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7-② それぞれの身体の仕組み

 ウォレアに勧められた通り、リア達は他の生徒の視線を受けつつも、ラクアを支えて特別棟の外に出た。時刻は昼過ぎで、天頂にある太陽が燦々(さんさん)と輝いている。

 リアはうんと背伸びをしながら、


「んーっ! やっぱり一段目の外はいいね! 明るいし空気も澄んでるし!」


「まるで刑務所から出てきたばかりの人の発言ですわね」


「例えが嫌だよ……」


 ロザリアとそんなやり取り。


 四人はその足で、本校舎にある食堂へと向かった。食堂内は今朝リアとラクアが食事をした時とは違い、黒髪黒目の料理人や給仕たちが忙しなく動き回っている。

 生徒達の居る学期中はビュッフェ形式になる様で、部屋の両脇に置かれてある長机には、出来たばかりのご馳走がずらりと並んでいた。


「うっわ~! 美味しそう!」


「あら? もうテストは終わったの?」


 給仕に混じって料理を運んでいる魔族マグス寮母のユリアナが、ご馳走を前に涎を垂らすリアを見て言った。


「ううん、ちょっとラクアが緊急事態で」


「緊急事態!? どうしたのラクアちゃん、テストでどこか怪我でもしたの!?」


「いや、ちょっと疲れただけなんで……」


 ラクアはやんわりと否定したが、ユリアナは聞く耳持たず、ここぞとばかりにラクアの身体を触診し始めた。

 初対面時のハードコミュニケーションで早くも慣れ始めているラクアは、特に慌てることもなくされるがままになる。


「な、な、な……、破廉恥ですわ!!」


 だが、まさに今日がその初対面になるロザリアはそうはいかないようで、二人の交流に頬を染めながら叫んだ。

 確かに全く何も知らない者の目には、年上の女性が年下の少年を誘惑している様に見えなくもない。

 だがユリアナに全くその気はなく、単に可愛い生徒を愛でているだけなので、


「あら! あなたはウォレアちゃんの妹のロザリアちゃんね! その反応、初めて会った時のウォレアちゃんにそっくり! 可愛いわ~!」


 ロザリアの声を聞いた彼女はあっさりとラクアを手放し、標的をロザリアに変えた。


「ウォレア〝ちゃん〟……!? お兄様を何て呼び方……! ――あっ、ちょっと、何をするんですの!?」


「この両腕にすっぽりと収まる小ささ、柔らかい肌、ふわふわの髪……! ウォレアちゃんもとーっても可愛かったけれど、貴方も素晴らしいわね! まるでお人形さんだわ!」


「おっ、おやめなさい! わたくしは愛玩動物ではありませんのよ! 聞いておりますの!? そもそも貴方は一体誰なんですの!」


「初々しいわねぇ~、ウォレアちゃんもね、ちょっと触っただけで真っ赤になって大慌てしちゃって、それはもう可愛かったのよ~!」


「ちょっと、いい加減になさい! どこを触って――、ひゃぁぁあっ!」


 抵抗しても敵わず、ユリアナの気が済むまでロザリアは散々撫で回された。

 息も絶え絶えになっているロザリアに、残る三人は苦笑。


「な、なんというか、情熱的なお方だね……?」


「ああ、俺も最初は吃驚した……、っていうか、迂闊に喋ると今度は……」


 今度はお前が標的になるぞ、というラクアの忠告は間に合わなかった。

 ユリアナは聖母のような、実際には獲物を見つけた野獣の微笑をナイゼルに向ける。


「そっちのあなたはセリウスちゃんの弟のナイゼルちゃんかしら?」


「ええ。……兄のこともご存知なんですね」


〝兄が居たのか、そういえばナイゼルと初めて出会った時に、ウォレアさんがそんな事を言っていたような気がする〟――ラクアはそんな風に当時を思い返しながらナイゼルを見やったが、ナイゼルはどこか浮かない表情。


