8-② 穏やかな日常の裏で
「結局、潜入の件は広まってないみたいね」
学院本校舎裏手にある、簡易休憩所付きの立派な花園。
試験を終えた生徒たちがちらほらと点在しているその場所で、休憩所のベンチに座る白組の少女が、隣の青年を相手に話す。
手にはレタスやトマトなど沢山の野菜と、茹でた海老や卵が挟まれたサンドイッチ。外や寮の部屋で食べたい生徒の為にと食堂の料理人が用意していたもので、傍らにはミルクの入った紅茶と珈琲もある。
「貴方の見立て通りでよかったわね、ガンナ」
「そうだな」
短く返す男、ガンナの手にも、似たようなサンドイッチが握られていた。
時折二人の前を通る生徒達の中には、人目を避けるような場所、かつ二人きりで昼食をとる男女に興味を示す者も居たが、立ち止まってその会話を聞こうとする野暮な者は居ない。
「それにしてもその制服姿、年齢知ってるとなかなかキツいわね」
「うるさい。俺だって好きで着てる訳じゃない」
「何歳だって言って入ったの?」
「二十歳、それが上限らしいからな」
「……、まぁまだ許容範囲ね」
「今回ほどお前の若さを羨ましいと思ったことは無い……」
「お疲れ様。まぁ、やるべき事が終わるまでの辛抱よ。――目当ての人と話は出来そうかしら?」
ガンナは珈琲を飲みながら、否定の意味を込めて首を振った。
「式の後に機会があるかと思ったんだが、常に護衛がついてるもんで、ろくに近付くことすら出来なかった。学期中は本校舎の最上階に居るらしいんだが、部屋の近くどころか階段がもう封鎖されてる状態だ。流石は王様だな」
「そんなにコソコソと隠れて行動しなくても、堂々と謁見を申し入れればいいじゃない。王様とはいえ学院ではただの学長なんでしょう? 生徒が会いに行くのは見咎められるようなことじゃないわ」
「…………」
「何か渋る理由でもあるの?」
ガンナの返事を待つ間、少女は黙々とサンドイッチを食べ進めた。
足元に落ちたパン屑に、小鳥達が群がる。
「〝あの男〟に聞いた話が本当なら――、相手は絶対に俺に会いたがらない。それどころか、俺がここに居ることを知れば、強制的に追い出しにかかるかもな。最悪、危険因子として殺される可能性もある。――俺は本当のことが知りたいだけだ。悪い結果であったとしても、むざむざと殺されてやるつもりなんかない。護衛さえ居なければ、逃げ果せられるからな」
「…………」
それまで無表情だった少女が憂い気な顔になるのを見て、ガンナは真剣な表情を崩して微笑する。
「別に諦めた訳じゃないぞ。ただ確証もないのに、希望的観測だけで行動するのは危ないだろ?」
「……そうね」
「俺のことは気にするな。たまたま目的の在り処が同じだっただけで、この件はお前には関係無いんだからな。そっちはどうだ?」
ガンナが気を遣ってわざと明るく話しているのだと悟った少女は、その気持ちを汲んで彼に合わせた。
「あなたの方と違って接触するのは簡単だけれど、いきなり乱暴なことをする訳にもいかないから、暫くは様子見になりそうだわ。本人や関係者に探りを入れるのも慎重にやらないと、こっちが疑われる可能性があるし、もし彼女達が何も知らないのなら、墓穴を掘ることにもなりかねない」
「そうか……、お互い手間がかかるな」
「ええ、とっても面倒だわ。それもこれも愚かなこの国の――」
「仲が良いなぁお二人さん!」
「きゃああああああああああ!?」
少女が憎々し気に吐き捨てようとした瞬間、突如として二人の背後、それもすぐ近くから声がかかって、穏やかな花園に甲高い悲鳴が木霊した。
ミルクティー入りのカップが地面に落ちて、少女の足元に居た小鳥達が散り散りに飛び去っていく。
