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10.オリエンテーション

 月末、オリテンテーション当日。


 リア達新入生は朝から貸切のバスに揺られ、学院裏手の道を延々と下り、とある公園を訪れていた。


〝モルタリア中央公園〟というシンプルかつ分かり易い名のその公園は、国名を冠しているだけあって立派なものだ。入り口近くの広場には短く刈り揃えられた芝生が敷き詰められ、それを囲うように広がる遊歩道の脇には花畑や小川、釣り堀、そこで釣った魚を調理して貰えるレストランの入った休憩所に、大小様々な遊具が集まった遊び場などが設けられている。


 オリエンテーションがあるとはいえ、公園内を貸しきっている訳ではないようで、そこは既に多くの家族連れで賑わっていた。

 両目を輝かせて今にも駆け出さんと身体をうずかせているリアに、なにやら大きな荷物を抱えたマルナが駆け寄ってくる。


「リアさん、ラクアさん、お待たせしました! 出来ましたよ!」


 そう言って縦長の包みをラクアに、それよりも小さな包みをリアに、それぞれ手渡す。


「ん? なにこれ?」


「お二人の相棒ですっ!」


 ああ、とすっかり忘れていた約束を思い出しながら、二人は包みを開けた。

 そこには、マルナの言うところの相棒――つまりこれからの二人の得物となる武器が入っていた。


 ラクアの方は、彼の胸あたりまでの丈がある槍。とはいえ柄の部分は槍というには少し短く、穂先が細い円錐になっていることを除けば剣のような造りだ。その柄の部分には謎の引き金がついている。

 リアの方は、二振りの短刀。一般的にはククリナイフと呼ばれるもので、刃の部分がくの字に湾曲している。それと一緒に包まれていたのは鞘と、頑丈そうなグローブ。


 武器など農作業用の鉈や熊手ぐらいしか持ったことのない二人は、それらとは比べようもなく戦うためだけに作られた武器の重みに顔を曇らせた。


「なんか、いざ持ってみると落ち着かないな……」


「これからこれ持って、戦わなきゃいけないんだよね……」


 暗くなってしまった二人に、今まで客にそんな反応を返されたことのないマルナが狼狽する。


「あ、あの、気に入りませんでしたか……?」


「え? ああ、いや、そういうんじゃないんだけど……、ちょっとプレッシャーというか。こういうのって、軽い気持ちで扱っていいもんじゃないだろ?」


 どんな扱い方をしたところで、振れば近くにあるものを傷つけてしまう、それが武器だ。泥団子であればぶつけたとしても笑って済まされるが、これはそうはいかない。

 だが、持ちたくないという我が侭が、この学院では通用しないことも知っている。二人はマルナに礼を言って、ラクアはそれを手に携え、リアはそれを腰に提げた。


 オリエンテーションが始まるのは昼食の後。それまでは各々好きに遊んでいて構わないとの指示を受けて、リアとラクアはその間にマルナから武器の扱い方を教わった。


「この引き金は何の意味があるんだ? もしかしてバレッドさんの大剣みたいに、先から銃弾が出るとか?」


「いえ、あれは重量や撃った時の反動が凄いですから、バレッドさんぐらいに力持ちの方でないと扱えません。これはこうやって使うんですよ~」


 穂先を上に向けながら、マルナが引き金を絞る。

 すると円錐は縦に二等分されて、中に収納されていたらしい刃がその隙間から飛び出した。


「こうすれば剣としても使えるんです。ランスは接近戦には向きませんから、時々で使い分けてみてください。もう一度引けば元に戻るので、普段持ち運ぶ時なんかは収納しておいた方が良いと思います」


 こうすると柄も伸びるんですよー、と言いながら、マルナが石突きを引っ張ると、確かに元の二倍ほどの長さにまでなった。曰くランスとして使う場合は、この方が良いとのことだ。


「ねーねーマルナちゃん、このグローブって着けてなきゃいけない?」


 そんなやり取りを眺めつつ、自分に与えられた武器を軽く振り回していたリアは、手に嵌めたそれを指して言った。


「固くてちょっと窮屈っていうか、握りにくい感じがするんだけど……」


「あ、それは受け止める時だけ着けてくれたらいいんですよ~」


「受け止めるって何を? 敵の攻撃とか?」


「そういう使い方でもいいんですけど、本来はこっちです」


 マルナはナイフを片方だけ受け取って、リアが脱いだグローブを両手に嵌めた。

 そして周囲の人々から十分に距離を取って、ナイフを思いきり振りかぶって、投げた。


 えっ、という顔をしているリアの前で、投げられたナイフが回転しながら宙を舞う。それは大きく弧を描いて、再びマルナの元へ。

 じっとナイフの軌道を目で捉えていたマルナは、戻ってきたそれをグローブを嵌めた手でしっかりとキャッチしてみせた。


「こんな感じで、ブーメランとして使う時に、刃で手を切っちゃわないようにガードする役割があるんですよ。コツを掴むまでがちょっと大変なんですけど、こうすると遠距離もカバー出来るのでオススメです!」


