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10-② 異色のグループ

 木々が生い茂る森の中は薄暗く、気温も少し低い。

 四季のあるモルタリアにおいて、現在の季節は春だ。今は少し肌寒くも感じるが、夏場に来ればさぞ快適なことだろうと思いながら、五人は遊歩道を進んでいく。

 同じように道沿いを進む別のグループに前後から挟まれており、その両方からの視線が五人に突き刺さっている。


「な、なんかやけに見られてるような……?」


「多分、他クラスと組んでるのが珍しいからだと思います……」


「でも先生は〝他のクラスと協力しても構わない〟って言ってたよね?」


「それでもやっぱり同じクラスで固まってる人が多いと思うよ」


 マルナやオリバーの言う通り、周囲のグループはどれも同色のタイをしたメンバーで構成されていた。相変わらずクラス間の溝は深いらしい。


「ところで、こうやってこのまま道なりに進んでいって大丈夫なのか? 例のお宝は全然見当たらないけど……」


「恐らくこの辺りには生えていないんでしょうね、そんなに簡単に見つかるものなら、宝探しにならないもの」


 レマはそう言いながら、出発前に教師に渡された地図を眼前に広げる。同じく支給されたコンパスで現在地の方角を確認すると、


「それじゃあ、お好きな方向へどうぞ?」


 ラクアにそう振った。


「お好きな方向って言われてもな……、皆どうする?」


「んー、あたしはよくわかんないから、ラクアに任せるよ!」


「わたしも、その実がある場所はわかりませんから……」


「僕も……」


 消極的な意見が出揃ったところで、ラクアは仕方なく足元に落ちていた木の枝を拾った。

 それを地面に真っ直ぐに立ててから、手を離す。傾いて倒れた枝の先を見据えながら、


「あっちだな」


 そう言って歩き出した。


「随分原始的な決め方ね」


「文句あるならそっちが決めてくれ」


「別に無いわ」


 そうして五人は道なき道を行き始めた。木の実を探すため常に上を見ているせいで、度々木の根や蔓に足を取られて転びそうになってしまう。


 ただでさえ厄介なその道程に加えて、道中遭遇する魔獣との戦いは、少しずつ五人の体力と気力を削いでいった。

 唯一テンションが高いのは、作ったばかりの武器たちを使ってもらうことに興奮しているマルナだけだ。


「ま、マルナちゃん元気だね……? 疲れてないの?」


「はい! あっほら、また魔獣ですよ!」


「あうぅ……」


 試験の時に使っていた量産型の剣に比べ、マルナから貰ったククリナイフはリアの手に馴染んでいた。下段に居た頃、薪割りなどで使っていた鉈に感覚が近いおかげかもしれない。

 だがそれでも他の生徒に比べれば、その腕前は素人そのもの。徘徊している魔獣が下級と呼ばれる程度のものであっても、今のリアには十分強敵だった。


 ラクアも慣れない武器の操作に四苦八苦して、結局両刃を出したまま闇雲に振り回している状態だ。

 基本的に魔術のみで戦う他の魔族マグス生徒が見れば唖然とするだろうが、彼としては扱い慣れていない魔術よりも、こちらの方が楽だった。あくまで比較した場合の話だが。


「も、もうダメ~」


「流石に疲れたな……、木の実も全然見つからないし……」


「少し休みましょうか?」


「うん、そうしてくれると助かる……」


 へなへなと近くの木の幹に寄りかかって座り込むリアに、マルナが持参していた水筒のお茶を汲んで渡した。リアはそれをぐいっと飲み干してから、感謝の言葉を述べる。


「もう結構歩いたよね? 今ってどのへんなのかな?」


「目印が無いからハッキリとは分からないけれど、歩いてきた速度と経過した時間から見れば、恐らくこの辺りね」


 レマは再び地図を広げて、それを皆に見えやすいよう地面に置いた。

 彼女の人差し指は、遊歩道から斜め上、入り口からは遠く離れた場所を叩いている。


「日暮れまでには入り口に戻っていないといけないし、そろそろ進む方角を変えたほうがいいかもしれないわ」


「なら、来たのとは別の道を通ったほうがいいよね? ここまでに木の実は見てないし、別のルートならあるかも」


 レマとオリバーの提案に頷きを返そうとしたラクアは、頭の上に軽い衝撃を受けて固まった。衝撃を与えたそれは、ラクアの足元をころころと転がる。


「あれ? これって……」


 青色の小さな木の実。拾い上げて間近で見て、それが目当てのものだと確信した。


「あった!」


「え、なになに?」


 皆もラクアの手の中にあるそれを見て、確かにアスターに見せられたパネルに描かれていたものだと認めた。見上げれば、木の枝から垂れ下がっているものがいくつか見て取れる。


