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11.窮地に集う

「お、第一軍が帰ってきたな~」


 森の出入り口にある簡易休憩所。休憩所とは言っても、外に木で出来たテーブルセットがいくつか置いてあるだけで、屋根も囲いも無い本当に簡易的なものだ。

 そこに販売所で買ってきた軽食を広げ、休暇さながらダラダラと過ごしていたバレッドは、森から出てきた団体に目を向けながら言った。


「今年は何もなくてつまんなかったなぁ。新入生の奴ら、血の気が足りてねーったら」


「何事もないのならばその方が良いだろう、滅多なことを言うな」


 有事の際は直ぐに行動できるように身構えていたウォレアは、軽食には手をつけず、紙コップに入った冷たい紅茶を飲みながら、森を眺めていた。

 例年であれば、少なくとも三回ほどは打ち上げられる信号弾だが、今日はまだ一度も見ていない。


「なぁなぁアスターのおっさん、賭けしよーぜ賭け! どっちの担当クラスが勝つか! 負けた方は相手の好きな店の飯奢るってことで」


「おっ! いいだろう、では俺は白組と黒組の合算だな!」


「はぁ!? いやそれはズルいって!」


「なぁに、種族のハンデを考えればこれぐらいはしてもらわんと、張り合いがないだろう?」


 バレッドは渋ったが、アスターの言う事も一理ある。

 身体能力の高い戦士族ベラトールや魔術を使える魔族マグスに比べ、人間が高い木の枝に生る実を取ってくるのは、それなりに困難を極めるからだ。特に黒組は、無収穫で帰ってくる者が殆どだろう。


