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9-③ ルーンの創り方、使い方

「それじゃあ君は、僕の居ないところで彼女と仲睦まじく喋っていたということかい!?」


 夜。あれからフィア達と別れて寮に戻ったラクアは、ランニングを終えて帰ってきたナイゼルにあったことを話した。

 そのせいで、今まで延々と尋問のようなやり取りが続いている。


「いや、別にちょっと喋っただけで……」


「少しでも彼女と喋れただけ良いじゃないかっ! 彼女は周囲の生徒とあまり話をしないし……」


「そうだな。でも話してみると、思ってたより普通の子だったぞ?」


「まるで彼女のことをよく知っているかのように話すのはやめてくれないか」


「……じゃあもうお前には話さない」


「彼女の情報を独り占めしようとするのも駄目だっ!」


「どうしろって言うんだよ!」


 ナイゼルの彼女への恋慕は一時的なものだろうと思っていたが、どうやら考えが甘かったらしい。

 一目惚れというものをしたことがないラクアは、ろくに喋ったこともない相手にどうしてそこまで熱中しているのか、全くわからなかった。


「そういえば、オリバーはさっきから何やってるんだ?」


「えっ、ちょっとラクアくん、困ってるからって僕で回避しようとしないでよ……」


「もうナイゼルの相手をするのは疲れたんだ、助けてくれ」


「聞こえたよラクア」


「聞こえるように言ったんだ」


 言い方こそ不穏だが、二人の表情は穏やかなものだった。同じようなやり取りでも、リアの部屋とは雰囲気が全く違う。

 最初は二人の一挙一動にビクビクしていたオリバーも、今では適度に肩の力を抜いている。この一週間で、三人はすっかり打ち解けていた。


「ルーンの練習だよ。ルーンは基本的に武器や装飾品を媒介にするんだけど、最初はこうやって紙に書いて、ちゃんと狙い通りの結果になるか試すんだ」


 そう説明するオリバーの手元には、複雑な数式や記号の群れ、そして素語などを用いた図形が書き記された紙がいくつも広がっていた。


「うわ、凄いな……内容は全く分からないけど」


「ルーンは使うのは簡単でも、作るのにはかなり専門的な知識が必要になるからね、その為の〝ルーン技師〟だよ」


「オリバーはそのルーン技師を目指してるんだよな?」


「まぁ、一応は……、なれるかどうかは分からないけど」


「なれるさ! そもそもルーン技師は数が少ないからね、それだけの腕があれば、きっと重宝されるよ」


「えへへ、有難う、頑張るよ! ――あ、そうだ、せっかくだからちょっと手伝って貰ってもいいかな?」


 オリバーは机の上に散らばった紙束の中から何枚かを引っ張り出して、ラクアとナイゼルに手渡した。

 両面に描かれた模様は二枚とも同じに見えるが、細かい部分で違いがあるらしい。


「今日の宿題の分なんだけど、どれが一番上手く出来てるか見ておきたいんだ」


「ああ、いいよ。ここでやっても大丈夫なのかい?」


「うん、それはただ氷像を作るだけのルーンだから。必要とする源素量も少なくて済むよう調整してるし、負担はないと思うよ」


「了解」


 ナイゼルは紙を床に置いて、そこに掌を乗せた。

 そのまま暫く待っていると、窪みに沿って流れる水のように、紙に描かれていた魔法陣を、ナイゼルの手から溢れた淡い光がなぞり始める。

 光りが全体に行き渡ったところで、ナイゼルは手を離した。すると少しの間を置いて、陣が爆発したかのように一度大きく発光する。


 光りが収まると、そこには小さな鳥の氷像が出来上がっていた。


「どうだい?」


「うーん……、失敗ではないけど、ちょっと形が粗いかなぁ……」


 オリバーはあらゆる角度から氷像を観察して、その形を氷像の下敷きになっている紙に描き写していく。

 そこに描かれてあった魔法陣ルーンは、発動と同時に消えていた。


「ラクアくんの方もやってみて貰っていいかな?」


「え? ああ、うん」


 初めてルーンの効果を見て感動していたラクアは、先ほどのナイゼルと同じように紙に手を乗せた。


「えーっと、こうするだけでいいのか?」


「いや、流石に手で触れただけでは、源素は流れ出したりはしないよ。それじゃ魔族マグスは迂闊に何にも触れないからね。――当てている手に意識を集中させて、ゆっくりと深呼吸するんだ。それを何回か繰り返す」