「やった~! やっと見つけた~!」


「でも、聞いてた通りかなり高い場所にありますね……、どうやって採りますか?」


「あ、じゃあ僕がやってみてもいいかな?」


 マルナの言葉に挙手しながら、オリバーは自らの武器を取り出した。引き金がついている点では拳銃と似た構造だが、装填されているのは弾丸ではなく矢だ。

 それは片手で扱える小型のクロスボウで、オリバーはその狙いをラクアの頭上、木の実の生えている箇所に定める。


 放たれた矢は細い枝を穿ち、枝はそこに生っていた木の実ごと落ちてきた。

 ラクアがそれをキャッチして、オリバーを褒め称える。


「すごいな、一発だ」


「えへへ、上手く出来てよかったよ」


 生っていた実は十数個ほど。どの程度集めれば良いのかわからないが、とりあえず少しでも持っていれば咎められることはないだろう。

 ラクアはこれでもう目標達成ということにして帰ろうと思ったのだが、


「あ、レオルグだ」


 少し離れた場所で、全く楽しくなさそうに闊歩している男を見たリアがそう言って、そしてその手にぶら下がっている半透明の袋に大量の実が入っているのを見て、「ああやっぱり全然足りないかもしれない」と自信を失くした。


「すっごい量! どうやって集めたんだろ? まさか他の人から巻き上げてたり……」


「いやそれは……完全には否定できないけど……。でも、意外と真面目に参加してるんだな。あんまりあの人のことは知らないけど、授業はきちんと受けるタイプなのか?」


「いや全然……、座学なんてほとんど出てないし、実技だってすぐサボろうとするし……、あ、でも、バレッドさんの授業だけはわりと真面目にやってるかな?」


「え、何でだ?」


「なんか知り合いっぽい雰囲気だったよ? 詳しいことはまだよくわかんないけど……、っていうか、そうだ! マルナちゃん!」


「えっ、はいっ?」


「謝ってもらわないと!」


 リアはいまいち状況が理解できていないマルナの腕を掴み、レオルグの背中を追いかけ始めた。

 ラクアは「ほどほどにしろよ」とそれを制しつつ、オリバーやレマと並んでその後に続く。


 レオルグは荒れた道をスイスイと進み、必死においかけるリアの存在にすら気付かないままその距離を広げていった。

 やがてその姿は木々に紛れて見えなくなり、リアが足を止める。


「歩くの速い! も~、せっかくチャンスだったのに~!」


「あ、あのリアさん、もしかして前にお店であったことですか……? もういいんですよ、わたし気にしてませんから」


「駄目だよ! こういうのはね、ちゃんとしないとウヤムヤになっちゃうんだよ! 悪いことしたのに何もないと、それが悪いことだったって気付けないんだから! お互いにとって良くないよ!」


