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7-③ 学院の暗部

「まったく、どこ行ったのよあの子……」


 ラクアが倒れ、それを見たリアが部屋を飛び出してから一時間ほど。

 魔族マグスの実技テストが全て終了しても、帰ってきた魔族マグス生徒の群れの中にはリアやラクアの姿は無く、ミーナは辺りを一瞥して一人ごちた。


レオルグ(あいつ)もいつの間にか居なくなってるし……、ほんと勝手な奴が多いんだから……」


「ねぇミーナ、あたしたちもそろそろバックレようよ~」


 ミーナの傍で固まって喋っていた取り巻きの一人が、話に入ってこないミーナに言う。

 彼女たちは魔族マグス生徒らのテスト中、彼らが何か失敗する度に大声で笑い野次を投げていたが、それも終わって暇になったらしい。


「あー……、うん、そうね。でも、アタシはもうちょっと見とくことにするわ。アンタ達は暇なら先に行ってていーわよ」


「そう? まぁ確かに、次も笑えそうだもんね~、勘違いした無能どもがボッコボコにやられるトコ、想像しただけでウケる~!」


 ギャハハと下品な笑いを響かせる団体に、他の生徒たちは迷惑そうな顔をして距離を取っている。

 本人達は気付いていないのか、そんなことはどうでもいいのか、全く気にした様子はない。


「ま、いーや。そんじゃアタシらは先に中央通りブラブラしてくるから、終わったら来てよね~!」


「はいはい、行ってらっしゃい」


 取り巻きたちは甲高い声で、さて何処へ行くかという話をしながら部屋を出て行った。

 騒がしい一段が去って、それまで黙って耐えていた生徒達の口から本音が漏れる。


「うるせぇったらありゃしねぇな……、あの耳障りな声、魔獣といい勝負だぜ」


「おいやめとけよ、まだ(かしら)が残ってるんだからよ」


「あー、あいつってマクシリアだろ? 親が領主の」


「あの女ども、絶対あいつにコネつけようって魂胆だぜ」


「お前も今のうちに仲良くなっとけば? 声かけてこいよ」


 あちこちからそんな声が聞こえたが、ミーナは聞こえていないフリをした。

 彼女がマジックミラー越しに見下ろしてる部屋に、新しい団体が入ってくる。


 団体を構成しているのは殆どがガタイの良い男だった。誰も彼も制服がはちきれんばかりの筋肉と、不似合いな白いタイを付けている。先程まで、この部屋で魔族マグスの試験の終了を待っていた者達だ。


 白色のタイの着用を認められているのは、人間生徒の中でも白組に属している者のみ。

 白組は他のクラスと違い二つの科に分けられており、その一つにマルナの属する〝特科〟がある。


 正式名称は〝特別免許習得科〟――入学するには何か他よりも飛びぬけて優れた特技が無ければならないとされており、その門は狭い。

 だが卒業時に得られるこの〝特別免許〟は、人間が唯一大手を振って歩ける中央区で働く事の出来る唯一の手段だ。魔族マグス区や戦士族ベラトール区で奴隷同然の扱いを受ける人間達にとっては喉から手が出るほどに欲しいものであり、入学を希望するものは多い。


 そしてもう一つ、特科とは対照的に入学希望者が少なく、在籍生徒数が校内でもっとも少ないとされる科は、今まさに入学試験を始めようとしていた。


「〝戦闘技術習得科〟――通称〝戦科〟ね。どれだけ鍛えようが、人間が魔族マグス戦士族ベラトールに適うわけ無いのに……、バッカみたい」


 ミーナに見下されているとは知らない戦科の面々は、今まで彼らを引率していたミスカ教官と入れ替わる形でやって来た男の前に整列していた。

 その男性教官は入学式の直後、講堂でリアと談笑していたマルナを呼んだ人物であり、今目の前で整列している生徒たちに負けず劣らずの立派な体躯をしている。ベリーショートの髪と堀の深い目の色は、生徒達と同じく人間の象徴たる黒色だ。