「兄弟揃って見目麗しいのね~、見ていてうっとりするわ」


「有難う御座います。ですが、僕の目には貴方のほうがよほど美しく見えますよ?」


「あら、流石フォルワード家のお子さんね、女性を煽てるのが上手なんだから」


「僕は本心のままに喋っているだけです」


 両頬に手を添えられて、お互いの吐息がかかるほどに顔を寄せられても、ナイゼルは全く動じない。

 にこやかな笑みを見せるナイゼルに、ユリアナはむぅ、と拗ねた顔をして離れた。


「紳士的なのは良いけれど、女性に慣れきってしまっているのが、私としては少し残念だわ。もう少し慌てているところも見てみたかったのだけれど」


「おや、慌てているようには見えませんか? 内心ではこんな魅力的な女性に迫られて、かなり動揺しているのですが」


「嘘ばっかり。まぁ、卒業までにその余裕をどうやって崩そうか考えるのも楽し――」


「こらユリアナ! サボってるんじゃないよ!」


 部屋の奥から怒声が飛んで、ユリアナ含めリア達5人は吃驚してそちらを向く。

 いつもの白いシャツの上にエプロンを着た赤組寮母のアガータが、キッチンに続く扉の前で、台布巾を片手に立っていた。


「まだ仕事は終わってないんだ! 生徒が皆上がってくる前に仕上げなきゃいけないのに、そんなところで油売ってるんじゃないよ! 暇ならこれで台拭きでもやってな!」


「きゃっ!?」


 飛んできた台布巾は、顔をガードするように出されたユリアナの両手に見事にヒットした。

 取りこぼしそうになりながらも何とかそれを掴んだユリアナは、情けない声で嘆く。


「ひどいわあーちゃん、私とってもか弱いのよ?」


「だから手加減してやっただろう? ほれ、さっさと働く働く!」


「もう、冷たいんだから~」


 言いながらも、ユリアナは素直に白いテーブルクロスのかけられた円卓を拭き始めた。

 アガータに手招きされたリア達は、それを眺めつつ彼女の元に向かう。


「悪かったねアンタ達。他の生徒はどうしたんだい?」


「ちょっと訳があって、俺たちだけ先に来ました」


「彼に食事を取らせてあげたいのですが、まだ早いですか?」


「いんや、別に構わないよ。皆が集まってきたら混むからね、先に食べられるのならその方がいいだろう」


「じゃ、お言葉に甘えてー!」


 アガータの了承を得て、真っ先に皿を手に取ったのはリアだった。


「貴方ではなくて、彼のために来たんですのよ?」


「それは分かってるんだけどっ、せっかくだからあたしたちも一緒に食べちゃおうよ! ダメかな?」


「駄目ではありませんけれど……、まぁいいですわ」


「リア、そんなに腹減ってたのか?」


「うん。朝は〝もうお昼はいらなーい!〟ってくらいだったんだけど、テストで動いたからかな~?」


 言いながら、リアは次々と料理を皿に盛っていく。

 動いたとはいえ、いつもなら朝のあの量をこれほど早く消化したりはしないのだが。ラクアが不思議そうにリアを眺めていると、


「恐らくは、雷を受けた際の傷の治癒で消費されたんだろうね」


 ナイゼルが皿を渡しつつ説明してくれた。


「どういうことだ?」


「人は食事や呼吸で必要なものを自然と体内に取り込むだろう? 戦士族ベラトールの場合は、そうして取り込んだものの一部を、身体能力と回復力の向上に使っているんだ。魔族マグスの場合は、同じく一部を源素に変換して溜め込んでいる。だから、戦士族ベラトールは酷い怪我をすれば、体が勝手にその回復にエネルギーを使う。魔族マグスの体は源素が底をついても尚、魔術を使い続けようとすると、他のことに使っているエネルギーを源素に変換して補おうとする。――君がさっき倒れてしまったのはそういう理由さ。目を覚ましたのも、僕が源素を注いだことで、君の体内で源素に変換されていたエネルギーが、生命活動を維持するためのものに戻ったからだね」


「なるほど……、って、それじゃあナイゼルは大丈夫なのか? 実は今、結構お腹空いてるとか?」


「その通り。――という訳で、食べよう!」





「ああ、だめですわ、頭が痛くなってきました……」

 

 食事のついでに、リアとラクアは己のことをロザリアに詳しく説明することにした。

 ロザリアの手にはフォークと、それに巻き取られたサーモンと野菜のクリームパスタがあるが、話の途中からそれは全く動いていない。


「お兄様も教えてくだされば良いものを……、まぁ、聞いていたからといって、何が変わった訳でもありませんけれど……」


「お兄様って? そういえばさっきユリアナさんが、ウォレアさんがどうこう……」


 気絶していた為、その話を知らないラクアに、リアが得意げに答える。


「ロザリアちゃんはウォレアさんの妹なんだって!」


「ええ。――ご挨拶が遅れましたけれど、わたくしの名はロザリア・フォン・ウィスターシュ、魔族マグス地区内オルディオ市の領主たる侯爵家、ウィスターシュ家の長女ですわ」


「えーっと……、つまり〝魔族マグスの中で二番目に偉い家柄の人〟って認識でいいんだよな?」


 疑問符を飛ばしまくるリアへの説明も込めて、ラクアがかなり端折って確認。


「まぁ、そんなところですわ。……そう認識した上で、わたくしに馴れ馴れしく接している事には驚きを隠せませんけれど」


「あっ、いやその」


 自分より背の低い相手はどうにも年下に見えてしまうラクアは、初対面だというのに無意識のうちに敬語が外れてしまっていたことを今更自覚した。

 慌てふためくラクアに、ロザリアは特に気分を害した様子もなく続ける。


「別にわたくしはそれで構いませんけれど、周囲の方々に目をつけられないようお気をつけて。――とはいえ、ナイゼルと親しくしている時点で、そのあたりの心配は無用かもしれませんわね」