「今年度は白組に期待の新人が居るからな! 勝ちは貰ったぞ!」


「いーんや、それでも赤組うちの勝ちですよ。今回のお宝に慣れてる奴が居るんで」


「ほう? 植物に詳しいのか?」


「つーか実際に使ったことあるんですよ、そいつ出身がガルグラムなんで。あそこは魔獣除けの薬なんざ売ってねーし、自分達で材料調達して調合しなきゃなんなくて……」


「ああ、成る程な。――しかしそうなると、今回の企画の趣旨がバレてそうだなぁ」


「まぁ他の生徒にゃバレてないでしょうよ。しかしまぁ、雑用をオリエンテーションたぁ、物は言いようですね」


「この広い森の中であんな小さな実を探し集めるなんて、俺たちだけでやろうと思うと骨が折れるだろう? これなら生徒達の教養と親睦を深めることにもなって一石四鳥だ!」


 あっはっは! と笑い合うアスターとバレッドに、ウォレアは軽く額を押さえた。

 学院が請け負っていた雑務を体よく押し付けられただけだと、今森の中で頑張っている生徒達が知ればどう思うだろうか。


「ん? おいどこ行くんだよウォレア」


「そろそろ時間だろう、森に残っている生徒達を集めてくる。お前は戻ってきた者達を整列させて点呼をとっておけ」


 言うなり、ウォレアは森から出てくる生徒達の流れに逆らって歩いていった。


「バカ真面目……」


「俺たちも見習わんとなぁ。――というわけで、俺はミスカ教官を迎えに行ってくる。この場は任せたぞ!」


「あっ、ちょっと!?」


 次いでアスターも、素早く席を立ち森の中へと消えていった。


「くそ、面倒だからって逃げたな……、迎えって何だよ、必要ねーだろ……」


 ぶつくさ言いながら、バレッドは増えてきた生徒達の顔を見渡した。その中に、彼が目にかけている生徒達の姿はない。


「レオルグはまぁいいとして……、下段のがきんちょ共は上手くやってるかねぇ」


 陽はもう間もなく沈もうとしており、空は緋色に染まっていた。

 森を構成している木々の影が、長く黒く地面に伸びてゆく――





「りっ、リア!?」


 木から落ちたと思ったら、そのまま地面を転がって視界から消えてしまった幼馴染に、ラクアは狼狽した声を上げた。

 転がった方向へ慌てて駆け出そうとすると、むき出しになっている木の根に足を取られる。


「ぅわっ!?」


 前に傾いた身体は転ぶ前に静止した。振り向けば、レマが近くの木の枝に掴まって、もう反対の手で己の手首を掴んでくれているのが見える。


「貴方まで転げ落ちていくつもり?」


「わ、悪い」


 坂道になっている足場でなんとか姿勢を正して、ラクアは木々の向こうを見た。

 大声でリアの名を呼んでみるが、返事はない。


 足元に十分注意を払いながら、ラクアたちはゆっくりと坂を下り始めた。

 やがて視界が開けて、その先にあるものが見えてくると、四人は絶句した。


 高さ五十メートルほどはあろうという断崖絶壁。一段目と二段目の高低差に比べれば可愛いものだが、軽く跳んで着地できるような高さではない。


「ま、まさか……、リアさん、ここから落ち……」


 マルナが青ざめた顔で呟く。その反応から、今度はいくら戦士族ベラトールと言えども無事では済まないのだろうということは分かった。

 ラクアは祈るような気持ちで周囲を見渡したが、近くにリアの姿はない。


「くそっ! ――リア! 聞こえてるなら返事しろ!!」


 崖の際に手をついて、木々の葉で様子を伺うことのできない下へ向かって叫ぶ。


「無駄よ、この高さじゃ聞こえないわ」


「じゃあどうしろって言うんだよ!!」


「こういう時の為の信号弾でしょう? 彼女が無事なら、下から打ち上げる筈よ。それを見た教官がすぐにでも駆けつけてくれるわ、彼らに任せましょう」


「あ、あの……これ……」


 ラクアの剣幕に気圧されていたオリバーが、足元に転がっていたものを拾い上げて二人に見せた。

 今話題に上がったばかりの信号弾が入った拳銃だ。四人全員の腰に同じものがぶら下がっていることから、それが自分達のものでないことは確実。


「そこに、落ちてたんだけど……」


 おずおずと言うオリバーに、レマは苦い顔をして、少しの沈黙のあと、


「……転がっていくうちに落としたのね」


 溜息混じりに言った。


「そんな……、じゃあリアさん、助けを呼ぶことも……」


「~~っ」


 ラクアは奥歯を噛みしめながら、立ち上がって皆に背を向けた。


「ラクアくん?」


「バレッドさんを呼んでくる! あの人、前に〝下段に降りるのは身一つで大丈夫〟とか言ってたし、このくらいの崖なら助けに行けるかもしれない……!」


「それなら全員一緒に……」


「いや、この場に誰か残っててくれないと、落ちた場所が分からなくなる。俺一人で大丈夫だ」


「でも、ラクアさんお一人で森の中を動くのは危険です! もう暗くなってきてますし、リスクを考えれば全員で動いたほうが……」


「ちょっと、落ち着きなさいよ貴方たち」


 慌てふためく三人を、レマはいつもの調子で宥めた。

 その落ち着きっぷりに、焦りと不安に支配されたラクアが食いかかる。


「お前はなんでそんな冷静なんだよ! ルームメイトなんだろ!? 少しは心配したらどうなんだ!」


「心配はしているわよ、貴方みたいに慌てて平静を欠くようなことがないだけで。――ちょっと全員、耳を塞いでなさい」


 レマはホルスターから例の拳銃を抜いて、握る側の腕を上に持ち上げ、耳にぴたりとくっつけた。反対の手で片耳を塞いで、引き金を絞る。

 発砲音と共に、信号弾が打ち上げられた。それは煙をたなびかせながら高く飛んでいき、赤く明滅して宙に留まる。


「教官をこの場に呼びたいのなら、こうすればいいだけでしょう。貴方達の持っている拳銃の一つを崖下に放り投げてあげるでもいいわ。落ちた場所から動いていないのなら、うまく彼女の手元に落ちるかもしれないでしょう? 下手に動いて面倒を増やすより、この方がいいわ」


 レマは銃口から立ちのぼる煙をフッと吹き消して、ホルスターにしまった。

 その冷静な言葉に、三人は口を閉ざす。


「あとはここで静かに待ちましょう。暫く待って来なければもう一発撃って、それでも来なければ私が呼んでくるわ」


「え、でも、それはレマさんが危な……」


「私は戦い慣れているから大丈夫よ。……とりあえず、今は休んでいましょう」


 木の幹に寄りかかって座るレマに、他に成すすべのない三人も倣う。マルナとオリバーはともかく、ラクアの顔はあからさまに不満げだ。


「まだ何か言いたいのかしら?」


「……別に」


 レマの言動は理に適っている。が、それを素直に賞賛する気にはなれないラクアは、素っ気無く言って顔を背けた。


「ねぇ、貴方あの子の幼馴染なんでしょう? これまでに、こういった目に遭ったことはなかったの?」


「怪我はよくしてたけど、流石にこんな崖から落ちるようなことはなかった。……それが何だよ?」


「聞いてみただけよ。過去に同じ目に遭って助かっているのなら、今回も無事である可能性が高いでしょう。それが分かれば、少しは安心出来るもの」


「……本当に心配してるのか」


「さっきそう言ったじゃない、顔に出ないだけよ」


 本人の言うとおり、その表情は三人に比べてかなり涼しそうだ。ラクアはその視覚情報のせいで、彼女の言葉をいまいち信じることが出来なかった。もし仮に本当だとしても、その心配の度合いは自分とは全く違うのだろう。


 落ち着き無く、しきりに崖下を覗いてリアの姿を探すラクアに、レマは質問の相手をマルナに変える。


「同じ戦士族ベラトールでも、回復力には個体差があるのかしら?」


「え? あ、はい、それはもちろん……」


「この崖から落ちて無事で居られる戦士族ベラトールは少ないの?」


「……私には、何とも言えません……、回復力以前に、肉体強度の差もありますし……」


 俯くマルナに、レマは彼女にもそれ以上尋ねるのはやめておいた。

 今は皆、リアが心配で仕方が無いのだろう。


(……まぁ、確かめるいい機会、かしらね)


 レマは腰に吊り下げているのとは違う、太股に巻きつけたホルスターに収まっている愛用品に、そっと手を沿わせながら思った。


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