 袖の折られた白いカッターシャツに黒いペインターパンツ、同じく黒いレザーのロングコートは、袖に腕を通さずマントのように両肩に掛けている。


「あー、それじゃルールの説明だな! と言っても、特に説明しておくことはないんだが……、赤組や青組の実技テストと違って、戦科の入学試験は特に禁止事項はない! 持ち込んだ武器の使用も可! 道具の使用も可! 必要であれば他の参加生徒の妨害も認める! まぁ、妨害したところで加点にはならんがな!」


 教官はその見た目から連想される通りの大きな声だった。恐らく講堂の壇上で喋る時も、マイクなどは必要としないだろう。


「だが一つ言っておくぞ! お前たちも知っての通り、戦科は入学条件として〝在学中の生徒の身の安全は一切保障しない〟という旨を記した誓約書へのサインが求められる! そして今ここに居るお前たちはそれに同意した! 従って、今から行う入学試験においても、俺は一切助けには入らん! マズいと思ったら自分たちで何とかするように!」


 男は一度そこで言葉を切って、目の前に居る生徒達の目を流し見た。


「今この話を聞いて、リタイアしたいと思う奴は居るか?」


 脅しのような教官の説明に、手を挙げる者は誰も居なかった。


「おい嬢ちゃん、手ぇ挙げなくていいのか?」


 生徒のうちの一人が、己の隣に立つ小柄な女子生徒に、からかい半分、心配半分で声をかけた。

 僅かに筋肉はついているものの、周囲に比べれば貧弱と言わざるを得ないその小柄な姿は、屈強な男達の中で明らかに浮いている。


 顔立ちはまだ幼いが、飾り気の無いショートヘアーや、僅かに伏せられている冷ややかな視線から、見た者にクールな印象を与えるその女子生徒は、自分を見下ろす男ににっこりと微笑み、