「んん? なんで目をつけられるの?」


「貴方がたが貴族の出であれば、何も問題はありませんわ。ですが貴方がたは何のコネも後ろ盾も無い、庶民中の庶民ですもの。そんな身でありながら、入学初日で既にわたくしやナイゼルと共に居るのです。己より身分の高い者とパイプを持ちたい方々からしてみれば、貴方がたはさぞ羨ましいでしょうね。――そういうことですわ」


「ああ……、なるほど、わかった、気をつける」


「どういうこと?」


「〝この二人と仲良くしたい人が学院には大勢居るから、やっかまれないように気をつけろ〟ってことだよ」


「ん~? わかんないや、どうしてやっかまれるの? 皆も仲良くしたらいいんじゃないの?」


「リア君の様な考えの人が増えてくれると、僕たちも過ごしやすいんだけれどね」


 身分のせいで人付き合いに散々頭を悩ませてきたのだろう、ナイゼルがそんな日々の苦労を顔に滲ませながら言った。


「家族観にしてもそうでしたけれど、リアさんは良い育てられ方をしてきた様ですわね。そちらの殿方はともかく、貴方とは今後とも仲良くさせていただきたいですわ」


 ロザリアも、同じようにリアを褒め称える。

 その一方で蔑まれたラクアは、自分に向かって飛んでくる言葉の矢に心を痛めていた。


「さっきの試験のことは、本当に申し訳なかったって思ってるよ……」


「ま、良いですわ。リアさんのお顔に免じて、今回は目を瞑ります。今後同じことのないようにして下さいませ」


「そうしたいけど、自分でも何であんなことになったのか……」


「あれ、リアさん?」


 苦悶するラクアの声に被さって、聞き覚えのある声が食堂の入り口から聞こえた。

 呼ばれたリアは、


「あーっ!? マルナちゃんだー!」


 そこに見知った少女の姿を見つけて顔をほころばせた。

 やって来たのはマルナだけではなかった。その周囲には彼女と同じく、黒髪で胸元に白いタイを付けた生徒たちが居る。


 マルナは近くに居た数名の女子生徒に断りを入れて、リア達四人の傍へ。


「マルナちゃんもお昼食べにきたの?」


「はい、そうなんですけど……、リアさん達だけなんですか? 他の生徒の皆さんは……」


「えーっとね、ちょっと色々あって、あたしたちだけ先に来てるんだ」


「そうだったんですか。ええっと、それで……」


 マルナは話しながら視線を他のメンバーにも向けた。

 ロザリアとナイゼルの顔を見た瞬間、驚いて元々丸い目を更に丸くする。


「あら、貴方マルクさんのお孫さんですわよね? 学院生だったんですの?」


「あ、えと、今年度に入学になりました。宜しくお願い致します、ロザリア様、ナイゼル様も」


「ああ、こちらこそ。また近々、店に寄らせてもらうよ」


 恭しく二人に挨拶をして、頭を垂れるマルナと言葉を交わすロザリアとナイゼル。

 そんな三人にリアとラクアは目を瞬かせる。


「えーっと、もしかして顔馴染み?」


「当然ですわ。彼女の実家であるハーヴィ武器専門店は、屈指の名店として有名ですもの。お店の名前と店主のマルクさんは勿論、彼女もそれなりに名の知れた方なんですのよ」


「学院生や貴族は皆、武器は彼女のところで作って貰っているからね。僕やロザリア君もその一人だよ。――君は特科の入学試験が終わったところかな? ここに来たということは無事合格したんだね、おめでとう」


「はい、有難う御座います!」


 照れながら答えるマルナの笑顔に癒されつつ、リアが質問。


「入学試験って? あたしたちが受けた実力診断テストとは違うの?」


「僕らがやったテストは、あくまでも今後の授業に活かす為のものだけれど、入学試験は文字通り入学の可否を判断するものだからね。人間生徒は魔族マグス戦士族ベラトールよりも入学条件が厳しいから、僕らのように事前審査だけじゃ入れないんだよ」


「ノブリージュ学院の本質は〝魔族マグス戦士族ベラトールの育成〟ですもの。学院長のご厚意で人間生徒も受け入れられていますけれど、入学希望者を全員受け入れてしまっては人で溢れかえってしまいますわ。そこでふるいにかけるために試験を行うんですの。特に白組の入学試験はかなりの難関と聞いておりますわ。今日この食堂に来られる人間生徒は、その試験を通った方だけということですわね」


「へぇ~、ってことは、マルナちゃんって凄いんだね!」


「いえ、そんな、わたしはたまたま、お店の経験が役に立っただけで……」


 顔を真っ赤にしながら、マルナはぶんぶんと両手を左右に振った。

 ナイゼルは「そういえば」と、食堂の壁にかかっていた時計を見る。


「そろそろ〝戦科〟の試験も始まっている頃かな?」


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