8-③ ルームメイト
寮の前で待っていたナイゼルと共に、武器屋に無事に書類を届けてきたリアとラクアは、中央通りの散策を堪能して学院に戻ってきた。
夕食を食べ終わる頃には陽も沈んでおり、これまで静かだった寮は、生徒達で溢れかえっている。
「じゃあなリア、幸運を祈る」
「う、うん……」
運命の同室相手を知る時間が迫り、緊張した面持ちのリアは一人戦士族寮へと向かった。
その不安満載の後姿を、ラクアとナイゼルが見送る。
「さてと、それじゃあ僕達も行こうか」
「ああ。ちょっと胃が痛いけど……」
「心配しなくても大丈夫だよ、君はね」
「?」
ラクアにはその言葉の意味は理解できなかったが、何やら楽しそうなナイゼルに続いて部屋に向かったところで気付いた。
「――え、まさか同じ部屋なのか!?」
「そう! 君が書類を受け取りに行っている間に知ったんだ。先に言っておこうか悩んだんだけれど、黙っていた方が面白いかと思ってね」
悪戯っぽく言うナイゼルに、安堵したラクアは不安を息とともに吐き出した。
「なんだそれ……、まぁ、良かったけど。でもここ三人部屋だろ? あともう一人居るはずじゃ……」
「あ、あの……」
とりあえず部屋に入ろうとラクアがドアノブを捻ったところで、横からかなり控え目に声がかけられた。
くるくると毛先がカールしている短い黒髪と黒い眼鏡、背はラクアやナイゼルよりも高いが、眉尻の下がっている表情のせいで迫力はない。
胸元に白いタイをつけたその男子生徒に、ラクアは目を瞬かせた。
「えっと、何か?」
「あの、僕も、そこの部屋なんです……」
そしてその言葉で、彼が残る一人のルームメイトなのだと気付いた。
ドアの前を占拠していたせいで入れなかったのかと、ラクアが慌てて通路を開ける。
「すみません気付かなくて、どうぞ」
「え? えっと、いいんですか?」
「え、何が?」
「その、僕が同室で……」
相手の言っていることが理解できず返答に困るラクアに、ナイゼルが囁いた。
「人間と同室だと、嫌がる魔族生徒が多いんだよ」
「ああ、なるほど」
小声でそうやり取りをして、
「俺は全然いいですよ、ナイゼルは?」
「僕も構わないよ」
相手に聞こえるボリュームに戻して言った。
男は不安げだった顔をゆっくりと和らげて、心からの感謝を込めて礼を言った。
「僕はオリバー・ロランスといいます。そちらの貴方はフォルワード伯爵家の……?」
「ああ、ナイゼルだよ。知っているんだね?」
「魔族貴族の方々のことぐらいは、知っていて当然ですよ。それから貴方は……えっと……」
ラクアの顔を見て、自分の記憶の中に残っている人物かどうかを真剣に考えるオリバーに、
「俺は別に貴族でも何でもないですから」
貴族どころか下段の住民なので、その記憶の中には存在していないと確信しているラクアが言った。
「ラクア・ベルガモットです、宜しくお願いします」
「…………」
「? どうしました?」
「い、いえ、その……、僕みたいなただの人間に敬語を使ってくれるような方は、初めて会ったので……」
ラクアからしてみれば、初対面の相手に敬語を使うのは至極当然のことなのだが、一段目ではそうでもないらしい。
「やめた方がいいですか?」
「そんな、僕が貴方の口調に対してどうこう言う権利はありませんよ!」
「いや、そんな大袈裟な……」
逆に、これからずっとこんな接し方をされては困る。
うろたえるオリバーにラクアは、
「――じゃあ、敬語はやめる。でも俺だけ友達口調なのは抵抗があるから、出来ればそっちも畏まるのはやめて欲しい。俺は種族がどうこうとか、そういうの全く気にしてないから。なんなら、俺も同じ人間だと思ってくれていい。というか、そう思ってくれた方が助かる」
本心のままに言った。ナイゼルも、
「僕もそうしてくれた方が嬉しいかな。これから暫く同じ部屋で過ごすことになるんだし、そんなに気を遣っていたんじゃ、互いに疲れてしまうだろう?」
ラクアを援護する形で続きを担う。
だが、他種族に謙る癖が身に染み付いてしまっているのか、オリバーはなかなかそれを受け入れてはくれず、ラクアとナイゼルは彼を部屋に引きずり込んでから、納得するまで長々と説得をし続けた。
一方で、
「ああ……緊張するなぁ……」