「ええ、その必要はないわ。貴方こそ、今のうちに身を引いておけば?」


 冷ややかに言い放った。

 男はあまりにも少女に不似合いなそのセリフを真に受ける気にはなれず、その可笑しさに軽く笑っただけだった。


「大した嬢ちゃんだ、この会話が最期にならないといいな」


「そうね」


「よーし、それじゃあ始めるぞ! 頑張れよ!」


 教官はそう言って、〝一切助けに入らない〟という言葉通り部屋から出て行った。それと時を同じくして、魔獣が押し込められている檻が開く。

 出てきたのは赤組と青組が戦っていた二つのタイプの魔獣、そのどちらも。


 男達はそれぞれに愛用の武器を構え始めた。斧や大剣など見た目からして破壊力のありそうなものばかりで、筋骨隆々の男たちがそれらを手に立つ姿はなかなか迫力もある。


 そして、異形の生物たちに臆することなく、男たちは魔獣へと走り出した。


「うおおおおおおっ!」


 前列に居た男たちが真っ先に物理タイプの魔獣に襲いかかる。

 全力で振り下ろされた斧は魔獣の身体に届いた。だが――


「なっ!?」


 斧も剣も槍も、魔獣を切り裂くどころか、皮膚に傷一つつけられてはいなかった。ただ、壁に打ち付けたかのような鈍い音が響くだけ。

 男達は信じられないといった顔で二撃目を繰り出したが、結果は同じ。


 上階からそれらを眺めるミーナは、


「人間如きの力で、外皮の硬い物理タイプの魔獣を倒せるわけないでしょ……」


 呆れて一人呟く。


 ほぼノーダメージとはいえ、攻撃を受けた魔獣は怒って反撃を開始する。

 男達は突き飛ばされ、踏みつけられ、引き裂かれ、次々に血を流し倒れていく。

 魔術タイプは物理タイプに比べればまだまともに攻撃が通っていたが、こちらの相手をしていた生徒たちもやはり反撃を受けて、あっけなくやられてしまう。


 試験が始まってまだ僅か三分ほど。開始前に自信満々だった男たちは、血を流し地面を這いながら阿鼻叫喚していた。

 ミーナの周囲で冷やかし混じりにそれを見ていた生徒達は、あまりにも一方的かつ凄惨なその光景に、言葉を失う。


 ここに居る者の大多数は、殺戮とは無縁の生活の中で育った一般人だ。人死にを初めて目にする者も少なくはないので、何人かは気分を悪くして退室してしまう。残った者も、直視できずに目を背けていることが殆ど。


 普段、人間を虐げている者達がそんな状態に陥ってしまう程に、眼下の光景は生々しく、残酷だった。


「そんなことだから〝自殺志願科〟なんて呼ばれるのよ……、勝ち目の無い戦いに自分から突っ込むなんて、どうかしてるわ」


「まぁそう言ってやるなお嬢さん」


「ひゃあっ!?」


 いつからそこに居たのか、ミーナの隣には先ほどまで下で生徒達を纏めていた男性教官が立っていた。

 男は声を上げて驚いたミーナに、軽い調子で謝る。


「すまんすまん、そんなに集中して見ているとは思わなくてな!」


「べ、別に集中なんてしてないわよ! アンタが気配も無く近寄ってきたからでしょ!? ――っていうかそもそも、下が酷いことになってるのに、何ノンキに観戦してんのよ」


「いやぁ、試験中は手を出さない決まりだからなぁ。最初にそう断ったし」


「あのままじゃ大半が死ぬわよ?」


「ま、そうなったらその時はその時だ。別に白組は入学者がゼロでも学院側には何の問題もない、後始末が面倒ではあるがな」


 何の感慨もなくあっさりと言った男に、ミーナが口をへの字に曲げる。


「ひっどい男ね……、アンタも人間でしょ? 同族に対する情けとか、ちょっとはないの?」


「まぁ長いことやってると、そういう感覚は麻痺するもんでな。そう言うお嬢さんは随分と心優しいな!」


「なっ、べっ、別にそんなんじゃないわよ! 気色悪いこと言わないでよこのセクハラおやじ!」


「褒めたつもりだったんだがそこまで言うか? 傷つくぞ?」


 男はわざとらしく落ち込んだフリをしてから、改めて下で戦っている生徒達を見やる。

 その様は戦いというよりも、最早一方的な虐殺でしかなかったが。


「戦科に志願する奴っていうのはな、大抵がこの国の人間の扱いに不満を持ってる。〝我々人間は魔族マグス戦士族ベラトールにも劣らぬ価値ある存在だ〟と誇示したくてここに来るわけだ。だが毎年、入学希望者の半数以上が、この試験で負けて死んでいく。赤組や青組が難なくクリアする実技テストと同レベルのこの試験でな。――人間の尊厳を取り戻したいが為に試験に挑んで、結果的にはそれを下げることになってしまっているのは、なんともまぁ皮肉なことだ」