「な、な、な……」
「いやぁすまん、驚かせたか?」
うまく言葉を発せなくなってしまった少女の代わりに、内心で彼女と同じぐらい驚いたガンナが冷静に答える。
「ええ、かなり。何か用ですか?」
「用って程でもないんだが、その娘のさっきの活躍を見て興味が湧いてな! 確か名前は〝レマ〟だったか?」
呼ばれた少女、レマは早鐘を打っている心臓を押さえながら頷いた。
相手は戦科の入学試験の監督を務めていた男性教官だ。
「あの状況で、あれだけ冷静に動き回れるのは大したもんだ。弾頭に毒を仕込むっていうのはなかなか良い発想だったな、腕前からして素人じゃないだろう?」
「ええ、まぁ、両親が軍人で、私も幼い頃から、鍛えられていましたから……」
吐き出す息に乗せてレマが答えを返す。これだけ驚かされることも、あんな悲鳴を上げることも滅多にない彼女は、復活するまでに時間を要していた。
その原因になった男性教官は、それを全く気遣うことなく続ける。
「ほぅ、人間の身で軍人とは恐れ入る。お嬢さんも将来は軍人志望か?」
「え? ええ、まぁ……」
「その実力なら難しくはないだろうな! 必要なら俺が推薦状を書いてやろう」
「はぁ、それは、どうも有難うございます……」
男に気圧されて、レマはたどたどしく答えることしか出来なかった。
次いでガンナを見た男は、そのタイの色を見て、
「お前さんは黒組か! 黒組は大変だぞ~、肩身は狭いし、他クラスにはつっかかられるし、学費は実費だし、寮だって赤組や青組のと比べて明らかに質が劣ってるしな!」
全力で在校意欲を削ぐような発言をしてきたが、言われたガンナは、
「そうみたいですね」
他人事のように同意しただけだった。
「人間の学舎なら他にも選択肢はあったろうに。まぁ、愛する恋人の傍に居る為に自ら苦境を選ぶその心は素晴らしいがな。――ちなみに、黒組学生寮の寮監は俺だぞ!」
愛する恋人、というフレーズにガンナは片眉を上げたが、自ら話を引き伸ばすことはしたくないので、訂正せず適当に流す。
「そうですか。では、これからお世話になります」
「おお、宜しく頼む! 名前は?」
「ガンナです。貴方の名前も伺っても?」
「アスターだ。逢瀬を邪魔して悪かったなお二人さん!」
アスターは不必要なほどに大きな声で言い放って去っていった。
おかげで、遠巻きに野次馬をしていた生徒達が「やっぱり恋人同士なんだ」などと囁き始める。
「……デリカシーってものがないわね、あの人」
「別に俺はどう思われても問題ないけどな、お前が嫌なら否定して回っておいてくれ」
「別にいいわ、二人きりで居る時の口実にもなるしね」
レマはすっかり中身が流れ出て空になってしまったカップを拾い上げながら、軽い口調を取り払って、
「あなたは気付いていたの?」
真面目なトーンでガンナに尋ねた。
「悔しいが全く気付かなかった。人の気配には敏感な方だと自負していたんだが、自惚れだったみたいだ」
「というより、相手が普通じゃないんでしょう。……話、聞かれていたかしら?」
「かもな」
「どうするの?」
「あの男が何も知らないなら、〝不審な生徒だな〟と思われるだけで済むだろ。違う様なら、厄介なことになる前に始末しておけばいい。幸いなことに寮監らしいからな、懐いているフリでもして暫くマークしておく」
「そう、なら任せるわ」
小声で物騒な会話を終わらせて、ゴミを片して二人は同時に立ち上がる。
「それじゃあまたね、ガンナ」
「ああ、またな」
にこやかに互いに手を振って別れる二人は、傍目には普通のカップルにしか見えなかった。