ラクアの現状を知る由もないリアは、戦士族寮内の閉ざされた自室の扉の前で、祈るように手を組んでいた。
マルナちゃんと同じ部屋でありますように、と既に何十回と繰り返した願掛けを終えて、恐る恐る扉を開くと、
「あ……」
そこには先客が居た。マルナと同じく黒い髪と瞳で白いタイも付けているが、全くの別人。
それはリアの見知らぬ少女だった。顔立ちは幼いが、表情のせいか少し大人びて見える。
「どうかしたの?」
「えっ、あ、ううん!」
扉を開けたまま固まってしまっていたリアはぎこちなく移動して、部屋の中に入った。
「あ、あの、貴方もこの部屋なんだよね? あたし、リア・サテライトっていうの。今日からよろしくね?」
緊張しつつもなんとか挨拶するリアとは裏腹に、少女は落ち着き払った様子で、
「レマよ、レマ・リコール」
名前だけを名乗った。
「レマちゃんね! えーっと……、レマちゃんは白組なんだ?」
「ええ、そうよ」
「そっかー! えぇっと……、確か白組って、入学試験が難しいんだよね? レマちゃんは合格したんだ?」
「ええ」
「すごいね~! えっと……」
素っ気無い返事しか貰えず、なんとか話を続けようとしていたリアは、次第にその気力を無くしていった。
あまり進んで他人と交流するタイプではないのか、それとも自分が嫌われているのか。
そういえば、一段目では人間の扱いが悪いとマルナは言っていた。だとすれば、その経験から戦士族を嫌っているのかもしれない。だったら、自分が話しかけるのは迷惑なのかもしれない。そんなことを悶々と考えていると、
「ああーっ!?」
半開きだった扉が開くと同時に、そんな絶叫が聞こえた。
橙色の長い髪をツインテールにした、勝気な顔の少女の姿が、顔を上げたリアの両目に映る。
「ミーナちゃん!?」
「ちょっと、何でアンタがこの部屋に居んのよ!?」
「なんでって、ここあたしの部屋……、あ、もしかしてミーナちゃんも一緒!?」
「冗談じゃないわよ! なんでアタシがあんたと同じ部屋になんなきゃいけないわけ!?」
「いや、そんなこと言われても……」
「チェンジよチェンジ! 今すぐ寮母に言って――」
「ちょっと、騒ぎすぎよ貴方」
リアに気を取られていたミーナは、レマが声を発したことで初めてその存在に気付いた。
それが昼間、戦科の入学試験で毒の弾丸を躊躇いなく使っていた者であることにも。
「他の部屋の人たちの迷惑だわ。近くで聞いている私も耳が痛くなるし、静かにして」
「なっ、なによ、人間のくせにエラソーに……」
「あら、そう言う貴方はそんなに偉いのかしら?」
「はぁ? 当たり前でしょ、アタシは戦士族なのよ! 生まれからして、アンタたちみたいな平凡な人間とは格が違うの! それに、あたしの親はカルネラ市の領主で――」
「そう、大層な身分なのね。――でも、私は誰かが適当に決めた身分階級なんてものに、そこまでの尊厳は感じないの。というわけで、私にとって貴方は、ただの同級生でしかないわ」
先ほどリアと喋っていた時とはまるで違って饒舌になったレマだが、穏やかでないその物言いにリアは慌てる。
ミーナは戦士族相手に全く物怖じしない人間を奇異の目で見た。
「昼間の試験、見てたわよ。アンタのその態度、腕に自信があるからなのか知らないけど、あんまりナメた態度取ってると痛い目見るからね」
「ご心配どうも有難う。でも大丈夫よ、ちゃんと相手を選んでるから」
「な……!」
「ちょちょちょ、ちょーっとストップ! レマちゃんもミーナちゃんも落ち着こ? ね?」
睨み合う二人の間に入って、リアがなんとか場を取り成そうとする。が、
「うっさいわね、アンタは今関係ないでしょ!」
「私は最初から落ち着いているわよ、この人が勝手に盛り上がっているだけで」
「なんですってぇ!?」
火に油を注いだだけだった。
二人の言い争う声を聞きながら、リアは「マルナちゃんが同室ならよかったのに」と嘆いたが、
「よ~し、待っててくださいねお二人とも! わたしが最高の相棒を用意してみせますからね~!」
実のところ本人は寮ではなく、実家である武器屋から通うことになっているので、最初からリアと同室になる可能性などなく、今は工房でその腕を存分に振るっているのであった。




