?」


「あの方の使ってる機械、見たことがあります! おじいちゃんが同じものを持ってます!」


「あれ機械なのか?」


 下段にはそもそも機械自体が少ないので、あんな小さなものが機械ということすら、ラクアには信じられなかった。

 一段目では普通なのかと思ったが、オリバーも見たことが無いと言う。


「どういう機械なんだ?」


「えっと、携帯電話っていうんです。家なんかに置いてるものと違って、持ち運べる小型の電話なんです。まだ一般には普及してなくて、おじいちゃんみたいに機械関係のお仕事に携わっている人や、ごくごく一部の富裕層の方にしか配られていないみたいですけど……、あの方は、どこかのご令嬢の方なんですか?」


「いや、俺は知らないけど……、前は付き人と一緒に居たから、その〝一部の富裕層の人〟なんだとは思う」


「わ、わたくしの家にもありませんわよ……? 彼女、本当に何者なんですの? 魔族マグスで私より高家と言えば、公爵家ぐらいしかありませんわよ?」


「まさか。エトワール家には、かのご子息しか居らっしゃらない筈だよ」


「では彼女はどこの家の方ですの?」


 皆の興味の視線を一身に受けるフィアは、どこかへの連絡を済ませると、輪に戻ってきた。


「一応、探しておいてって言っておいた、見つけられるかはわからないけど」


「え、言っておいたって誰に?」


「アルスに」


「……誰だ?」


「私のに――」


 〝に〟? 不自然に言葉を切ったフィアに、ラクアが眼を瞬かせる。

 フィアは一度口を閉じて言い直した。


「……私の、付き人」


「ああ、前に見たあの人か。上級生みたいだったけど、今日も一緒に来てるのか?」


 今日のオリエンテーションに参加しているのは新入生だけの筈だ。特に休日ということでもないので、普通であれば学院に居る筈なのだが。

 付き人としての役目を優先しなければならない立場なのかもしれないと思って聞いてみると、フィアは首を横に振った。


「一緒には来てない。でも、今下に居るから」


「下って……、崖の下か? 何で?」


「それは……」


「待って、静かにして」


 レマは険しい顔で視線を他所へ向けながら、二人の話を遮った。

 何だというラクアの疑問には、ガサガサと聞こえてきた謎の物音が答える。キーキーという謎の鳴き声が、その合間に聞こえた。


「この鳴き声……、もしかするとピーニアかな」


「ピーニア? 魔獣か?」


「うん、夜にしか行動しない下級の魔獣なんだけど……、ちょっとこれは厄介だね」


「え」

 

 珍しく弱気な発言をするナイゼルに、ラクアの顔が引きつる。


「で、でも下級なんだろ?」


「そう、単体ではただの雑魚なんだけれどね。個々の戦闘力が弱い分、団結力が強くてずる賢いところがあるんだ。だから必ず群れで行動するし、外敵の目につきやすい日中は巣に篭ってる。それくらい慎重な魔獣なんだよ、つまり……」


 がさり、と草むらを掻き分けて出てきたのは、巨大な芋虫だった。ただその口は異様に大きく、その縁を尖った歯がぐるりと囲んでいる。

 それと同じ魔獣が、四方八方から次々に湧き出した。


「彼らが戦いを挑むのは、確実な勝算のある時だけだ!」


 キィーッ!! と一斉に魔獣が叫んで、耳を劈くその高音に皆は思わず耳を塞ぐ。

 それによって出来た隙を突いて、ピーニアが7人に飛び掛ってきた。


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