 男の話を聞いて、ミーナは憂い気に下に居る生徒達を見た。既に大多数が、血溜まりの上に倒れて動かなくなっている。


 そしてその視線は、やがて一人の少女へと至った。


「なんだ、まだ無傷の奴も居るんじゃない。微動だにしてないけど……、怖くて動けなくなってるのかしら?」


 その少女は、試験開始から一歩も動いていなかった。

 男達が武器を構えて駆け出しても、返り討ちにあって倒れても、それらを静かに見つめているだけ。


 やがて立っている生徒の数が減ったことで、魔獣の標的が少女に移った。

 魔獣の視線が自分の方を向いて初めて、少女は動き出す。


 まず右足を斜めに開き、同時に右の手で太股のホルスターにしまっていた銃を取り出した。

 銃身からグリップまで全て白銀の回転式拳銃リボルバー。それをしっかりと両手で握り締めて、自分の方を向いている物理タイプの魔獣へと狙いをつける。


 魔獣が一歩足を踏み出したのと同時に安全装置を外し、吼える魔獣の口内目掛けて、少女はトリガーを引き絞った。

 撃ち出された弾丸は魔獣に吸い込まれるようにして、狙い通りの場所に被弾する。


 魔獣は衝撃で仰け反ったが、それだけだった。もとより興奮状態にあった魔獣は少女に突進する。

 少女はそれを軽やかなステップで横に避けた。少女の横を通り過ぎた魔獣は、向きを変えて再び突進。


 ――だが、途中で失速して、そのまま倒れてしまった。


「えっ?」


 ヒヤヒヤしながら少女を見ていたミーナは、何が起こったのか理解出来ずに困惑。

 その視線の先で魔獣はビクビクと痙攣し、苦しそうに泡を吹きながらのた打ち回って、やがて静かになる。


「…………」


「ふむ」


 唖然とするミーナの隣で、男性教官は興味深げにその光景を眺めていた。

 少女は同じ手順で、自分めがけて突っ込んでくる魔獣を次々に倒していく。


「たっ、助けてくれぇ!!」


 そんな少女の活躍を見て、魔獣から必至に逃げ回っていた男の一人が駆け寄ってきた。

 手に持っていた武器はとっくに放り出していて、人や魔獣の返り血に染まった顔は恐怖に引きつっている。


 それは試験が始まる直前に、少女と話していた男だった。


「なぁ頼むよ! 俺は死にたくないんだ! まだ死にたくないんだ!!」


 必至の形相で懇願する男を、少女は冷ややかな眼差しで見つめる。


「ならどうして、試験が始まる前に辞退しておかなかったのかしら」


「まさかこんなことになるなんて思ってなかったんだ! ただの入学試験で、まさか、まさか死人が出るなんて、そんなの誰も思わないじゃないか!!」


「戦科に命の保障はないって散々言われていたでしょう? 聞いていなかったの?」


「聞いてたさ! 聞いてたが、でも、でもそれは〝万が一〟の話だろ!?」


「誰も〝万が一〟だなんて言っていなかったわよ?」


「人が死ぬようなことがそんな頻繁に起こってたまるか!!」


 会話しながらも、既に少女の視線は男の方を向いていなかった。

 その後ろ、二人に襲い掛かる機会を窺っている魔獣を捉えている。


「そう。でもそれって、貴方個人の見解でしかないわ。――思っていたより甘くない世界だったみたいで、残念ね」


 男の懇願を冷たく切り捨てると、少女はスッと相手から離れた。

 直後、背後から迫っていた魔獣の角が、男の身体を貫く。


「がっ!? あ、ああ……」


 魔獣が頭を振って、角に刺さっていた男を放した。

 身体に穴の開いた男は、鮮血を撒き散らしながら宙を舞い、床に叩きつけられる。


 どくどくと溢れ出す己の血に溺れながら、男は虚ろな目で、力なく少女を見上げた。


「がはっ……! ……あ、あんた……、そんなに、強いん、なら……っ、助けて……ごほっ! ――くれたって……いい、だろ……、良心ってもんが……ない、のか……?」


 男が喀血かっけつしながら怨嗟の声を漏らしても、少女は表情を歪めることすらしない。まるで、目の前の惨状など見えていないかのように、どこまでも平静に、銃を構える。

 血に塗れた角を持つ魔獣は、少女を次の得物に定め、鼻息荒く前脚で地面を掻いている。


「良心なら、私の分まで〝あのお方〟が持ってくださっているわ。――そして私のこの力は、その人のためだけにあるものよ」


 男にそう告げると、少女は一切の動揺も躊躇いもなく、自分目掛けて突進してくる魔獣に向かって引き金を引いた。


 発砲音と空薬莢が床に落ちる音、そして魔獣の倒れる音を聞きながら――、

 男は、永遠に動かなくなった。


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