 こともなげにやってみせたマルナに、リアと、二人を見ていたラクアが拍手を送った。さすが自分で作った武器なだけあって、扱いはかなり上手いらしい。

 リアも真似てみたが、手元に戻すどころか、狙った場所に飛ばすことさえ難しかった。


「うう、あたしこの使い方ムリかも……、ちゃんと戻ってきたとしても、怖がらずに受け止める自信がないよ~」


 少しでも軌道が外れれば、自分の身を裂いてしまうだろう。想像して身震いしたリアに、マルナが苦笑する。


「本質は接近戦用ですから、出来なくても問題はないんですけど……、長く使っていればそのうち慣れるかもしれませんし、焦らなくても大丈夫ですよ」


 三人はそのまま昼食も共にして、今日までの学院の生活などの話で盛り上がった。

 こうしてその日の午前はあっという間に過ぎ、いよいよオリエンテーションの開始時間がやってきた。





「よぉし! それじゃあお待ちかね、宝探しの時間だぞ!」


 相変わらずマイク要らずな声量のアスターが、整列する生徒達の前で高らかに宣言する。

 場所は公園の端にある深い森の前。その奥へと続く道の入り口はロープで封鎖されており、その手前に立ち入り禁止の立て札がある。


「宝探しって……、オリエンテーションってそれか? もしかしてこの森の中でやるとか? 思いきり立ち入り禁止って書いてあるけど」


「みたいだね。以前に来た時は普通に出入り出来たんだけれど……」


 ほら、とナイゼルは近くにあった看板を指した。掲示されている公園内のマップには、森の中にあるらしいアスレチックやそこまでの道程なども描かれている。


「先生、この森はここ最近やたらと魔獣が出没するからって、一般客は立ち入り禁止になってますよ?」


 ラクアと同じ疑問を抱いたのだろう、どこからかそんな質問が出た。

 アスターはにっこりとした笑顔のまま答える。


「知ってるぞ! だが安心しろ、ちゃんと許可は取ってある! それに、お前達は一般客などではない! 栄えあるノブリージュ学院の生徒だ! 魔獣と戦うことは専門分野だろう?」


「え?」とか「まさか」とか「それってつまり……」という声が生徒達の口から零れた。

 ラクアとナイゼルも、アスターの言わんとしていることを察する。


「お前達には今から指定された〝宝〟を森の中で探してもらうわけだが、その間に遭遇した魔獣の討伐も行ってもらう! これが今日のオリエンテーションの内容だ!」


 うわぁ、と数名の生徒が嫌そうな顔をした。ラクアと、彼とは離れた場所に居るリアも。


「今回も例年通りクラス対抗戦だ! 日暮れまでにより多くの宝を獲得したクラスを表彰する! ただし、行動中に他クラスと協力することは禁止しない。互いの能力を活かして手を組むも良し、己の力を信じて孤軍奮闘するも良しだ!」


 アスターの説明に合わせて、他の教師陣が生徒らに何かを配り始めた。銃身の短い単発式の拳銃だ。


「今配って貰ってるそれは、万が一の際に信号弾を打ち上げるためのものだ。何らかのピンチに陥った際は、装填されている弾丸を天頂に向けて放て。引き金を引くぐらいは誰にでも出来るだろう? 一発しか入ってないから、ふざけて無駄撃ちはするなよ!」


 今度はアスターが手元にあったパネルを掲げた。そこには青く小さな木の実のようなものが写っている。


「宝はコレだ! 森の中にある特定の木に生えている。かなり高い場所にあるから、木によじ登るなり魔術でなんとかするなりして取ってこい! 禁止事項は不必要な森林破壊行為のみ! 説明は以上! 行ってこい!」