「え、えっと……でも……」


 マルナとしては、下手に過ぎたことを掘り返して、事を荒立てたくはないのだろう。店をやっている身であれば尚更だ。

 そうでなくても、些細なことであれば水に流してしまった方が良い場合は多い。人の立ち居振る舞いに関することは特に、指摘したところで簡単に直るものでもないからだ。


 だが人の道徳心を何よりも重んじるリアに、そういった理知的な意見は通用しない。ラクアは申し訳無さそうにマルナに謝った。


「ごめん、こいつこういう話になると頑固で……」


「いえ、私のために怒ってくれてることは嬉しいんです。私がもっとしっかりすればリアさんも安心してくれるでしょうし、頑張ります!」


「そっか。――理解のある良い友達が出来てよかったな、リア」


「ん? うん!」


 一方のリアはマルナの心境を全く理解していないようだが、〝良い友達〟という単語にだけ反応して満面の笑みで頷いた。


「あ、あれってもしかして例の木の実じゃないかな?」


 レオルグとマルナの一件を知らないオリバーは、そちらの話には触れずに宝探しを続けていたようで、再び目に留まった青い実を指差す。

 さっきと同じように矢でそれを打ち落とそうと武器を構えたが、


「……駄目だ、ここからじゃ届かない」


 その木の実の前に幾重にも垂れ下がっている他の枝葉のせいで、どう姿勢を変えても狙いがつけられなかった。

 無理を承知で一度矢を放ってはみたが、予想した通り別の枝に邪魔されて、実に届く前に落ちる。


「まぁ、無理なものはしょうがないな。一応少しは手に入れたんだし、もう戻って……」


「待って、こっちの木から飛び移ったら取れそう!」


 リアは言いながら、さっさと近くの木を登りはじめていた。

 地上に居る4人がぎょっとしている間に、その身軽さで天辺まで到達する。


「……まるでお猿さんね?」


「べ、戦士族ベラトールですから、万が一落ちても軽い怪我で済むでしょうけど……」


 リアは4人に見上げられながら、枝を蹴って近くの木に飛び移った。ずり落ちそうになりながらも踏みとどまって、更に別の木へ。

 大丈夫だと頭では分かっていても、その危なっかしい姿にラクアはハラハラしてしまう。


 そんな心配を他所に、リアは目的の木の実の近くまで辿り着いた。

 だが、実が生っているのは細い枝の先。手を伸ばしても届かないが、枝に身体を預ければ途中で折れてしまうだろう。


 振り落とせないだろうかと枝を揺さぶってみたが、落ちたのは一、二粒程度。

 ここまで登ってきて収穫がこれだけというのもやるせないので、リアは下に居る四人に向けて叫んだ。


「ねーっ、今からちょっと落ちるから、そこ退いててーっ!」


「は!? お前なにする気……」


「いーから! 危ないよ!」


 リアは枝の先に両手を伸ばして、這うように前進を始めた。ラクアもそれで彼女がなにをしようとしているのか察する。


「こらバカ! 無茶するな!」


「へーきへーき、よしもうちょっと……」


 やめる気がないらしいリアに、ラクアはせめて自分が受け止めようと構えたが、


「ラクアさん、お気持ちはわかりますけど、それはラクアさんが危ないと思います……」


「うまく着地できるかもしれないし、退いておいてあげたほうがいいよ」


魔族マグスの身体は脆弱なんでしょう? 下手をすれば骨が折れるわよ」


 三者三様に止められて、渋々腕を引っ込めた。

 男としてのプライドを痛めて沈んだ顔をしているラクアの上で、ついにリアが木の実を掴む。

 「よし!」と明るい声を上げたが、それと同時にバキバキと枝が軋み始めた。


「うぅん、やっぱり駄目だったかぁ、ごめんね枝さん」


 これはアスターの言っていた不必要な森林破壊には該当しないだろうかなどと考えながら、リアは重力に従って落下を始める。

 とりあえず木の実は死守しようとしっかりと握り締めて、迫ってくる地面にぎゅっと両目を閉じた。


 どさっ! という着地音と共に、リアの身体が地面に叩きつけられる。着地の瞬間に激しい衝撃と痛みに襲われたが、それは一瞬で退いた。

 自分の身体の丈夫さに感謝しつつリアは起き上がろうとしたが、


「あれっ?」


 起き上がるよりも早く、身体はリアが意図しない方向へと転がり始めた。

 どうやら着地した場所は斜面になっていたらしい。それに気付かず混乱しているうちにも、ゆっくりと回転する身体は速度を増していき、もはや自力では止まることさえ出来なくなる。


「わっ、ちょっ、痛っ!」


 あちこち擦りむいたり切ったりしながら暫く転がり続けた後、それは何の前触れもなく突然終わった。

 ほっとしたのも束の間、今度は背筋がぞわりとする浮遊感がやって来る。


「……へ?」


 空を見上げていた視線を下に向けると、そこに地面はなかった。いや、正確にはあるが、それは遥か下方にまで遠ざかっている。


 ――リアの身体は、崖の向こうの空中に放り出されていた。


「うそ……っ!?」


 己の軽率な行動を悔いても、もうどうしようもない。

 助けを求める声も上げられないまま、リアは成すすべもなく、崖の下へと落下していった。



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