 下段でウォレアに促されてやったことを思い返しつつ、ラクアは言われたとおりにやってみたが、ナイゼルの時よりも発動に時間がかかった。

 使うのは簡単だと言っていたが、下段育ちのラクアにとってはそうでもないらしい。


「うん、こっちのほうが綺麗かな。有難うラクアくん」


「どういたしまして……、魔族マグスって色々大変だな……」


「まぁ君の場合はね。例の風の精霊(シルフ)問題もあるし……、月末のオリエンテーションまでに解決出来れば良いんだけれど」


「月末のオリエンテーションって?」


「ああ、行事予定表に書いてあったね。〝各々の能力を高め、生徒同士の絆を深めるための校外学習〟なんだって。先輩に聞いた話だと、山とか森とか広い場所に行って、そこで鬼ごっこやかくれんぼをするらしいよ」


「な、なんかすごい平和な内容だな……」


「僕もそう思ったんだけど、クラス対抗だから、赤組と青組はあんまり穏やかじゃあないみたい。鬼ごっこって言うより地獄の追いかけっこ状態だったって。あと、普通に魔獣が徘徊してるから、隠れようとした場所が魔獣の巣窟で、かくれんぼどころじゃなくなったとか……」


 すごいよね、と言うオリバーは、これから自分がそんな中に放り込まれることを思ってか、暗い顔をしていた。

 一方のナイゼルは、「あの男に制裁を下す良い機会だ」とレオルグへの敵意に燃えている。


「ってことは、リアも一緒なのか……、他人のこと心配してる場合じゃないけど、あいつ大丈夫かな……」


「君達は本当に仲が良いねぇ」


「リアさんのこと追っかけて一段目に来るほどだもんね」


 微笑ましげに二人に言われて、気恥ずかしくなったラクアが口を閉ざす。下段から来たという話は、既にオリバーにも伝えてあった。


「でも、本当にそれだけが理由?」


「え?」


「いや、だって一応、故郷を離れて来たわけでしょ? いきなり〝君は人間じゃないから専門の学院に入れ〟って言われて、よくすんなり受け入れられたなぁと思って……、前もって聞いてた訳じゃないんだよね?」


「ああ、全く知らなかったけど……、でも、自分が周囲とは違うっていうのは、否が応にも感じてたし。知らない土地に行くことに不安や抵抗はあったけど、二段目は居心地が良かったわけじゃないしな」


「うーん、じゃあ、誰かに行けって言われたとかは? 直接じゃなくても、そう促されたとか」


 そう問われて、ラクアの脳裏には、ステラやウォレア達の言葉が蘇ったが、


「最終的に選んだのは自分だよ」


 彼らを悪者にしたい訳でもないので、そう言うに留めた。

 そんなラクアの言葉に、何故かオリバーが安堵。


「何をそんなに気にしてるんだ?」


「あ、ごめん。ただ、もしラクアくんが一段目に来るって話を受け入れるしかないような状況に追い込まれて来た、とかだったなら、なんだかなぁって思って……」


 余計なお世話かもしれないけど、と眉を下げて笑うオリバーに、


「まぁ、確かに半ば強制一択みたいな感じだったけど、俺はここに来れてよかったと思ってる。下段じゃこうやって喋る相手も、そんな風に親身になって考えてくれる奴もろくに居なかったからな」


 ラクアは心から感謝しながら答えた。


「そっか……、うん、でも違ってよかったよ」


「僕も理由はどうあれ、一段目にラクアが来てくれたのは嬉しいよ。――という訳だから、フィアさんの話の続きを聞かせてくれるかなっ?」


「何が〝という訳〟なんだ……」


 また振り出しにもどってしまった会話にげんなりするラクアに、ナイゼルは構わず質問攻めを再開する。

 オリバーはそんな二人に苦笑しながら、


「……本当に、違ってよかった」


 小さく呟いて、再びルーンを描き始めた。


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