 雑な開会宣言が終わって、生徒達が散り始めた。ラクアはとりあえずナイゼルにどうするか尋ねたが、


「せっかくのチャンスだからねっ! 僕はフィアさんと親交を深めてくるよ!」


 そう言ってさっさとどこかへ行ってしまった。

 オリエンテーションの話が出てからというもの、彼が再三言っていたことなので、ラクアは少し虚しくなりながらも、彼の恋路の成功を祈って静かにその背を見送る。


「あの、ラクアくん、もし迷惑じゃなければ、一緒に行ってもいいかな……?」


 そこにおずおずと声をかけてきたのはオリバーだ。一人で行くことに気が引けていたラクアは、その申し入れを快諾する。


「ラクア~!」


 次いでやって来たのはリアだ。勿論こちらも断る理由はない。


「あ、もしかしてラクアの友達?」


「はい、初めまして、オリバー・ロランスです」


「オリバー君ね! あたしはリア・サテライトです! あたしも一緒に行ってもいいかな?」


「もちろん! ラクアくんからリアさんの話は度々聞いていましたから、会えて嬉しいです」


「ん? 度々?」


「おいオリバー!」


 あんまりそういうことは言うなよと、羞恥で慌てたラクアがその口を塞ぐ。

 内容を細かく聞いてこようとするリアをいなしていると、三人目がやって来た。


「リアさん、ラクアさん! あの、わたしも一緒にいいですか?」


 さっきまでリア達と一緒にいたマルナだ。ラクアの返事はいわずもがな。


「オリバーさんも一緒だったんですね」


「うん、今日は宜しくね」


 マルナに笑顔を向けながら、珍しく敬語を外して喋るオリバーに、ラクアが目を瞬かせる。


「もしかして友達同士なのか?」


「うん、初日の入学試験の時に知り合ったんだ」


「入学試験で? ……ああそっか、二人は同じクラスなんだな」


 二人の胸元ではためく白色のフリルタイを認めて、ラクアは二人が仲良くなった経緯を理解した。

 謙虚で穏やか、勤勉で優秀な職人肌、と共通点の多い二人なので、仲が良いのは納得だ。


「オリバーさんのルーンの技術はすごいんですよ! うちの店にも技師の方はいらっしゃいますけど、引けを取ってません!」


「そんな、僕なんてまだ全然たいしたことないよ、君のほうがよっぽど凄い。ミスカ教官も授業の度に絶賛してるし」


「わたしは育った環境のおかげですよ、オリバーさんは技師の家の生まれでもないのに独学だけで――」


 互いを称え合い盛り上がる二人に、リアとラクアはすっかり和まされていた。


「仲良しだねぇ、いいねぇ」


「お前はクラスの友達出来たのか?」


「うーん、ミーナちゃんとはそれなりに喋るんだけど……、あ、入学式の時の子だよ!」


 まだ自分のクラスメイトの名前すら覚えきれていないラクアが誰?と言いたそうな顔をしたので、リアが説明を付け加える。


「入学式の時のって……、まさかあの喧嘩してた相手の子か?」


「そうそう! あの時はお互いにあんまり印象良くなかったけど、ちゃんと喋ってみると結構いい子なんだよ! 今度ラクアにも紹介するね!」

 

 紹介すると言われても、入学式のあの反応を見るに、彼女は多くの戦士族ベラトール生徒同様に魔族マグス嫌いだと思うのだが。

 そもそも、入学式のあの喧嘩もそれが原因で起こったのだということを忘れているんじゃないかと、ラクアは無邪気に語るリアを心配そうな目で見た。


「でね、もう一人同室の子が居るんだけど、その子とミーナちゃんのことで、ちょっとラクアに相談したいことが……」


「なんだ?」


「それがさー……」


「ねぇ、ちょっといいかしら」


 リアがミーナとレマの不和問題について話し始めようとした時、不意に声がかかった。

 その相手を見て、リアが開いていた口を素早く閉じる。


「れっ、レマちゃん!?」


「どうしたの? そんなに驚いて」


 ちょうど今貴方の話をしようとしていたんです、とは言えないリアは、ぎこちなく笑いながら「なんでもないよ」とごまかした。


「リアの友達か?」


「あ、うん、その、ルームメイトの子」


 たどたどしく答えるリアに、ラクアはリアが慌てている原因を悟った。

 悩み事はちゃんと聞いてやりたいが、この様子を見るに、当人が居る場では自重した方がいいような内容なのだろうと、ラクアは余計なことは言わずに見守る。


「えーっと、それで何の用かな?」


「私も貴方と一緒に行きたいの、いいかしら」


「えっ!?」


 ミーナよりはマシとはいえ、リアもレマとそれほど仲が良いという訳ではない。

 だからその申し出はリアにとって完全に予想外だった。


「嫌?」


「う、ううん、嫌じゃないけど……、どうして?」


 レマは何と言えばいいのか悩んだのか、すぐには返さなかったが、


「……一人じゃ心細いの。貴方ぐらいしか頼れる相手が居ないから」


 やがて小さな声で呟いた。

 それは普段の彼女の振る舞いからは想像出来ないほど弱々しい答えで、リアは驚いた顔をしたが、それも一瞬。


「わかった! じゃあ一緒に行こう!」


 こういった相手を放っておけないリアは、さっきまでの迷いを一蹴して即決した。

 ありがとう、と微笑むレマに、リアも照れ笑いを返す。


「ラクア、いいよね?」


「俺はいいけど……」


 お前はそれでいいのか? という意味合いでの返事だったのだが、リアは「他の二人にも聞いてくれ」という意味だと思ったらしく、マルナとオリバーにも同じように確認を取る。


 どれだけ嫌な相手でも、弱っているところを見せられれば、同情して手を差し伸べてしまうのがリアだ。今回もそのパターンに陥ってしまっているのではないかと、ラクアはレマの同行を了承するオリバーとマルナを視界に収めながら思う。

 だがそれを言ったところで、リアの判断が覆ることはないことも知っているので、ラクアは何も言わずにリアの決定を受け入れた。


 こうして合計五名となったリア達のグループは、他の生徒達に続いて森へと入っていった。


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